魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story - * 今からすれば、古代と呼ばれる遥かな昔。 現代よりも遡った時間に存在する世界ながら、現代よりも遥かに発達した文明をもつ、ある世界があった。 名を『アトランティス』―――豊かな資源と、通常の世界よりも濃い魔力素を含む大気を持つ世界である。 それゆえかこの世界では魔法技術がまさに異常とも言える速度で成長を続けていった。 現在でいうロストテクノロジー。その粋を極めた国……という点ではまさに理想郷ともいえるような世界であった。 しかしこの世界の技術は、ある一点に絞られたものだった。そのために民の多くは力を磨き、研究し、そしてこの世を去る。ただそれだけのために注がれる多くのエネルギー―――ゆえに、それ以外の技術はまるで成長していないといっても過言ではなかった。 その一点とは、すなわち“神の座す頂への到達”である。 その世界の住人の多くは、非常に高い魔力資質を持って生まれてきた。 濃い魔力素が主な原因とされ、長年の間で人間の身体が効率的に魔力素を取り込み、利用する仕組みになった、と言われている。 しかし、生まれてくる者は皆現在で言うAAクラスよりも上なのである。それがどれだけの異常さであるかは、現代の魔導師にしてみれば信じられないものだった。 彼らが目指す“神の座す頂”。 それは、技術を突き詰めていけば神に近づけるといった、至極単純なものだった。 だから、そのアトランティスは『研究大国』と近隣世界から呼ばれることもあった。しかしその特異な国民気質から、アトランティスは他世界からも敬遠されがちな、いわばどこか浮いた世界だった。 ……その、どこか浮いた世界に、ある一人の魔導技師がいた。 年齢二十一歳の若き女性研究者。クリティアス・ダンリーである。 彼女は優秀な技師だった。魔法資質は現在で換算すると、最高値であるSSSクラス。それだけではなく、知能の高さもアトランティス随一とまで賞された天才だった。 父に偉大な技師を持っていた彼女は、疑うことなく研究の道に入った。なにもそれは驚くことではなく、この世界の住人の実に八割は研究職に就いているのだから、それはある意味で当然とも言えた。 そして彼女はどんどんと発明を繰り返していった。連日ただ一人だけで研究を重ねていた彼女は、しかし見事に結果を残していった。 だが、いつしかそれが周りから疎まれることとなった。 周りの研究者たちは皆、それぞれデバイスと共に研究を行っていた。この世界のデバイスは、“自身では辿り着けぬ場所への到達”を夢見てデバイスを作る。すなわち“神の頂”を目指して。 それは、自身では到達出来ない、と自分の非力を認めた上での仕方ないことだった。デバイスがないと、自分の力以上のことは出来ないのだから。 だが、クリティアスは違った。彼女は、デバイスなしで優秀な結果を残していた。 そのことが、研究者達には許せなかった。ただ自身の力のみで、彼ら以上の働きをする、彼女が。 しばらくして、クリティアスはその研究所を解雇となった。翌日から別の研究所に雇ってもらえないか掛け合ってみたが、答えはNO。それはどこの研究所に行っても同じだった。 彼女はそのことを嘆いたが、しかしどうすることも出来ず、研究所の集まった都市部を離れ、比較的発展していない地方へと移り住んだ。 そこで独自に研究を続けていた彼女は、地方の研究所にスカウトされ、顧問という立場でその研究所に所属した。 顧問としての立場から研究者たちを見ていると、彼女はあることに気がついた。皆は、それぞれデバイスと会話をしながら試行錯誤して研究している。それは、たまに笑いあったり、頷きあったりする、彼女の知らない研究だった。 そのとき、彼女は気付いた。自分の周りには、誰もいないということに。 彼女は、それから独自に自分のデバイスを作り始めた。相棒であり友人、片腕にして同胞。そんなデバイスを想像しながら。 そうして一年後、彼女は彼女のデバイス―――『オリジン』を作り出した。 「あなたはオリジン。私はクリティアス・ダンリー……クリスよ」 ≪―――クリス……あなたが俺の主か≫ 二人は、そんな簡単な会話から関係を始めた。 それにしても、オリジンは変なデバイスだった。 普通のデバイスは、主に意見をすることはあっても口答えはしない。主と笑うことはあっても、怒ることはない。それは単純に、研究としての効率を優先したからである。 しかし、オリジンは違った。 クリスと共にいる時もあれば、勝手に動いている時もある。 彼女と笑い合う時もあれば、デバイスであるのに主と喧嘩をしていることもある。 そして共に高めあい、切磋琢磨し、彼女はオリジンを認め、オリジンは彼女を認めた。自分の相棒として。自分と共にいる相手として。 それは、人間と対峙しているのとどこが違うのか。 そう思ったその時から、彼女はオリジンを愛し、オリジンは彼女のことを愛していた。 人種どころか、そもそも相手は機械であるという事実。身体的に同じ部分はどこにもない。触れ合うことも、満足に出来ない。それでも、それは愛だったし、彼女は心を創ったに違いなかった。 それからの生活は彼女にとって初めてのことばかりだった。まず、オリジンと一緒にいると思うだけで楽しい。しかし、彼がいないと途端に心細くなる。そして彼を見つけると、迷子の子供が母を見つけたときのように、深く安心するのだ。 それほど感情が揺さぶれることは、彼女にとって初めての経験だった。だから、彼女はその生活がとても新鮮で楽しかった。 オリジンにしても、彼女といることは幸福だった。オリジンは、主として、最初は彼女のことを想っていた。しかし、共に研究に精を出し、彼女の隣にい続けるうちに、いつしか主への敬愛は彼女に対する愛情へと変わっていた。 デバイスである自分が……人ではない自分が抱くには分不相応な想いであると、オリジンは理解している。 それでも、と願うのだ。幾千、幾星霜と時が過ぎても、彼女と共にあることを。 デバイスとしてではなく、オリジンとして、ただひたすら祈るように。 しかし、終わりは呆気なくやって来た。 発展しすぎた文明は、いずれ崩壊する。 その例に漏れず、アトランティスにも終わりがきたのだ。翼をもがれたイカロスのように。裁きを下す、神の怒りを受ける時が。 ≪クリス!≫ オリジンは傍らにいる己が主、クリティアスに呼びかける。彼女宅の中で、イスに腰掛けたままの彼女に、オリジンは声を荒げて脱出を促す。しかし、彼女はそれに首を振り、無駄だと彼に伝えるだけである。 アトランティスは大きな地震によって揺さぶられ、世界の端々が、発生した虚数空間へと落ちていく。 次元断層―――。 それは本来なら時空間が存在するはずの世界と世界の間に亀裂が生じ、断層に周辺世界が呑み込まれるという次元災害。 断層の内側は虚数空間。落ちれば、アトランティスの民に助かる術はない。 ≪くそっ! アルハザードのように結界を張って虚数空間内に存在し続けることが出来れば―――!≫ 言ってもどうしようもないことを、しかしオリジンは口にする。 「無理よ。アトランティスは一つの研究にのみ特化した世界。アルハザードのように虚数空間の干渉をも弾くような強力な結界は……作ることが出来ないわ」 アトランティスが『研究大国』ならば、アルハザードは『万能大国』。数々の秘術ともいえる魔法を編み出し、周辺世界を発展へと導いた世界。アトランティスはしかし、そのアルハザードの恩恵を蹴り続けていた。 なぜなら、目指すべき目的のために、それらは必要ない技術だったから。 ≪だが、このままでは!≫ 焦るようにオリジンは言う。彼は何よりも怖かった。目の前で彼女を失うことが。自分の愛する存在を、助けられないことが。 そんなオリジンに、クリスは微笑んでその巻貝のような外装を撫でた。 「……大丈夫。私の愛するデバイス……私が誰よりも大好きだったあなたに、主として命令します」 突然の言葉に、オリジンは言葉が出ない。その間に、クリスは言葉を紡いだ。 「生きなさい。私がいなくなろうと、どれほどの時が経とうと、必ず生きなさい」 ≪クリス!!≫ 主の言葉に抗うように、オリジンは彼女の名前を呼ぶ。 外から、地面が割れる音が聞こえてくる。この場所も、そろそろタイムリミットが近いようだった。 ≪そんなことを言うな! ……俺はデバイスだ! お前がいなくて、誰のためのデバイスか! 俺の存在意義を、奪うつもりなのか、お前は!≫ 亀裂の音が刻一刻と近づいてくる。オリジンは必死な想いで叫び、クリスに訴えかけるが……それでも、クリスは、微笑みを崩さない。 「あなたは私のための……私だけのためのデバイスよ、オリジン。わかっているわ」 オリジンを撫でながら、クリスは続ける。 「―――だから、探して。いつの時代か、どこかの世界に現れるはずの、もう一人の私を。……きっと、その私は何も覚えていないでしょうけど……」 それでも、とクリスは満面の笑顔をオリジンに向ける。 「それでも、あなたがいてくれれば、私はまた頑張れるわ」 本当に、これ以上ないほどの綺麗な笑顔でクリスは笑う。それは、まるで太陽に向かう向日葵のように、ただ一心にオリジンへと向けられた、彼女の想いだった。 オリジンはしばらく黙り込み、やがて、静かに口を開いた。 ≪―――……意外と、残酷なことを言うのだな、クリス≫ どこか諦めたようで口調で、しかし笑みさえ含んだ声で、オリジンは言った。 オリジンの言葉に、クリスは応える。 「ふふっ……ごめんなさい、オリジン。私の最後のお願い、聞いてもらえるかしら?」 その言葉に、オリジンは力強く答える。 ≪ああ。約束だ≫ その言葉に、クリスは微笑んで答える。 「うん。約束ね」 クリスはオリジンに両手を伸ばし、胸に抱きかかえる。わずか数十センチしかないオリジンの身体は、埋もれるようにクリスの腕の中に沈んだ。 そうしてしばらくの間動かずにいると、ドン、と大きな音が響いた。近くの地面が虚数空間に落ちたらしい。 もう時間が無かった。 クリスはオリジンを目の前にかざし、魔法陣を描く。 その魔法は、長距離次元転送。遥か彼方―――次元災害の影響がまったくない次元まで転送を可とする、現代では考えられない距離の転送魔法。 この時代では半ば当たり前のこの長距離次元転送魔法も、しかし、その魔法は彼女のオリジナルである。ひとつの魔法研究のみに特化したこの世界では、他の魔法は見向きもされない。そのためアトランティスにそんなに長距離を移動できる転送魔法は存在していなかった。 そんな中で彼女が遊び半分に作ってみたのがこの魔法だった。しかし、そこはやはりしっかりとした研究のもとで作られた魔法でないだけに、使用するに当たっての制限があった。あまり距離があると使用する魔力量は莫大に増え、逆に転送できる人数はひどく限られてくるのだ。 この場合、次元断層……そしてその余波を完全に回避しようと思うと、転送可能人数は、子供一人である。 つまり、オリジンだけしか生き残れない。 オリジンもそのことを承知でクリスの願いを聞き入れた。だから、オリジンは落ち着いて、自らの愛する女性を見つめた。 ≪……お前との約束、必ず果たしてみせる、クリス≫ 「うん。待ってるわ、オリジン」 クリスの言葉と同時に、オリジンの姿が光に包まれていく。最後の瞬間、オリジンは一言、こう言った。 ≪それじゃあ、また―――≫ 次の瞬間にはオリジンの姿はそこから消えていた。 残ったのはクリスと、今にも崩れ落ちそうなこの世界だけ……。 誰もいなくなった家の中で、イスに背を預け、クリスは天を仰ぐ。外からは地響きの重奏が奏でられ、世界は明確な終わりを告げようとしていた。 自分は確実に死ぬ。それはもう確実だった。 しかし、それでも。 それでも満足そうに笑って、クリスは彼が消えていった虚空に呟く。 「また会いましょう、私の愛しい人―――……」 彼らが幸福に暮らしたアトランティスは、こうして一夜にしてその長い歴史に幕を閉じた―――。 * ・ ・ ・ ・ ≪―――……俺の願いは、ただひとつだ≫ 全てを話し、オリジンは当時に想いを馳せながら、決意も新たに力強く言葉にする。 何よりも崇高で、何物にも代えがたい、彼女との最後の約束を。 ≪彼女の生まれ変わりが生まれたら、協力して欲しい。この時代ではないかもしれない。まだ何百年も先なのかもしれない。……だが、もし。もし貴方の生きている間に彼女が生まれたら……どうか、協力して欲しい≫ 下げるべき頭が無いオリジンだが、心の中で深く深く頭を下げてグレアムにそう嘆願する。 彼は、封印されている間もずっと意識があった。アトランティス崩壊から現在まで、ミッドチルダに移ってからも、ミッドチルダの封印技術では彼の意識まで閉ざすことは出来なかった。 その間ずっとオリジンは彼女のことを探し続けた。彼女に教わった次元間探索魔法を使用して、彼女と同じリンカーコアの反応をただひたすらに探す日々。 何十年、何百年、何千年もの間、休むことなく続けてきた作業。いまだその発見は成し遂げられていないが、もし発見した時のために、彼には協力者が必要だった。 管理局から出ることなどわけないが、それでは彼女のもとに辿り着いても再び回収されて終わりだ。彼だけなら回収されない自信があるが、彼女は違う。その生まれ変わった子は魔法を使えないかもしれないし、使えたとしても彼女はオリジンを覚えていないのだ。見たことも無いデバイスのために、尽力してくれるとは言い難かった。 だから、協力者が必要だった。ずっと彼女といるために。今度こそ、彼女のことを守るために。 オリジンは協力して欲しいと言ってから、ずっと黙っている。 グレアムは、オリジンの話に驚き、悲しみ、そして思った。 大切な人を亡くした気持ちは、確かにどうしようもない、と。 彼の部下にして親友であった、クライド・ハラオウン。彼を、この手で殺したこの思いの、何と苦しいことか。 妻との間に子供も生まれ、これからという時に殺さなければならなかった、その運命の何と憎らしいことか。 その原因となった闇の書の、何と許せないことか。 だから、グレアムには彼の気持ちが多少なりとも判った。何千年もの間変わらず抱いてきたその想いの強さは、彼には判らないことだったし、判ってはいけないことであるけども、それでも、彼のその約束にかける一途な愛情は、判った気がした。 だから、グレアが答える答えは決まっていた。 選択肢など、彼の中には最初から存在していなかった。 だから、その通りに彼は答える。 「……もちろんイエスだ。もしその彼女が見つかったら、すぐに連絡をくれ。出来る限りの協力をしよう」 グレアムの言葉に、アリアとロッテも笑って頷く。彼女たちもまた、グレアムと同じ想いだった。 自分達に共通するところのある、彼を放って置けない。そして、ただ彼のことを助けたいとも思った。約束を交わした時からまさに幾星霜……ただ一人で生きてきた彼に、自分達ぐらいは味方になってもいいんじゃないかと、思えたから。 「よろしく、オリジン」 「私たちも、あなたに出来るだけ協力するわ」 だから、彼女たちは、笑顔でオリジンを迎え入れた。 その答えにオリジンは涙の流せぬ小さな身体の中で、しかし溢れんばかりの感謝をこめて、どこか掠れたような声で一言だけ返した。 ≪―――ありがとう……≫ この時から、オリジンとグレアムの関係は始まった。 |
| ―――To Be Continued |