「帰ってこないなら、追っかけるまでです」

 煌くボソンの輝きとともに空に溶けゆく白亜の艦。

 その中にいるであろう、漆黒を纏った一人の男性のことを一心に見つめて、彼女は言葉をつむぐ。

「だって、あの人は……」

 かつてナデシコの仲間だった人。かつて自らの育ての親となった人。そして、ずっと自分が――ホシノ・ルリが、ただ一人想っている人。


「あの人は、大切な人だから―――」









機動戦艦ナデシコ−the prince of darkness−アフター

『星の数ほどの煌きの中で』












 機動戦艦ナデシコB。

 白と青のツートンカラーで彩られたその戦艦は、初代ナデシコ級戦艦・ND-001ナデシコAに次いで製造された正式なナデシコの後継艦である。

 二本のディストーションフィールド発生装置が艦の両側から前方に大きく飛び出して取り付けられており、その形状は戦艦としてはひどく細身で、華奢な印象すら受ける。

 通常の無骨な戦艦が男性的とするなら、こちらは美しく女性的な戦艦だろう。ナデシコという名前や白に統一されたナデシコ級戦艦は、あるいはそういったコンセプトなのかもしれない。

 ナデシコAの搭乗時、現連合宇宙軍中佐ホシノ・ルリがその外観を見て『変な形』と称したことは、わりと有名な話だったりする。

 さて、そのホシノ・ルリが艦長を務めるのがこのナデシコ二番艦ナデシコB。三ヶ月前に突如起こった『火星の後継者の乱』を鎮圧した功績から最年少で中佐へと昇進した彼女は、今日も今日とて艦長席で静かに読書をしていた。

「……こんにちは」

 ふと顔を上げて、一礼。

 誰もいない中空への挨拶に、わずかにブリッジクルーが反応して艦長席を見上げる。

「あ、気にしないでください。何でもありません」

 そう言われてはどうしようも出来ず、クルーたちは見上げた視線を手元に戻してそれぞれの仕事に戻っていく。

 その様子をしばらくの間見つめて、ルリは再び本に目を落とした。

 あれから三ヶ月。

 火星の後継者の残党もあらかた軍が拘束し、クーデターの事後処理はほぼ済んだといっても過言ではなかった。

 集められた旧ナデシコクルーも再び解散し、それぞれがまた彼らの日常へと帰っていった。

 火星の後継者の手によって遺跡に取り込まれ、そして助け出されたミスマル・ユリカは現在ナデシコCの艦長として軍に復帰していた。

 長期の運動不足による筋肉の弛緩も特に見られなかったのは幸いだっただろう。職に戻った彼女は明るく現在のナデシコでユリカ節を炸裂させている。

 近くで彼女をいさめていたジュンはアマリリスの艦長をしているため、ユリカの独創的な行動や作戦に、副長はほとほと手を焼いているらしい。

 話は戻って、ナデシコB。

 こちらはいい意味で変化があった。

 三ヶ月前よりも以前。火星の後継者の乱より前のルリは、十六という若さでありながら、まったく少女らしさというものがみられなかった。

 笑わないし、泣かないし、怒らない。多少の起伏はあるが、基本的に平坦だったのである。

 そのことを"人形のようだ"と蔑むものもいたが、クルーの大半はルリのことを気にかけていた。

 『電子の妖精』、『史上最年少美少女艦長』、彼女を表す言葉はたくさんあるし、またそれに似合う能力と容姿を持っている。

 しかし、彼女はまだ十六歳なのである。普通であれば友達と遊んで、笑っていてもいい年頃。それでなくても、感情を表に出すことは意外と人間にとって必要なことなのである。

 ルリよりも年下のマキビ・ハリ少尉は戦艦であろうと、主にタカスギ・サブロウタ大尉を相手にいつも騒いでいる(遊ばれているとも言うが)。

 彼は子供だと言ってしまえばそれまでだが、十六歳だってまだ成人していないという点では一緒だった。

 だからこそ、感情を表に出さないルリのことを内心で皆気にかけていたのである。

 しかし、あの反乱事件のあと。

 ルリは変わった。

 元ナデシコの仲間達に言わせれば、昔に戻ったというのだろうが、初代ナデシコを知らない現ナデシコBのクルーにしてみれば、変わったとしか言えなかった。

 冗談を言えば笑うし、からかえばわずかなりとも怒った素振りを見せる。内容は知らないが、タカスギ大尉や転属してきたスバル・リョーコ中尉に何か言われると頬を染めて照れる場面も見られるようになった。

 クルーは艦長のそんな変化を快く受け入れた。

 それこそまるで人形のようだったルリは、まさしく少女に変わっていた。

 今、艦長席で読書を楽しんでいるだろうルリのことを悪く思う人間はナデシコにいない。

 皆が艦長のことを好きだからこそ、クルーたちは精一杯の仕事を日々こなしている。

 ユリカとはまた違う意味でルリは名艦長だった。本人の気づかぬところでだが、彼女は紛れもなく艦長としてクルーの信頼を集めているのだった。

 そうして、ナデシコBは今日も平和に宇宙を駆けている。

 プシュッ。

 気の抜けるような空気音がブリッジに響いた。艦長席などが置かれているブリッジの最上段。そこの扉が開いた音だった。

「ハーリー君。どうでしたか?」

 本にしおりを挟んでから、ルリは背後へと椅子ごとくるっと回った。

 ハーリー。マキビ・ハリ少尉の呼び名である。彼のことを知る人物は、正式な場でもない限り、彼のことをそう呼ぶ。

 呼ばれたハーリーは、オールバックにした黒髪にわずかに手をやってから、ひとつため息をついた。

「一応、多少は掴めましたけど……」

 正面から見て艦長席の右にある自分の定位置の席に着くと、ハーリーはナデシコBに搭載されているAI・オモイカネにアクセスして今さっきまで調べていたデータを呼び出す。

「これです」

 データが表示されたウインドウを軽く指で押す動作をしてルリのほうへと流す。

 それを受け取り、そのウインドウのデータに目を通していくルリ。

「そもそもネルガルのセキュリティは艦長が手を加えてますから、なかなか情報は取れませんでした」

 ハーリーがしゃべる間もルリはウインドウに目を向けている。そのことにちょっと落ち込みつつも、結局何も言うことはしないハーリー。

 例えとしては、初代ナデシコの頃のアオイ・ジュンの立場に近いのかもしれない。あまり、積極的に表に立とうという性格ではないのだろう。押しが弱いともいうが。

「あの〜、艦長がやったほうがしっかりとした情報が手に入ったんじゃないでしょうか……」

 弱々しい声でそう問いかける。

 ルリの能力は『電子の妖精』の名のとおり、電子戦でその本領を発揮する。その能力はナデシコCを利用すれば、火星全域の電子情報を掌握するほどである。

 まさに彼女こそはこの世界で最高のハッカーであり、プログラマー。こと電子上のことにおいて彼女に勝る人間はいないのである。

 実験段階のマシンチャイルドの成功例という、その確かな能力。ハーリー自身マシンチャイルドだが、彼の場合は実用化を目指したIFS強化体質者なので、その方向性からしてルリとは違う。実用化である以上、容姿が変化するほどのナノマシンによるオペレート能力など必要ない。ゆえに、マシンチャイルドであるのに彼の瞳は金ではないのである。

 読み終わったのか、ルリはウインドウを消してハーリーに視線を合わせた。そして、わずかに笑みを浮かべる。

「確かにそうでしょうが、これはハーリー君の能力のテストでもありました。だからこれを任せたんです」

「え……テスト、ですか?」

 きょとん、とした表情で繰り返すハーリー。

 まさかそんな意味合いがあったとは思っていなかったのだろう、声もどこか呆けたようなものだった。

「はい。私の作ったセキュリティからどれだけ情報を得られるか、という。……結果としては、私の予想よりもしっかりしたデータを入手できてます」

「と、いうことは……?」

「ええ。ワンマンオペレートとまではいきませんが、十分な能力です。頑張りましたね、ハーリー君」

 にこり、と微笑んでハーリーを誉める。

 それにハーリーは馬鹿みたいに顔を真っ赤にして照れ、尊敬する艦長に認められた嬉しさからか、目に涙まで浮かべていた。

「あ、ありがとうございますっ、艦長っ!」

 泣きそうな笑顔でそう言って頭を下げると同時に、ブリッジ中に様々なウインドウが開かれた。

 『おめでとうハーリー!』、『よかったね!』、『ルリに認められるなんてスゴい!』などなど。

 それを見て、ブリッジクルーも笑顔で拍手を送る。それにハーリーは照れながらも嬉しそうに笑っていた。

「おいおい、こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 再びドアが開かれ、現れたのは金髪の長髪に一部赤いメッシュを入れた軍人とは思えない容貌をした男。

 元木連優人部隊にして現連合宇宙軍大尉、タカスギ・サブロウタだった。

 そんな彼の前にひとつのウインドウが開かれる。オモイカネによって表示されたそれには、簡単な経緯がせつ……まとめられていた。

「……へぇ。やったなぁ、ハーリー!」

 読み終わったサブロウタはそう言ってハーリーの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてやる。

 それに、やめてください、と言いつつも嬉しそうにされるがままになっているハーリー。兄弟のような二人の様子に、ブリッジは和やかな空気に包まれていた。

 しばらくそうしてハーリーのことを称えてから、サブロウタはルリのほうへと顔を向けた。

「それで、いったい何を調べていたんです?」

 その質問に、なんでもないようにルリは答えた。

「"彼"の現状と行方について、です」

 その言葉に、サブロウタは思わず真剣な表情を顔に浮かべる。

「それは……」

 言おうとして、口ごもる。なぜなら、それが軽々しく口にしていい話題ではないと知っているからだった。


 "彼"


 それが示す人物はただ一人である。

 三ヶ月前、突如ヒサゴプランの中枢のコロニーが次々と襲撃された事件。ターミナルコロニー・アマテラスの襲撃を契機に、火星の後継者が動き出した全ての始まり。

 その襲撃の犯人。一般的にはただの連続コロニー襲撃犯。

 通り名は『the prince of darkness』。

 史上最悪のテロリストとして太陽系全域において指名手配されている男。

 テンカワ・アキト。

 一般には知られていないその名前だが、軍上層部とネルガル、そして旧ナデシコクルーとサブロウタとハーリーは、そのことを知っていた。

 初代ナデシコのクルーの一人。コック兼パイロットとして目を見張る戦績を残し、その後ミスマル・ユリカと結婚してルリの養父となった男。

 そして、A級ジャンパー ――それも人類史上初のボソンジャンパーであり、更に最も経験豊富なジャンパーであるというそれだけのために、妻ユリカとともにさらわれ、五感を含めた全てを奪われた男。

 復讐人、テンカワ・アキト。

 軽々しく口にするには、あまりに重いその名前だった。

「三ヶ月。三ヶ月待ちました。けれど、あの人からは何の連絡もありません。……だったら、追っかけるまでです。それが私の、私らしくですから」

 そう言って、微笑む。

 あの事件以来、ルリはよく感情を表に出すようになった。これも全て、一人の男の存在が影響されているのだろう。

 そう思うと、サブロウタはその大切な人を追おうというルリを止めようとは思わなかった。

「そうですか……。それじゃあ、不肖このタカスギ・サブロウタ。艦長の想い人のために頑張りますか!」

「な、さ、サブロウタさん!」

 想い人、という部分に反応して、ルリが白磁のような肌をわずかに紅潮させてサブロウタをいさめるように声を出す。

 サブロウタはそんなルリの反応に意地悪そうな笑みを浮かべていた。

「か、艦長! そうなんですか? ま、まさか……そんなわけないですよね、艦長。ねぇ!?」

 対してルリとはまた違った理由で動揺するハーリー。

 彼がルリに好意を寄せているのは周知の事実だ。隠そうという気がないのか、隠しているつもりなのかは判らないが、とりあえずハーリーの淡い恋心は見事なまでに艦内に広まっており、一部では暇つぶしの対象にもなっていたりする。

「………………タカスギ大尉」

 普段では考えられないほどの冷たい声。

 サブロウタは本能から危険だとわかったのか、わずかにあとずさっていた。

「な、なんでしょう……?」

 そんな彼に、ルリは無表情で、

「リョーコさんに、送っておきますね。留守録のデータ」

「!!」

 死刑宣告を言い渡した。

「ま、待ってください、艦長! それは、それだけは許してください!」

 凄まじいまでの狼狽振りを披露するサブロウタ。

 それもそのはず、リョーコは浮気などの曲がったことを極端に嫌う。別に現在二人は付き合っているわけではないのだが、友達以上恋人未満の二人にとってそういったスキャンダルはまさしく爆弾になってしまう。

 しかも、相手はあのリョーコ。留守録なんて渡されたら一発で絶縁状がやってくる。サブロウタはかつてないほどに必死だった。

「お、お願いします艦長! 何でも言うことを聞きますから、それだけは〜!」

 両手を合わせて拝み倒すサブロウタ。

 それを見て多少気が済んだのか、ルリはもういいですよ、と相好を崩した。

 ようやくほっと息をつくサブロウタ。よっぽど恐ろしかったのか、表情が無茶苦茶情けなかった。

「でも……今度、何かひとつお願いを聞いてもらいますから」

「う……了解」

 にやり、と笑ったルリの顔は、どちらかというと妖精ではなく小悪魔だった、とのちにサブロウタは語った。

 まったくもって、ナデシコの航海は平和である。






 自室に帰ってきたルリは、軍服のままで愛用のベッドに寝転がった。

 ギシッ、とスプリングのきしむ音が響き、ルリの体重分だけベッドが沈んだ。

 仰向けの状態のまま、先ほどハーリーが持ってきたデータを表示する。

 一通り目を通すが、やはり内容は同じ。確かにそれほど多くの情報はないが、ルリが追いかけるという行動を起こすために必要な内容は十分記されていた。

(……ハーリー君にはああ言いましたが、これはわざと流したと見るべきでしょうね)

 ネルガルのセキュリティは伊達ではない。他ならぬ自分が組み上げたプログラムを使っているのだ。驕りでもなんでもなく、自分の腕が世界最高であることを知っているからこそ、そう言える。

 だというのに、ハーリーはそんなセキュリティをかいくぐり、なおかつ必要なデータを取り出し、さらには脱出してみせたのだ。

 ハーリーの腕が上がったこともあるだろうが、それはルリから見ればまだ未熟なものであり、とても自分の全力を注いだセキュリティを超えられるとは思えない。

 なら、答えは一つ。ネルガルがわざとハーリーに流したのだ。彼の……テンカワ・アキトのデータを。

(なら、その思惑はいったい何? ……まぁ、予想はできますけど)

 簡単に言えば、邪魔になったのだろう。アキトという存在が。

 火星の後継者を潰すことはネルガルにとっては大いに利益になることだったから、協力していた。しかし、それが終わってしまえば、実行犯のアキトを抱えていては何かと面倒になってくる。

 軍には当然いい顔をされないだろうし、かといって裏の仕事として大っぴらに使うことも出来ない。

 彼の名前は売れすぎた。裏の仕事に使ってしまえば、たちまち彼を抱えるネルガルにまで話が及ぶ。

 それをもし反ネルガル勢力などに流されればネルガルとしては損しかない。

 企業としては、これ以上アキトのことを庇いきれなくなってきたのだろう。

「ようするに、さっさと帰ってあげたまえ、ってところですかね」

 アカツキが言いそうなことだ。言わなくとも、そう思っていそうだとルリは思った。

 実のところ、ネルガルから離れれば、アキトに干渉する者はいなくなってしまう。

 軍の中には火星の後継者に出資していた人間がいることが判っている。もしアキトに手を出せば、藪をつついて蛇を出すことになりかねない。

 他企業は、ネルガルだろうと思っていても、実行犯までは絞れていない。

 そして一般的にはアキトは死んだ人間である。死人が犯人だとは考えない。

 よって、結論としてはアキトがルリたちの元に戻ったところで、大きな問題は今のところないのである。

 アキトがそれをよしとするかどうかは別として。

「優しすぎるんですよ、アキトさんは……」

 ルリもユリカも、みんなもアキトのことを拒絶することはないだろう。

 火星の後継者の行いは許せるものではなかったし、打倒すべきものであったのだから。

 しかし、犠牲となった人間は確かにいた。何百何千という単位で。

 実際にアキトが手を下したのはパイロットや戦艦の人間だけである。他の大多数の被害者、民間人の被害はすべて火星の後継者が証拠隠滅のためにコロニーを爆破したせい。

 それがわかったところで、アキトはそれすら自分のせいだと思うのだろう。

 たとえ誰が受け入れたところで、自分が許せなければ意味がない。そして、アキトはそんな自分を許せない。

 確かにアキトは加害者になるだろうが、その前に被害者であることは間違いないのに。

「……でも、許せなくてもいいから。それでも逢いたいと思うのは、わがまま、なんでしょうね……」

 そう、わがままなのだ。ただの。

 逢いたい。

 誰よりも大切な、たった一人の人に。

 いつからだったのかは覚えていない。ただ、気がついたら好きになっていた大切な人に。

 一番自覚したのは、ユリカとの結婚式の時。嬉しさと幸福の裏側で、胸に去来した痛みがあった。その時は好きだとは思わなかった。ただ、大切な何かが遠くに行ってしまったような、そんな空白だけを感じていた。

 そして、シャトルの爆発。

 絶望。そういう時は泣けないものなんだと、どこか冷静に考える自分がいた。

 そして、再会。

 生きていた、という衝撃と、なぜ教えてくれなかったのかという疑問だけがあった。

 そして、再びの別れ。

 その時だった。自分が彼のことを愛しているのだと判ったのは。

『あの人に、任せます』

 なぜあんなことを言ったのだろう。

 自分の意識をあの七機に向ければそれだけで北辰達を無力化することも出来たはずだ。それが一番安全だった。けれど、しなかった。アキトにすべて任せた。

 それは自分らしからぬ判断だった。

 確かに、アキト自身が決着を付けねば彼は納得しなかっただろう。しかしそれでも、どれだけ信頼していようとも、なぜあんな危険な選択をしたのか。

 その思考がきっかけだった。

 信頼だけではなかったのだ。自分の彼に対する想いは。

 兄だったし、父だったし、家族だった。しかし、それ以上に彼は自分にとって大切な人だった。

 好き、だけでは足りないほどに想っていることを自覚した時、半ば直感的にルリは理解した。

 ああ、この気持ちは愛しいという感情だったのだと。

 いつからアキトのことをそう思っていたかは定かではない。いつの間にか愛していたことをこの時ようやく気付いただけだった。

『あの人に、任せます』

 信頼以上の愛情があったから。だから、委ねた。

 "あの人なら大丈夫"ではなく、"あの人に任せたい"と思った。その中にはもちろん、彼が付けるべき決着だからという意味もあった。

 だがそれ以上に、アキトが倒してほしいという思いがあった。アキトが今よりも先へ進むために。どれほどか想像も出来ない絶望から、少しでも踏み出してほしいがために。

 それはまさしく、愛情と呼ぶにふさわしい感情だった。

『あの人は、大切な人だから……』

 見送る側に今はいたとしても、いつか必ず追いついてみせると決意した。この気持ちを抱いて、また巡り会ってみせると心に決めた。

 長い間ずっと胸のうちにかかっていた霧が晴れたようだった。

 愛している。

 だから、追いかける。また逢いたいから。

 単純明快な答えだった。愛なんてよく判らない感情が、ようやく判ったようにルリには思えた。

 それはとても心地よい感覚だった。

 思わず、笑みがこぼれるほどに。

「…………ああ、そうですね」

 そうだ、それだけでいいじゃないか。

 わがままで結構だろうと、唐突に思った。

 アキトが自分を許せるかどうかは重要ではない。

 ようは、自分がまた逢いたいだけ。また一緒にいたいだけなのだ。

 自分を許せないのなら、それでもいい。それは自分のしてきたことを決して忘れないということだから。

 けれど、自分を責めることは許さない。それは、自分の心を傷つける行為でしかないから。

 これ以上傷ついてほしくはない。あの人は、優しい人だから。あんなに優しい人が、幸せになれないなんて嘘だと思うから。

 けれど、あの人は自分を責めるだろう。その優しさゆえに。

 だったら、そばで誰かが支えていればいい。自分を責めているなら叱ってやればいい。泣いているなら、慰めてあげればいい。

 そして、その誰かが自分であったなら、そんなに嬉しいことはないと思うから。

「……だから、追いかけます。絶対に、諦めません」

 アキトにはユリカがいる。そんなことは判っている。

 けれど、だからって自分がアキトを愛してはいけないなんてことはない。

 自分がその隣に立つことはないかもしれないけど。そう出来たら嬉しいけれど。それは無理かもしれないと判っている。

 それでも、愛しているという気持ちは嘘じゃない。逢いたいという気持ちは間違いじゃない。

 だから、

「―――待っていてください、アキトさん。絶対、捕まえてみせます」

 追いかける。

 そしてまた逢おう。

 誰よりも大切な、たった一人の愛しい人に。




 星の数ほどの煌きの中を往く一隻の艦。

 その中で少女は、貴い想いを胸に抱いた。

 白亜の戦艦はその目的を果たすために、ゆっくりと進路を変えた。




















〜あとがき〜

機動戦艦ナデシコ。ついに手を出しました〜、短編ですが(笑)
劇場版から三ヵ月後のルリの心情を書いてみました。
プレミア・コンプリートDVD-BOXの中で、ルリが気持ちを自覚したのはあの最後のシーンだ、とあったので。
だったらそれで書いてみようと思ったのが、この作品のきっかけです。

とりあえず、楽しんで頂ければ幸いです。
アキト×ルリ派な私としては、なかなか楽しかったですね(笑)

それでは〜。