魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story - 芳野家。 汚れなど一目では目に付かないほどに綺麗なその外装と、いささか周囲より浮いた佇まいは、そこが新居であることを感じさせる。 真新しい表札には、芳野と白く彫られている。 唐突にその表札が陰る。人影と思われるそれは、頭だろう部分の片側から髪の毛の房が一本たれていた。茶の髪を陽光に煌かせるなのはの腕の中には白銀の巻貝、オリジンが抱えられている。 「―――ここ、だね」 「ああ」 なのはの呟きに答えるクロノ。神妙にその家を見上げるのは、フェイトとはやて、シャマルの三人だ。 今は全員この地に適した普通の洋服を着ている。管理局の制服はアースラに置いてある。さすがに正装とはいえ、一般の町であの服を着ているのは抵抗があった。 ……コスプレに思われるのでは、という危惧があったことも事実だが。 「早速だが、始めよう。……いいか?」 「了解や。シャマル」 「はい」 ≪Ja≫ はやてに名を呼ばれ、シャマルと彼女の手にある指輪、クラールヴィントがそれに答える。 「クラールヴィント、彼の者たちに安息の眠りを……」 ≪Jawohl≫ 淡い緑の輝きと共に、シャマルの周囲がなのはたちを除いて魔力で満ちていく。 対象者を眠らせるための魔法。これで目撃者はおらず、芳野家の人たちにも気づかれずに侵入できる。 これこそがサポート役たるシャマルの本領である。一仕事終え、ふぅ、とシャマルは一息ついた。 「お疲れさん、シャマル」 「ありがとうございます、はやてちゃん。でも、私の役割はまだ残っていますから」 労うはやてに笑顔でそう返す。 そう、大切なのはこれから。大仕事、というわけでは決してないが、気を抜くことなど出来ようはずもない、大切な仕事、そのために。 「入るぞ。なのはとはやて、シャマルは一緒に。フェイトは一応ここで周囲を監視していてくれ」 「了解」 クロノの指示に、フェイトは力強く頷く。 そんなフェイトにふっと微笑を送り、クロノは顔を引き締める。 「……いくぞオリジン。君の覚悟は十分か?」 ≪愚問だな、クロノ提督。もよとりこの身は、この時のためにここにある≫ オリジンの答えに、今度こそクロノは笑みを浮かべる。 「旅の終わりだ。君にとってよき結果があるように」 侵入後、まず入ったのは居間。そこには父親だろう人物と姉と思われる小さな少女がソファに顔を埋めるようにして寝入っていた。それを一瞥し、クロノを先頭とした一行は中を進む。 台所、客室、浴室まで回って一階にいないことを確認すると、今度は二階に上がる。ここまで彼らは無言。口を開くことが罪であるかのように口を閉ざし、黙々とオリジンの願いを捜し続ける。 二階。始めに小さなおもちゃや机などが置かれた子供部屋を発見し、中を確認するとそこをあとにする。 そして、次の部屋。キングサイズのベッドが置かれた夫婦の寝室だろう部屋に、ベッドにもたれるように寝ている母親と、その腕の中で穏やかに眠る赤子の姿があった。 ≪―――……ここに、いたのか≫ ぽつり、とオリジンの何の気なしの呟きが響く。 それは、この家の中を探していたことによるものではない。何年も、何千年もの間ずっと求めていたその悠久の間を思わせるもの。 万感の思い―――。 きっと、そう呼ばれる類のものだった。 不安に思うことなど何もない、といった穏やかな顔で母の腕に抱かれて眠る小さな命。無垢な新しい命ゆえに、彼女は彼のことを何も覚えてはいないだろう。 それでも、オリジンにとってこれは何よりも望んだ邂逅だったし、それはきっと再会に違いなかった。 「……オリジンさん」 声をかけていいものか、逡巡するものの、結局声をかけることにしたなのは。まるで神聖なものに触れることを禁忌としているかのようなその態度に、クロノたちは少なからず共感していた。 目の前の光景は、きっと百年ほどしか生きられない自分達には届かない煌きがあるのだと、皆何となく感じていた。 ≪―――ああ、すまないな。少々ほうけていた。……早速、お願いする≫ 気持ちを固めたのだと無言のうちに理解し、クロノははやてを見やる。その視線に頷くはやて。 「―――シャマル」 「はい。……いきましょう、クラールヴィント。これほど誉れある役割を頂けたことを、感謝しながら」 ≪Jawohl≫ クラールヴィントに微笑み、その場の皆に目を向ける。一様にうなずきを返し、こちらを強い意思のこもった目で見ている。オリジンも、強く頷く。 「……クラールヴィント。此の者たちに、彼を認める認識を」 その言葉が終わると、再び周囲は淡緑の輝きに彩られていく。輝きは十秒程度。しかしその十秒こそ、オリジンの願いが叶えられた時間でもあった。 変わらず眠り続けている芳野家の人々。何もさっきまでと変わった様子はない。それでも、これでオリジンの存在を彼らが不自然に思うことはない。 何千年の永遠は、いまこの時に報われ、オリジンの色褪せることなかった想いは、この瞬間に補完された。 誰も言葉を発しない。 無粋、といえばそうであるし、そのために口を開かないことも事実であったが、それだけでもなかった。 それはもっと単純なこと。仲間との別れ。そえゆえのこと。 ほんのわずかな間の関係であったけれど、彼らにとって彼は仲間だったし、友人だった。同時に、彼にとってもそれは同様で、だからこそ何も言えなかった。 別に会えないわけではない。はやては会いに来ることになるし、なのはたちだってついてくることは出来る。それでも、目に見えて関係は変わる。それはもう必然だった。 だから、オリジンとの関係が薄れるのではないかとも思う。それが、少し嬉しくてちょっと怖かった。 ≪――――――……本当に、ありがとう。皆には世話になった≫ それでも、こうして話を切り出すのはオリジンだった。彼の優しさは、人に別れを告げさせたりはしない。その優しさが、胸に染みる。 ≪ありがとう。クロノ提督、高町、八神、フェイト、リンディ提督、エイミィ、アルフ、シャマル、シグナム、ヴィータ、ザフィーラ……名を上げればきりがない≫ 懐かしむようにオリジンは口にする。なのはたちはその様子をただ黙って見つめていた。 ≪アースラの皆にも、グレアムにリーゼたちにも本当に世話になった。グレアムたちに会うことはもうないだろうことは、少々残念だがな≫ それだけは本当に心残りなのか、ふっと声のトーンが下がった。 ≪……それでも、こうして俺の願いは叶った。他ならない皆のおかげで、だ。改めて心から感謝する。本当にありがとう≫ 声から伝わる真摯な想い。ここで、一度別れようという意思も伝わってくる。 ≪八神、これからどうかよろしく頼む。また君達の力を借りなければいけないことは、心苦しいが……≫ 「そんな、気にせんといて。うちがしたいでしとるってのもあるんやから」 笑ってそう言うはやてに、オリジンも小さく笑い、再び口を開く。 ≪ここで、一度お別れだ。俺の旅は終局へと辿り着いた。君達は、君達の道を歩む。その旅に、何者にも負けることのない加護がありますように……≫ 祈るように口にして、オリジンは口をつぐむ。あとにはただ静寂だけがあり、宙に舞った言の葉は余すことなくなのはたちの心の中に浸透していた。 人生は旅であると言ったのは誰だったか。なのはたちはオリジンの言葉をこれから正しく認識して生きていけるのか。それは判らない。 ただオリジンのその優しさを、理解したいとは思うし、その想いをわかりたいと思えるのは事実だった。 なのはは、これまでにないほどに穏やかな気持ちで、声を出した。 「……私も、ありがとうございました、オリジンさん。あなたのおかげで私は今こうして笑えるし、こうしてあなたに感謝できる。本当に、ありがとうございました」 片側のポニーテールを揺らし、頭を下げる。オリジンはそれに答える。年長者としての義務とでも言うように。 ≪君は君の思うように。きっと、それこそが君のためになり、君が想う人のためにもなる。……恐れずに、少しだけ不安を持って、その思いを言葉にする。人と人の絆の始まりは、いつだってそんなものだ≫ だから、必要なのはただの一押し。とん、と背中を押す、きっかけ。 ≪頑張れ≫ だから、自分が背中を押す。恐らく、いや必ず彼女はそこから自分の足で進んでいく。だからこれは、ただの老婆心。そう考えて、オリジンは内心で苦笑した。 「……はい、オリジンさん!」 これ以上ない笑顔でオリジンに答えるなのはを見て、オリジンはもうすべきことは為した、とクロノに向き直る。 クロノはそれに応えて、口を開く。 「これからの諸事の処理は任せておいてくれ。君に何の害も及ぼさないと約束しよう」 ≪ありがとう、クロノ提督。その心遣いに感謝する。ここにはいないが、フェイト執務官やアースラの皆にも礼を言っておいてくれ≫ ああ、と答えてわずかに微笑む。クロノはクロノでオリジンのことを本当に仲間だと思っていた。だからこその信頼。それを感じてクロノは嬉しさを感じていた。 だが、これも仕事だ。クロノは顔つきを真剣なものに戻した。 「―――現時点を以って、ロストロギア・オリジンの紛失事件は解決。オリジンの所在は明らかとなり、以降はオリジンの監視管理任務をアースラは引き受ける。……僕は仕事で来れないだろうが、はやて達が来たら相手をよろしく頼む」 ≪俺が相手をされるのだろうが、了解した。世話になったクロノ提督。以後の俺に関してよろしく頼む≫ 「ああ。では、これにて僕達はアースラに帰還する。それでは、君によき未来を、オリジン」 ≪ああ。また会おう、皆……≫ オリジンのその言葉を最後に、なのはとはやては笑顔で小さく頭を下げ、シャマルは深々と礼をしている。クロノは変わらず真面目な顔で立っている。 そして足元に魔法陣が現れたかと思うと、その上に立っていた彼らは消えるようにしていなくなった。 ここからはわからないが、表のフェイトも転送されたのだろう。オリジンはしばらくその場から動かずに虚空を見つめていた。 ああ、終わったのだ、とその実感に身を浸しながら。 微動もせずに中空に浮かんでいたオリジンだが、不意にすっと宙を移動する。移動した先は件の少女、芳野ななの目の前。 穏やかに眠るその顔を見つめて、オリジンは一言呟いた。 ≪……おかえり。そして、ただいま……≫ 目の前の幼い顔は、何も不安など知らないというように、屈託なく笑った。 |
| ―――To Be Continued |