魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story - ≪高町≫ 「はい? あ、オリジンさん」 会議室でのお祭り騒ぎも終わりを告げ、それぞれ自室……あるいは仕事場、またはアースラを出て行った。フェイトとはやてはアースラを出て、海鳴の町に戻った。アリサとすずかに顔を見せるためだ。 なのはも最初それに同行するつもりだったのだが、何となく今は一人でいたい気分だった。そう言うとフェイトもはやても深く聞くことはせず、ただ頷いてくれた。 そうして二人を送り出したなのはは、こうして休憩室で一人過ごしているのだった。今はちょうどオリジンに対する処遇の方向性が決まったところで、皆忙しく、ここに訪れる者はいない。 だからなのはは安心して一人ここに座っていたのだが、そこに突然オリジンがやって来たのだった。 「どうしたんですか? お散歩、ですか?」 ≪宙に浮くことでも散歩と言うなら、そうかもしれんな≫ オリジンの言葉になのはは可笑しそうに笑った。こうして普通に話せることがどこか嬉しかったのかもしれない。 ≪…………いや、実は散歩ではなくてな。その……君に、用があったのだ≫ 「ふぇ? ……私、ですか?」 気の抜けた返事をしてしまったことにはっとして、なのはは少し後悔した。 しかし、意外だったのだ。オリジンが自分に用があるなど。なのはは何かオリジンに関係する中で彼に用事を持たせるようなことがあっただろうかと頭を絞るが、思い当たることはなかった。 ≪そうだ。……何か、悩んでいることがあるのだろうかと思ってな。君には世話になった。何か力になれればと思ったのだが≫ あ、となのははひとつのことに思い当たった。 それはグレアムの家で彼の過去の話を聞いたときだった。そのとき、なのははオリジンに何か悩んでいることを看破されていたのだ。 ≪いや、いらぬ世話だったかもしれんな。自己満足に過ぎない申し出だった≫ 申し訳なさそうにオリジンは呟くように言った。 なのははそんなオリジンの態度を目の当たりにして、単純に嬉しく思った。会って間もない自分のことを気にかけてくれる、というそのことが、途方もない優しさのように感じて。 オリジンにとって確かになのはは恩人として受け取ることができるだろう。それゆえにこうして尽くそうとしているのかもしれないし、実際そういった面もあるかもしれない。 しかし、なのははもっと簡単に考えた。きっと彼はもとがこういう風なのだと。彼は、最初から優しい人だったのだ。 それはきっと、クリスさんを愛し、クリスさんに愛されたオリジンの姿なのだろうと、なのははそう思った。 だから、なのはは微笑む。とても優しい、彼に向けて。 「ありがとうございます、オリジンさん。……悩んでること、確かにありました。今も、まだ少し……」 この胸に、くすぶっているものがある。 なのははぎゅっと胸を押さえた。 「…………聞いてもらえますか? ちょっと、恥ずかしいですけど……」 照れ笑いを浮かべてそう言うなのはに、オリジンはふっと笑いかける。 ≪もちろんだ。今度は、俺が君を助ける番だな≫ その言葉に、なのははやはり照れくさそうに微笑んだ。 それから話したことはもちろんユーノとのこと。最初は最近悩むきっかけになった出来事をかいつまんで。それから自分の気持ちを交えて、話していった。しかし気付けば話す内容は過去までさかのぼり、オリジンに出会う前……彼に出会ったジュエルシード事件の頃のことまで話し出していた。 魔法との出会い、ジュエルシード、フェイトちゃん、時空管理局……。そしてはやてちゃんに守護騎士さんたち、リインフォースさん……。闇の書事件のこともなのはは珍しく饒舌になって話していた。 オリジンが聞きたがったこともあって、なのはは少しずつ思い出しながら、そのときのことをオリジンに話した。 ふと、なのははそのとき気がついた。魔法との出会いは、すなわちユーノとの出会いだったことに。今ここでこうしている自分は、彼と出会わなければ存在していなかった。彼と出会わなければ、魔法の力を手に入れることも。彼と出会わなければ、生涯の親友を得ることも。彼と出会わなければ、世界に散らばる様々な出来事を知ることも。―――彼と出会わなければ、この想いを抱くことも、なかった。 改めて気がついた。自分は彼からこんなにたくさんのものを与えられていたのだ。意識しないままに、彼は自分にとても大事なものをくれていたのだ。 すべては、彼に出会ったから―――。 話し終え、なのはは相槌を打つだけで耳を傾けていたオリジンに向き直った。途中から静かになのはの話を聞いていたオリジン。 思えばそれは、なのはが話しながらユーノのことを改めて考え始めたときからだったように思う。 それはもちろん、ただの気のせいかもしれないし、オリジンにその気はなかったかもしれないけれど。 しかし、なのははまるでオリジンがすべてわかってそうしたように……なのはの気持ちを気遣ったように思えた。この聡くて優しいデバイスは、きっと。 ≪―――……≫ 物言わぬ彼に微笑み、なのはは再びユーノとのことを話し始めた。 「―――……それで、現在に至るというわけですが……」 話し終え、なのははどこか赤みの残る顔を上目遣いでオリジンに向けた。 まだ照れが消えないのか、上目遣いの目線は、居心地が悪そうにちらちらとさまよっていた。 ≪………………≫ オリジンは何も答えない。そのことが、さらになのはの居心地の悪さを促す。ついにはそわそわと身体をゆすり始める始末だった。 ≪…………高町≫ なのはが話し終わってから一分たったかたたないか、オリジンはようやく口を開き、なのはは瞬間的に安堵の表情を浮かべた。 が、次のオリジンの一言によって、その表情も一秒と持たなかった。 ≪それはつまり、君がそのユーノのことを好きだということか?≫ 「―――ふぇ!?」 再びの気の抜けた返事。しかし、今回はそのことを気にするような余裕はなのはにはなかった。 ようやく収まってきた顔のほてりがまたぶり返してくる。改めてそう言われると、なのははそっちの免疫が限りなく無いために、顔を赤くして固まるぐらいしか出来なくなるのだった。 なにもオリジンの言葉が予想外だったわけではなかった。ただ、いきなりここまでストレートに聞いてくるとは思っていなかっただけで。 ≪違うのか?≫ オリジンは変わらず冷静な口調で追い打ちじみた質問を聞いてくる。その調子にあてられてか、なのはも段々と一人だけポットみたいに蒸気を出していることが馬鹿らしくなってきた。それでようやく、少しずつ冷静さが戻ってくる。 しかしそれは内面的なことで、あくまで顔は赤いままだったが。 「……いいえ、違いません。私は、その……ユーノくんのことが好きです」 それでも、こうして毅然と答えることは出来た。赤い顔は、少し間抜けだったかもしれないが、オリジンの前だとそのこともあまり気にならなかった。 オリジンはその答えに、どこか満足げに微笑んだ……気がした。あくまで、それは気のせいとも取れる小さな変化に過ぎなかったが、なのはにはそう感じられた。 ≪大事なことはひとつだけだ、高町。“自分が相手のことをどう想っているか”。それは、あるいは相手に想われることよりも、大事にしなければならない想いかもしれん≫ なのはが、ユーノのことをどう想っているか。 それは、相手の気持ちを考えることよりも大事なことだと、オリジンは言った。 なのはがどう思っているのか。なのはが、どうしたいのか。 ≪自分の気持ちがはっきりしていなくては、相手に気持ちを伝えることも出来ない。そうでなくては、相手の気持ちに応えることも出来ない。自分、ということは、そういった意味で恐らく何よりも大切だと、俺は思う≫ なのはは首肯しようとして、やめた。 その言葉に同意と理解を示すには、彼に比べてなのははあまりに幼かった。 ≪愛するということは、きっと自分と相手がいないと成立しない。だから、人は人を求め、想いは誰かに届く≫ 彼女が彼を創ったように。“誰か”が人には必要だから。 ≪今はまだ、君はそこまで難しく考える必要は無いと思う。ただ、俺は人の気持ちはそんなものだと思っている≫ それは、彼の経験からの言葉だったのか。 なのはは口を挟まず、ただ静々とオリジンの言葉に耳を傾けた。 ≪考えることなく、簡単なことだとも俺は思う。気持ちは相手に伝わるものだ。―――きっと、想うだけで……な≫ 気持ちは相手に伝わる。しかし、その気持ちに応えるかどうかは、その相手次第。そして、応えてもらえるかどうかは、自分次第。 だから、まずは想うだけで。それからのことは、それからでいい、とオリジンは言う。 だから、まずは想うだけで―――。 それがきっと、すべての第一歩となるのだろうから。 「―――……」 オリジンの話を聞いて、なのはは思った。確かに、簡単なことだった、と。 なにを自分は、相手の気持ちになろうとしていたんだろう。自分がもし気持ちを伝えて、どう思うだろうか。彼は自分のことをどう思ってくれているのだろうか。そんな、わかるはずもないものを。 最初から、やることはひとつだったのだ。たったひとつ。そのことさえ忘れなければ、きっと何でも出来たのだ。 なのはは信じた。自分の彼を想う気持ちを。理屈も、不安も、今はどうでもいい。ただ、この想いを彼に真摯に伝えよう。 目を閉じて、彼の姿を浮かべる。瞼の裏、その暗闇の中にいる彼の姿は、そんな彼女の想いに真剣に答えてくれるとなのはに信じさせてくれた。 なら、もう悩むことは何も無い。 「……ありがとうございました、オリジンさん」 なのはは頭を下げた。 話を聞いてくれて。考えるチャンスをくれて。話してくれて。気付かせてくれて。そんな様々なことに、感謝を述べて。 ただ深々と、少しでも多くこの感謝の気持ちがオリジンに伝わるように。 対してオリジンはどこか照れくさげにその姿を眺めていた。人に感謝されるということが、よくよく考えれば今までほとんど無かったと思い至ったのだ。 主であるクリス以外とは接触が無かった彼は、そもそも人との付き合いが希薄だった。かつて訪ねてきた夜天の書の主が、ここ数千年でグレアムたちを除いて唯一と言っていい話した相手だった。 そして今回の件では、どちらかというとオリジンは頼る立場にあった。だから、感謝することはあれ、感謝されるということがほとんどなかったのである。 そう考えると、ここまで真剣に感謝の気持ちをぶつけられたのは一体いつ以来になるだろうか。 最近に、思い当たる節は無い。 きっと、クリス以来二人目になるだろう、素直で真剣な感謝の気持ち。 オリジンは、どこか感慨深げになのはの姿を見つめた。 その様子は機械に過ぎない身でありながら、だがしかし大きな優しさに満ちていた。 ≪……気にすることはない。俺はただ、二言三言そのうち気付いたであろうことを言っただけだ。そこまで感謝されるほどではない≫ 「でも、“そのうち気付いた”そのことを、オリジンさんは私のために言葉にしてくれましたから」 そう言ってなのはは顔を上げ、にっこりと笑った。 ≪…………≫ やりにくい、とオリジンは思った。 だが、悪くない、と今度は笑った。 ≪では、どういたしましてと言っておこう。……それで、これからどうするつもりなんだ?≫ オリジンがそう問うと、なのはは実は……と体裁が悪そうに視線をそらした。 「その……まだあんまり考えてないんです。でも、ちゃんと考えようと思います」 これからどうするのか、どうしたいのかを。 オリジンはそうか、とだけ呟いた。ここから先は彼女たちの問題だ、自分が口を出す段階はもう終わった、と宣告するように。 なのはは微笑み、もう一度今度は心の中でありがとうと囁いた。口に出せばきっと、またオリジンは遠慮するだろうから。 自分の気持ちはもう揺るがない。決めることは決め、すべきことももうわかった。あとは、信じるだけだ。自分の想いを、ちゃんと伝えられることを。 きっと、想うだけで、願いは届くから。返事が来るかは、わからないけれど。 でも、想いは確かにここにあるのだ。意識していなかった時も、意識した今も。 だから、なのははこの気持ちをユーノに伝えると決めた。そう決めると、心の中はまるで踊り出しそうなほどに嬉しく、泣きそうなほどに不安だった。 それでもこうして笑っていられるのは、自分の気持ちが確かにここにあると信じられるから。この想いがとても大切であることを、もう知っているからだった。 だから、前を向こう。もともと自分はそういう人間だ。考えすぎて、でも最後はやっぱり行動を起こしてその時々の問題に立ち向かってきたのだ。 だから今回も同じ。考える時間は、終わったのだ。 なのはは笑って上を見上げた。目に映るのはただただ無機質な天井。しかし、その意識の先に捉えているのは、間違いなく彼の姿だった。 赤く染まっていた頬は、色を潜めた。今はただ、少女らしい薄い桃色を帯びるだけである。 |
| ―――To Be Continued |