魔法少女リリカルなのはA’s+ - After Story -









「クロノくん! リンディさんから連絡があったの!?」


 アースラに駆け込んだなのはの第一声は、力のこもった確認の言葉だった。

 そのなのはに続く形でフェイトとはやても姿を見せる。二人の顔も、どこか緊張していることが窺えるほどに強張ったものだった。







 リンディに連絡し、しばらくはグレアム宅で話しこんでいたなのはたちだったが、その日のうちに結果が出るわけではない、というグレアムの言葉に促され、日本の海鳴の地に帰ってきていた。

 リンディに連絡を取ったのが今からおよそ二日……四十時間ほど前のことで、なのはたちは日本の日曜日の街の喧騒の中にいた。

 なのはたち三人とアリサ、すずかを加えた五人でウインドーショッピングを楽しんでいたときだった。

 不意になのはの携帯にメールの着信が入ったのだ。送り主は『クロノくん』。内容は“リンディ提督から連絡があった。アースラまで来てほしい”というもの。

 その知らせを受けたなのはたちは、アリサとすずかに断り、こうして急いでアースラまで足を運んだという次第である。








 ―――対して、クロノは転がり込むように入ってきた三人にまず驚き、そして少しずつ眼を伏せて頭を抑えると、はぁ、とため息を吐き出した。

「少しは落ち着いたらどうだ、三人とも。もう数ヶ月で高校生になるという年齢のくせに、落ち着きがないぞ」

 クロノの言葉に、う、と詰まる、三人の現中学三年生。


 確かにクロノの言うことは正論で、問われれば言い訳のしようもなく正しい。そしてその正しさゆえに自らの過ちを認識し、こうして三人とも言葉に詰まったわけだが……実際にはそれだけではなかった。


 本当ならばミッドチルダというこちらの常識が通用しない世界の出身である彼が、この世界でいう高校生がある程度の自立心を持ったことを認められた学生身分である、ということを当たり前のように話すことがどことなくアンバランスに思えるのだった。



 要するに、違和感である。



 ミッドチルダ出身ということではフェイトは同じ立場だが、フェイトは小学校からこちらの世界の学校に通っているため、こと社会常識面でいえば、既に地球のそれのほうが馴染み深いものとなっている。それゆえ、フェイトにはクロノのような違和感は感じない。

 だが、クロノは別である。クロノはこちらの学校にも通わず、アルバイトなど短期就業の経験もなく、もちろん就職の経験もない。そして管理局でも高いポストに身を納める彼が、こちらの世界に触れることは、母や妹の買い物に付き合わされる以外ではほぼ皆無と言ってもよかった。

 だから、なのはたちはそのクロノが当たり前のようにこちらの世界の常識に馴染んでいることに違和感を感じ、とっさに言葉が出ないのだった。



 まぁそれは、仕事の合間を見計らって新聞を目を皿のようにして読みふけるクロノの努力を彼女らが知らないためであるが。



「だ、だって……やっぱり、気になってたから……」

 反論するようにフェイトが口にし、はやてがそれに続く。

「そうやで。それにこのことを提案したのは私なんやから、一刻も早くどうなったんか知りたいんも当然やん」

 胸を張ってそう主張するはやてに、クロノは今度は小さくため息をつく。

「……わかったよ。それじゃあ早速本題に入ろう。三人とも、会議室に来てくれ」

 クロノの言葉に促され、なのはたちは互いの顔を見合わせ頷きあった後、クロノのあとを追って会議室に向かった。









「―――さて。全員そろったことだし、まずはリンディ提督からの通信記録を見てもらおうか」

 クロノはそう言ってエイミィに指示を出す。





 会議室にはなのはたちの他に、アルフやヴォルケンリッター、アレックスのようなクルーも席についていた。

 そして、オリジンもここにいた。グレアムのところには留まらず、アースラに向かいたい、といったオリジンの心は誰もがすぐにわかった。少しでも早く、結果を知りたい、という簡単だが切実な想い。そのオリジンの頼みを断るものは誰もいなかった。

 ちなみにそのオリジンとアルフ、ヴォルケンリッターは最初からアースラにいたので、呼ぶ必要もなくこの場にいるのだった。





「うん。はい、これだよ」

 ピッ、とコンソールを叩く音が途切れる。変わって、会議室の中央に鎮座する長いテーブル……さらにその中央に録画された映像通信が浮かび上がった。



『は〜い、みんな元気? 久しぶりねアースラのクルーのみんなに会うのは』



 相も変わらず明るい口調のリンディに、会議室の空気がいくらか弛緩していく。

 気を緩めつつ緊張感を保つ、というその難しい空気を、離れながらに瞬時にリンディは作ってしまう。



 そんな母親の姿を見ると、かなわないな、とクロノは思うのだった。

 自分にはそんな芸当は出来ない。どれだけ優秀だと周りから言われようと、リンディという存在を身近に知っているクロノは、素直にその言葉を受け取ることが出来なかった。

 劣等感……と言えなくもないが、クロノはそうは思っていない。目指すべき人に、かなうはずはないとわかっているから、そんなことでイラついたりはしない。

 かなわないことを、クロノは息子として誰よりもそばにいることでよくわかっていた。

 だが、それでもそれは、まだかなわない、というそれだけのことだ。

 かなわないなら、追いつけばいい。追いついたなら、追い越せばいい。クロノはリンディのことを尊敬し、そしてひとつのハードルだと思っていた。


 越えるべきハードル。もちろんその高さはかなりのものだ。


(だけど、目指すものは高いほうがいい)


 クロノはそう思って、今こうしてこの艦の艦長をしているのだ。いつか、彼女の背中を見ている自分が、彼女に頼られる存在になるように。

 ふと、エイミィが自分を見ていることにクロノは気付き、苦い顔をする。

 かつて、クロノは自分のこの思いをエイミィに話したことがあった。が、そのときのエイミィの反応は、反応といえるものでもない。ただ一言、呟いただけだ。


「マザコン……」


 それ以来、クロノはこのテの話題は避けるようになった。いくらなんでも自分の決意を「マザコン」の一言で片付けられてはたまらない。クロノは意図的にエイミィの視線を無視し、流されたままの映像通信に意識を戻した。


 通信で、リンディは自分の近況をアースラの皆に話しているところだった。




『―――……さて。それじゃあ、今日の本題に入りましょうか。オリジンさんの件ですけど……』



 リンディの言葉に、和やかだった雰囲気も一気に張り詰めていく。なのはも、フェイトもはやても、アルフに守護騎士……そして、オリジンも。

 すべての精神がリンディが紡ぐ言葉に注がれていた。





『話し合った結果をそのまま言うわね。……八神はやての特別捜査官としての実績からも、彼女の能力は安定していて信頼の置ける能力であるといえる。そして、オリジンについては八神はやての蒐集行使の他、現地在住の戦技教導官兼捜査官高町なのはと執務官フェイト・T・ハラオウンの協力。そして同じく現地在住の提督リンディ・ハラオウン、クロノ・ハラオウン両名の責任による監視、および定期的な報告。これらを義務として承知するなら、オリジンの件は考慮することを約束する。具体的な任務内容については各自話し合いの後、こちらに提出し、吟味する。―――以上よ』





 リンディの報告が終わっても、声を出すものは一人もいなかった。誰かが、えっと、と何かを言おうとした時、重なるようにリンディの言葉が再び届く。




『つまり、オリジンさんがそちらの世界に留まることを了承してくれた、ってことよ。ホントによかったわ〜、何とか上手くいって。……それじゃあ、また近いうちにそっちに戻るから、そのときにまた詳しいことは話しましょうね〜』




 満面笑顔でひらひらと手を振る姿を最後に、リンディの姿は掻き消え、映像記録の再生も終わる。


 それが合図であったかのように、会議室は瞬く間に喜色に彩られた声々で埋め尽くされた。

 はやてが提言したオリジンをこの世界に留めるという提案は、なんとか本局にも認められたのだ。無茶とも言える提案だっただけにその成功を疑う気持ちも皆あったが、こうしてリンディの報告を聞くとそんな気持ちはどこかに消え去っていた。


 あるのはただ、嬉しいという気持ちだけである。


 はやてはもちろん、なのはやフェイト……そしてこの場にいる全員がその報告に笑顔を浮かべていた。


 まるで、友人の慶事を祝う友達のように。




≪…………皆≫


 その歓喜の声が埋め尽くす中、不意にオリジンの声が投げかけるように響いた。

 オリジンの呼びかけに応えるように騒がしい雰囲気は徐々に鎮火していく。

 そして口々に発していた喜びの声が空気に溶け、その結果報告に向けていた意識がオリジンに向けられていることを感じると、オリジンは再び口を開いた。



≪……このたびの協力、心から嬉しく思う。本来なら問答無用で拘束されていてもおかしくない事態にもかかわらず、俺の我侭を聞いてくれたことに対する寛大な処置に、最大級の感謝を……≫

 オリジンの言葉に、その場にいた全員が面映そうに視線をさまよわせた。ここまで真摯に感謝の念を向けられることに、彼らは慣れていなかった。

≪そして、その俺に理由を問うてくれた高町なのは……そして今回の提案をしてくれた八神はやてに、無上の感恩を表したい≫

 オリジンの言葉には、本人も言うように、これ以上ないほどの恩義の響きが感じられた。

 なのはとはやては頬を染めて大いに照れた。そしてふと顔を見合わせ、二人はくすぐったそうに微笑んだ。


 オリジンの言葉は続く。



≪―――……彼女が生まれたことを知ったとき、俺が感じたのは、『喜び』と『絶望』だった。この世界に彼女が生きているのだという“喜び”……そして、きっと会うこともなく、想うだけなのだろうという“絶望”……≫



 オリジンは言った。グレアムの協力はとても心強かったが、きっと自分の望みが叶うことはないだろうと思っていたと。長年のあいだ管理局にいたオリジンは、管理局の優秀さをよくわかっていた。

 それに、一目見たら諦められないのでは、とも思っていたと。もともと共にいることが無理だと思っていたオリジンは、彼女を見てしまったら、管理局に対して反旗を翻してしまうかもしれないと懸念していたのだ。



 ―――何物に逆らってでも、傍にいたいと望んでしまうかもしれない。



 しかしそれが間違いであることもオリジンは理解していた。そんな勝手な感情で、何も知らない彼女を巻き込むわけにはいかないことも、理解していた。

 だから、オリジンは彼女に会うつもりはあまりなかった。グレアムの言うアースラの人間のことも、特に信用していなかった。ただグレアムのところに連れて行って、捕まって終わりだろう、と考えていた。

 だから、彼女がいる日本の上空にいても、彼女に会いに行くことはしなかったのだ。会うことは出来ないと、ただなのはたちを待ち続けた。


≪―――ただ、想うだけ。きっと、それだけなのだろう、と≫


 望みが叶うことなどないと、思っていた。


 なぜなら、自分はロストロギアだから。たとえ自分にその気がなくても、強力な力を持っていることに、変わりはないのだから。

 そう、変わらないのだ。その事実は。幾年と月日が過ぎようとも。彼女を想う、この気持ちが色あせることのないように。



≪……だが、違っていた。あなた方が、いてくれた≫


 諦めていた願い。

 祈りにも似た渇望。

 想うだけでは届かないと理解していた望み。

 だが、それは届いたのだ。周りの人間の想いと、行動のおかげで。



 そう。ただ、オリジンが想うだけで―――。



≪それだけで、叶う祈りもあるのだと、思った≫


 世の中はきっとそれほど甘くはないのだろうけど。

 それでも、きっとあるのだ。

 神様がくれる、その気まぐれなプレゼントは。



≪皆が、俺のためにここまでしてくれたこと……改めて、感謝する。―――本当に、本当にありがとう……≫


 見た目には変わらず宙に浮いているだけの、白銀のデバイス。だが、誰もが理解していた。その内にある、外見以上に大きな気持ちを。頭を下げる、その姿を。


 だから示し合わしたわけでもなく、みんなはオリジンが円の中心に位置するように、彼の周りを囲んだ。


 そして、口々にオリジンに声を掛ける。よかったな、俺たちは何もしていない、照れるからやめてくれよ、といった言葉を、誰もが笑顔で。そして、旧知の仲であるかのように、とても気さくに。



 オリジンにはその意図がわかっていた。これも自分のためなのだと。感謝しなければならないような、責任めいた感謝をオリジンが口にしないように、という彼らなりの気遣いなのだと。

 だからオリジンは声を上げて笑った。そうすることが、彼らの優しさに対する答えのような気がしたからだった。

 そして、その笑い声に応えるかのように、彼らもまた楽しそうに笑った。










 その輪の中で笑いあいながら、すっと半歩下がってなのはは輪から外れた。

 そして、オリジンの言葉を思った。


 想うだけで。オリジンはそう言った。

 想い続けて、オリジンはいまこうして願いを叶えた。

 だが、実際にはオリジンはグレアムに声を掛け、たぶんアースラの人たちにもどこかで期待し、それ以前に、何千年もの間探し続けていたのだ。それは、オリジンの行動だった。



 想うだけで。行動をする原理も、きっとそれだったろうと思う。彼女のことをただただ心に想って、その末に今こうしているのだろうと。


 オリジンの想いはまるで糸のように紡がれ、時の流れに沿って編まれていったのだ。この、最高の結果まで。


 解けることなく結び紡がれた想いの糸は、きっと何よりも強固なものだ。これから先、何があっても綻ばない、とても強いもの。




 ―――ふと、心によぎった顔がある。




 なのはは思った。何千年もの間ではないが……きっと自分がまだ自覚していない何年もの間に、育まれていた想い。

 気付けば育まれていたその種子は芽を出し、花をつけ、なのはの心に咲いていた。ただ一心に、彼に向けて。



(ユーノくん……)



 この想いも、届くだろうか?

 再び、届けようと思えば、叶うのだろうか。

 ぎゅっと胸の前で手を握る。いつしか彼に対するつらい気持ちも、苦しい気持ちも和らいでいた。オリジンの事件は、誰よりもなのはにとってとても大きな事件だった。




 この想いを、大切なものだと、教えてもらった気がしたから―――。




 オリジンを囲む賑やかな輪を見つめて、なのはは優しい気持ちで彼を想った。





















―――To Be Continued