高町さんちの事情













 暖かい日差しと少し肌寒い風が吹く春の日の午後。

 高町家では久しぶりに帰ってくる娘を迎えるための準備が進められていた。


「――はーい、お料理できたわよー。士郎さん、これはそっちに。恭也もこれ運んで頂戴」

「おう」

「……ああ」


 桃子が手際よく調理することによって、キッチンに出されていた食材は見目もよく食欲を刺激するような料理へとその姿を変えていく。そしてそれらを士郎と恭也の二人が食卓へと運んでいく。三人ともその顔には笑みが浮かび、今の作業を楽しんでいることが窺えた。


「かあさーん、お掃除おわったよー」

「あ、ありがとう美由希。それじゃあ、こっちに来て手伝ってもらえる?」

「料理を?」

「ううん、運ぶのを」


 にっこり笑って言われ、美由希は少し悲しい気分になりながらも小さく了解と答えた。美由希の料理ベタの酷さは家族全員が認知する一種の才能だ。桃子とてせっかくの歓迎の料理に美由希の手を加えさせるなど、させるわけもない。

 肩を落として配膳を手伝いだした美由希を一瞥して、桃子は調理へと戻る。本当に久しぶりに帰ってくる娘に、なつかしい我が家をしっかり堪能してもらうことを思い浮かべながら。


 ――高町家は五人家族である。夫高町士郎とその妻桃子。その子供である恭也と美由希。そして、一番下の娘であるなのはの五人構成だ。士郎と桃子は一緒に喫茶店を経営しており、恭也は同級生の月村忍と結婚して彼女との間にできた娘と共に今は彼女の屋敷で暮らしている。美由希は現在警察署にて剣道を指南するのを仕事にしている。剣の腕は確かなものなので、今では県外からの要請もあるためか意外と忙しそうにしていた。

 四人ともそのようにそれぞれの生活を忙しなく過ごしていたわけだが、今日だけはみんな予定を入れることなく朝から家の中の掃除を始めた。それというのも、今日に娘のなのはが帰ってくるという連絡をもらったからである。

 一番下であるなのはは現在19歳。しかし、彼女はすでに12ぐらいの頃から親元を離れる生活を当たり前にしていた。それというのも、彼女が現在就いている仕事の特殊性にある。

 高町なのは。時空管理局本局武装隊航空戦技教導隊所属の一等空尉。それが現在の彼女の肩書である。ついこの間までは機動六課と呼ばれる新設の部隊に出向していたが、今はそこでの仕事も終わりかつての古巣へと戻ってきていた。

 肩書からわかるだろうが、時空管理局などという組織は地球の常識からすればありえないふざけた職場名である。だが、なのはにとってはそれが普通だ。なにしろ、時空管理局とは地球ではないまったく別の世界、別の次元に存在する組織なのだから。

 幼い頃、偶然に魔法という力を手に入れたなのは。その魔力と才能はまさに天賦のものであり、なのははその頃から魔法使い――魔導師たちの治安維持組織である時空管理局入りを考えていた。偶然から始まったとはいえ魔法という力を持ったなのはには、それも責任の一端だと思えただろうし、熱心に勧誘を受けたということもあった。そうしてなのはは年齢が二桁になった頃から地球と管理局とを行き来する生活が始まったのである。

 15を越えてからはあちらにいることが多くなり、19ともなれば帰ってくるのが稀になった。あまりにも早い親離れに、士郎と桃子は寂しさを感じずにはいられなかったが、それも娘の夢のためなのだ。家族全員が気持ちよくなのはの門出を祝い、彼女を送り出したものである。

 そんな娘から先日連絡があったのだ。今日に帰ってくる。もう一人連れがいるからその子のこともよろしく、と。

 あまり帰らない娘のことだけに、士郎も桃子も大いに喜んだ。恭也と美由希にも連絡を入れ、こうして家族水入らずで迎えることが決定されたのである。

 料理や掃除はすべてそのための準備に他ならない。たまにしか帰らないからこそ、いい気分でこの家にいてほしい。そう思うが故の一連の行動であった。

 そんなわけで家族全員でこうして準備を整えているわけである。


「……よし、こんなところかしら」


 最後の料理を食卓に置き、桃子は満足そうに頷いた。

 娘が帰ってくるといった時間の少し前に準備は終わった。これなら料理が冷める前にその時間を迎えることが出来るだろう。この料理を食べて美味しいと言ってくれる我が子の顔を思い浮かべ、桃子はわずかに微笑んだ。


「かあさん、一応リビングのほうも整理しておいたぞ」

「あら、恭也。ありがとう」

「ああ」


 ちらりと覗き見れば、士郎と美由希がソファに座ってテレビを見ているのが見えた。やはり朝から動いていたので、疲れがあるのだろう。すぐになのはも来るだろうが、束の間の休憩といったところか。

 桃子もエプロンを外してそれを定位置に仕舞うと、恭也のあとをついてリビングへと場所を移した。テレビにはお昼時に流れる定番の番組。それに目を向けていると、不意に呼び鈴を鳴らす音が家の中に響いた。


「あ」

「来たか」


 美由希が思わず声を出したそれに続いて、恭也もどことなく嬉しそうな声を出す。

 桃子はそんな息子と娘を横目に入れて、すっと立ち上がる。するとそれに続いて士郎も立ち上がり、恭也と美由希も腰を上げた。

 どうやら家族全員で出迎えようということらしい。その意図を理解して桃子は微笑むと、四人で玄関へと向かった。玄関には横にずらして開けるタイプの日本ではよく見かける扉がある。この向こうに何カ月ぶりかの娘がいると思うと、頬が緩んできてしまう。

 どれだけ離れていようと、どれだけ会っていなかろうと、なのははこの場にいる全員にとって大事な家族である。そのなのはに会う機会は彼女の予定が合わなければ無いだけに、久しぶりに会う時はどうしても胸が高鳴る。こんなふうにみんなが出向いたのは、そんな心の表れなのかもしれない。

 さて、いよいよ迎え入れようか。そう思って扉を開けるために近づいた時に、扉の向こうから何やら声が聞こえてきた。


『ヴィヴィオ、ちゃんと押した?』

『うんっ、押したよ』


 片方はとても聞き覚えのある声だったが、もう片方……どこか幼い声には聞き覚えがなかった。連れと言っていたからてっきりフェイトあたりだと思っていたのだが、違ったのだろうか。

 とはいえ、いつまでも外にいさせるわけにもいかない。お客様もいるのだとしたらなおさらだ。桃子は内心の疑問は抑えて、扉の取っ手に手をかけた。

 がらがら……。音を立てて扉が開かれていく。

 その向こう側にいたのは、大切な愛娘。そして、娘の右手をギュッと握ってしがみ付いている綺麗な金髪にオッドアイの少女だった。


「ただいま、お母さん」

「……おかえりなさい、なのは」


 少女の存在が気になると言えば気になるが、それよりもやはりこうして迎え入れるのが一番大事なことだと桃子は判断した。心からの笑顔を浮かべて言えば、なのはもまた微笑んでくれる。なのはの隣にいる小さな少女は、そんななのはをじっと見上げていた。


「なのは、おかえり」

「……おかえり、なのは」

「なのは、おかえり〜」


 桃子が口火を切ったためか、士郎らも口々になのはに声をかける。傍らの少女の存在を忘れたわけではないだろうが、桃子と同じような心の動きがあったのだろう。その言葉に、なのはは同じように嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「ただいま。お父さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


 なのはの笑顔を見て、三人も満足そうに頬を緩めた。そんなふうに場がなごみ、ひと段落ついたところで、桃子がなのはに声をかける。


「ところで、なのは。その子のこと紹介してくれないかしら?」


 桃子としてはリビングに行く前にここで紹介を受けて受け入れてあげた方がこの子も肩身の狭い思いをしなくなるだろうという気遣いだった。知らない人達に囲まれてリビングまで移動させるのは、幼い子供にはあまり気分のいいものではないだろうと思ったのである。

 桃子の言葉を聞いて、なのはは、ああそうだね、と傍らに立つ少女の肩に手を置いた。少女はちらりとなのはの顔を見上げて、次に桃子たちのほうへと顔を向けた。


「……は、はじめまして。わたし、ヴィヴィオっていいます。よろしくお願いします」

「ヴィヴィオちゃんね? はい、よろしくお願いします」


 可愛らしくお辞儀をして見せたヴィヴィオに、桃子は少しかがんで表情を崩すとにっこりと笑った。それを見てヴィヴィオはなのはの右手を再度掴んで心持ちなのはの後ろに下がった。どうやら人見知りをしているらしい。

 それを理解した桃子は、嫌われちゃったかしら、といって苦笑する。なのはも苦笑を浮かべると、ほらヴィヴィオ、とヴィヴィオの背を軽く押して前に出した。

 途端にヴィヴィオは不安そうになのはを見上げた。


「なのはママ……」

「大丈夫だよ。この人はママのママなんだから」

「うん……」


 ………………。


 ……いま、このこはなんていったんだろうか?

 自失している桃子の前に、促されたヴィヴィオが立つ。


「ほら、桃子さんって言ってあげて」

「えっと……よろしくお願いします、桃子さん……」


 言ってもう一度ぺこりと頭を下げた少女を見て、桃子も我を取り戻した。あ、ああ、よろしくねヴィヴィオちゃん。ともう一度繰り返して、ゆっくりとヴィヴィオの頭を撫でてみる。それにヴィヴィオは気持ちよさそうに目を細めた。それを見て桃子はほっと安堵の息をついたのだった。


「……なぁ、なのは。この子はいまお前のことをママと言わなかったか……?」


 いま高町家の面々の心の中に浮かんでいるであろう疑問を、代表して恭也がなのはに問いかける。

 そんな恭也の問いに、なのはのほうは何故当たり前のことを聞かれたのか分からない、といった様子を見せた。


「うん、そうだよ」


 肯定した瞬間に士郎と恭也から刺々しい変な空気が漂い始める。美由希はそんな雰囲気を敏感に感じ取ったのか、徐々に桃子側のほうに摺り足で近づいていった。ついでにヴィヴィオに挨拶なんてしている。

 その間も二人の頭の中では絶えず思考が繰り返されていた。あの子はなのはのことをママと呼ぶ。ということは、なのはの子供ということ。子供ということは親がいるわけで、ママがなのはだとしたらパパは……? といった具合に。

 そんな思考の間隙を縫って今度は士郎がなのはに問う。パパは誰だ、と。これにも、なのははごく当たり前の事実を返す。


「いないよ」


 ぴしっ、と何かが固まるような乾いた音が男二人から発せられた。

 いない、とはどういうことだろうか。まさか子供が木の股から生まれたわけでもあるまいし。まさか死に別れたのか? だとしたら今まで黙っていたのも理由が思いつかなくもないのだが……。

 ちらりと二人の目線がヴィヴィオのほうに向く。だいぶ打ち解けたのか桃子と美由希に挟まれて笑っているその子の髪の色は薄い金色をしている。その時、二人の脳裏に一人の人物の顔が浮かんだ。

 ――まさか、奴か? 十年ほど前になのはの隣に立っていたあの男……。

 確かになのはとも仲が良かったし、身近であの色の髪を持つ男など奴以外には思いつかない。

 あのイタチもどきめ、やはりあの時に○っておくべきだったか。そこまで思考が及んだ士郎と恭也は心のうちで強く舌打ちした。この場にいないのが残念だ、と言わんばかりに。


「……さて、それじゃあそろそろ中に入りましょうか。いつまでも玄関先にいるのもね」

「あ、うん。ヴィヴィオ、おいで」

「うんっ」


 桃子に促されて、なのははヴィヴィオに声をかける。するとヴィヴィオは嬉しそうに頷いてなのはのもとに駆け寄ってきた。それを微笑ましそうに見ながら、桃子はリビングに続く道をぱたぱたと歩いて行く。美由希もそれに続き、なのはとヴィヴィオも靴を脱いで二人にならった。

 あとには微妙に殺気を洩らしながら可愛い娘(妹)をキズモノにしてくれた居も知れぬ相手に私怨を燃やす二人の男の姿があるだけだった。


















「いやぁ、なんだな。そういう事情だったのか、うん」


 リビングに入り、家族全員で食卓を囲んだ最中、ヴィヴィオについての話を聞いた士郎は自分の勘違いを誤魔化すかのようにことさら大きな声を出して大げさに納得してみせた。

 恭也も隣で居心地の悪そうな表情を浮かべて口元をひきつらせている。それに怪訝な顔を示すのは高町家の女性陣だ。ヴィヴィオは桃子が作ったハンバーグと格闘中であったが。

 そうしてよくよく二人の話を聞いてみて、女性三人は呆れかえった。


「……あのねぇ、士郎さん。恭也。ヴィヴィオはどう見たって5、6歳よ? なのはが産んだとしたら年齢が合わないでしょう」

「そうだよ。五、六年前はまだなのはがこっちと行き来してた頃なんだから」

「お父さんもお兄ちゃんも、早とちりしすぎ」


 一斉に女性三人を敵に回した二人は、もはや謝るしかない。士郎と恭也は瞬時にすみませんでした、と謝罪して自分たちの勘違いを詫びるのだった。同時にヴィヴィオはハンバーグとの格闘を制し、口の中いっぱいに頬張ってご満悦だ。その愛らしい笑顔を最後のご馳走として、家族水入らずの食卓は終わりを迎えた。

 さて、その件がひと段落したところで話題は本日の本題へと移る。すなわちヴィヴィオを養子にしたいというなのはの提案である。食事中にそういった理由で来たと告げ、食べ終わったら話を聞いてほしいとなのはは言っていたのだ。

 リビングの一角に移動して、その件についての話を始める。

 ヴィヴィオの抱える事情と自分の気持ちを伝え、ヴィヴィオを養子として迎え入れる件を認めてほしいと家族に語りかける。ヴィヴィオの後見人であるフェイトには既に話は通してある。そちら側はまったく問題なく処理すると約束してくれたので、あとはこちらだけなのである。

 なのははこれまで重要な判断などはすべて自分だけで決めてきた。周囲の上司や友人、仲間たちに相談することはあっても家族にそれを語ることをなのははしたことがなかった。それは生きる世界も常識も違うということもあったが、あまり手を患わせたくないという思いもあってのことだ。

 今ではそれが子供の考えだったとわかる。ヴィヴィオという存在が出来たからだろうか、親にとって子供から頼られることはまったく苦痛になんてならないということを知ったのだ。だからこそ、今回なのはは実家を訪ねることにした。なにより新しい家族を迎えるとなったらこれは高町家の問題にもなるのだし、そういった意味でも必要なことだと思ったからである。

 ヴィヴィオを隣に座らせた状態で、なのはは桃子らと向き合っている。ヴィヴィオには席を外させることを士郎は提案してきたが、それはなのはが断った。ヴィヴィオは様々な事情を抱える、本人の意思とは無関係なところで普通じゃない子供だ。それに、ヴィヴィオは賢い。自分のことはしっかり把握しておいてほしい、となのはは思うのだった。

 ここらへん、なのはママはしっかりしている。フェイトママに言わせれば、なのはママは厳しいということになるんだろうが。

 士郎もなのはの言い分を尊重し、ヴィヴィオの同席を認めた。そうしてヴィヴィオも一緒になのはの隣に座っているわけだ。当のヴィヴィオは重い空気を感じ取ってか少し居心地が悪そうにしていたが。


「――……それで、どうかな。もう管理局のほうには話がついてるし、あとはこっちの問題だけなんだけど……」


 すべてを伝え終えて、なのはは桃子らの反応を見つめつつ、ただじっと回答が返ってくるのを待つ。

 ヴィヴィオもわずかに身を乗り出してその答えに注目している。この話し合い如何で、自分がなのはママの子供になれるかどうかが決まる、ということぐらいはヴィヴィオとてわかっている。大好きなママの子供になれるかどうかの瀬戸際なのだ。そちらに傾注してしまうのも仕方がないというものだろう。

 そうして二人に穴が開くほどに見つめられている高町家の四人は、それぞれ身じろぎもせずに目を閉じている。各々が真剣にこのことを考え込んでいるようだった。

 そうして一分……二分ほどだろうか。おもむろに士郎が目を開くと、隣では桃子も目を開いて士郎を見つめた。そして二人で頷き合うと、士郎が口を開いた。


「――では、ヴィヴィオを高町家に迎え入れるのに賛成な奴は挙手!」


 言いながら士郎も自分で手を挙げ、桃子も同じく手を挙げる。恭也と美由希も士郎と桃子に後れはしたものの、ほとんどタイムラグもなく手を挙げた。

 それを見て、ヴィヴィオは嬉しそうに顔をほころばせていき、なのはもまた喜びを表すかのように満面の笑みを浮かべた。二人のそんな笑顔を見た士郎は、口の端を歪めてにっと笑う。


「ま、断る理由なんかないしな。なのははもう大人だ。責任を負う覚悟だってあるだろう。ちゃんと、ヴィヴィオのこと何にも代えがたい大切なものだと思ってるんだろう?」

「うん。そう思ってる」

「ママ……」


 照れたような嬉しいような、それでいて泣きたいような顔で自分を見つめてくる我が子の視線に、なのはは笑顔で応える。

 そんなやり取りに、士郎だけでなく桃子や恭也、美由希からも笑顔がこぼれる。


「それだけ想っているようなら大丈夫だ。その気持ちを忘れず、されど慢心せず。ひと一人の人生に責任を持つ覚悟を持っているなら、俺に言うことはない」


 そうやって締めて士郎の言葉が終わると、次いで桃子も口を開く。


「なのはは昔からしっかりしてたように見えて、実は危なっかしい子だったのよね。でも、今のなのはは本当にしっかりしているように見えるわ。大人になったっていうこともあるんでしょうけど、たぶんこれは親の自覚ね。今のその姿を見たら大丈夫だと思えるから、賛成するわ」

「ありがとう。お父さん、お母さん」

「あ、ありがとうございます……」


 なのはと同じように感謝を述べて頭を下げるヴィヴィオに、桃子は微笑んで、いいのよ、と優しく言葉を返した。それに若干照れたような様子を見せるヴィヴィオに、なのはも桃子も微笑ましさを感じた。


「……なのはがそれだけの覚悟を持って決めたことなら、俺も反対する気はない。だが、困ったことがあったらいつでも頼って来てくれて構わないぞ」

「私も恭ちゃんと同じ。ちゃんと考えて決めたみたいだから、お姉ちゃんも反対する気はないよ。母親の経験はないけど……何かあったら言ってね」

「うん。お兄ちゃんもお姉ちゃんもありがとう」

「ありがとうございますっ」


 恭也も美由希も笑ってそれに応えた。

 これでヴィヴィオを高町家に養子として迎え入れることは正式に認められたことになる。あとはこの後に役所に行って書類を提出すれば、晴れてヴィヴィオはこの家の家族ということになる。


「ヴィヴィオ」

「ん……なぁになのはママ?」

「嬉しい?」

「うんっ!」


 満面の笑顔でなのはの問いに応えるヴィヴィオを見て、なのはも心の底から笑みがこみ上げてくる。結局養子にしたいというのはなのはが勝手に思ったこと。ここに来る前にヴィヴィオにも了解は取っていたものの、こうしてこの場に来てしまうとやはり無理をさせていなかったかと少しだけ不安になったのである。

 だが、そんな心配はヴィヴィオ自身がこうして否定してくれた。なのはは自分が驚くほど安心していることに気がついた。ああ、自分にとってもうヴィヴィオはかけがえのない存在なんだ、と改めて実感するなのはだった。


「それで、これからどうするの?」


 桃子がそう聞くと、なのはは桃子のほうに向きなおって、うーん、と少しだけ考えるそぶりを見せた。


「……とりあえず、市役所に行って書類をもらって出してこようかな。ミッドでの準備はしてあるけど、こっちではまだ何もしていないし……」


 なのはが言うと、桃子は納得したように頷いた。


「それなら、みんなで行かない?」

「え?」


 桃子が唐突にそう提案すると、それに士郎に恭也、美由希も乗ってきた。


「お、いいな。そうしよう」

「……そうだな。せっかくだし」

「うん。私もそうしたいな」


 これは名案とばかりにしきりに頷き、笑って言う三人を見てなのはは困惑気に言いだした桃子を見やる。桃子もまたにっこり笑っていた。


「だって、ヴィヴィオもうちの子になるんでしょう? だったらその瞬間は家族全員で迎えたいじゃない。それなら全員で行くのが一番でしょう?」


 当然のことのようにそう言う桃子を見て、なのはも笑みを見せた。納得と嬉しさと、そんな優しい家族のありがたさを感じさせる温かい笑みだった。


「それじゃあ、そうしようか。ヴィヴィオも、それでいい?」

「うんっ、なのはママ」


 これまた嬉しそうな笑顔で頷くヴィヴィオだったが、ふいにその笑顔を納めて思案顔になる。それにどうしたのかとなのはが思っていると、おもむろにヴィヴィオが口を開いた。


「……なのはママ。フェイトママにご連絡はしないの?」

「あ、そうか。約束してたんだっけ」


 話が決まったら連絡が欲しい、と事前にフェイトはなのはに言っていたのだった。それをヴィヴィオに言われて思い出したのか、なのはは苦笑いを浮かべて気まずそうにヴィヴィオにお礼を言った。それにヴィヴィオは嬉しそうに表情をほころばせる。やはりママの役に立てたということが嬉しいのか、満足そうである。

 そして再び怪訝な顔を示すのは高町家の家族だ。フェイトは知っているが、なぜママという単語もついてくるのだろう。なのはがママとして既にいるのに。


「フェイトちゃんもママなの?」


 美由希がヴィヴィオに問いかけると、ヴィヴィオはこれまた嬉しそうにうんっと頷いた。


「なのはママとフェイトママはね、すごく仲が良くていつも一緒に寝てるの。ヴィヴィオもそこで一緒に寝るのが大好きなの。だから、フェイトママもヴィヴィオのママなんだよ!」


 そのヴィヴィオの説明になぜか凍りつく美由希。そして微妙に動きを止めた桃子と士郎と恭也。なのはは今の発言がある意味そうとうヤバイ意味にもとれると気がつき、慌ててその修正に入った。


「え、えっとち、違うよ!? フェイトちゃんとは同居しているだけで、そういう関係じゃないし、ヴィヴィオはフェイトちゃんも一緒に暮らしている上にヴィヴィオの後見人でもあるから同じようにママって呼んでるだけで……」


 かなり焦ったように一息で言葉を募らせるなのはに、美由希が思わず一言漏らす。


「でも、いつも一緒に寝てるって……」

「だ、だからその〜……」


 何と言ったものか進退きわまったなのは。どうしたものかと迷いに迷った結果、なのははすっくと立ち上がった。


「わ、わたしフェイトちゃんに連絡してくるから、席外すね!」


 と言うと、そそくさとリビングから出て行ってしまった。ぶっちゃけ逃げたのである。

 慌てたように退散したなのはの背中を、ヴィヴィオがきょとんとした表情で見つめていた。なんで行ってしまったのかよくわからない、といったふうに。

 そうしてなのはが去ってしまったリビングには、高町家の四人とヴィヴィオの五人だけが残される形となる。まだなのはが去ったドアのほうを見つめていたヴィヴィオを見て、桃子はあることをふと思いついて静かに声をかけた。


「……ね、ヴィヴィオ」

「うん?」


 呼びかけられて桃子のほうを向いたヴィヴィオに、桃子はさらに一言だけ問いかけた。


「なのはママのこと、好き?」

「うんっ、大好き!」


 即座に向日葵のような明るい笑顔でそう返され、桃子は満足げにそう、と相槌を打った。

 士郎と恭也に美由希も、みんながみんな表情が柔らかい。生まれた頃からずっとなのはのことを見てきた面々には、こうしてなのはが母親になるという報告は本当に驚きのものであったが、それと同時にもう子供でもないのだという何とも言えない寂しさも感じる。

 子供の頃からやりたいことに一直線で、管理局入りを果たしてからもずっと成長を続けていたなのは。ここ数年は会える方が珍しいこととなっていた家族は、気がつけばこうして誰かを新しい家族として養おうと決断するほどに大人になっていた。

 まだ子供だという意識が抜けないのは、昔から知っているゆえの弊害だろうか。賛成はしたが、一抹の不安があったのも事実だった。

 だが、今こうして満面の笑みでなのはのことを受け入れる少女がいる。無償でなのはのことを慕うこの子がいるのなら、きっとなのははそれに見合うちゃんとした大人になったのだろうと信じられた。

 もし何か困ったことがあったとしても、なのはの周りにはたくさんのいい人たちがいるし、自分たちだって協力は惜しまないつもりだ。一抹の不安など、すぐに消え去ってしまうだろう。そのことを、ヴィヴィオの笑顔を見て確信することができた桃子ら四人だった。

 桃子はヴィヴィオの頭を優しく撫でてやって、再度言葉をかけた。


「それじゃヴィヴィオ、ママが帰ってきたら一緒に出かけましょうね」

「うん!」


 元気良く返事を返したヴィヴィオに微笑み、桃子もなのはが去ったドアのほうへと目を向ける。その向こうではきっとなのはがフェイトに連絡を取っているのだろう。声が全く聞こえてこないのは、念話というものを使っているからだろうか。

 気がつけば自分たちが思っている以上に立派に成長していた娘を、桃子は誇らしく思う。久しぶりに帰って来た娘に娘が出来ていたことはとても驚いたが、今ではそれも嬉しい出来事でしかない。新しい家族というものは、いつであっても嬉しい報告には違いないのだ。

 大人しくなのはの帰りを待つヴィヴィオを見つめながら、桃子らは同じようになのはの帰りを待つ。一家水入らず、家族六人でお出かけをするために。