魔法少女リリカルなのは −ソード・ダンス−

※この作品は「とらはシリーズ」とオリジナルの内容も多少含みます。









 ―――道場というものがある。

 名の通り「道を教える場」として様々な武道において、道場は存在し、神聖な場所として人々は敬意を払い、崇め、そして、使う。

 鍛錬の場、あるいは戦いの場として。




 海鳴市。海に面した比較的大きな都市。その中に内包される市の規模から見れば小さな町。そしてさらに小さな、ある家。

 その家の広い庭に備え付けられた、道場。その落ち着いた佇まいは、風になびく草の音とあいまって、ことさらその道場を神聖なものとして見る者に捉えさせた。

 その聖域の中に、いまその聖域が無人でないことを示す気配があった。数は、十二。

 二人が、向き合うように中心で立ち、あとの十人は隅のほうで正座していた。

 十人、そのうち女性が七人、男性が三人。明らかに小学生だとわかる少女が四人と、高校生ほどの少女が一人、そして成人しているであろう女性が二人だった。小学生の少女たちの名前をそれぞれ、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、ヴィータという。高校生の少女は高町美由希、成人女性はアルフとシャマルである。

 対して男性陣はまず小学生程度と思われる少年、その彼より一回り大きな少年、そして筋肉質な大柄な男性の三人。順番に、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、ザフィーラという。

 明らかに狭い道場には多すぎる人数であったが、不思議と狭いという印象はなく、むしろ広いというイメージが先に立った。

 目を開けると狭い場所に映るが、目を閉じると突然広い空間に投げ出された感じがする。そのことにはれっきとしたカラクリがあるのだが、それはこの場では置いておこう。


 ただ、いまは彼、彼女ら十人全員が、向かい合う二人を注視していることに気を払うべきだろう。向かい合う二人―――高町恭也とシグナムを。









                           *








 始まりは二日前のはやての一言だった。

「そういや、なのはちゃんのお兄さんって剣道やっとるんやよな?」


 小学四年生の始まりを告げる猶予期間であるかのような、春休み。守護騎士たちを交えたアースラでの談笑のひと時だった。話がシグナムの剣道指南の話になったときに、思い出すようにはやてがそう言った。


「うん、そうだよ。正確には剣道じゃなくて剣術なんだけどね」

 なのは自身は詳しくは知らないが、確か御神流という剣術だったはずである。父・士郎と兄・恭也、そして姉・美由希の三人が扱う剣術。なのはが聞いてもはぐらかされてその流派の詳細は知らされていないが、なにか独特なものである、ということはなのはも聞いていた。


 なのはが知らないことではあるが、彼女の父と兄姉が修める剣術は、古来より護衛や暗殺術として名を馳せ、そして近年ある事件により断絶した流派である。



 ―――正式名称、永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術。



 もっとも恭也たちが得意とするのは、暗殺に長けた御神流・裏……御神ではなく不破家に伝わる御神流剣術であったが。

 幼い頃よりその鍛錬の姿を見てきたなのはは、どことなく普通の剣術ではないということは感じていた。

 もちろんそれがどんな違いかは判らなかったし、そのことをあまり士郎たちも知られたくないようなので無理に訊くこともなかったが。

 なのはの言葉にシグナムは、ほう、と声を漏らした。

「高町の兄も、剣を持つのか。ぜひ手合わせしたいものだ」

 どことなく嬉しそうに言うシグナムに、ヴィータが、この戦闘狂が、と呟く。目ざとく聞きつけたシグナムにぎろりと睨まれたが、ヴィータはひるむどころか舌を出して応えた。

「に、にゃはは……。お父さんとお姉ちゃんもなんですけどね。私だけが教わってないんですよ」

「なのはは、体育みたいなことは苦手だもんね」

 フェイトがそう言って微笑み、なのはは苦笑した。

「高町、その恭也という人物の腕はどれほどなんだ。もしよければ私と一度試合をしてもらえないだろうか」

 シグナムはヴィータの言葉など気にしないように、その戦闘狂ぶりを遺憾なく発揮してなのはに詰め寄る。なのはは尋問されているような気になりつつ、答えた。



「えっと……凄く強いです。このあいだ魔法も使った模擬戦をしたことがあったんですけど…………その、一撃も与えられずに負けちゃいました」



「え!?」

「なのはが!?」

「白い悪魔のくせに!?」

 はやて、フェイト、ヴィータが声に出して驚きを表す。最期の台詞に少しむっとして、なのははヴィータを見る。さすがに今度はヴィータも気まずそうに目を逸らした。


「……でも、なのはちゃんのお兄さんって、魔導師じゃないんですよね?」

 シャマルが確かめるようにそう尋ねる。

 なのはは頷く。

「はい。私たちが説明した時に初めて魔法の存在を知ったみたいですから」

 その言葉に、どこか困惑したようにシャマルは息を吐いた。

「それは……本当ならば、確かに凄いと言えるな」

「そうだねぇ」




「確かに。信じがたい話ではあるがな」

 ザフィーラの言葉とアルフの同意のすぐあとに、声変わりを始めたばかりの少年の声が届く。皆が一斉にその声の方向に顔を向けると、予想通りの顔がそこにあった。


「クロノ」

 自らの義兄の名前を、フェイトが呼ぶ。

「それに、リンディ提督、ユーノくんまで」

 そのあとに続く形でフェイトの義母であるリンディ・ハラオウン、その隣に淡い栗色の髪をした少年、ユーノ・スクライアが立っていた。

「面白そうなお話ねぇ。なのはさんのお兄さんって、そんなに凄い方だったのね」

 楽しそうにリンディがそう口にする。

「僕も、恭也さんが剣を持った姿は見たことないからわからないけど、そんなに強かったんだね」

 ちょっと信じられないけどね、とユーノは付け加える。

 それは無理もないことだ。この世界の人間にとって魔法は一種のアイデンティティだ。それを凌駕するただの人間の存在など、簡単に認められるものではないだろう。




「……うふふふ」

 不意に、リンディから不気味な笑い声が漏れる。

 周囲の人間は何があったのかとびくりと肩を震わせるが、息子であるクロノは母をよく理解していた。ため息混じりに自らの母に尋ねる。

「……艦長。今度は何を考えているんですか」

 その言葉に、リンディはにっこりと極上の笑みを浮かべる。



「うふふ。シグナムさん、恭也さんと戦ってみない?」

「む?」

「ふぇ?」

 シグナムとなのはが予想外といった体の声を漏らす。クロノは今度こそ大きくため息をついた。

「それで、その戦闘をアースラへ実況生中継。それと同時に恭也さんの戦闘データの解析を行なう。なんだか恭也さんに興味が出てきちゃって」

 リンディは本当に楽しそうにそうのたまう。

 その姿に周囲は、またリンディ提督の悪いクセか、と諦めムードである。

 それを知ってか知らずかリンディは笑みを崩さず、ただ微笑んでいる。

「……私にしてみれば願ったり叶ったりだが……」

 シグナムはちらりとなのはに目を向ける。なのはにとっては実の兄である。その兄をこちらの都合で戦わせようというのだ。ここは自分の意見よりもなのはの承認が大事である、とシグナムは考えたのだった。

 その視線の意味に気づいたなのはも、しかし首を縦に振った。

「私も賛成です。お兄ちゃんの戦闘力のデータっていうのも、興味ありますし……」

 にっこりとシグナムに微笑む。それにシグナムは微笑で応えるのだった。

 そして一層楽しそうにリンディが、ぱん、と手を叩く。

「じゃあ、決定ね! なのはさん、恭也さんに電話して都合がいい日を確かめてもらえる? あ、それから、エイミィ!」

『―――はい、なんですか艦長』

 リンディの声に反応して、エイミィの声が通信される。

「戦闘能力解析の準備をよろしくね」

『はい。なのはちゃん、私も楽しみにしてるからね〜』

 その言葉を最後に、通信が切れる。なのはは何だかおかしなことになったなぁ、と思いながら、愛用しているピンクの携帯電話を取り出した。








                            *









 そして、その二日後。


 恭也はこの日なら、と了承し、こうして全ての準備を整えたアースラの一同はこの高町家の道場に集まった。

 久しぶりに恭也が第三者と剣術勝負をすると聞き、美由希も足を運んでなのはたちの隣に正座している。



 ユーノの手により道場……というより高町家全体に結界が張られている。かつて本局での模擬戦闘でなのはたちの魔法の衝撃を殺しきれず訓練室を半壊させたこともあり、訓練を欠かさなかったことで、ここのところユーノの結界魔導師としての腕は格段に上がっていた。今では、なのはの本気の一撃でもユーノの結界はビクともしない。


 そして今回の結界にはちょっとした細工があった。ある種の無限回廊……つまり地平の消失という付加効果を持った結界を作ったのだった。

 これによって、狭い道場であろうと、広い空間となる。地平の消失とはつまり、座標はそのままに、対象者たちだけを動かすということ。判りやすく言えば、どれだけ遠く離れるほどの距離を戦闘中に移動したとしても、道場から出るということはない、ということである。詳しい理論などを話すと凄まじく長くなるので省略するが、つまりこの結界内においては、道場は限りない広さを誇る場所となるのである。




 そして結界のせいだけではないだろうが、道場の中を水を打ったような静寂が辺りを包んでいた。その時間、数分。

 しかし次の瞬間、その静かな空気を震わせ、静寂をシグナムが破った。



「―――我、夜天の王・八神はやてに仕える守護騎士ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして、炎の魔剣レヴァンティン」

≪nett, Sie zu treffen.(はじめまして)≫



 シグナムが名乗り、レヴァンティンが挨拶をする。

 対して恭也もそれに応える。



「……永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術師範代、御神の剣士・高町恭也。これは、相棒の小太刀『八景』です」



 ぐっと両手に握られた刃を掲げてみせる。

 お互い名乗り、再び数瞬の沈黙が訪れる。


「恭也といったな、合図はどうする」

「俺には必要ありません。そちらが要ると言うのなら、合図をしますが……」

 その言葉にシグナムはふっと笑った。

「いや、こちらにも必要ない」

「……そうですか」

 真面目な顔で恭也は答えた。

「恭也、敬語などやめてくれ。これから私とお前は対等に戦うのだ。敬う対象など、どこにもいない」

「…………わかった。非礼を詫びる」

 それきり二人は黙り、シグナムはすっと正眼にレヴァンティンを構え、恭也は左手の小太刀を水平に胸の前に掲げ、右手をぐっと溜めるように下げる。そしてわずかに前傾姿勢。

 そのまま、更に一分。

 直後、二人の戦いが始まった。














 ごおっ……と風を切る音と共にシグナムが恭也へと肉迫する。

 正眼に構えていたレヴァンティンはいつの間にか下方へと下げられ、そして瞬く間もないほどの瞬速で剣が恭也へと迫る。

 その太刀を受けるでもなく、恭也は前傾姿勢から更に身をかがめて向かい来る刃に立ち向かうような格好でかわし、更に右手の小太刀でシグナムへと斬りかかる。


 ギィン……!


 しかしその一撃はシグナムに届くことなく、引き戻されていたレヴァンティンに弾かれる。近接戦闘に疎いなのはには、シグナムがいつ剣を戻したのかがまったく判らなかった。この中で判らなかったのは、なのはとユーノだけ。何とかわかったのが大多数。そして、はっきり判ったのが美由希だけだった。


 二人は再び距離をとり、それぞれ緊張状態のまま向かい合う。

「……洋剣をそこまで素早く操るとは、驚いたな」

「お前も、小太刀特有の速さを差し引いても余りある速さだった。相手として、申し分ない!」

 再びシグナムが動く。今度は上段からの打ち下ろし。これも恭也は身を捻ってかわし、シグナムの左側に回りこむ。そして降ろされた直後の隙をついてシグナムを斬りつけた。しかしこれはシグナムが右腕の篭手を使って下から恭也の刀を流すように押し上げ、恭也の攻撃を逸らす。そしてわずかに恭也の体勢が崩れたところを狙い、レヴァンティンを横に薙ぐ。しかし恭也はこれを左の小太刀で防ぎ、その力に流されるまま横っ飛びに移動し、距離をとる。

 そして今度は恭也がシグナムに接近し、小太刀を振るう。小太刀の速さを生かした攻撃にレヴァンティンで防御に徹するシグナム。恭也のスピードは尋常ではなかった。シグナムにとっての好敵手、フェイトよりも更に一回り速い。わずかに舌打ちし、シグナムは力任せに一振りし、恭也を一度離れさせる。



「レヴァンティン!」

≪Explosion!≫



 ガコン、と刀身の紫の装飾部がスライドし、内部のコックが機械的に動く。赤い弾丸がひとつ装填されると共にシグナムの纏う魔力の質が格段に上がる。


(多少卑怯かとは思うが……これも勝負。勝てる時に勝たせてもらう)


 シグナムは心の内で恭也に詫び、次いでキッと睨みつけるように目を細める。


「―――紫電一閃!」


 いくらか威力を抑えた自身の必殺の一撃。刀身に濃縮された魔力の迸りが、わずかに光となって刃を包んでいる。これを見れば本能的にこの技は危険だと判る。特に、腕の立つ者ほどその危険性をいち早く察知できるだろう。

 ゆえに熟練者は防御の体勢を取ってこの技を受けることが出来る。それは今回シグナムが威力を意図的に抑えているからなのだが、それはこの際関係ない。大事なのは、つまりシグナムは恭也ならば十分に防御が間に合うと考えた、ということだった。


 だから、不思議だっただろう。恭也が防御の構えではなく、攻撃のような構えを取ったことに。


 そして、紫電一閃が決まるかと思われた瞬間―――。


 恭也の手にした八景が縦横無尽に振るわれ、紫電一閃の威力を完全に相殺……いや、押し返した。


(なっ……!?)

 驚きのあまり一瞬硬直したシグナムに、更に恭也の追撃が及ぶ。それをかすりながらも腹に受けて、辛くも避けると、シグナムは一足飛び、後ろに下がった。



「御神流、奥義之弐・虎乱……」



 恭也が呟くように言ったその言葉で、シグナムは自分の技が御神流の奥義のひとつによって殺されたことを知った。

(魔法でもない攻撃で、私の攻撃を相殺するだと……)

 本気ではなかった、というのは言い訳にしかならないだろう。事実、虎乱といったその技は、わずかに紫電一閃を押し返していた。



『……一撃も与えられずに負けちゃいました』



 シグナムはなのはの言葉を思い出した。初めは誇張した表現、あるいは遠慮がちななのはらしい言い方だと思ったのだが……。

(この男は、強い)

 シグナムはここにきて完全に油断をなくし、最強の敵として恭也を認識した。





















―――To Be Continued