魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story -






「私たちが最初に出会ったのは、私が封印宝蔵へと出向いた時だ。今から十七年前の闇の書事件、それが終結して一年が経った頃だった―――」




                           *




 ―――封印宝蔵。


 時空管理局本局内に設置されているロストロギア管理施設である。施設の管理については局内の遺失物管理班がその全権を任されており、たとえ局の最高責任者であっても管理班の許可なくして自由に利用することは出来ない、ある種独立した施設でもある。

 局員もその異質さゆえか、近付くことは滅多にない場所のひとつであり、管理班以外は特に用のない場所と言っても過言ではなかった。



 ―――ギル・グレアムは、しかしその封印宝蔵に用があった。

 管理班に申請書を送り、許可を貰ったグレアムは、リーゼたちと共に封印宝蔵の中へと入った。

 目的は、ロストロギアについて少しでも詳しく知ることである。

 漠然とした目的だが、グレアムにとってはまさに急を要する用件だった。

 最初は彼も手近な無限書庫で調べていた。しかし、整理すらされていない書庫内から特定の情報を選び取るのは至難の業だった。グレアムは半年ほど粘り強く探し続けたが、結局諦めた。

 次に目をつけたのがこの封印宝蔵である。しかしそう思いついて申請してから実際に中へと入る今日までには、数ヶ月もの時間がかかった。それだけ、ロストロギアが保管してある場所ということで体制が厳しいのである。



 そして、今日。ついにグレアムは封印宝蔵へ足を踏み入れる。ロストロギアの調査という目的を果たすために。ひいては、『闇の書』の次の転生先を調べる資料を得るために。




「ふぁ〜〜、なんか寒い所だねぇ」

 ロッテは軽く腕をさすりながらそうぼやくように言う。

 封印宝蔵の中は、まるで美術館のような内装だった。一つ一つのロストロギアがガラスケースのようなものでそれぞれ分けられて展示されている。室温が低く設定してあることを除けば、なんの変哲もない美術館にしか見えないだろう。

 しかし、実際にはその展示にも意味があった。ガラスケースは全て魔法技術の粋を集めて作られた封印の檻であり、展示するようにそれぞれ離して置いてあるのも、一定の距離に近づくことで効果を発生させるロストロギアである危険性を考慮してのことだ。

 それ以外にも数々の封印技術を重ねられた姿が、この美術館なのである。

「仕方ないでしょう。そういうものなんだと割り切るしかないわ」

 ロッテのぼやきに、アリアが呆れ気味に返す。

「……二人とも、ここが危険な場所であるという認識が甘いぞ。もう少し緊張感を持ちなさい」

 グレアムが諭すように言うと、リーゼたち(特にロッテ)は物珍しそうに辺りに向けていた視線を気まずそうに伏せた。

「はい……すいません」

「ごめん、父様」

 素直に謝る二人に笑顔を向けて、グレアムは再び前を見て歩き出す。

 『闇の書』は特殊なロストロギアである。転生と無限再生により、壊すことも封印することも出来ない、呪われた魔道書。自らが作り出した守護騎士に守られ、破壊のみに力を振るい、闇だけを残していずこかへと去ってしまう、まさに天災ともいえるロストロギア。

 これまで、転生先の発見がされたことは記録にはない。それどころか、調べられたことすらない。グレアム自身もその理由はよくわかっている。闇の書完成前の主を探し出したところで意味がないことは。

 それでも、グレアムは探し出す必要があった。彼は、ようやく闇の書の永久封印方法を見つけたのである。

 だから、そのために必ず見つける必要があった。闇の書の、次の主を。





≪―――……≫





 グレアムとリーゼは管理班から借りたロストロギアのリストと照らし合わせながら蔵の中を歩く。闇の書に近いもの、とまではいかなくとも、参考となるロストロギアを求めて。



 中に入って五十分……いや一時間が過ぎ、グレアムたちは蔵内の奥の方までようやく進んだ。保管されている実物を見て、リストと照らし合わせる。そしてその説明欄を軽く流し読み、違うとわかれば次へと進む。そのことを繰り返しながら。


 ―――そして、次にグレアムの目に入ったのは、地球にいた頃に図鑑で見たことがある生物に酷似した外見のロストロギアだった。

 確か、アンモナイトといっただろうか。まだ地球において人類が誕生していない遥か昔、地上に恐竜が繁栄を築いた頃に海中で暮らしていたとされる巻貝のような生物である。しかし実際には貝ではなく、イカやタコと同じ軟体動物で、頭に足がついている頭足類という種類に分類されるらしい。

 目の前にあるロストロギアは、そのアンモナイトの化石の姿にとてもよく似ていた。

 外見は全て銀で覆われ、その巻貝のような渦の中心には、エメラルドのように輝く緑の宝玉が据えられている。蔵内の淡い光だけでも力強く光を照らし返すその姿は、どこか荘厳なもののように感じられた。

 グレアムはその美しさに思わず足を止め、しばらく眺めていた。


 と、目の前のロストロギアの中心の宝玉がキラリと光った。明らかに光が当たったというわけではない。グレアムが一瞬不審に思った、直後





≪―――……珍しいな。どうやら管理班の人間ではないようだが≫





 目の前から声が響いた。



「な―――!」

 グレアムはその目を奪われていたロストロギアが喋ったのだと気付き、一歩後ろに下がる。入れ替わるようにリーゼたちがグレアムの前に出てきて、厳しい目でオリジンを睨んだ。

≪……そう警戒するな。今の俺は、特に何もする気はない≫

「今の……ってことは、いつかの貴方は何かしでかすつもりってこと?」

 アリアが言うと、ロストロギアは一瞬言葉に詰まるように押し黙った。が、すぐに大声で笑い出す。

 その様子にリーゼもグレアムも驚き呆れ、ぽかんと目の前のロストロギアを見つめる。もちろん警戒の態勢はそのまま維持し続けているが。

≪くっくっ……! なるほど、そういう取り方もあるな! ……いや、すまないな。なにしろ人と話すことなどもう何百年ぶりかわからん。俺としたことが、つい興奮してしまったようだ≫

 いまだ興奮覚めやらぬといったそのロストロギアを見、グレアムは手元のリストに視線を落とす。






 『No.0000001/オリジン』
 ―――管理局設立前より存在する最古のロストロギアにして、現存する最古のデバイス。







 簡潔に、それだけが書かれていた。


「―――君は、オリジンというのだな」

「父様?」

 グレアムの声に振り返ったリーゼたちに、手を上げてみせて下がるように示す。

 リーゼたちはどこか不服そうにしながらも、グレアムに従い、グレアムの一歩後ろに下がった。

≪そうだ。貴方は?≫

「私は、時空管理局提督ギル・グレアムだ。……最古のロストロギアとしての君に、聞きたいことがあるのだが、質問してもいいだろうか」

 グレアムの言葉に、オリジンはしばらく沈黙したが、やがて……

≪聞こう≫

 と答えた。

「感謝する。……聞きたいことは一つだ。君は、最古のロストロギアだということだが……もしロストロギア『闇の書』について、何か知っていることがあれば教えて欲しい」

≪『闇の書』……か?≫

「ああ。第一級捜索指定遺失物……非常に危険な、旅する魔道書。私は、ソレについての情報を得るためにこの蔵へとやって来たのだ」

「父様……」

 グレアムは苦虫を噛み潰したような顔で、絞り出すように声を出す。そんなグレアムをリーゼたちが励ますように呼びかける。グレアムは、それにどこか無理をした笑顔で応えた。

 またしばらくして、オリジンは答える。



≪闇の書―――『夜天の魔道書』か。アレはいまだに壊れているのか≫



「知っているのか!?」

 半ば諦めていただけに、グレアムは勢い込んでオリジンの言葉に反応する。

≪ああ。知っているとも。まだアレが健全な魔道書だった頃からな≫

「―――……健全な、魔道書……?」

 ロッテが反芻するようにその言葉を繰り返す。

 そのロッテの様子を、オリジンは怪訝に思った。

≪なんだ、知らなかったのか? てっきりここに来る前に無限書庫あたりで調べたものだと思っていたが≫

「調べたんだけど……。とても特定の情報を探し出せるような状態じゃなかったの」

 アリアが苦笑気味に話すと、オリジンはやれやれ、と呆れた声を出した。

≪……では、教えておいてやろう。貴方がたが『闇の書』と呼ぶものの、真実を≫












「―――闇の書が……そんな経緯で誕生したものだったとは……」

 オリジンから聞かされた闇の書の過去は、グレアムにとって意外なものだった。

 最初から破壊の権化だったわけではなく、もとはただの研究書であったこと。度重なる悪意ある主による改変、改竄、改造―――……その結果、『夜天の魔道書』は、壊れてしまった。

 ただ、破壊を繰り返すだけの『闇の書』に。

「闇の書も、被害者だったのね」

「力を求める人間は、いつの時代でも変わらないってことなのかな……」

 アリアとロッテも、思いも寄らなかった事実に、沈痛な面持ちで顔を伏せる。

 ただの破壊者だと思っていたロストロギア。その不遇の過去は、想像に余るものだった。

 同じく顔を伏せていたグレアムは、しかし力強い顔で面を上げた。

「―――……だが、例えどんな過去があろうと、闇の書がこれまでに行ってきた罪は消えるものではない」

 力強く、決意するように、グレアムはそう言い放つ。

 リーゼたちも、その言葉にはっとして顔を上げた。

「……そう、だね。今の話は可哀想だと思うけど……だからって、クライドくんのことは許せるものじゃない」

「一年前の事件のあとに、誓ったんだもの。闇の書を、封印するって」

 ロッテとアリアはお互いに顔を見合わせて、頷きあう。もう迷わないために。もう闇の書に同情などしないように。

 グレアムも同じ気持ちで、二人に頷いた。

 そして、ふとグレアムはあることを疑問に思い、そのことをオリジンに訊ねる。

「……そういえば、なぜ封印されているはずの君が、闇の書のことを知っているんだ?」

「その時は封印されてなかったとか?」

 ロッテの言葉を、オリジンは否定する。

≪いや、俺がここに封印されたのはベルカとの対立中期……。夜天の書が作られたのは、その後だ≫

「じゃあ、なぜ……?」

 アリアが素直に疑問を口にする。

≪わからんか? 俺が動けない状態にあるなら答えは一つだろうに≫

 オリジンの揶揄するような態度に、ロッテがわずかに眉を寄せるが、グレアムは真剣な顔でオリジンに言った。

「なるほど……。闇の書の主が君を訪ねてきた、ということだな」

 その言葉に、オリジンは頷く。

≪その通りだ。夜天の書の本来の役割は話しただろう。まだ改変を受けていない頃だ。ミッドチルダの魔導師がアレの主になったことがあった。当時はまだ管理局も設立されたばかりで、ある程度地位のある魔導師はここにも出入り出来たのだが……そのときに、研究のために封印されていた俺を訪ねてきたことがあったのだ≫

「そのとき、守護騎士は……?」

≪いなかった。何でも、「研究させてもらうというのに、騎士たちを連れてくるのはおかしいだろう?」ということだそうだ≫

 その数年後、管理班の人間が闇の書のことを話すのを聞いて、オリジンは壊れ始めたことを知ったらしい。少しずつ、変化していくその経緯を。

 オリジンの話に、グレアムたちは何とも言えない気持ちになる。

 “もし”の話など、今更しても詮無いことだ。だけど、もし……オリジンを訪ねてきた、そんな主ばかりだったなら。そんな、優しい主ばかりだったなら。

 『闇の書』も、『夜天の魔道書』のままでいられたのかもしれない。

 そう思うと、わかっていても、やはり胸は痛んだ。報われない魔道書に、永久凍結という最期を与えることが。

 黙ってしまった三人に、オリジンも声をかけづらいのか静かに見守る。





 重い空気が支配する中、咳払いともにオリジンが話し出す。

≪ごほん! ……では、次はこちらの話を聞いてもらおう≫

「―――……なに?」

≪なんだ。まさかタダで聞いたつもりでいたのか?≫

 オリジンの心外だと言わんばかりの物言いに、ロッテが食って掛かる。

「さっきはそんなこと言ってなかっただろ!」

≪そうだったか? いや、何千年と生きていると物忘れが激しくていかんな≫

 しかしそんなロッテの言葉も、オリジンはさらりと流す。

 あくまでとぼけるオリジンの態度に、ロッテは今にも飛びつかんばかりにオリジンを睨みつけていた。

「ロッテ。……オリジン、君のいうことはもっともだ。我々だけが得をするのでは確かに不平等だからな」

 グレアムはオリジンが飾られたケースに更に一歩歩み寄る。

≪真面目だな。グレアム提督≫

「性分だ。どうにかなればと思っているよ」

 そのやり取りに、しばらくお互いに沈黙するが、すぐに堪えきれなくなったと言わんばかりに盛大に笑う。オリジンは声を上げて、グレアムは声は抑えてしかし肩を震わせて。

 いきなりの盛り上がり具合に、リーゼたちはついていけず、困惑するだけである。

 ひとしきり笑いあった後、落ち着きを取り戻したグレアムは再びオリジンに言う。

「オリジン。君の話を聞こう。もし無茶なものでなければある程度の協力は約束する」

≪ああ。……俺が話すのは、俺がこんなケースに入れられてまで永い時を過ごしてきた理由だ。同時に、その理由は俺が永年抱いてきた願いでもある≫

 オリジンはひとつ間を置き、そして再び言葉を紡いだ。

≪もし協力してくれれば、主の捜索にもきっと役に立つであろう魔法の式を教えてやろう≫

 その言葉に、グレアムはふっと微笑んだ。

「オリジン。そんなことをしなくても、我々は君に協力する。あまり、我々を見くびらないでくれ」

 グレアムはそう言い、オリジンはまた静かになる。

 そしてグレアムがしたように小さく笑った。

≪……そうだな。感謝する、グレアム≫

 そして、再度引き締まった声でオリジンは言う。



≪では話そう。俺が抱く願いと、遥かな昔に交わした、我が主との約束を―――……≫


















―――To Be Continued