『ふーん。テンカワの息子さんが、誰もが知るあの火星の英雄ね……』


「はい。正直、これは予想外でした。コックとして雇ったようなものでしたから」


『とりあえず、下手なことはしないでくれたまえよ? 気を悪くすると手ひどいしっぺ返しをくらいそうだ』


「はい。……それと、一つかねてよりの謎が判明しました」


『ほう?』


「火星で、まるで相手の動きを読んでいるようだ、とまで言われていた彼の動向。サポートがあったようですな」


『サポートかい?』


「はい。彼の乗る機体に積まれているというAIです。ナデシコのオモイカネ並みの超高性能AIでした」


『なんだって!? あれはアレの科学力をもとに初めて作れるAIだ。ひょっとしたら……』


「はい。接触したことがあるか、あるいはアレに関する情報を持っている可能性も」


『ふむ……興味深いね。ジャンプについてはこのごろ手詰まりな感もあったからね』


「それに、彼は火星で最後まで残っていたといいます。そこから地球まで、彼はどうやって移動したのでしょうか?」


『なるほど、その可能性もあるね。……よし、とりあえず探りを入れてくれたまえ。ただし、気取られないように気をつけてね』


「お言葉ですが、それは難しいですな。彼はウチのゴートさんと友人であるうえに、ルリさんとラピスさんとも非常に仲がいい。彼女らを敵に回すことにもなりかねません」


『……それは、厄介だね』


「ええ。彼女らは間違いなくナデシコの要。それにもし気づかれてしまえば、情報戦で彼女達に敵うわけもありません」


『……わかった。しばらくは様子見でいいよ。何かわかったら連絡をくれたまえ』


「わかりました。では、失礼します」






 目の前に展開されていたウインドウが閉じられ、プロスペクターは肺の中の空気を一度吐き出して、背もたれに大きく背を預けた。

 半ば天井を見上げるような格好になって、ポツリと悔い改めるように呟く。


「……テンカワさん。あなたの息子さんまでネルガルの思惑に巻き込まれる……これは、運命なのでしょうか」


 メガネを外し、眉間を片手で軽く揉み解す。

 それから、付け足すように囁いた。


「……出来れば、そうなって欲しくはないものですな」













機動戦艦ナデシコ
−Alteration of A−


第5話

「僕の守る『プライド』」














 キッチンは昼時とあって大忙しだった。

 ホウメイは自身も料理を作りながら、アキトやホウメイガールズの五人の様子を見て指示を出し、ホウメイガールズも簡単な料理などは作っているし、給仕もあってかなりせわしなく動き回っていた。

 ちなみにアキトは初日に料理を作らされて、ホウメイに試食されて以来、半ば副料理長のような立場になっている。

 とはいってもわずか七人の職場なのだが、それはホウメイがアキトの料理の腕を認めたということであり、アキトはかつての自らの師匠が自分の腕を認めてくれたことを、バカみたいに喜んだ。

 こうして、アキトはこの食堂でホウメイの次に重要な存在となったのだった。

 そして、今日も今日とてアキトは汗水流して鍋を振るっていた。

 いくら作っても終わりやしない。しかしながらアキトはこの終わらない連鎖ですら楽しんで仕事をしていた。

 一度、料理が出来ない身となったことのあるアキトは今がどれだけ幸せなのか、よく理解していた。

 だからこそ、どれだけ忙しくても楽しいと思えるのである。

 その料理を楽しむという点に限っては、ホウメイ自身も見習わなければならない、と思うほどにアキトはコックを楽しんでいた。



 ――しばらくすると、昼時も終わりの兆しを見せ始める。


 そうすると、今度はアキトにとって馴染み深い面々――ブリッジクルーの食事の時間がやってくる。

 どうやらアキトと話したいルリに引っ付いてくる形で、ぞろぞろとやってくるらしい。

 といっても、ラピスにミナトとメグミというブリッジ女衆の四人だけなのだが。


「お疲れ様です、アキトさん」


「お疲れ、アキト」


 仲良く手をつないで入ってくるルリとラピスを笑顔で迎え、アキトはいらっしゃい、と言葉を返した。


「お疲れ様、アキトくん」


「お疲れ様です、アキトさん」


 続いてミナトとメグミが顔を出す。

 ちなみに二人とも最初はアキトのことをテンカワと呼ぼうとしていたが、最初ルリにアキトと聞いていたこともあって、名前で呼ぶようになっている。

 アキトも快くそれを了承し、変わりにアキトも名前で彼女らを呼んでいる。


「ミナトさんもメグミちゃんも、お疲れ様。ルリちゃんとラピスもね」


 四人が席に着く。

 そしてアキトがそれぞれに注文をとり、それがすむとアキトはキッチンへと去っていく。

 それを見届けて、彼女らは雑談へと移っていく。


「けどさ、なんか全然違うよね〜、アキトくん」


「え、なにがですか?」


 ミナトの言葉にメグミが首を傾げてみせる。


「ほら、パイロット――"堕天使"としてのアキトくんと、コックとしてのアキトくん。なんとなく、性格まで変わってるように見えない?」


「あ、そういえば」


「わたしも、そう思う」


 黒ずくめで登場したときと比べれば、確かに今のアキトは格好もさることながら、雰囲気もやわらかい。

 口調でさえ違っているように感じる。

 改めて聞くと、それは気になるところだった。


「と、いうわけで。ルリちゃん、何か知らない?」


 ミナトの問いに二人の視線がルリに向く。ラピスもどこか興味深そうにルリを見ている。ラピスはアキトがどんな存在だろうと気にしないが、それでもそこまで有名だといわれれば興味もあった。

 じっと見つめる三対の目。ルリはのどを潤していたお冷やを口から離した。


「アキトさんは、ああして自分を抑制しているんです。IFS制御の機動兵器はイメージが重要ですから、当然ですが自分が出来ることは強くイメージ出来ますよね?

 だからアキトさんは操縦技術の向上のために生身での戦闘も一流レベルにまで鍛えています。……でも、アキトさんの本来の職業はコックです。そんな強い力は必要ありません。

 ですから、普段の"コック"としての自分と"パイロット"としての自分を使い分けているんです。それぞれで、それぞれに適した行動が取れるように」


「「「へぇ〜」」」


 ルリの説明に三人は喜色を浮かべる瞳と共に納得の声を漏らした。

 喜色、というよりはにやつきといったほうがいいその表情に、ルリはどことなく憮然とした表情になる。


「……なんですか」


「「「べっつに〜」」」


 同時同音で返す三人に、ルリは八つ当たりのようにお冷やを飲み下した。

 それを生暖かい目で見つめる三人。わずか一日程度でずいぶんと仲良くなったものだった。

 人見知りするラピスが早々に彼女らに懐いたことは素直に嬉しいものの、こうして徒党を組んで攻められるとは思ってもみなかったルリは実に複雑な気分だった。


 しばらくはそうしてルリで遊ぶかのような会話を続けていた四人だが、そこに件の男が頼まれた品々を持って現れる。


「はい、お待ちどう様。ごゆっくりどうぞ」


 テーブルに置かれていく料理を眺めている一同の前にそれぞれ品を置き終えると、アキトは身に付けていたエプロンをおもむろに取り外して簡単にたたんだ。

 それを小脇に抱えて、ルリの肩にぽんと手を置く。


「ルリちゃん、サレナへの転送は終わってる?」


「はい。赤い光点がターゲットです。気をつけてくださいね」


「ああ。ゴートにも手伝ってもらうつもりだ。任せろ」


 にっ、とコックには不釣合いな笑みを浮かべてアキトは食堂から去っていく。

 それをぽかんとして見送るミナトとメグミ、ラピスとは反対に、ルリは落ち着き払ってテーブルに備え付けられている割り箸を手に取った。


「ね、ねえルリちゃん。なんの話?」


 いち早く忘我から帰ったミナトが、すまし顔で割り箸を持つ少女に問う。

 それに少女は、変わらず落ち着いて答えた。


「別に、ただのお掃除です。お邪魔虫さんが沢山いますから」


 その言葉にまずますハテナを浮かべる三人を尻目に、ルリは、パキンと甲高い音を立てて割り箸を割った。





















「……さて、ここでひとつ重大発表を行います」


 各々の休憩時間も終わり、ブリッジにはいつものメンバーがそれぞれの職場に陣取っていた。

唯一副提督の場所だけが空白であることを横目で確認して、ルリは再び視線をプロスペクターに戻した。


「ではルリさん。艦内全域に通信を繋いでいただけますか?」


「はい」


 ワンタッチでそれは叶えられた。もとから準備していたので、あとは実行キーを打つだけだったのだ。


「通信全域、開きました」


「ありがとうございます。
 ……オホン! 今までナデシコがその目的地を明らかにしなかったのは、妨害者の目を欺く必要があったためです。
 ネルガルがわざわざ戦艦を建造した理由は別にあります。
 ナデシコはこれよりスキャパレリプロジェクトの一端を担い、軍とは別行動をとります!」


 普段よりも力の入ったプロスペクターの発表に、皆は真剣に聞き入っている。

 そこでプロスペクターは身を引き、後を継ぐようにフクベが大きな声で宣言する。


「我々の目的地は火星だ!」


 その言葉を聞いて、大なり小なり一同は驚きを表した。表情に変化がないのはルリとラピスぐらいで、ミナトとメグミもさすがに地球を出るとは思っていなかったようで、困惑も混じっているような表情だった。


「では、現在地球が抱えている侵略は見過ごすと言うのですか!?」


 逆に怒りさえ感じる声音で真っ向から反論したのは、副長のアオイ・ジュンだった。軍人であった彼にしてみれば、これほどの攻撃力を持つ戦艦をむざむざ火星まで飛ばすのは、信じられない暴挙なのだろう。


「多くの地球人が火星と月に移民していたというのに、連合軍はそれらを見捨て、地球のみに防衛線を引きました。
 一部は地球へと逃れられましたが、それは全体から見れば微々たるもの。火星に取り残された人々と資源はどうなったのでしょう!」


 実際にはアキトは火星の住人の半数近くを送り出すことに成功している。とはいえ、その段階で生きていた人たちの半数ではあるが。

 だから、入植者全体で考えればアキトの活躍によって逃れた数は微々たるものとなる。詐欺のような言い回しだが、この辺りはプロスペクターの交渉術の一つなのだろう。

 真剣な様子のプロスペクターに、ジュンも思わずぐっと口をつぐむ。人命救助といわれれば、もとが善人であるジュンはためらってしまう。

 周りのミナトたちも、「まぁ人助けなら……」と、わりとナデシコの航路については異議がないようだ。


「……生きているかもしれません。ですから、我々は火星に向かうのです」


 そう話を締めてプロスペクターは辺りを睥睨する。

 誰からも反対の声は上がらなかった。それにプロスペクターは満足して頷く。


「では、反対もないようですし、艦長」


「はい! 機動戦艦ナデシコ、はっ――」



「そうはいかないわ」



 声と共にブリッジへと雪崩れ込んでくる武装した兵士たち。それを指示したムネタケ副提督は、卑しい笑みを浮かべながらその彼らの前に歩み出た。

 ちなみにユリカはお約束どおりにズッコケていた。


「血迷ったか、ムネタケ!」


「いけませんなぁ。連合軍とは話がついているはずですよ?」


 フクベの怒号とプロスペクターの諌めにも耳を貸さず、ムネタケは不敵な笑みを浮かべる。


「ふふっ。これだけの戦艦、火星に行かせるなんてもったいないわ。今の地球の状況、わかってるの?」


「ネルガルは私的に戦艦を運用する、というのはきちんと契約されているのですよ?」


 そのプロスペクターの言葉に、ムネタケはさも可笑しそうに笑い声を上げた。


「ほっほっほ! 契約なんて関係ないわ。安心なさい。ナデシコはあたしが正しく使ってあげ――」


「そんな必要はない」


 ドアが開く音と同時に飛び出した影が、ブリッジ下段にいた兵士達をものの数秒で地に倒す。

 そしてそれぞれ一撃を加えて気絶させると、影はムネタケへと顔を向けた。


「あ、アンタ……」


「アキトぉ〜〜〜ッ!」


「無事だな、みんな」


「うん!」


 アキトの問いに、満面の笑顔で答えるユリカ。それにわずかに口元を緩めて、しかし一瞬で厳しい顔つきに戻る。


「ゴートさん」


「ああ」


 上段のドアからゴートが入り、両脇の兵士をなぎ倒してすぐにムネタケを拘束する。


「ぐっ……、どうして! 艦内は制圧したはずよ!」


「まさか。すぐに解放したさ。……ねぇ、ホウメイさん。ウリバタケさん?」


『ああ。助かったよ』


『さすがだったぜ、テンカワ!』


 オモイカネの通信がブリッジに繋がれる。そこにはニッと笑う食堂クルーと整備員、そして縛り上げられた兵士達の姿があった。

 ムネタケは悔しそうに唇を噛んだ。


「わかったか? お前の企みはこれまでだ」


「ま、まだよ! まだ提督がいらっしゃる!」


「前方海中に艦影三。照合します」


 ルリの報告にムネタケは再び笑みを浮かべた。


「……出ました。連合軍艦トビウメ、クロッカス、パンジーです」


 報告から一瞬遅れて、三隻の戦艦が海から姿を現した。

 威容を誇るその姿に、ブリッジの誰もがモニターを注視していた。


『こちらは地球連合宇宙軍提督、ミスマルである』


「お父様……」


「「「へ?」」」


 ユリカの呟きに思わず反応したのは、ミナト・メグミ・ラピスの三人。しかしその反応もいたしかたなし。

 モニターいっぱいに映ったその顔は、濃いカイゼル髭をたくわえた威厳のある強面の男。いかにも軍人、といえる軍人を地でいったような逞しさを思わせる姿なのだ。

 対してユリカは性格とスタイルは別として、華奢で顔つきも可愛らしく、いわゆる日本美人を体現したような女性だ。

 そんな正反対の印象を受ける二人なのだ。その間に親子関係を類推することは難しいだろう。


『おお、ユリカ。しばらく会わないうちに大きくなったなぁ』


「いやですわ、お父様。一昨日お会いしたばかりです」


『そう、そうだったな〜』


 威厳あふれる初会とは打って変わって、ユリカを見た途端にだらしなく頬を緩めるミスマル提督。

 クルーは皆、一瞬でいかつい軍人から子煩悩な親バカへと彼の印象を改めた。


「て、ていと――」


「お久しぶりです、ミスマル提督」


 話しかけようとしたムネタケを制して、アキトは提督へと声をかけた。

 呼びかけを聞いて、コウイチロウもユリカからそちらへと顔を向ける。そこは軍人、顔つきは真剣なそれへと変わっていた。


『誰だね、君は』


「まぁ、これじゃわかりませんよね。では……」


 バイザーをはずし、素顔を晒すと、アキトはコウイチロウへと笑いかけた。


「昔お世話になったテンカワ・アキトです。コウイチロウおじさん」


 顔を見、声を聞き、その言葉の意味を理解すると、コウイチロウは目に見えて驚きを表し、次いで嬉しそうに顔をほころばせた。


『アキト君か! そうか……生きていたのか。うまく火星から逃れていたんだな……』


「いえ、違いますよ。俺は火星会戦のど真ん中にいましたから」


『? どういうことだね?』


「お父様! アキトはあの"Full Black Fallen-Angel"なんです!」


 訝しんだコウイチロウに、ユリカが笑顔でアキトの言葉を補足する。

 その娘の補足説明に、コウイチロウは先ほどの驚きなど比べ物にならないほどに驚愕し、声もなく目を見開いた。


『……か、火星の英雄!? アキト君がか!?』


 コウイチロウの後ろからもどよめきがわずかに漏れ聞こえてくる。

 驚くコウイチロウの姿に、満面の笑みを浮かべるユリカ。アキトのことをこうして評価されていることが単純に嬉しいらしい。

 そんなユリカの思考を正しく読み取ったアキトは、苦笑を浮かべた。


「おじさん」


『な、なんだね。アキト君』


「まぁ、俺のことは置いておいて。……さっき、この艦を連合軍人が武力制圧しようとしました。これは連合軍の総意なんですか?」


 言って、近くのムネタケへと顔を向ける。続いて、下で転がっている兵士達の映像と艦内で縛られている様子も一緒に見せる。

 それを見ていたコウイチロウは、眉を吊り上げてムネタケを睨み付けた。


『……ムネタケ・サダアキ君。私は、君がナデシコ内の偵察を任されたことは聞いているが、民間人に銃を向けることは聞いていないが?』


「し、しかし、ナデシコの拿捕は必要です!」


『確かにその旨の命令は受けた。しかし、それは我々が受けたのだ。君は誰からそんな命令を受けたのかね?』


「そ、それは……」


『あまつさえ、守るべき民間人に銃を向けるとは……!』


「おじさん、ちょっといいですか」


 放っておくとこのまま激昂して怒鳴りだしそうなコウイチロウを見て、アキトはたまらず口を挟んだ。

 横槍を入れられたコウイチロウは、自分でも興奮していたとわかっているのだろう、一息ついて落ち着きを取り戻した。


『……なんだね、アキト君?』


「ムネタケ副提督の件、こちらはその件に関して連合軍に一切なにも要求しません。そのかわり、ここを通してもらえませんか?」


『む……』


「プロスさん、どうでしょう?」


 アキトに答えを求められたプロスペクターは、愛用の宇宙ソロバンを叩いて、何事かを計算してから返答する。


「そうですねー……わかりました。ネルガルはこの件を一切蒸し返さないと約束しましょう!」


 それに満足そうに頷いて、アキトは再び視線をコウイチロウへと戻した。


「で、どうでしょう。おじさん」


『……連合軍には一切なにも要求しないのではないのかね?』


「俺はおじさんに頼んでるだけですよ」


 しれっと言い放ったアキトに、コウイチロウはこれまでにない楽しげな笑顔を見せた。


『ふふふ、そうか。いいだろう。ここは退こう』


『な、ミスマル提督!?』


 コウイチロウの判断がマズイと思ったのか、後ろの部下が騒ぎ始める。しかし、コウイチロウはそんな部下達を一蹴する。


『ではネルガルがこの不祥事を公にしてもいいというのか? その責任が君に取れるのなら、それでも構わないがね』


『う……』


 黙りこんだ部下を最後に一瞥して、コウイチロウは再びアキトへと向き直る。


『というわけだ、アキト君。ここは君に免じて退こう』


「ありがとうございます。あ、あと縛り上げた軍人達はそっちで引き取ってもらえますか?」


『ああ。もちろんだ』


「では、小型艇を出します。それでは」


『うむ』


 コウイチロウの姿を映していたウインドウが電子音と共に消える。

 それを見届けて、アキトはふう、とひとつ息をついた。そして右手に遊ばせていたバイザーを再びかけると、プロスペクターへと向き直る。


「プロスさん、すまないな。勝手な真似をした」


「いえいえ。上手くやって頂きました。無傷で済ませていただけたんですから、何も問題ありません」


 にこやかに言うプロスペクターに、アキトも力を抜いてふっと笑った。


「それじゃあ、俺はこれからコイツらを小型艇に詰め込んできます。ゴートさん、またよろしく」


「ああ」


 下段で転がってる連中をアキトが回収し、ムネタケたちをゴートが連れて行く。担がれ、引きずられて運ばれていく姿は、被害者であるクルーから見てもいささか哀れに見えた。

 そして通路へと続くドアが閉じられると、やはり気を詰めていたのだろう、誰彼ともなく大きく息を吐く音が響いた。


「あぁ〜、緊張したぁ……」


 ミナトの言葉はまさに今誰もが思っていたことだった。こういった場に慣れている者であっても、緊張をまったく感じないわけではない。

 ほっと息をついたのは、フクベのような軍人もプロスペクターであっても同じだった。


「銃突きつけられて、軍のお偉いさんが来て、しかも怒っちゃうし……なんか二転三転としましたねぇ」


「アキトとゴートが、全部片付けてくれたけど」


 ラピスはそう言ったが、実際に事を収めて見せたのは間違いなくアキトだった。個人的な繋がりがあったにせよ、いまこの騒ぎを収束させたことは彼の肩書きもあって更に彼への信頼を集めさせた。


「さっすがアキト! これでナデシコは問題なく火星へ向かえますね!」


「はい。いやはや、一時はどうしたものかと思いましたが……テンカワさんのお給料にはサービスをしないといけませんなぁ」


 ニコニコとしているのは、ユリカとプロスペクター。

 プロスペクターは何よりアキトが軍人たちを倒してしまった時は本当に焦ったが、そこはさすがと言うべきか、その後の対応は実に良いものだった。

 おそらくこの海域からミスマル提督が来ると踏んでいたのだろう。その予想は見事に当たり、久しぶりに会うことになる提督はアキトの意を汲む面もあって、わりと簡単に引いてくれた。もちろんムネタケの件もあるだろうが。

 経済的損失も人的損失もゼロ。内心でプロスペクターは拍手喝采である。特に、前者について。


「……武力行使はどうかと思うけど、でもこの艦があれば地球の人たちをもっと……」


 しかし、ジュンだけは納得していないようで、今でも引き渡したほうがよかったのでは、とこぼしている。

 周りの者はまだ言ってるのか、と思っている程度。しかし、ルリはその程度には思えなかった。

 ではどの程度かというと、目がつり上がって思わず肩に力が入ってしまう程度。


 つまりはっきり言って、ルリは怒っていた。



「副長。ふざけないでください」


「え?」


「ルリちゃん?」


 ルリの小さな唇から聞こえた低い声は明らかに怒りを含むそれで、あまり感情を表に出そうとしないクールな印象の彼女には意外に思えて、皆はそちらへと意識を向けた。


「いまナデシコ単艦が地球の戦域に加わったところで、戦局に大きな変化はありません。むしろ中途半端に刺激して、余計にチューリップが送られてくる危険性もあります」


 現代戦争において、ただ一人の英雄が戦いを勝利へ導くというのはナンセンスだ。

 きっかけとなる人物がいたにしても、その周囲にはあらゆる面に秀でた者達や、優れた武器や道具がなければならない。加えて膨大な情報を処理して、情報戦を行う必要性も出てくる。

 しかしそれらは、一人では出来ない。それはたとえ大人数が乗る戦艦だろうと変わらない。

 極端な話、100万に対して1で挑んだところで負けるに決まっているのだ。そして現在の地球の交戦状況はまさにそれだった。

 それがわからないはずはないのに、しかしジュンはそれでも言い募る。


「けど――」


「それに、それだけではありません」


 ジュンの言葉を遮ってルリは更に続ける。今はもう、ルリの言葉だけがこの場所に流れている。


「副長はさっき『地球の人たち』と言いましたよね。……では、"火星の人たち"は? 逃げ損ねて、今もまだ占領された火星の地で怯えている人たちは?」


 それに、ジュンは答えられない。うつむき、黙る。


「副長は無意識に『地球の人たち』と言いました。それは、その"火星の人たち"のことを少しも考えていない、とわかっていますか? 今も必死に助けを信じて生きている彼らを、否定しているということを、わかっているんですか……?」


 思わず、コンソールの手が震えるのを感じて、ルリはもう一方の手でその手を押さえる。しかし、その手もまた震えていた。


「助けて助けて、守って守って、それでも全員を助ける時間なんて到底なくて。なんとか壊されずに残っていた三機のシャトルにだけ乗せて、地球へ飛ばした。……残っている人たちは見捨てて」


 それを聞いてジュンははっと顔を上げた。皆も気がつく。これは、アキトのことを言っているのだと。


「それでも、残された人は笑っていた。『アンタは希望をくれた。ここまで助けてもらったんだ。あとは自分達で生きてみせる』。

 ……残りたくても、残れなかった。皆を助けるには機動兵器一機ではなく、大型の艦が必要だったから。そしてそれは、地球に帰らなければ、手に入らないものだったから」


 アキトとの初めての通信の夜。話し終わったあとで、アキトは懺悔のようにルリの前で話してくれた。火星でのこと。自分がしたこと。助けきれなかった、と泣いて。


「アキトさんが最後に火星で言った言葉、教えてあげます」


 ルリの宣言に、誰もが聞き漏らすまいと耳に入ってくる音に集中する。

 形のいい唇が音を紡ぐ。



「『必ず助けに来る』」



 息を呑む音が、聞こえた。



 少し肩から力を抜いて、ルリはジュンに問いかける。


「……副長。人間は、地球だけにいるんじゃないんです。地球にいないから助けない、なんて有り得ません。……アオイ副長が守りたいのは、"地球の人たち"だけなんですか?」


 じっと見つめると、ジュンは顔を伏せて、涙をこらえるように肩を震わせる。それでも、出てくる言葉はどこか力強さを感じさせた。


「……違う。僕は……僕は、みんな助けたかった。みんなを助ける正義の味方になりたかったんだ。だから、軍に入った。

 ……たくさんの人を守りたかった。だから……この艦があれば、たくさんの人を助けられる、と思って。それだけしか、考えてなかった……」


 そのたくさんの人は、ジュンにとって地球の人たちだった。火星を知らない彼は、その地に根付く生活があることを知っていても、実感がなかったのだ。

 母なる星は地球であり、人は地球に住んでいるという、大昔では常識だったこと。しかし現在には当てはまらないもの。


「……ごめんなさい、ホシノさん。軽率な発言でした……」


 ぐっと背を伸ばして顔を上げると、すぐに身体を曲げた。頭を下げる先にはルリがいて、それは間違えようのない謝罪の姿だった。

 しかし、それに答えたのはルリではなかった。



『気にするな。たくさんの人を守りたいなら、火星の人もひっくるめて守ればいい。小さく言わず、人類全てを守ればいい。それだけのことだ』


「て、テンカワ……」


「アキトさん。……すみません、話しました」


 いくらか気落ちしているルリに笑みを向けて、アキトはさして気にしていない風に言い放つ。


『別にいいさ。あれは俺の情けない過去だから、あまり話して欲しくなかっただけの話。ルリちゃんが気に病む必要はない』


「でも――! ……はい」


 思わず顔を上げて見つめた先には、バイザー越しの優しい笑顔。言い募ろうとした自責は、それだけで何処かへ押し流されていってしまった。

 ただ頷いて、一度だけ小さく息を吐いた。


『……ただ覚えておいてくれ。俺はそのために火星に行く。……ジュン。お前は、どうする? ここでミスマル提督のもとへ行くことも出来るが?』


 答えがわかっている、とでも言いたげな顔で尋ねるアキトの姿は、いたずら小僧のようで苦笑を誘う。

 緊迫から穏やかな空気へ。その中で、ジュンは声を張り上げた。


「もちろん、火星に行く! 人を助ける、僕はそのためにこの艦に乗ったんだ!」


 その答えに、アキトは温かみのある笑顔を浮かべ、そしてすぐにそれを収めて唇の端を歪ませる悪役のような笑みを見せた。



『……そうか。それがきっといつか、みんなを助けるという大きな夢に繋がる。……まぁ今は、好きな女を助けるため、でいいがな』


「なっ!?」


「「「「おお〜〜〜」」」」


 どよめき広がるブリッジの中、アキトの声だけがよく響く。


『では、これからトビウメに向かう。何かあったら知らせてくれ。では』


「なっ、ち、ちょっと待って――!」


 プツン。

 ウインドウが消えた。

 その後には、顔を赤くした男と、にやけ顔の女衆がいるだけだった。


「へぇ〜、副長もやるわねぇ」


「え、いや……」


「素敵です、アオイさん! 応援してます。頑張ってくださいね!」


「や、あ、ありがとう……」


「若いですなぁ」


「うむ」


 最後の二人は置いておいて、概ねジュンの乗艦理由は気に入られたようだ。ルリも今ではそれを見て苦笑を浮かべているし、ラピスも楽しそうに見つめていた。

 そしてそこへ、件のご本人がやってくる。


「ジュンくん! 好きな人を助けるため、ってことはこの艦に乗ってるんだよね? もう、言ってくれてもいいのに〜!」


「「「「……はい?」」」」


 どこか悟りきったような目で涙を流すジュンを尻目に、ユリカの発言に皆がさすがに呆然とする。


「あの〜、艦長?」


「はい?」


「わかってらっしゃらない?」


「なにがですか?」


 やばい、天然だよこの人……、という認識が皆の心を覆い尽くした。

 ニコニコと笑うユリカの姿は、悪意のない天使だった。


「大変ねぇ、副長……」


「頑張ってくださいね」


「まぁ、まだ時間はあります。焦ることもないでしょう」


「急いてはことを仕損じる、とも言うしの」


「気、落とさないで」


「アキトさんは艦長に恋愛感情はないそうです。頑張ってください」


 口々に送られる慰め&応援の言葉に、ジュンはもう感涙だった。それが人の情けが身にしみるからかどうかは、わからないが。


「……ありがとう。慣れてますから……」


 かろうじてそれだけ返したジュンは、ルリの言葉にだけはちょっとだけ勇気付けられた。


「?」


 何のことだかさっぱり理解していないらしいユリカは、変わらずニコニコと笑っていた。





















 アキトがナデシコを出てすぐに、ナデシコからの通信が入る。自動的につながり、ルリの顔が映し出された。


『海底のチューリップが活動を再開。浮上します。注意してください』


「了解。……ジュンはどうした?」


 あれだけ言ったんだ。何か反応があってもいいものだが、と思ってアキトが問うと、ルリが疲れたようにため息をついた。


『ユリカさんが……』


「――ああ、それでなんとなくわかった」


 多くは言わずにアキトは全てを察した。発破をかける意味もあったのだが、ジュンには悪いことをしたかもしれない。

 今度なにか一つ奢ってやろうと、いくつかメニューを思い浮かべる。


「じゃあ、囮をするか?」


『はい。チューリップを壊すのは時間がかかります』


 決して壊せないとは言わない辺りが、ルリなりのサレナへの気遣いだった。

 サレナはブラックサレナでもあるのだ。スペックが足りない、と言われれば機嫌を損ねるだろうと配慮したのだ。


「了解。それじゃ」


『はい。気をつけてください』


 通信が切れ、すぐにアキトは通信をつなぐ。つないだ先は、トビウメ。


「提督」


『うおっ!? な、なんだね……アキト君か?』


「そうです。チューリップが浮上しています。トビウメらは離れてください。ナデシコが迎撃します」


『わ、わかった。君はどうする?』


「俺は……」


 にやり、と口端を持ち上げて笑う。


「囮ですよ」