ユリカが死んだ。 あの事件が終わったあとに復活させた戸籍はわずか六カ月しか使われず。連合宇宙軍大佐、初代ナデシコ艦長、テンカワ・ユリカはその短い生涯に幕を閉じたのだ。
葬儀はしめやかに行われた。ユリカはあの事件以来世界的に有名な人物であったが、大々的にやるのをコウイチロウが渋ったためだ。ユリカは誰からも慕われるような明るさと、不思議と周囲の気持ちをまとめてしまう不思議な魅力がある人間だった。さらには事件によって悲劇の姫、悪の敵によって眠り続けさせられた女性。“白雪姫”。テンカワ・ユリカの名を知らない者は誰もいないほど、彼女の存在は有名になった。 それだけの人物の葬式だ。多くの人が集めってきてくれるだろう。 だが、コウイチロウはそれを望まなかった。 多くの人の中には、軍の人間も多くいるだろう。なにしろ現総司令の娘であるし、先の事件の重要人物である。来ないわけがなかった。 だが、だからこそコウイチロウにはそれが我慢出来なかった。事件の犯人グループ――『火星の後継者』と裏と繋がっていた統合軍。一部で出資を行っていた宇宙軍の官僚たち。そんな奴等がユリカの顔を見に来るなど、コウイチロウには我慢ならなかったのだ。 だからこそ、葬儀には制限をもうけた。親しい者達だけで行うというだけの葬式にしたかった。いつも明るいあの子だったから、眠る時ぐらいは静かにして、ぐっすりと眠らせてやりたかった。 参列者はゆえに、ナデシコクルーがほとんどを占める。宇宙軍でのユリカの友人たちもいたが、背後に葬儀の内容を探ろうとする者の影が見れる者もいたため、結局誰も入れていない。ゆえに、ナデシコクルーが会場の大半を占めていた。 ハルカ・ミナト。メグミ・レイナード。ゴート・ホーリー。フクベ・ジン。プロスペクター。そして副長であり一番の友人として彼女を支え続けたアオイ・ジュン。パイロットであったスバル・リョーコ、アマノ・ヒカル、マキ・イズミ。整備班とその班長ウリバタケ・セイヤ。食堂に勤めていたリュウ・ホウメイとホウメイガールズ。それから白鳥ユキナ。月臣元一郎。ネルガルからは会長のアカツキ・ナガレ、秘書のエリナ・キンジョウ・ウォン。 彼らで構成された初代ナデシコクルー、二百余名。彼女の采配に従い、彼女の笑顔に癒され、彼女の起こすバカに笑い合った人々が、涙を流しながら彼女の遺影を見つめている。 そしてユリカと関係の深い者を艦長として抱く者達。 副長タカスギ・サブロウタとオペレーターのマキビ・ハリを始めとしたナデシコBのクルーたち。こちらもまた、多くが参列して計百五十弱。ナデシコクルーだけといっても、その規模は非常に大きいものである。 すすり泣く声。小声で思い出を反芻する人たち。脳裏に浮かぶ過去を眺め、涙する多くの人。初代ナデシコ艦長ミスマル・ユリカ。結婚してからも子供のように天真爛漫に生きていた彼女の笑顔を見ることは二度とない。それが、彼らの悲しみを起こさせる。 ナデシコの中に根付く、“自分らしく”いこう、という考え。それを体現して見せた彼女だったから、彼らは涙を流す。誰もが目指しながらも、いつか現実に妥協して見失っていく“自分らしく”。それを為した彼女の強さ。それでいて失われない笑顔に、どれだけ勇気づけられていただろう。 彼女を失った今、改めてそれを思って彼らは泣く。彼らの青春を語る上で欠かせない、思い出の中心にいる彼女。かけがえのない仲間であり、リーダーであり、目標であった彼女がいなくなってしまったのだと実感して。込み上げる悲しみそのままに、彼らは彼女を惜しむ声を上げ続けた。 そんな会場の中心地からわずかに外れ、人目にもつきにくい一角。そこに、まるで影に紛れるように佇む一人の男の姿があった。顔の半分を覆い隠すほどのバイザーは、彼の表情を他に悟らせることをしない。黒一色で染め上げられた姿は、まさに影のようだった。 テンカワ・アキト。 初代ナデシコに搭乗し、コック兼パイロットとして生きた男。幼なじみであるミスマル・ユリカと結婚し、たとえどんな時でも彼女を愛し続けた男。 のちに妻と共にさらわれ、人体実験の末に五感すべてを喪失したあとも、妻を奪還するために多くを犠牲にして復讐に身をやつした男。 世間一般では、史上最悪のテロリストとしてデッドオアアライブの懸賞金をかけられている特S級犯罪者。テンカワ・アキト。 宇宙軍がこの葬儀に介入したがったのは、彼が現れる可能性が高かったこともあるだろう。現総司令であるミスマル・コウイチロウは人情家だ。アキトのことを見て見ぬふりをするだろうことを彼らは懸念していたのである。 実際、コウイチロウはそうしている。アキトのことは黙認だ。立場上、話しかけるようなことはしていないが。 「………………」 影に佇む男は、ただ無言で遠目に見える遺影を見つめていた。三年前の葬儀で使われていた写真ではない。遺影であるのに、写真の中のユリカは満面の笑みを浮かべている。誰が持ってきたのかは知らないが、場に合わないことこの上ない。 そう考えて笑おうとしたところで、唇が石のように固まって動かなかった。だから結局男は、笑うこともなく写真を見続けている。 そんな彼に近づいてくる影が一つ。 復讐を誓った際、アキトは多くの武術や殺人術、あらゆる技術を学んできた。ゆえに、背後に近づく気配は流石に奴等といえど奪えなかったらしい第六感で判断出来る。 立ち止まり、すぐ後ろに立った彼女。覚えのある温かい感覚に、アキトは我知らず口を開いていた。 「――……最期に立ち会ったのは、イネスだった」 「……アキトさん?」 呼びかけられるが、アキトは答えなかった。 「病院で、一度は会った。だが……それ以降は結局会えなかった。怖かったんだ。今の俺を見て、やはり俺だとユリカは気付いてくれた。久しぶり、と言ってくれた。多くのことを話した。……だが、もし言われたらと思うと怖い言葉があったから。俺は、それからユリカのもとを訪ねられなかった」 「……なにを、ですか……?」 再びの彼女の声。今度は、アキトも答えた。 「……『ありがとう』と。もし言われたらと思うと、俺は怖かった」 「え?」 困惑気な彼女に、アキトは続ける。 「……俺は、人を殺した。この手で殺した。銃で撃った。ナイフで刺した。刀で斬った。殺して殺して殺して、他でもない俺のこの手で殺した。相手の血を浴びながら、俺は多くの人を殺してきた。 それを、ユリカのためだと言い訳もできるだろう。復讐だと言い張ることもできるだろう。そう誤魔化さなければ、俺はやっていけなかった。 ……だが、もし。もし、言い訳にしていたユリカから言われたらどうする。『ありがとう』と。俺のおかげで助かったのだと。だからありがとう、と。そんな、もし俺の行いを肯定するような言葉を聞いたらどうする。――俺は、誤魔化してきたことに直面しなければならなくなる。蓋をしていたものに、向き合わないといけなくなる。 ……それが、俺は怖かった。過去の罪に押しつぶされるのが怖かった。俺の心は弱いから、きっとそんなことに耐えられない。――だから、ユリカを避けた。会わないようにしていた。一度だけ。たった一度だけだ。最期にも立ち会っていない。俺は、いったい何をやっているんだ……」 「アキト、さん……」 長い独白を終え、力なく肩を落とすアキトの姿は、外見とは似つかわしくないほどに小さく弱々しいものに見えた。 ユリカがいたからこその苦悩。そうであるならば、そこから解き放てるのも恐らくユリカだけ。それが、彼女には自分にできることは何もないように思えて歯がゆく思える。 誰よりも優しく、他人の目を気にするが故に、一度自分の過ちを意識してしまうと、この人はここまで弱くなってしまう。言い訳をして、目的に突き進んでいる間はそれで良かった。だが、終わった後は? 助けられた彼女に、自らの人倫に外れた行いは肯定されたらどうする。 もともと非情には向かない彼だ。そんな罪と相対すれば、押しつぶされるのはなるほど自然のことなのかもしれない。 だが――。 彼女は思う。 支える者がいれば。一人ではなく、二人でいるならどうだろう、と。 「アキトさん……」 「っ」 彼女は、小さな身体で彼の大きな身体を出来るだけ包み込むようにして抱きしめた。アキトは彼の知る彼女とは思えない突然の行動に、身を固くさせることしかできない。 「アキトさんがしたこと……私には何とも言えません。私は、アキトさんじゃありませんから」 彼女はアキトの辛さを分かち合えないことに苛立ちすら覚える。だが、そんな苛立ちを抑え込んで、ただ今はこの胸の中にある想いを吐き出すように口を開く。彼の黒いコートを白い手で握りしめながら。 「アキトさんの苦しみに決着し付けるには、ユリカさんが必要なのかもしれません。ユリカさんがいないから、アキトさんは苦しみ続けるしかないのかもしれません」 アキトに罪を突き付けるのがユリカであるなら、そんな縛りつきから解放するのもまたユリカでなければ出来ないことだろう。それは、アキトとユリカの問題だからだ。 だが、ユリカはもういない。文字通り、もう二度と会うことは出来ないのだ。だから、アキトが解放されることはもうないのかもしれない。苦しむ道しか残されていないのかもしれない。 けど、それでも、彼女は。 「……アキトさんを、苦しませないことは、私にはできません。――でも」 それでも、彼女だけにしか出来ないことがある。他の誰にも出来ない。彼女だけにしかできないことがある。 「――私は、傍にいます。ずっと傍にいて、あなたの苦しみに一緒に立ち向かいます。だって……」 それは、アキトが心の全てを許した唯一の存在。もう、この地上に彼女しか残っていない、ただ一つの。 「だって……家族じゃないですか、私達……」 「ルリ、ちゃん……」 名前を呼ぶと、彼女がきつく握りしめている白い手が、黒いコートを巻き込んで小さく震えている。 ルリもまた悲しいのだ。彼女が憧れ、姉として慕い、家族として接して、アキトと同じように大切だと思った人。彼女の家族、ユリカが死んでしまって。 アキトのような確執はないかもしれない。それでも、今の気持ちが辛いことに変わりはない。 だというのに、アキトは自分の弱さだけ好き勝手に吐露して、楽になろうとして。初めて得た家族だったからこそ大きな衝撃を受けているだろう彼女のことを考えずに、ただ自分のことだけを考えていたとは。相変わらず考えなしな自分を殴り倒したくなる。 だが、そんなことをするのは後だ。今は、目の前で泣いている自分の家族。ユリカと並び、けれど比べることのできないほどに大切な存在の震えを止めたかった。金の瞳から流れる滴を止めたかった。 だから、アキトは身を翻して正面から彼女を抱きしめた。 「ぅ……っ、ア、キトさんっ……」 「ルリちゃん……」 それでもなお、自分で涙をこらえようとするルリに、小さく呟いた。 「ごめん……」 「――……ぅ、……っ」 それは何に対しての謝罪だったのか。 ユリカに対してか。目の前の少女を放っておいたことか。それとも、己の不甲斐無さから出ただけか。だが、そのいずれであったとしても。アキトのその言葉をルリがどうとったのかはわからないが、それがルリの強がりを突き崩したのは事実だった。こらえていたものを一気に押し出すかのように、ルリはアキトの胸に縋って泣いた。 三年前には涙も出なかった、実感のない親しい人の死。今度は、本当にユリカは死んだのだ。それを実感してしまえば、もうこらえられない。そしてここには、この世で唯一自分のすべてを預けられる家族がいる。だとすれば、ルリに我慢を強いる要素はもうどこにもなかった。 胸に顔を押しつけて泣くルリを抱きながら、アキトは病院で再会した時にユリカと話したこと思い出す。あの時にかわした言葉は、きっとこうなることを予想していたのかもしれない。ユリカは、バカをやっているように見えて、誰よりも先のことを考えている奴だったから。 だとすれば、アキトとルリがお互いにお互いのことを必要とするだろうことも予想していたのだろうか。ならば、それに思い至り、それでもその言葉をアキトに告げたユリカの心境はどれほどのものだったのだろう。 自分にはもったいないほど強く、優しく、明るい奴だった。ユリカのことを、アキトはそう思う。自分には、きっとユリカほどの強さはない。あの時の言葉を口にしたユリカの気持ちは、想像するに余りある。鈍いアキトとて、それぐらいはわかる。 改めて、ユリカのことを誇らしく思うアキト。それと共に恐ろしくも感じる。今、自分がルリに対してこうした気持ちを抱くだろうことも彼女はきっと考えていたんだろうから。 「――……なぁ、ルリちゃん……」 抱きしめたルリの肩に手を置き、アキトは言葉を切る。訝しげに顔を上げたルリの、濡れた金の瞳に目を合わせてアキトは再度言葉を続けた。 「俺と来るかい?」 「えっ!?」 「実は、もうアカツキには話を通してある。もしかしたら、ルリちゃんをこっちに連れてくるかもしれない、と。あの時は本当にそうなるとは思っていなかったが……アカツキのことだ。準備はしていると思う。ラピスもルリちゃんには興味を持っていたし、それに――」 「ち、ちょっと待ってくださいアキトさん!」 一気呵成に話し出すアキトを遮り、ルリは降ってわいたアキトからの誘いに混乱もあらわに目を瞬いた。驚いたせいだろうか、涙は完全に止まってしまっていた。 「ど、どうしてそんな急に……。そ、それに私にも色々と都合というものがありますし、その……」 「アカツキがそこら辺は上手くやってくれる。いや、エリナがか。……とにかく君が心配するようなことはない。俺のもとに来ることを伝えたい人には伝えてもいい。――それに、急じゃない」 「え?」 もう溢れてくることはない、瞳に溜まった涙を指で拭き取ってやりながら、アキトはさっきルリが言った言葉を口にする。わずかに微笑んで。 「家族、なんだろう? 俺たちは」 バイザー越しでありながらも、その笑みはルリの知るアキトと被る微笑みだった。再び緩む涙腺をルリはぐっとこらえる。 嬉しかった。家族だと言ってくれたことも。自分が本当はアキトと一緒にいたいと思っているこの気持ちに応えてくれることも。またこうして、微笑みかけてくれることも。 もう二度とないと思っていたもの。この手から零れ落ちてしまった幸せ。ユリカという二人にとってとても大事な人を亡くしてしまった以上、かつて零れ落ちた幸せを取り戻すことは出来ない。ユリカの死は、二人にとても大きな傷と心の空白を生んだことだろう。 だが、空白が生まれた分は二人で補えばいい。二人で一つの心を持てばいい。ルリはそう思う。それができるのが家族であり、ルリがただひとり大切だと心から想う彼との絆なのだから。 こみ上げる嬉しさと、ユリカに対する申し訳なさ。ただユリカを亡くした悲しみを、傷をなめ合いたいだけなのかもしれない。でも、それでもいい。傷をなめ合ってでも、前に進む。地を這ってでも、未来を見据える。それでこそ、ユリカの想いに応えられるとルリは思う。アキトとルリは、ユリカにとってきっと何よりも大事な存在だったとルリは自信を持って言えるからだ。だからこそ、ユリカが自分たちの幸せを望むだろうことはルリもわかる。 かつて、アパート暮らしをしていた頃。ユリカからそう言われたこともある。 『私はね、アキトとルリちゃんの幸せを誰よりも願ってるの。二人がずーっと幸せで、ずーっと笑ってくれるといいなって思うんだ。でも、アキトは結構気にしいだから、まだ火星でのこととかは吹っ切れてないから……私とルリちゃんでアキトに教えてあげようよ。過去は過去。今は今。そして、未来は未来。今は未来につなげるために。過去は未来をより良くするために。私たちは未来を見据えて生きなきゃいけないんだって。そのためにも幸せにならなくちゃ! アキトとルリちゃんもだけど、もちろんユリカも一緒にね!』 それに、ルリはどう答えたのか。……そうだ。はい、と言った。ユリカの言葉が嬉しかったから。笑って、はいと答えたのだ。 そして、それにユリカは――、 『うん! 約束だよ!』 向日葵のように明るい笑顔で、ユリカはそう言ったのだ。 “約束” アキトは知らない、ユリカとルリの約束。アキトのためにかわした、大切な姉との約束。それがあるから、ルリはアキトについていくことを決めた。ユリカがいないから、もう真に約束が果たされることはない。ユリカと一緒に、ということはもう無理なのだから。 だから、せめて半分。ユリカと約束したアキトの目を未来に向けさせるという約束だけは、叶えたい。 だから、ルリはアキトの言葉に頷く。家族の絆と、ユリカとの約束。そしてなにより、アキトのことを大切だと思う自分の気持ちに嘘をつかないために。ルリは、アキトの言葉に頷く。 「――……はい。よろしくお願いします、アキトさん」 きっと自分でもうまく笑えただろう笑顔で言えば、アキトは一瞬驚いたように動きを止めた後でもう一度ルリに向かって微笑んだ。それは、何よりもルリが望んでいたものだった。 ルリとてもう子供ではない。自分がアキトに抱いている感情がどういった名称を持つものなのか分からないわけではない。ユリカへの申し訳なさはある。ユリカとの約束を言い訳にしているだけじゃないのかと思うこともある。 だけど、それでも自分の気持ちに嘘はつけない。だって、それはナデシコを汚すことになる。 ユリカが掲げた“私らしく”。その伝統を持つナデシコを、それを掲げたユリカを汚すことになる。 だからこそ、ルリは自分の気持ちに嘘をつくことだけはしない。そんな、私らしくないことだけは絶対にしない。自分に家族の温かさを、人との絆をくれた大事な姉の言葉を無碍にするわけがない。だから、ルリは心の中でユリカに謝り続ける。そして、それでもアキトを想うことをやめることは決してしないのだ。 ルリはアキトの手を取る。アキトは、ルリの手を握る。 ユリカの葬儀は既にもうほとんど終えている。アキトは最後までいるつもりは最初からなかった。ナデシコの皆に堂々と顔を見せられるほど、心は強くない。ルリだけは特別だが、まだかつての幸せに向き合うのは辛かった。 (すまない、ユリカ……) それは、何に対する謝罪だったのか。葬儀半ばで去ることへ? ルリと共にいることへ? ユリカの最期を看取れなかったことへ? そのすべてであり、そうでなかっただろう。ただアキトは、自分がユリカに対して悪いと思っていることだけは自覚していた。いくらユリカの言葉を受けているとはいえ、それでも罪悪感はある。ユリカと結婚した身でありながら、ルリの手を取ろうとしているのだから。 今はまだルリは娘であり、妹だ。だが、いずれはそれとは違う関係になるのかもしれないという漠然とした思いをアキトは抱く。 かつては少女で、今はすっかり女性となったルリを思う。ユリカは、もしそうなったときにどう言うのだろうか。あの時の言葉通りなら、きっと喜ぶだろう。それが、どう言葉を繕っても変わらない、ユリカに対する不義理であったとしても。 とはいえ、先のことはまだ分からない。これからどうなるのか。アキトとルリ。それにラピスも加わって、どう生きていくのか。その結果を見てから、ユリカに会いに行こうと思う。みんなで一緒に、家族として。もう一人の家族と再会するために。 (先、か……。そんなことを考えるとはな……) これまでは考えてもみなかったもの。未来。それを考えるきっかけが、ユリカの死だというのは皮肉なことだとアキトは思う。 先はどうなるか分からない。だから、せめて今繋いでいる手だけは失わないようにしよう。先の見えない未来だとしても、意地でもそれだけは確定された未来にして見せる。家族が離れることのない未来。這ってでも、それを掴んでやる。 (なあ、ユリカ。お前はきっと、それを望むんだろうな……) 記憶の中にある色褪せない彼女の笑顔を浮かべながら、アキトは思う。いずれ彼女に会う時、怒鳴られるような未来にだけはしたくないなと思った。 「ジャンプフィールド、形成……」 パワードスーツに仕込まれたジャンプフィールド発生装置が活性化する。アキトとルリを中心に広がるジャンプフィールド。幾何学的な模様と、煌きとなって舞い散るボソンの光。アキトはつないだ手に力を込めて、最後のトリガーを引いた。 (さようなら、ユリカ……) 「ジャンプ」 輝くボソンに包まれて、二人の姿はそこから消えた。 彼らが去った後も、葬儀は続いている。多くの人が見つめる先にある白木の棺。美しく装飾をされたそれの中に、物言わぬ身体となったユリカはいた。遺跡と融合させられた後遺症だろうか、ユリカは異常なほどのナノマシンを保有しており、特にボソンジャンプがどこかで行われるとユリカの身体のナノマシンは反応していた。 今はもう、死した身体とともにナノマシンも沈黙している。宿主が生命活動を停止したためにナノマシンもまた活動出来なくなったからだ。 だというのに、アキトとルリが跳んだ瞬間。ユリカの身体からは一瞬だけ光が漏れた。本当に微かだけ。目もとで一瞬だけきらりと光ったナノマシンとボソンの輝き。棺の中ゆえに誰にも気付かれることのなかったその輝きは、まるでユリカが涙を流したようでもあった。 それが悲しみのものであったのか、喜びのものであったのか。今はもうそれを知る術はない。 そして、それを最後にもう光は現れない。棺の中のユリカは、わずかに微笑んだまま静かに体を横たえていた。 『ねぇ、アキト。私がいなくなったら、アキトはきっと悲しんでくれるよね?』 『当たり前だ。……どうして、そんなことを聞く』 『え? うーん……アキトって大切なものを失くすこと、凄く怖がってるでしょ。今に始まったことじゃないけど。だからね、ユリカはもしユリカが死んだ時に、アキトが壊れちゃわないか心配なんだよ』 『何を言うんだ! 縁起でもない……簡単に死ぬとか言うな』 『あはは、ごめんね。でも……人間だから、いつかは死ぬよ。その時、アキトはどうするのかな。自惚れてるみたいだけど……私以上に大事な人、見つけられるかな』 『………………』 『気がついてる? アキトって、私と同じぐらいに大事にしている子がいるんだよ』 『………………』 『アキトは、私が好き。私も、アキトが好き。アキトは私を愛してる。私もアキトを愛してる。……そして、同じようにアキトはその子も愛してるよね?』 『………………』 『私も同じだよ。私もその子をアキトと同じぐらいに愛してる。何よりも大事に思ってる。訊いてはいないけど、絶対その子もね。……ね、アキト。私がもし死んだら、その子の傍にいてあげてね』 『……なぜだ』 『約束……だけじゃないなぁ。うーん……アキトって変なところで頑固だから、私が死んだら私に操を立てそうで。それは凄く嬉しいんだけど、私にとっての幸せは、アキトたち二人が幸せになることでもあるんだよ。だから、これはそうならないための忠告、かな?』 『……くだらん。お前が死ななければいいじゃないか。それで、何も問題はない』 『あははは、まあそうなんだけどね。もしもの話だよ、もしもの。頭の片隅にでも置いておいてくれればいいよ』 『……もう行く。邪魔をしたな、ユリカ』 『そっか……。ねえ、アキト。何を怖がってるのか、ちょっとはわかるけど……自分を追い詰めないで。ユリカは、もっと前を見ているアキトのほうが好きだよ』 『………………ジャンプ』 『…………当事者である私にはもう無理、かな。……イネスさんが言うには、もう時間もないし。……ねえ、ルリちゃん。私には遠慮しないでね。私は、二人が幸せに生きてくれれば、それだけですっごく幸せになれるんだから。……三人一緒は、もう無理みたいだからね……』 『……バイバイ、二人とも。私は、二人のことずっと大好きだよ』 あとがき 劇場版アフターとなります、「過去と未来が『交わる時』」をお送りしました。 このお話はユリカが火星の後継者たちによって遺跡に融合させられたために身体が持たなかったというか……まあ、寿命がなくなったという前提で展開しています。 結局私はアキト×ルリ派なのでそこに持って行くわけですが……。こだわりもありまして。 ルリは俗に言う壊れルリではなく、ルリはルリのままアキトと幸せになってほしいということ。ユリカはむしろ好きなので、ユリカを貶めることもしたくないこと。この二つです。とはいっても、このお話でユリカ死んじゃってますけど……^^; ユリカは私にとってこのナデシコという物語の中で一番輝いている存在なのです。自分の主張をはっきりと口にし、そのために行動し、それでいて自分のしでかしたことには責任を持っている。そういう人に見えるんですね。アキトを追いかけるシーンは過剰行動とも言えますけど。 けど、そういうユリカだからこそアキトも結婚したわけで。ユリカはやっぱりそういう意味で良くも悪くも輝いて目立つ存在でした。だからこそユリカに対しては賛否両論いろいろあるんでしょうけど。 そしてユリカが太陽のように輝くからこそ、ひっそりと一歩引いて見ていたルリに皆の注目も行くわけで。私もそうしてルリに惹かれたクチですけどね。 このお話ではユリカは死んでしまっていますが、なんとかユリカの気持ちを表現することもできたのではと思います。わかりづらいところがあるかもしれませんが、そこは想像で補ってもらえると助かります。 それでは、最後まで付き合ってくださってありがとうございました。
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