魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story -




「クロノくん、ご指名だよ〜」

「やっぱりか……」

 オリジンの前で呆けているアースラの誇る実行部隊を一瞥してから、ひとつため息をつく。

「艦長、なにか心当たりがあるんですか?」

「ああ。そんな気はしてたんだ……。いいさ、僕が現場に出向くとしよう」

「そんな! 艦長自ら赴いては、危険ではありませんか!」

 クロノが腰を上げると、管制担当のスタッフが焦るように声を荒げる。

 それにクロノは問題ない、と簡単に返す。

「氏は一度過ちを犯したとはいえ信用できる人物だった。今回の件についても何か理由があるんだろう」

 クロノはそうスタッフに伝えると、エイミィに通信をつなげる様に言う。エイミィはすぐに通信回線を開く。

 これから出向くことを伝えるためにクロノは息を吸い込んだ。






『こちら、アースラ艦長クロノ・ハラオウン提督だ。現場の皆、聞こえているか』

「く、クロノくん?」

 突然聞こえてきたクロノの声に、呆然としていた皆がはっと気がつく。

『オリジン、君にも聞こえているはずだ。聞こえていたら返事を頼む』

≪聞こえている。貴方がクロノ提督だな≫

『そうだ。これからそちらに出向く。顔を合わせたほうが話しやすいこともあるだろう』

≪ああ。気遣い、感謝する≫

 クロノとオリジンのやり取りが続く。それをただ見つめているだけだったなのはたちは、それが途切れた間隙を見計らって、勢いづけてクロノに尋ねた。

「クロノ、なんでオリジンはクロノを知ってるの?」

「そうや、それにクロノくんめっちゃ落ち着き払ってるし……」

「あやしいぜ、かんちょー」

「……ヴィータ」

 フェイトとはやての言葉に続いて、からかうようなヴィータの声がクロノに届く。シグナムが名前を呼ぶが、にやにやとした笑いは消そうとしない。

『フェイト。それは本来オリジンにする質問だろう。僕に知る由もない』

「う、うん……」

『まぁ、はやての質問には答える。僕が落ち着いているのは、単純にこの事態を予想していたからだ。オリジンは、どうやら僕がよく知っている人物とつながりがありそうだからな』

「え?」

「クロノくんが、知っている人と……?」

 クロノの言葉に、なのはは困惑する。と、そこにクロノからもうひとつ言葉が投げかけられる。

『ああ。ちなみに、なのはもフェイトもはやても、皆知っている』

「わ、私たちも?」

 その言葉にさらに困惑が深まる三人。お互い顔を見合わせて、まったくわからないと首をかしげた。

『まぁ、すぐにわかるさ。……ではオリジン、すぐにそちらに向かう』

≪よろしく頼む≫

 オリジンの言葉にクロノは頷く。

『……それからシグナム、ヴィータのことは頼む』

「はい」

「うっせ」

 そこで通信は切れた。



                           *



 それから一分もしないうちに空中に魔法陣が現れ、次いで転送されてきたクロノが姿を現す。

 手には彼のデバイス、ストレージデバイス『氷結の杖デュランダル』が握られている。六年前の闇の書事件の際に、当時本局の顧問官を務めていたクロノの恩師ギル・グレアム提督から託された杖である。

 そのときはグレアム提督の目的上、そしてその名の通り氷結系の魔法しか使えないデバイスであったが、しばらくしてクロノは以前彼が使っていたストレージデバイスS2Uのメモリと能力をデュランダルに組み込み、氷結以外の魔法も使えるように改良したのだった。

 ちなみにS2Uも壊れたわけではないので、使うことは出来る。それからというものすっかり出番は少なくなったが、模擬戦ではある程度の手加減のきくS2Uを使うこともたびたびあるのだった。

 しかし実践においては必ずデュランダルを使う。もともとの能力がS2Uよりも高く設定してあるデュランダルは、文字通り実践向きなのだった。

 そのデュランダルを手に、クロノはなのはたちを挟んでオリジンと向かい合う形で佇んでいる。

 空中に展開された魔法陣が消えて、数秒後。先にオリジンが口を開いた。


≪ご足労、感謝する。クロノ・ハラオウン提督≫

「いや、気にしなくていい。もともとこちらとしても君に会わなければと思っていたところだ」

 オリジンの礼にクロノはそう言って答えた。

≪ほう……俺に会わねばとは?≫

 挑発するかのような口調で、オリジンはそう問い掛ける。それにクロノは一瞬訝しげな視線を向けたが、すぐに平静な様子に戻った。

「まぁいい。では、先にこちらの用件から伝えよう」

 クロノは真っ直ぐにオリジンを見つめる。なのはやフェイトたちも見守る中、クロノはこう口にした。



「君は、ギル・グレアム氏の支援を受けているな?」



 え、という掠れたような声は誰の声であったのか。唐突に出てきた身近な人物の名前に、なのはたちは声が出なかった。特に、グレアムのことをおじさんと呼んで慕っているはやては、漫画でいうところのポカーンという表現を体現しているかのように心ここに在らず、といった感じだった。


≪……やはり、バレていたな≫


 オリジンはどこか愉快そうに声を揺らしてそう言った。

「やはり、とは?」

≪なに、グレアムもクロノにはもう知られているだろう、とついさっき言っていたからな。グレアムは貴方を買っていた。だから貴方にバレているであろうことは予想していたよ≫

「なるほど、さっきから動かなかったのは通信中だったから、か。まったく……提督も何を考えているんだか」

 はぁ、とクロノはため息をつく。




「―――……え、え? ぐ、グレアムおじさんが何って?」

「……グレアム提督が……?」

「た、確かに私たちもよく知っている人……ですけど」

 と、それまでずっと押し黙っていた一同が息を吹き返したように声を上げ始める。その中でもやはり、はやてがなのはやフェイトに比べて取り乱していた。

 オリジンとクロノの間で視線をさまよわせ、やがてクロノに視線が止まる。クロノは苦笑を浮かべてはやてに顔を向けた。

「え、それ……マジなん?」

「気持ちはわかるが、マジだ」

 クロノの言葉にはやては一瞬硬直して、あーだかうーだか唸っていたが、次の瞬間には「あ〜もう、わけわからーん!」と叫びながら頭を抱えていた。その周りに守護騎士たちが駆けつけ、取り乱す主に何か声をかけている。

 その様子をなのはとフェイトとアルフが苦笑いで見つめていた。

≪……実に楽しそうだな≫

「言わないでくれ……耳が痛い」

 クロノはなのは達の後方から前方へと移動し、オリジンの近くでそう嘆息する。まるで仕事のことなど忘れてしまっているかのような部下達の振る舞いに、出てくるのはため息ばかりだった。

「はぁ……。君達は今が仕事中だという自覚がないのか!?」

 思わずそう叫ぶクロノに、騒いでいたはやてたちも居住まいを正して直立する。

「にゃはは……い、一応は」

「一応じゃ困るんだがな……」

 呆れたようにクロノは呟く。

 そこにショックから回復したのか、はやてが元気な声で参加する。

「ええやんええやん。楽しい現場ってのは大事なことやと思うで〜。なぁ、みんな」

「あたしははやてに賛成〜」

「私は……どちらかと言われれば、主につきます」

「わ、私も〜」

「同じく」

 守護騎士たちの答えに満足そうに微笑み、はやてはクロノにびしっと指を突きつける。

「ほら、多数決で決定や! 艦長さんも楽しい職場作りに貢献せなあかんで〜」

「無茶を言わないでくれ、無茶を……」

 それに守護騎士たちがいるんだから数の暴力じゃないか、と口の中で反論して頭を抱えつつ、クロノはとりあえず無理やり割り切り現状を優先させようとする。

「……それで、オリジン。氏はなぜ君に協力している? そのあたりの理由をここまできて話せないということはないだろう」

≪……まぁ、な≫

「では―――」

≪まぁ待て≫

 すぐにでも聞き出そうと思っていたクロノは、いきなりオリジンに出鼻をくじかれ、ぐっと黙る。

 オリジンはそんなクロノを見やって、ふぅ、とため息をついた。

≪先走るな、クロノ提督。俺は貴方に会いたいと言っただけで、話すとは一言も言っていない≫

「それは―――」

 確かにオリジンの言う通りだった。これまで彼は一言もそんなことは言っていない。クロノと会えば話してくれる、というのはクロノたちがオリジンの言葉を勝手に拡大解釈したにすぎなかった。

「……では、なぜ僕に会いたいと言い出したんだ。何か理由があるはずだろう」

≪もちろんだ。……まぁ、一番の理由は貴方の顔を見てみたかったというものだが≫

 そのオリジンの言葉に、みんな空中であるということを忘れてずっこけそうになる。オリジンが言った理由が、あまりに緊張感のないものだったからだった。

「……君は、そんな理由で僕を呼び出したのか?」

 クロノが頭痛がすると言わんばかりに頭を抑え、絞り出すように声を出した。クロノの後ろでは、なのはやフェイトたちも苦笑を浮かべている。

≪立派な理由だろう。彼女たちが貴方を自慢するものだから、見てみたいと思ったのだ≫

「ちょっと待て。彼女たちってまさか―――」

≪リーゼロッテとリーゼアリアの二人だが?≫

「………………」

 もう言葉も出ないとばかりに頭を抱えるクロノ。なのはたちも、張り付いたように苦笑いを浮かべるだけだった。


「……リーゼたちはこの際どうでもいい。それで、今後君は何がしたいんだ。―――先ほど君が言っていた“約束”が関係あるんだろう?」


≪まぁな……。その約束のために、俺は気の遠くなるような悠久を過ごしてきたのだ。ただひとつ、その約束のためだけに≫


 クロノが言うと、オリジンはひどく真面目な声で自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


 そのオリジンの姿は、ただの無機物でありながらも確かに心の存在を実感させられるものだった。


 そして、その心はすべてその“約束”のためにあると言ってもいい程そのことで埋められていると感じさせるものだった。



 だから、なのはは思った。その“約束”を果たさせてあげたい、と。


 もちろん管理局としての立場からすれば、それは違法ではないにしろ無駄な行為でしかない。いや、意図的な事件の早期解決妨害という点では違法であるともいえる。

 しかし、それでも。なのはは純粋にオリジンのことをロストロギアだと割り切れないのだった。ただ心があるだけではない。そこには確かに『オリジン』という一つの存在が在るのだと、思うことが出来たから。

 だから、なのははクロノに進言していた。

「―――ねぇ、クロノくん。オリジンさんの約束、協力できないかな?」

 と。

 普通ならば賛同しかねるその意見に、しかし驚いた者は、一人もいなかった。

 フェイトもはやても、アルフもヴォルケンリッターも。皆なのはの言葉に異存はないと態度が示していた。


 クロノはそんななのはたちの姿に軽く肩を寄せて嘆息してみせる。

「……まぁ、君たちの無茶は今に始まったことじゃないしな。……エイミィ、情報統制しっかり頼む」

『まっかせて〜! バレなきゃいいんだもんね〜、要するに』

 どこか楽しそうな口調でエイミィはそう答える。その言葉に、まったく仕方のないという顔でため息をつくクロノ。

 次の瞬間には、毅然とした顔でオリジンに向き合っている。

「―――というわけだ。オリジン、当面は君の願いを聞き入れる。ただし、君がこちらの信用を裏切る行為をしたり、管理局法に明らかに反する行動をとれば、君を全力で拘束する。そのことを忘れないでくれ」

 クロノの言葉に、なのはたちは強い意志を持った瞳で頷いてみせる。その瞳が、何かあった時には自分が責任を持つと告げていた。




 特になのはは自分が言い出したことということもあり、人一倍強い想いだった。それに、それだけではなかった。ユーノのこと。自分の気持ちと相手の気持ちを考えること。友人たちの優しさ。それらに触れて、そして知ったなのはは、人の絆―――人の想いに敏感になっていた。

 オリジンの約束が、彼と誰かの間で交わされたその約束が、とても大事なものだと判るほどに。

 だから、なのははオリジンの約束を誰よりも叶えたいと思った。約束を果たすことで、オリジンと彼と約束を交わした人の想いが実るのだと思ったから。

 気圧されるほどの強い輝きを持って、なのはの瞳はオリジンを見ていた。




 対して、オリジンはクロノではなくなのはを見ていた。その強い瞳を。人の想いを強く秘めた、その眼差しを受けながら。

 オリジンは、ともすれば聞き流してしまいそうな程に小さな声で、ふっと笑った。そして声には出さずに、心で思う。

(まったく、本当に似ているものだ……)

 どこか眩しそうにもう一度なのはを見つめ、オリジンはクロノに向き直った。

≪貴方がたを裏切ることなど決してないと、ここに誓おう。そして俺の願い、想い、全てを貴方がたにお話しよう≫

 そこで一度言葉を切り、オリジンはこう続けた。

≪―――話すとなると、グレアムもいた方が都合がいいだろう。ここから移動する。場所はわかるな?≫

 こくりとクロノが頷き、すぐにエイミィに指示を出す。すると一分もしないうちに魔法陣が空中に描かれ、なのはたちとオリジンの姿がまるで最初から何もなかったかのように空からかき消えた。




 ―――目的地は、イギリス。氏が『闇の書事件』の後に暮らしている、氏の故郷である。



















―――To Be Continued