魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story - イギリス―――ウェールズ。 ウェールズはケルト文化の伝統を色濃く残す、文化面では歌が広く民衆に好まれる音楽の国でもある。また面積の20%が国立公園に指定されるほど多くの自然を有し、神秘的な景色が強く残っている。かの有名なアーサー王物語が書かれたのもこの国であり、魔法に対する認識が世界で最も柔軟な場所であるともいえた。 ギル・グレアムはこの国の自然豊かな地方に居を構え、今はそこで使い魔と共に隠棲中ということであるらしい。 薄茶色の土が健康的な、木々に囲まれた林道に唐突に魔法陣が描かれる。そして、その上にオリジンを含めたクロノたち十人が現れた。 ちなみになのはたちは地面の上に立っているが、オリジンは宙に浮いている。クロノの胸の高さ、なのはたちにしてみれば鼻の高さ辺りだろうか。手足のない彼は、移動するために浮いて移動するしかないのだった。 一歩なのはが歩を進めると魔法陣はたちどころに消え去った。残されたのはオリジンとクロノたち。―――そして、目の前に建つグレアムが暮らしているであろう家だけだった。 「……あそこか。提督がいらっしゃるのは」 クロノが思わず昔の呼び方、提督とグレアム呼び、呟く。 目の前にはまるでコテージのような木造の家が建っており、その前には様々な花や植物が植えられた、綺麗な庭園が広がっていた。よく手入れされているのだろう、とても整えられた造りだった。 緑のアーチがまるで門のように飾られていて、幻想と伝説の国、イギリスにふさわしい雰囲気を醸し出していた。 その邸宅を見やるクロノに顔を向け、オリジンは答える。 ≪ああ。リーゼたちもいるはずだが≫ オリジンが何気なく言ったその言葉に、うっ、とクロノは顔を歪ませる。リーゼ……特にロッテの積極的なコミュニケーションが苦手であるらしいクロノは、出来る限りリーゼに会おうとはしないのだった。 それがわかっているなのはたちも、どんな顔をしたものか、と困惑気味に笑うだけである。 「……ほんなら、行こか」 はやてが言い、皆が頷いて歩き出した時。 ガチャ、とタイミングよくドアが開かれた。 皆が思わず足を止めて注目していると、中から大きな猫耳と尻尾を生やした女性―――リーゼロッテが姿を現した。 「う……」 クロノがうめくように声を出すと、ロッテは大きな猫耳をぴくんと動かし、次いでクロノたちが立っている宅前の林道に目を向けた。 そして、クロノに気がつくとすぐにぱぁっと顔を輝かせる。 「おお〜〜〜、クロスケ〜〜〜ッ!」 叫んできらりと目を光らせると、目で追うのもやっとというほどの素早い動きでドア傍から移動し、なのはたちのすぐ近くまで来てクロノを抱き締めていた。 「お〜、お〜、大きくなってまぁ〜」 「ろ、ロッテ……! 僕ももう大人なんだ。そう無闇に抱き付いてこないでくれ……!」 頬を赤くしながらそう反論するが、ロッテは聞く耳をもたない。クロノは真っ赤な顔であたりを見回すが、もちろん助けようなどという人間は一人もいなかった。 ≪……なるほど。だからクロノ提督はリーゼと聞いていい顔をしなかったのか≫ 納得した、と呟くオリジンにクロノは視線を向けるがオリジンも当然無視である。 そこで、クロノはぞくっと寒気を感じた。ふと妙に冷たい空気がある一方から流れてくるのを感じたのだ。クロノは恐る恐る、ゆっくりとその方向に顔を向けた。 その視線の先では、フェイトが無表情でクロノを見つめていた。 「フェ、イト……?」 恐々と声を出すが、フェイトの表情に揺らぎはない。 しかし微かに唇が動き、フェイトの口から変わらぬ表情のまま言葉が紡がれた。 「お兄ちゃんの……エッチ」 「!!」 その言葉に、クロノはこれ以上ないというほどの衝撃を受け、文字通り硬直した。 フェイトは普段、クロノのことを呼び捨てで呼ぶ。しかし義理とはいえクロノとフェイトは兄妹である。フェイトはごくたまにクロノのことを「お兄ちゃん」と呼ぶことがあり、そう呼んでくれることをクロノはどこか嬉しく思っていた。 そんな二人にとって“特別な呼び方”だからこそ、今回のフェイトの言葉の破壊力はクロノにとって最大級のものであった。 「うわ〜、これは死んだんちゃう……?」 「フ、フェイトちゃん……」 「………………」 なのはの呼びかけに、フェイトはふいっと顔を逸らした。 クロノはいまだ硬直したままで、ロッテのなすがままになっている。 「―――ロッテ、そのへんにしておきなさい」 「……ちぇ〜、わかったよアリア」 その声に従い、ロッテはぱっとクロノから手を離した。同時に、固まっていたクロノもはっとして声がした方へと目を向ける。 開け放しになっていたドアから、ロッテと同じように大きな猫耳と尻尾を持つロッテの双子の姉妹、リーゼアリアが出てきていた。 「あ、アリア……」 「久しぶりだね、クロノ。確か、もう提督になったんだったよね」 アリアはロッテとは違う、落ち着いた口調でクロノに話し掛ける。クロノはどこかアリアの対応にほっとしながら、軽く微笑んでアリアに受け答える。 「ああ、久しぶりだ。リーゼロッテ、アリア」 『闇の書事件』でグレアムが自主退職となった際に、彼についてイギリスへ渡った彼の使い魔にしてクロノの師匠、リーゼロッテとリーゼアリア。六年前の事件で、この世界のしかもイギリスに用事がなく訪ねることのなかったクロノは、まさに六年ぶりの再会になるのだった。 その懐かしさを胸に抱きながらも、クロノはちらりとオリジンを一瞥する。そして、顔を引き締める。 「リーゼ。用件はわかっていると思う。……グレアム氏に会わせてくれ」 そのクロノの直球な言い方に、アリアはふっと笑みをもらす。 「……本当に、真面目なところは変わらないね」 そして、きっと表情を真剣なものに変え、アリアは開け放たれていたドアを更に大きく開いた。 「どうぞ、皆さん。父様が中で待っています」 アリアがドアを開き、ロッテは先に中へ入っていく。クロノはオリジンを見つめ、オリジンが頷くのを見ると、先んじて宅へと足を向ける。 なのはたちもお互いに頷きあって、歩き出す。今回の事件の重要参考人、ギル・グレアムが待っている彼の家へと。 家の中に入ると、木の独特の香りがなのはたちを包んだ。とても心の落ち着く、自然の香り。 その香りの中、パチパチと火花が鳴らす暖炉の前のロッキングチェアーに、ギル・グレアムはクロノたちに背を向けるようにして座っていた。 「ギル・グレアム元時空管理局提督。此度はあなたを『ロストロギア・オリジン紛失事件』の重要参考人とし、その話を聞くために参りました。……どうか正直に話して頂きたい」 クロノはグレアムの背中に向かってそう宣言するように言った。 クロノの言葉のあと、ロッテとアリアがグレアムの傍に向かう。そしてクロノたちにイスごと振り返ったグレアムの両隣に彼女たちは佇む。 振り返ったグレアムは老眼鏡だろうか眼鏡をかけ、六年前よりも深くなった皺のついた顔を緩やかに動かし、微笑んだ。 「―――……クロノか。それに、はやてくん……守護騎士たちになのはくんやフェイトくんに、君はフェイトくんの使い魔のアルフくんだったかな。よく来てくれた」 グレアムは柔和な笑みを浮かべ、なのはたちの名前を呼んだ。 はやてと守護騎士を除けば、なのはたちもクロノと同じくグレアムと会うのは六年振りになる。更に言えばアルフにいたっては初対面である。 なのはたちはぺこりとグレアムに頭を下げた。それにグレアムは少し困ったように微笑んだ。 「それから……」 グレアムが更に言葉を続ける。 「オリジン。ようやく君の願いが叶うようだな」 ≪―――ああ。俺に対する理解も、協力も、感謝しているグレアム≫ 「なに……私の生きている内に間に合ってよかったというものだ」 ふっと笑みをもらすグレアムに、オリジンはまったくだ、と笑った。その姿はまるで旧知の友人同士のように、とても自然なものだった。 その二人の姿をしばらく見守ったあと、はやてがグレアムに話し掛けた。 「グレアムおじさん……お久しぶりです」 「はやてくん、か。君と最後に会ったのは今年の始め……日本では正月が終わった頃だったな。……あのときは、わざわざ呼びつけておいて、すまなかったね」 「いえ、そんなんは全然……」 はやてはそれきり話さず、グレアムも言葉を発しない。横にいるリーゼも同様だった。 事情のわからないクロノが、フェイトに聞こうと近寄るが、フェイトはすすっと移動してアルフの後ろに回ってしまった。アルフはそんなフェイトのことを気まずく見ているクロノに苦笑する。と、クロノは諦めたのか、なのはに小声で話し掛けた。 「……なのは。どういうことなんだ?」 「にゃはは……。えっと……今年、お正月が終わって少しした時ぐらいだったかな。グレアムさんからはやてちゃんにお手紙がきたの。『とても大事なお話があります。出来れば会って話したい。イギリスに来てはくれないでしょうか』って。航空券と一緒に」 「……そうか」 それだけで、クロノはあらかたの事情を察したようだった。 「それで、はやてちゃんはヴィータちゃんたちとイギリスに行って、グレアムさんからお話を聞いたみたい。……闇の書事件の、真実を」 「………………」 クロノは再び、そうか、とだけ呟いた。 六年前、『闇の書事件』の捜査を幾度となく妨害してきた第三者がいた。“仮面の男”と呼ばれた彼―――彼らは、グレアムの使い魔、リーゼロッテとアリアだった。グレアムは六年前よりもさらに十一年前の闇の書事件の際に、クロノの父であるクライドを犠牲にして事件を収束させたことがある。そのことを深く心の中で懺悔と共に燻らせていた彼は、独自に闇の書の転生先を調査し、やがて、現マスターである八神はやてを発見した。 しかし闇の書完成前の主発見は、はっきり言ってあまり意味がない。主に手を出せば、結局闇の書をまた違う所に転生させるだけだからである。だから、グレアムは闇の書の完成を待った。はやての父親の友人と偽り、彼女の生活の援助をしながら。彼女ごと永久封印するという、結果的に彼女を殺すのと変わりない結末を、迎えるために。 しかしグレアムの計画が断たれ、やがてリインフォースの意思により闇の書―――夜天の書も消滅し、事件が終わると、グレアムは希望辞職という形で管理局を去った。『はやての援助はこれからも続ける、あの子が一人で羽ばたける歳になったら、真実を告げることになるだろう』と言い残して。 はやてももう十五になる。こちらの世界ではまだ子供だが、ミッドチルダや管理局では、もう人の上に立つ役職についてもおかしくない年齢だ。管理局に勤める人間で、はやてほどの能力があればそんな役職に就く可能性はより高い。グレアムもいい機会だと思ったのだろう。ついに、はやてに事の全てを話したのだった。 「―――はやてちゃんは、そのことはもう何にも気にしていない、おじさんには感謝してもし足りないくらい感謝してる、って言ってたけど……」 「やはり、それでも思うところはある、ということか」 クロノの言葉になのはは頷き、はやてのほうを見る。はやてとグレアムは、向き合って黙ったままだった。 「―――……あの、グレアムおじさん」 「なにかな、はやてくん」 「私、あの時……話してくれたこと、本当に嬉しく思ってます。おじさんが、思ったとおり優しい人なんやって、わかったから」 「……しかし、私は―――」 「おじさん」 グレアムが言おうとした言葉を、はやては彼を呼び、言わせなかった。 代わりに、にっこりと笑ってこう伝える。 「あの時も言いましたけど、私、おじさんには感謝してるんですよ」 はやては、右隣のヴィータと左隣のシグナムの腕を引っ張って腕を組む。いきなり腕を引かれ、二人は体勢を崩し、驚いた顔ではやてを見た。 それにはやては笑顔で返し、そのままグレアムに向き直った。 「―――だって、今も昔も、こうしてこの子らと暮らしてけるんは、おじさんのおかげなんですから」 はやては微笑み、そう言い切った。 シグナムもヴィータも、そんなはやての姿に、驚いていた顔をゆっくりと微笑みに変えていく。シャマルも、ザフィーラも、同じように優しい目ではやてを見つめていた。 そんな彼女らの姿を見、はやての言葉を噛み締めるようにじっくりと感じ入ったグレアムは、ふっと笑みを漏らし、 「……ありがとう」 そう呟くように口にして、頭を垂れた。 そんなグレアムの両肩に、アリアとロッテの手が添えられる。彼は娘達の手をとり、慈しむような眼差しで、彼女たちに微笑んだ。 彼女たちもまた優しく笑ってそれに応える。 はやてたちとグレアムの間にあった六年―――更に言えば十五年間の想いは、お互いにしっかりと伝えられ、しっかりと伝わった。 六年前に、夜天の書の破壊によって決着がついた『闇の書事件』。いくつもの悲しみと、苦しみを生んだ、闇の書の呪われた物語。 ここにようやく、闇の書の物語はエピローグを迎え、ついにその終焉を迎えることとなったのだった。 それから数分間、はやては守護騎士も交えてグレアムと会話を楽しんだ。お互いに本当に楽しそうに笑い、話し、時は瞬く間に過ぎていった。 そして、ふと会話が途切れた頃合を見計らって、クロノが皆より一歩前に出た。その姿を見て、はやてたちもグレアムの傍を離れ、少し下がる。その様子を見届け、クロノはグレアムに声をかけた。 「……提督。そろそろ話して頂けませんか? あなたとオリジンの間に、いったい何があったのか」 クロノの言葉に、グレアムはそれまで朗らかに笑っていた顔を引き締めクロノを見据える。その間にオリジンはグレアムの手前に移動し、クロノに対峙する形になる。 「あの時、封印宝蔵の上に現れた銀色の魔法陣。……あれはあなたの魔力光の色だ。管理局からオリジンを逃がしたのは、他ならないあなたのはずです」 その言葉に、グレアムは強張った表情を、ふっと緩めた。 「もう少し、会話を楽しみたかったものだが……そうもいかんようだな」 「はい。出来るだけ迅速な処理が、ロストロギアの関連事件では必要とされます。……あなたにも言われたことです、提督」 「……そうだったな。私も、優秀な弟子を持った……」 グレアムはどこか昔を懐かしむように目を伏せた。それはまるで眠るようでもあり、横に仕えるリーゼたちは、グレアムを静かに見つめていた。 そして、数秒間そうしていたグレアムは、顔をあげてクロノたちを見回すと、もう一度クロノに視線を戻した。 「……クロノ・ハラオウン提督。これから今回の件の全てをお話しよう。……しかし、その前にひとつ頼みがある」 「……なんですか?」 「このオリジンのことだよ。私は、彼のために協力した。彼の願いを、叶えたかったからだ。どうか、彼のことを機械としてではなく、一個の己ある存在として受け入れてやってくれないか」 グレアムはこれ以上ないぐらい真剣に、そう言った。 クロノはグレアムの言葉の真意がわからず、思わずオリジンを見やる。 ≪………………≫ しかし、オリジンは何も言わなかった。 クロノはしばらく逡巡したが、やがてはっきりとこう言った。 「……それなら、心配ありません。オリジンの“人間らしさ”はもうよく判っています。今更彼を機械だと思う人間は、ここにはいませんよ」 笑みをにじませて言うクロノの言葉に、グレアムはクロノの後ろの彼女たちを見る。 そこには、クロノの言葉に頷き、微笑むなのはたちの姿があった。 グレアムは安心したように笑みを浮かべた。 「……ああ。クロノ……いい部下に恵まれたな」 はい、とクロノは答えた。 ひとつ間を置き、グレアムはその目つきを一際真剣なものに変える。 「―――……では、話そう。私と、オリジンの関係。そして、彼の願いと“約束”を……」 |
| ―――To Be Continued |