魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story -




「ふぅ……」
 ため息をつきながら、とても日本とは思えないような綺麗で広い公園を歩く。まぁ、日本どころか時空が違うのだから、当然といえば当然なのだが。


 ―――あれからなんとかアリサたちの追及から逃れて自宅へと帰宅したなのはは、その足ですぐに管理局へ向かった。思いがけない事態で時間が押してしまったこともあって、少し急いで来たのだが、この分なら間に合いそうだ。

「でも……」
 それにしても、と思う。
「フェイトちゃんたちまで、アリサちゃんみたいになるなんて……」
 それが時間が押した原因でもあった。

 普段なら少し行き過ぎたアリサをすずかとフェイトが止め、なのはとはやてが笑う……という関係であったはずなのだ。それが今日に限ってフェイトもはやてもアリサの味方になり、すずか一人では止めきれなかったのだった。

(なんだか二人とも、エイミィさんに感化されてきてるような……)
 二人の目は興味津々とばかりに輝いていた。それでも、まだエイミィやアリサみたいに全身で迫ってこないだけマシかな、とは思うのだが。苦笑と共にそのときを想像してしまって、なのははゾッとした。

 まぁ、そこまではいかなくてもそれなりの窮地に立たされていたわけである。それでも何とかアリサたちからこの約束を隠し通すことが出来てよかったと思う。知られればきっと色々なことを根掘り葉掘り聞かれることだろう。ひょっとしたら気を利かせて行かせてくれるかもしれないが、それはそれで何か嫌だった。

「ユーノくん、来てるかな……?」
 約束の時間まではまだ五分ある。しかし、ユーノの場合それより早く来ていることは大いにありえることだった。

 歳の割りに細かいところで気を遣うユーノは、こういった待ち合わせでも相手より早く来て相手を待とうとする傾向があるのだ。自分よりも相手に気を遣うことをよしとする、そんな優しさを持っているのがユーノ・スクライアという少年だった。

 なのはは、そんなユーノの優しさに昔からずっと助けられてきた。自分の隣でサポートしてくれていた頃からずっと今に至るまで。
 だからこそ、なのははユーノに気を遣わせたくなかった。……いや、気を遣ってほしくなかった。それだけ優しい彼なのだ。自分と一緒の時ぐらい、自然体でいて欲しいと思ってしまう。

 なのははずっとそれを恩返しだと思ってきた。魔法、フェイトやはやてにレイジングハートにアースラのみんな。それらに出会わせてくれた恩返しだと。
 しかし、いつからかそれは単純に自分がユーノに気遣われたくないという思いに変わっていた。それが、アリサたちがいう気持ちなのかどうかはよくわからない。だけど、ユーノには優しさから見せる笑顔より、心からの笑顔をして欲しいとなのはは思っているだけである。

 目の前に見えてきたのは公園にそびえる時計塔。その下には、静かに佇む彼の姿がある―――。




「なのは」
「ごめんね、ユーノくん。待ったでしょ?」
「ううん。僕だって今ついたばかりだから」
 お決まりのセリフを交し合い、お互い照れてぎこちなく笑う。
「それじゃ、行こうか」
「うんっ」

 二人並んで歩く。それは本当に歩くだけで、これといってどこかのお店に入るということもなく、ただ公園の中を歩く。比較的活発ななのはには珍しく、ユーノと過ごすそんな時間が彼女は気に入っていた。

 しばらくポツポツと思い出したように話しながらぶらぶらとする。公園の中にはなのはとユーノのように、二人で歩く姿も多く見られた。ほとんどが局員かその関係者なのだろうが、私服で歩く姿は、どの世界でも等しく見られる睦まじい恋人同士の姿だった。

 ふと、目の前のベンチに座っている二人がなのはとユーノの目に入った。と、少しずつその二人の顔が近付いていく。少し女性の方が頬を染めているのが、妙な現実感を持ってなのはには感じられ、その二人の唇が重なる瞬間まで思わず眺めてしまった。

 なのはは、はっとしてそのベンチから目を逸らす。顔が火照っているのが自分でもわかって、なのはは更に照れた。ちらりとユーノを見ると、ユーノも顔を赤くして顔を逸らしている。同じことを考えていたのだ、ということがわかると、嬉しさと同時に恥ずかしさを感じた。

 それから数分。なのはとユーノは黙ってただ歩き続けた。

 黙々と歩き続けていると、唐突にユーノが口を開いた。

「……な、なのはは学校で何かあった?」
「え!?」

 突然の質問に、なのははびくりと身体をすくめる。さっきのキスをする恋人同士の姿が頭をよぎり、なのははぶんぶんと頭を振ってその光景を追い払った。

「? なのは?」
「あ、ううん! べ、別に何でもないよ! うん!」
「?」
 なのはの不審な態度に不思議そうな顔をするユーノだが、とりあえずは納得したようで、顔を前に向ける。対してなのはは紅潮した顔を鎮めるのに必死だった。

「え、えっと〜……学校では特に何もなかったかな。……うん、何もなかったよ」
 最後にさっきまでのアリサたちとの騒動が思い出されたが、とりあえずあれはなかったことにした。

「でも……急にどうして?」
「え? ああ、昨日もうすぐテストがあるってフェイトやはやてと話してたから。何となく、かな」
「あ〜……そういえばテストがあるんだっけ。うぅ……気が重いなぁ」
 なのはは決して成績が悪いというわけではない。むしろ単純に成績で見れば、かなり頭がいい部類に入る。それでもそんなことは関係なく、なのははテストを受けることそれ自体をあまり嬉しく感じられないのだった。
 もっとも大方の学生はそうだろうけど、となのはは思う。

「まぁ、テストも一応は学校の行事だしね。学生のうちは頑張って勉強しないと」
「それはわかってるんだけど……」
 ユーノの言葉に、う〜、となのはは納得いかなげに唸る。


 そんななのはの姿にユーノは微笑む。隣にいるその少女の自然な姿にふさわしい、心からの笑顔で。
 なのははそうあって欲しいと願いながらも、気が付いていない。彼女の隣では、彼はいつも安らかな表情でいることを。なのはが望むその姿で、そこにいるということを。

 彼女は持ち前の鈍さで気づいていないが、ユーノにとってはなのはといる時が一番安心できる時間であった。それはユーノが初めて彼女と会った、六年前からずっと。
 なのはの師であり、友人でありパートナーでもある。それが自分の役回りだとユーノはずっとどこかで思っていた。
 いつからか、彼女に魔法の力を渡した責任よりも、ただ一緒にいたいと思って共にいる自分。きっとその時からユーノはなのはのことが好きだったのだろうと思う。彼女の隣には、自分がいたいと思ってしまっているのだから。

 だから、彼はいま幸せだった。

 彼女は自分の隣にいて、笑ってくれているのだから。

(……まぁ、いまは少し拗ねてるみたいだけど)
 気づかれないほど小さく笑い、ユーノは歩を進めた。



 それからはそれぞれ自然と話すことができた。不思議と話題が尽きることはなく、にぎやかに言葉を交わしながら、ゆっくりと公園の中を歩く。そして、公園の真ん中。噴水広場に出たところで、なのははふとユーノに聞きたいことがあったことを思い出した。

「ユーノくんは、書庫のお仕事はどんな感じなの?」

「書庫?」
「うん。ユーノくん、昨日は本の整理だけって言ってたけど。最近は家に来てくれることも少なくなったから……」

「うん、まぁ……」

 そういえば、ここのところなのはの家にお邪魔した記憶がない。前々から時間と機会があれば、何度か行ったことはある。なのはが家族に魔法のことを明かしてからというもの、ユーノはフェレットではなく人間の姿でお邪魔することもたびたびあった。しかし、そのたびになのはの父士郎と兄恭也がただならぬ視線を投げかけてくるのはユーノにとってすごいプレッシャーだった。
 いや、もちろんユーノはなのはの家族に不満なんて何もないのだが。

「―――いま例のロストロギア封印施設の事件に関連して、昔の資料とかで調べてることもあってね。実は……少し忙しい。それでなのはの家に遊びに行く時間もないんだけど―――あ、でもなのはと会う時間が取れないほどじゃないから!」
 少し表情を曇らせたなのはに、フォローするようにユーノが付け加える。

「でも……忙しい中で会ってもらってユーノくんの負担になってない?」

「そんな全然! 僕は好きでなのはに会ってるんだから!」

「え?」
「あ……」

 ユーノの頭に、いまのは直球だったかな、という思いがよぎった。
 そして次にこんな思い掛けない事故みたいなもので知られるのか、という恐怖と自分の気持ちを相手に伝えるという満足感がユーノの中に混在して、わけがわからなくなった。
 ただ、やってしまったかもしれないという漠然とした不安が胸にある。逆に、もしかしたらという期待もある。

 そのことを考えただけで心臓が早鐘のように脈打つ。

 しかし、それらの葛藤は果たしてどれほどの時間だったのか。

 意を決して、ユーノはなのはの顔を見た。


「うん! ありがとうユーノくん」
 そこにはユーノの逡巡など少しも理解していないような、はじける笑顔があった。

 がくり、とユーノは肩を落とす。答えを求めていたわけではないが、それでもここまで鈍いともう犯罪なのではないか、とまで思ってしまうのだった。

 そんなふうにショックを受けているユーノの隣から数歩歩いて、なのはは噴水に近付き、その美しい水の造形美を眺める。


「………………」


 はたして、どれだけなのははそうしていたのか。

 なにも喋らないなのはを不審に思って、ユーノも顔を上げて噴水を見る。そこには、依然としてユーノに背を向けて噴水を眺めるなのはの姿があった。

 水に反射した陽光を一身に浴びるその後ろ姿を見て、ユーノは不意に綺麗だなと思った。


「……あんまり、根を詰めすぎないでね」


「……え?」

 突然のなのはからの言葉に、見惚れていたユーノは意識を現実に戻した。

「ユーノくんって、昔から自分のことは自分だけで何とかしようとするから。そーゆうの、周りはすごく心配するんだからね」

「―――うん。……ありがとう、なのは」

 なのはの言うことはユーノにとって図星以外の何物でもなかった。確かにユーノは自己責任という言葉を常に重く受け止めている。……これはクロノにも言えることだが、幼い時分から自立する、ということはつまり責任能力がないとは言えないということなのだ。言い訳がきかない、ということはそれだけ自分をしっかり持たなくてはならないということ。だからこそ、クロノもユーノもどこか頑固ともいえる部分を持っているのだ。それは、幼い頃に形成された自己責任の表面上に現れる一つの形だといえる。

 そして、それが良し悪しであると思うことはなかった。少なくとも、ユーノは。それを知ったのは、六年前になのはと会ってからだった。

 彼女は本当に損得抜きで自分を助け、そして気遣ってくれた。自分だけでやろうとしていたユーノに、私もいるんだから、と言ってくれた。

 自分に厳しくしてきたユーノにとって、それは想像もしなかった優しさだった。

 こうして今も自分のことを心配してくれていることを、ユーノは嬉しく思う。この優しさに、きっとユーノは惹かれたのだから。

 そしてだからこそ感謝と満足感をいま感じる。幸せ、とはこういうものかもしれないと思えるほどの。

 そんな思いにさせてくれる少女のことを、自分は好きなのだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。

 だから、ユーノは心からの笑顔をなのはに向けて、心からの感謝の言葉をなのはに伝えた。


「―――!」


 ちらりと振り返ってユーノを見たなのはは、その笑顔を見て心臓がこれまでにないほどに跳ね上がるのを感じた。さっきキスを見たときとは比べ物にならないぐらいにどきどきする。顔がりんごみたいに赤くなっているだろうと思うと、顔を逸らして再び噴水の方を向いた。

 息が詰まるほどの鼓動が自分の中で刻まれているのを感じる。どきどきと脈打つ心臓の音がユーノにまで聞こえそうに思えて、なのははぎゅっと胸を押さえた。

 しかし、それは苦しいものでなく、むしろこれは嬉しいという感情であるとなのはは思った。なぜ嬉しいのだろうと思うと、それはきっとユーノのあの笑顔を見られたからだろうと思えた。

 ずっとそんな風に笑って欲しいと思っていたユーノの笑顔。心からの、今まで見たことのないような、最高の笑顔を。

 そんな笑顔を見ることが出来たのだ。願っていたことが叶ったのだから、それは嬉しいに決まっていた。


(でも……)


 それだけではない、という気もしていた。確かにあの笑顔を見ることが出来たことは嬉しい。けど、なぜ自分はここまで舞い上がってしまっているのだろう。

 ただ、誰にも見せたことのなかったユーノの笑顔を自分が引き出した満足感だろうか、と思い至って、ああ、そうだ、となのはは気付いた。

 自分が引き出したことへの満足なんて、そんな上からの優越感じゃない。ただ、あの笑顔を向けられたのが、自分だけなんだということが嬉しかったのだ、と。

『それじゃあ、なのはぁ。なのははユーノのことどう思ってるのよ〜。ね、ここだけの話で』

 アリサの言葉を思い出す。そして、思わず笑みが浮かぶほどにそのことに気付いた自分に満足した。



 高町なのはは、ユーノ・スクライアのことが好きだったのか、と。



 そのことに気付くと、なのはは嬉しさと共に、伝えるべきかという思いが浮かんできた。
 伝えるべきだし、伝えたい、となのはは思う。しかし、それだけでは終わらないこともわかっている。こちらの気持ちだけでは、恋愛は成り立たないのだから。

 告白、という言葉がひどくリアルになのはの中で存在感を強める。

 伝えたい、とは思う。
 自分の、この想いを。


「―――それに……」

「え?」

 気付けば、考えるよりも先に口が動いていた。なのはは、はっと思いながらも自分の発した言葉を誤魔化したりはしなかった。ぐっと、決心するように口をつぐむ。

 対してユーノは、まだなのはの言葉は続いていると気づいて、意識を現実に向けて目の前にいるなのはを見つめた。

 やはり、なのはは背を向けたままでいる。ユーノの視線を背中に感じ、なのはの心臓は信じられないほどにどきどきしている。

 それでも、なのははひとつ息を呑んでから思い切るように口を開き―――


「わ、私だって、すごく心配するんだからね」


 そんなことを震える声で口にした。

「―――……」

 言葉を失う、ということをユーノはたぶん初めて経験した。

 ユーノにだってわかっている。いまのは言葉どおり、自分も心配しているという内容であるはずだ。本人がそう言っているのだから、そういう意味である、と納得すべきである。

 だが、なぜそれを僅かに震える声に乗せるのか。なぜ緊張した様子で伝えようとしたのか。

 そんな風に、そんなことを言われたら。

 ひょっとしたら、と思ってしまうではないか。


「……なのは」


 ユーノはなのはに呼びかけていた。

 言うことがある。自分から言わなければならないことがある、とそんな思いに駆られて。

 そして、なのはがユーノのほうに振り向こうとした、その時。




〈なのは、ユーノ! 緊急事態だ。至急アースラまで来てくれ!〉



 唐突に切羽詰ったクロノの声が頭の中に響く。

 その言葉に、はっとしてなのははユーノを見る。そして今の状況を思い出して、どきっと心臓が跳ねる。ユーノも動揺したように顔を逸らしたが、それでもしっかり頷いた。なのはも同じように動揺していたが、それを懸命に押し隠して答えるように頷く。


 何か事件に進展があったのだろう、なのはとユーノはすぐにアースラに向かって公園を出発した。














―――To Be Continued