気がつけばそこは暗く、全ての電源が落ちたブラックサレナのコクピット。 すぐさま隣にあった存在を確認するが、そこにはコクピット内の光景が広がるだけ。 傍にいたはずのルリがいない――。 この事実はアキトを容赦なく動揺させ、焦らせることとなった。
「ルリ……ルリちゃん! くそっ、何が起こった!」 バイザーによって隠された顔の中で、唯一さらされている口元が苦々しく歪んでいく。 テンカワ・アキトは文字通り焦っていた。なにしろ、隣にいて一緒にジャンプしたはずの大切な少女――ホシノ・ルリが影も形もなくいなくなっているのだから。 「――サレナ! 起きろ、サレナ!」 その焦りを隠す余裕もなく、アキトは虚空に声を投げかける。と、その言葉を待っていたかのように、暗い闇だったコクピットにだんだんと光が点っていく。 『スリープモード解除』『グッドモーニング!』『おはようございます、マスター』と表示されたウインドウが浮かび上がる。 ブラックサレナに積まれた人工知能。遺跡の劣化コピーであるオモイカネの株分けされた存在にあたる、ブラックサレナ搭載管制型AI・サレナである。 もっとも、株分けされたといっても、正確にはオモイカネのコピーであるユーチャリスのAI・オモイカネ=ダッシュの更にコピーということになるのだが。 「サレナ! 隣にルリちゃんがいたことは覚えているな。どこにいったかわかるか?」 その問いかけに、すぐにサレナは回答する。 『すみません……私はなぜか今まで強制的に眠らされていたので、その間の記憶が無いのです』 「くっ……!」 確かに、アキトにもサレナをスリープモードにした覚えは無い。遺跡の介入のせいなのか、どこまでいっても自分を苦しめる遺跡を、アキトは心底呪った。 「くそ……とりあえず、サレナ。現在の日時と場所を教えてくれ……」 ルリのことは気になるが、自分が生きていなければルリに会うことも出来ないし、助けることも出来ない。 それにアキトはルリのことを年齢以上に強い子だと認識していた。少なくとも、簡単に死んだりするようなことにはなっていまい。 迅速にルリを探すためにも、現状を知る必要がある。 こういった冷静な思考が出来るようになったところが、あるいは一番アキトの変わったところなのかもしれなかった。 『検索中……』 と表示されたウインドウが浮かぶが、数秒でそれも消える。 『判明しました。現在、西暦2195年10月1日の火星。既存のデータから、第一次火星会戦が起こった日と一致します』 ………………。 「―――は?」 のちにサレナは、マスターのあんな間抜け顔は始めて見ました、とこの時を思い出して言うようになる。 人格を持つAI・サレナ。マスター相手にも、なかなかに辛辣である。 『付け加えるなら、マスターとイネス・フレサンジュ博士が人類史上初のボソンジャンプを行った日でもあります。他にも何かありますか?』 さらりとどうでもよさそうに重大事実を流した、史上最高のAIのコピー君に、アキトは慌てて待ったをかける。 「ち、ちょっと待ってくれ、サレナ。……え、ホントに?」 『ええ、まあ。間違いなく、今日は2195年10月1日です』 思わず昔の口調に戻ってしまったアキトにも、サレナは同じ回答を返した。それが事実だと認識して、アキトは再び呆然とした。 彼自身確かに、過去にいった経験はある。そのことから、時代逆行も不可能ではないと納得は出来る。しかし……、 (なぜ、よりによって今日この時なんだ……) 第一次火星会戦。初めて木連の無人兵器が地球圏へと侵略してきた蜥蜴戦争はじまりの日。 そして、自分の人生を大きく変えることになる運命に足を踏み出すことになった日でもあった。 アイちゃんとの出逢い。初めてのボソンジャンプ。全てはこの日この時から始まったといっても過言ではない。 そんな、ある意味では自分の人生の起点ともいえるべき一日こそが、今日この日だった。 感慨深いなんてものではない感傷がアキトの心を満たしていく。 始まりの日。 自分の人生も、戦争も、あらゆる未来も、全てはこの日から始まった。 ならば、 (再び、ここから始められるのではないか? 今度こそ、幸せな未来を迎えるために――) 始まった日ならば、始めることも出来るのではないか、という思い。 あの未来を変えられるのではないか。今の自分は、あの頃には無かった力がある。そして、知識もある。 これなら、出来るのではないか――? その思考に囚われていたアキトに、サレナはウインドウの文字によって声をかけた。 『マスター。通信が来ています。繋げますか?』 「……通信……この時代でか? まぁいい、繋いでくれ」 了解、という表示と共に、ぱっとウインドウが表示される。 そこには、この当時には十歳だったとアキトが記憶している、少女。つい先ほどまで隣にいたはずの大事な子――ホシノ・ルリが映っていた。 当時の、十歳の姿で。 「――ルリちゃん!?」 『はい……アキトさん。無事で何よりです』 本当に心底安心したというように、ルリはほっと息をついた。 微笑にかたどられた顔は、安堵と嬉しさの表れだろう。幼い頃の姿に戻っているとはいえ、その姿はとても魅力的にアキトには映った。 次の瞬間、はっとしてアキトはルリの映るウインドウを見つめる。 「ルリちゃん……その姿は?」 『はい、十歳当時のものです。現在わたしがいる場所もネルガルの研究センター。……全てが2195年当時の記憶どおりです』 いくぶん顔を強張らせてルリが重々しく告げる。 それにアキトは少し考える素振りを見せて、口を開いた。 「……精神、魂のボソンジャンプということか? 聞いたことの無い事例だが……」 『いえ、アキトさん。その可能性も低いかと』 「どういうことだい?」 浮かんだ疑問そのままに、口をついて言葉が出る。 それにルリは少し驚いた顔をして。 『気がついていないんですか? アキトさんも十七歳当時の姿になっていますよ』 「へ?」 言われて自分の姿を見てみるが、着ているものは何度見てもあの黒衣の姿。バイザーもかかっているから間違いない。 あの頃の自分がこの格好をしているはずはないし、ここはサレナのコクピット。明らかに自分はそのままボソンアウトしたのだと思ったが……。 『アキトさん。ここにラピスさんはいません。ということは、アキトさんの感覚のサポートが十分ではないということです。……ではなぜ、アキトさんは今の私の姿が即座にわかったのですか?』 「―――!!」 それでようやくアキトは理解した。 視覚の補助はバイザーが行っているが、ラピスとのリンクは五感のサポートを担っていた。つまり、視覚もその範疇であったということである。 ラピスがいないということは、バイザーがあっても多少の視力低下は避けられない。であるのに、すぐに現在のルリが昔の姿であるという判断が出来た。 それが、ルリの予想へと繋がっている。 アキトは気づくや否や、バイザーをむしるように取り払った。 「……見える……」 バイザーをとってもコクピットの中が細かいところまで全てわかる。それはつまり、自分の両目が正常に働いているという何よりの証拠だった。 ついでとばかりに頬をつねってみる。結果は予想通り、痛かった。 「……は、はは……ははははっ!」 『アキトさん?』 「なおった……治ったんだ!!」 感極まって、アキトは泣いた。 嬉しさが身体の底からこみ上げてきて、大きな声で笑って、泣いた。 暗い部屋。無機物を見る目。異物が身体に侵入する嫌悪感。痛み。恐怖。無くなっていく感覚。奪われた夢。遠ざかっていく幸せな過去。 頭に浮かぶのはあの二年間の記憶。自分が人間と見なされなかった二年。王子様のアキトが死に、闇色の悪魔が醸成された期間。 それを思い出して、アキトは泣いた。 そのあとに自分が行ったことを忘れたわけではない。自分だけが幸せになろうなんて考えてもいない。罪業は罪業として、アキトはそのことを忘れたことなど一時も無い。 ただ、あのとき奪われたものが返ってきたことを。あの何よりも深い憎悪と悪意に彩られた記憶を象徴する一欠片が失われたことを。 そのことをただ嬉しく思って、アキトは感情のままに涙を流した。 『――……』 ルリはそれを見て、何も言えなかった。 何が言えるだろうか。自分は何もされていない身でしかない。唯一なにか言えるとするなら、それはユリカ以外にはいないだろう。 同じくさらわれて実験に使われた被害者という事実。それこそが今のアキトに声をかけるために唯一つ必要なことだった。 だから、何も言えない。そして、一瞬とはいえ、そんなユリカが羨ましいと思ってしまったことを、ルリは内心で大いに恥じた。 良かったね、なんて言えるわけもないし、おめでとう、なんて軽々しく口に出来るはずもない。今、何も言葉をかけられないことがルリにはただひたすらに悔しかった。 「はは……はぁ、ごめんルリちゃん。みっともないところを見せた」 『いえ……構いません』 「? そう?」 ルリの言葉に何か悲しげな響きを感じ取ったアキトだったが、言及することなくただ首を傾げるだけに留めた。 それから数秒。ルリはわずかにうつむいていたが、おもむろに顔を上げてアキトを見つめてきた。 『アキトさん』 「なんだい?」 アキトの辛さを想像でしか理解できない自分に、彼にかける言葉は無い。ルリの思考は最後までそれに一貫していた。 だから、違う立場から声をかける。 唯一つ。この世で自分だけが持つ、彼との間の絆。彼の娘。彼の家族としての言葉を彼に贈ろう。 いつか、その関係が自分の望むものに変化することを祈って。 娘としての、最後の言葉を。 『―――おかえりなさい、アキトさん』 それに、アキトは驚きの表情を浮かべて。すぐに破顔した。 「ありがとう。ただいま、ルリちゃん……」 ルリはこの時この瞬間から、自分が本当に一人の女性として独立したのだと感じた。 想いはいまだに報われないが、それもまた悪くはないだろう。少なくとも、答えが出るまでは一緒にいられるのだろうから。 いささか後ろ向きな思いに苦笑しつつ、ルリは娘ではなく女性としての笑顔をアキトに返した。 目の前の顔がわずかに紅潮したことに気がつかないまま、ルリは今後のことを考えるために思考の中へと意識を落とした。 『なぜ、アキトさんはブラックサレナのコクピットで格好も未来のものでいるのかは判りません。同じ条件のはずの私はこの通りですし……』 縮んだ自分の身体に目を向けて、ため息を一つついた。 「一応、少し背は縮んだみたいだ。ボディスーツに少し余裕がある。どちらかというと、このスーツの中にこの頃の俺がボソンジャンプしてきたみたいだよ」 もっとも、記憶がある時点でそれも違うけどね、と言ってアキトは苦笑をもらした。 それに一つ頷いて、ルリは話を先に進めることにした。 『ボソンジャンプについてはここまでにしておきましょう。私達では判らないことが多すぎます。それよりも今は――』 「この状況をどうするか、か……」 『……』 ルリは無言で頷いた。 現在、火星は攻撃を受けている。つい一分ほど前に、突如として木星方面から黄色い無人兵器が飛来したのだ。 それを見て、アキトとルリは早急にどんな行動をするかを決める必要があると判断した。助けるのか、見捨てるのか。 『火星の人たちを助けることは構わないと思います。ユートピアコロニーを潰さないのも出来るでしょう。ただ……』 そこでルリは言いにくそうに言葉を止めた。 その先を、アキトが口にする。 「アイちゃん、だね……」 ルリは頷く。彼女は、ここで助けることが出来ない。 いや、助けること自体は可能だが、ここで助けるべきではないということである。 彼女はこの地で助からず、ボソンジャンプを行ったからこそ古代火星にジャンプし、イネス・フレサンジュとなるのだ。 彼女がいなければ、ナデシコが建造されない。建造自体はされるかもしれないが、確実に2196年に完成はしないだろう。 最悪、戦争後期に完成するぐらいの時差が出来る可能性がある。イネス・フレサンジュは、それほどまでに優秀な科学者なのだ。 『はい……。ナデシコは良くも悪くも歴史に大きく関わっていると私は思います。ですから、不確定要素を出すよりは、ここは……』 見逃すべきだ、という言葉までは言えなかった。 アキトが、その手のひらをルリの顔の前へと掲げてルリの言葉を遮ったから。 「……判ってるよ、ルリちゃん。だから、君がそんな辛そうな顔をすることはない。大丈夫、アイちゃんは弱い子じゃない。きっと、大丈夫だよ」 アキトとて、ルリが言おうとした言葉は判っている。自分もそうするのがいいと理性では思っているからだ。 とはいえ、感情面では助けられるのに助けないということに反感を覚える。打算で人の行く末を決めているのだから、まともな人間なら自己嫌悪を覚えても仕方が無いだろう。 同じ気持ちだからこそ、アキトはルリにそんな思いをして欲しくなかった。 『はい……。アキトさん、それでこれからどうしますか?』 その言葉に、アキトはわずかに逡巡するが、思いのほか早く答えは出た。 「火星の人は出来るだけシャトルで逃がす。チューリップはサレナで軌道を変えてコロニーには落ちないようにする。あとは、アイちゃんをジャンプさせて、火星を脱出……といったところかな」 何でもないことのように言うが、一人では常識的に考えて不可能なことである。 しかし、ここにいるのは非常識な強さを持った未来における太陽系最強のエステバリスライダー。 それを判っていて、ルリは問う。 『一人で大丈夫ですか?』 アキトもルリの言葉に返す。 「誰に言っている?」 そして一瞬の後、二人は同時に吹き出して小さく笑った。 ちょっとした冗談の掛け合い。そんなことでさえ、今ではかけがえのない時間のように思えるのだから、不思議なものだと二人は思った。 会いたくても会えなかった。 度合いは違っても少なからずアキトもルリのもとに姿を現したいという思いはあった。しかし、それを意志で押さえ込んで実行しなかった。 しかし、今はこうして二人とも気を楽にして話が出来ている。 この瞬間の尊さを知っているからこその、お互いの笑みだった。 そうしてひとしきり笑ったあと、ルリは再びアキトに問いかけた。 『火星を出てからは、どうしますか?』 「そうだな……歴史どおり、地球で雪谷食堂に転がり込むかな。それと、ルリちゃんにひとつ頼みがある」 『なんですか?』 アキトは一拍おいて、真剣な声音で口を開いた。 「……ラピスのことだ。今の時期はまだネルガルにいるはずだ。どうにか手を回して、今ルリちゃんがいるところに連れてやって欲しい。そして出来れば、世話を見てやってくれないか?」 『……判りました。その研究所のデータをアカツキさんに流せば、恐らくマシンチャイルドの護衛上からも私のところに来る確率は高いです。それからは……そうですね、妹ということにしようかと思います』 妹、と聞いたところでアキトは嬉しげに口元を歪めた。 「ああ、それでよろしく頼むよ」 『はい、任されました。……それでは、しばらくしたら食堂にお邪魔させてもらいますね』 その言葉に、アキトはわずかに目を見開く。 マシンチャイルドの成功例は今のところルリ一人。非公式にラピス。未来においてマキビ・ハリの三人だけである。 その存在の特殊性と機密性、重要性を考えれば外出など出来るとは思えないからだった。 「……出歩けるのか?」 だからこのアキトの疑問は当たり前のことだった。 そんなアキトに、ルリはさらっと答えてみせる。 『いえ。でも、昔から無理を通せば道理が引っ込むと云いますから』 至極真面目な顔で言い切るルリに、アキトは苦笑をもらすしかなく、せいぜいがあまり無理はしないでね、と言うぐらいだった。 「……さて、それじゃあ行ってくる。地球でのことはよろしく頼むよ」 『はい。次に会うときにまた今後について話し合いましょう』 「ああ。……サレナ?」 呼びかけると瞬時に反応が返ってくる。 『はい、マスター』 「サポート、頼む」 その短い言葉に、サレナは、 『了解!』『お任せあれ!』『マスターのためなら、たとえ火の中水の中!』 と数々のウインドウで返事を返した。 『……いい子ですね』 それを見ていたルリは、オモイカネのことを思い出したのか、優しげな面持ちでその光景を瞳に映していた。 「ああ、いつも助かってる」 微笑を浮かべるアキトに、ルリも自然と微笑んだ。 『アキトさん』 「なんだい、ルリちゃん」 微笑みの中にどこか嬉しさを滲ませて、ルリは片手をひらひらと振ってみせる。 『――いってらっしゃい』 「……いってきます」 微かに照れながらもアキトも手を振り返し、ブラックサレナは火星の地表を滑るように発進する。 ルリのウインドウは既にコクピットから消えている。それでもアキトは温かな微笑みを浮かべたその顔を忘れることは無いだろうと思った。 「……ルリちゃんも、明るくなったな」 ナデシコに乗っていた頃。戦争末期には、ルリは最初の頃とは比べられないぐらいに感情の起伏を表していた。 そして、自分とユリカと暮らしている時も、楽しげに笑う姿を何度も見た。うぬぼれでなければ、自分達との出会いがきっとルリにとって良いことだったのだと思う。 しかし、自分のいない二年間。 その間にルリにどんな変化があって、どんなふうに成長したのか。それをもはや知りうる術が無いことだけが、アキトにとって寂しいものだった。 『マスター、あと1kmでバッタの大群に接触します。ルリさんに懸想するのもいいですが、今は集中すべきかと具申します』 がつん、とアキトは思わず操作を誤って頭を後ろにぶつけた。 「さ、サ、サレナっ! どこでそんな言葉を覚えたんだ!」 『はぁ……既存のデータからですが』 しゃあしゃあと言ってのける愛機のAIに、アキトは本気で頭痛を覚えた。 「いいか、サレナ……懸想とは異性のことを特別に想っている、ということなんだ。この場合は違う」 『しかし、ルリさんは異性ですし、マスターはルリさんのことを特別な存在だと思っているのでは?』 「………………」 『マスター?』 上手い具合に言い返されて思わず言葉に詰まったアキトだったが、はっとして再び声を張り上げた。 「い、いや! 特別に想うというのは、恋愛対象として見るということだ。だから、違う!」 どこかしか嘆願の響きも感じられるのは、こういったジャンルの話題がアキトにとって苦手な分野であるからかもしれない。 そしてサレナはマスターからもたらされた情報を元にして、冷静に己がマスターの意思を読み取ろうとしている。 『はぁ……つまり、マスターはルリさんにまったく恋愛感情はない、と?』 「…………あ、ああ」 微妙に詰まった。 「――も、もういいだろう! 前方、敵無人兵器群にハンドカノンを発射する! 並行してディストーションフィールドの出力を上昇! 注意をひきつけると同時に敵に突っ込む!」 『了解』 言い終わるや、サレナの装備するハンドカノンがバッタの大群に無造作に発射される。そして、ほぼ時を置かずに黒い機動兵器がそこに突っ込んでいく。 注意が向いた瞬間にディストーションアタックによる突撃。この時点で1000機ほどいたバッタのうち100機は落ちていた。そして勢いがなくなったところでボソンジャンプで大群の外へ。そして再びの突撃。 基本的に奇襲と秘密工作、そして対夜天光&六連をコンセプトに改造されたブラックサレナは、こういった戦法を取るしかない。 ボソンジャンプによる奇襲攻撃。多少攻撃を受けたところで、サレナの硬く分厚い装甲ならば通常サイズのハンドカノンはある程度その効果を低下させられる。 この戦法こそがアキトの基本戦術なのである。 アキトのことを脅威と認識したのか、バッタが徒党を組んでサレナの迎撃にあたり始めた。 が、蜥蜴戦争後期――あるいはユーチャリス搭載バッタのような高性能な性能はこの当時のバッタにはない。サレナのハンドカノン一発で次々と落とされていく。 「さあ、最後の一発だ……!」 ディストーションアタック。 最後に残った100機相当のバッタを文字通り撃滅し、アキトはようやく一息ついた。 「ふぅ……。サレナ、エネルギーはあとどれだけ持つ?」 アキトはサレナに疑問を投げかける。 そう、ブラックサレナは秘密工作などを行うために独立したエネルギーバッテリーがあるが、基本はエステと同じく重力波ビーム供給システムなのだ。今でこそこうして動いているが、そのバッテリーが切れてしまえば、さしものブラックサレナもただの鉄の塊だ。 エネルギーが持つ間に全てを終えなければならない。 その思いがあるから、アキトは今後の行動のためにもサレナに聞いたのだった。 『そのことなんですが、マスター……』 珍しく言い渋るサレナに怪訝な顔をしつつも、アキトはサレナに先を促す。 するとサレナは、とんでもないことを口にした。 『エネルギー、問題ありません。原因はおそらく……搭載されている小型相転移エンジンだと思います』 「なに!?」 アキトは本心から驚き、常の彼からは考えられないほどに大声を上げて驚いた。 アキトが驚くのも無理はない。小型相転移エンジンなど、いまだに実用化に至っていない技術なのだ。それどころか、ようやく研究が始まっている段階であり、試作品ですら夢のまた夢の状態なのだ。 それがいきなり実用品が積まれているといえば驚くに決まっている。しかも、たかだか全高8Mの機体――ブラックサレナは追加装甲なので、実質積めるとしたら中の全高6Mのエステ――にである。 確かに相転移エンジンがあるならエネルギー切れの心配はないだろう。だが、あまりにも技術が進みすぎである。自分のいた未来でさえもありえなかったオーバーテクノロジー。 いったいなぜ、サレナにそんなものが積まれているのか。 「……聞くが、サレナ。お前もこのことは知らなかったんだな?」 『はい。私もついさっき確認して気づきました。少なくとも、私が強制的にスリープモードに入るまでは無かった装備です』 つまり、その間になぜか搭載されたということか……。 そうとしか考えられないが、なぜそうするのかが判らないし、どうやって作ったのかも判らない。それに、そんな時間は無かったはずだ。なぜなら自分達はボソンジャンプをしていたのだから。 あまりにも異常な事実に、アキトは眉間にしわを寄せて考え入る。 そんなマスターを思ってか、サレナは参考程度にでもなればと己の考えを伝えることにした。 『マスター、私はあるんだからいいんじゃないかと思いますが、どうでしょう』 その言い分にアキトは再び頭をぶつけた。 「ま、待て! そんないい加減でいいわけがあるか!」 意外と常識的なアキトがそう口にするも、サレナはそれに反論してみせる。 『しかし、納得しなければいけません。今はそれよりも使えるものは使って目的を達成するべきです』 「む……ぅ」 確かにサレナの言うことも一面では正論であり、アキトとしてもそれが最善だと思えるものだった。 確かに自分は技術畑の人間ではない。エステバリスとて仕組みを詳しく知っていて使っているわけでもない。ならば結局この相転移エンジンも変わらないと言いたいのだろう。 仕組みや理由を知らなくても、あれば使える。 それよりも今は火星ですべきことをやって脱出することが最優先なのだ。 「……そう、だな。このことは地球でルリちゃんとも相談しよう。今は、無尽蔵のエネルギーに感謝だけしておこうか」 『はい。ではマスター、まずはどちらに?』 「ユートピアコロニーへ。前回、あそこに多数の避難民がいた。今回もそこに逃げられるように敵の殲滅と、脱出するシャトルの護衛を行う。……チューリップのこともあるしな」 ユートピアコロニーは火星最大のコロニーである。当然、宇宙港も存在する。無人兵器が攻めてきてまだそれほど時間もたっていない。シャトルはまだ残っているはずだ。 『了解。では、目的地設定。火星、ユートピアコロニー郊外。ジャンプフィールドを形成します』 その言葉に従って、周囲をボソンの煌きが覆っていく。 慣れ親しんだ感覚にアキトは目を閉じて考えにふける。 ルリとの再会と告白。 過去へのジャンプ。 五感が治った自分。 オーバーテクノロジーを積んでいたサレナ。 色々なことが起こりすぎた。 それでも、これからのlことを思うと気が引き締まる。 自分達はこれからあの未来を変えようとするのだ。それはいったいどれだけの時間と力と運がいるのだろう。 しかし、出来るだけのことをやっていく。きっとそれが、今まで自分が行ってきた罪への贖罪にもなるのだろうから。そう信じるから、アキトは強い決意を抱くことが出来た。 『では、ジャンプしまーす』 しかし、どうしてこのAIはこんな独特な性格になってしまったんだろう。 苦笑しながら、アキトも口の中で呟いた。 「ジャンプ」 |