Muv-Luv Truth Episode ショックから抜け出すのは、とりあえず時間が解決してくれた。 クラスの皆も少しずつ現世に戻り始め、一応の体裁を整えた3年B組は再びクラス会議へと向かい始めた。とはいえ、まだ何人かは疲れ切った様子で意気消沈しているし、これで自分の意志をもって役柄を決めていけるとは思い難い。 と、いうわけでまだ元気があった俺が委員長に適当に名前を挙げて、適当に裏方の連中の役割も決めていった。まあ、ウォーケン先生あたりも何も言わなかったし、問題ないだろ。 そしてあとは軍師だけとなった時に、ある意味予想通りだったのだが、ウォーケン先生が名乗りを上げた。その時に判明したのだが、実は先生、こういったことの経験があるそうだ。ペイントボールと呼ばれるサバゲーによく似た競技を趣味としてやっていたという。もちろん、それを聞いたまりもちゃんは諸手を挙げて賛成した。 とまあ、以上、これで3年B組サバイバルチームが完成したわけだ。 あとは練習あるのみとなったわけだが、その練習は急ながらも明日から始めるとのこと。まあ、球技大会まで時間は限られているし、それに異論をはさむつもりはない。 他からも特に意見が出ることもなく、AチームとBチームは明日の放課後に集まって練習することが決まった。ちなみにウォーケン先生曰くAチームの軍師は明日までに見つけてくるとのこと。 ……まりもちゃん、完全に忘れられてるな。 さて、それらのことが決定したので、俺たちは帰ることになった。俺と純夏に霞と悠陽――冥夜は先生に呼ばれていたので今はいないが、要するに家が近い連中ってことである。俺たちの場合、近いも何も他に家がないと表現するべきかもしれないが。 そうして四人で明日のことについて話しながら、俺たちは下駄箱までやってきた。 「明日からの訓練、楽しみだねー!」 「まあ、そうだな。こんな経験はそうそう出来るもんじゃない」 「だよね〜、きっと黒人の教官とかが来て「貴様らは○○だ! (自主規制)以下だ!」とか言ってしごきにしごくんだよ!」 いや、お前やっぱり馬鹿だろ。 「……そうなんですか?」 「本気にするなよ霞。こいつは今ちょっと頭がおかしいんだ」 純真無垢な霞が信じないとも限らんので、俺はきっぱりとその疑問を否定してやる。本気にされて霞まで変になっては困る。霞には清く正しい良い子に育ってもらわないとな、うん。 「そんな言い方ないじゃないのさー! 軽い冗談じゃん!」 むしろ冗談じゃなかったら俺はお前との関係を考え直していたかもしれない。 「まあまあ、お二人ともそう興奮なさらずに。私達は学生なのですから、訓練も恐らくそれほど本格的なものとはならないでしょう」 「ああ。たぶんそうだろうな」 実際、俺が経験した神宮司軍曹のような訓練を課せられたら現代の一般人である皆は試合前に再起不能になってしまうだろう。実際、最初の俺がそうだった。元からそう言った訓練をしていた皆の足を引っ張ってばかりいたもんだ。 しみじみと“始めの時間”に思いを馳せている俺の後ろで、誰かが近づく気配がした。ふっと振り向けばそこには委員長が立っている。いつの間にやら追い付いてきたらしい。 「白銀君、そんな真ん中に立ってると邪魔よ?」 「あ、悪い」 言われてみれば、俺は下駄箱と下駄箱の間のほぼ真ん中に突っ立っていた。これは確かに邪魔だわ。 俺はいま立っている場所から半歩横にずれた。 「それと、御剣さんが何かしたらよろしくね」 「……それは、コンピュータ調達の件のことか?」 俺が言うと、委員長は諦めの混じったため息をついた。 「……そうよ。香月先生も絡んでるみたいだし、何もないと思う方が無理だもの」 ものすごく納得できるあたり、俺もあの二人をよく理解してると思う。純夏と霞もまた訳知り顔で頷いた。一週間もあの二人に付き合えば、きっと誰もが俺たちと同じ気持ちを持つだろう。俺たちはそう確信していた。 「……何のお話ですか?」 「それが分からない時点で、話しても意味がないと思うぞ」 「?」 俺の謎かけのような言葉に悠陽は首をかしげたが、他三名はしきりに首を縦に振る。霞も純夏の真似をするかのようにこくこくと頷いている。なんとなく小動物っぽい動きだった。 さて、変わらず疑問を浮かべている悠陽を置いて、俺たちは会話を続ける。 「そういえば、榊さん部活はいいの? 今日って普通にあったような……」 純夏が記憶をたどるような言い方をしながら委員長に尋ねる。恐らく今日の曜日はいつも委員長が部活に行っていたのを思い起こしているのだろう。 委員長は純夏の言葉にまたひとつため息をついた。 「グラウンドを使う部活は今日から球技大会が終わるまで休止だって」 「それって……」 「たぶんね」 ……たぶん、というか間違いなく夕呼先生が手を回したんだろうな。御剣のスパコンを引っ張ってくることといい、単なる球技大会の準備にしては大がかりすぎる。 サバゲーが競技になった時点でわかっていたことだが、本当に球技大会なのかこれって。 「あれ〜?」 「ん?」 どこかで聞いたことのあるような声が俺たちにかけられる。振り向けば、さっき別れたピアティフ先生の姿。そして、懐かしい仲間の顔があった。 「涼宮……」 「茜……」 思いがけず委員長と声が重なり、委員長は目を剥いて俺のほうを見た。俺が感慨深げに涼宮の名を口にしたのが不思議だったのだろうか。実際、こっちでは話したことなんてほとんどないので、不審に思うのはある意味当然ではある。 「涼宮さん、こんにちはー!」 「こんにちは」 「ごきげんよう」 「あ、どもども。えーっと……鑑さんと社さんと、御剣さんと白銀君……だよね? たぶん初めまして」 初めまして、ということはこっちでは話したことはなかったのか。思いのほか、元の世界の記憶が薄れているみたいだ。まあ、三年間離れていた上にあれだけの経験をすれば、人間の記憶なんてそんなものだろう。 「他のクラスの人の名前をそこまで覚えてるなんて、すごいね〜」 「いやあ、B組は特別だと思うけど……」 「まあ、確かに……って、ん?」 涼宮の言葉に俺は大いに納得する部分があって首肯したが、そんな俺を涼宮はじーっと見つめてくる。この世界の俺とは親しくなかったはずだが……なんだ? 訝しげに見つめ返すと、涼宮はふーんと小声で呟き、俺を見定めるかのような視線を外した。 「なんだ?」 「うん……いやあ、確かめようと思ったんだけど、千鶴から聞いていたのとはちょっと違うな〜と思って」 「あ、茜っ!」 委員長が俺のことを? いったい何を言われていたんだろうか。一週間前までの俺自身から察するに、恐らく俺がどれだけ子供で問題児だったかなんかを愚痴っていたんじゃないかと思うのだが。 「聞いていたより落ち着いてるみたいだし。いやあ、あながち千鶴の色眼鏡ってわけじゃなかったのかも……」 「色眼鏡?」 「あああああ茜! そ、それより部活はどうしたのよ!?」 俺の疑問を遮るように、顔を赤くした委員長が早口で涼宮に話しかけた。非常に不自然だが、なぜか深く突っ込むなと俺の勘が告げている気がする。……うん、ここは大人しく俺の勘に従って傍観に徹することにしよう。なんとなく、気にすると後で俺がひどい目に遭いそうな気がする。 「うん、これから行くけど……その前に香月先生に呼ばれてるんだよね〜」 「夕呼先生に?」 「はい。なんでも、球技大会のことについて話があるとかで」 俺の言葉にピアティフ先生が答え、涼宮もそれに頷いていた。 なるほどね……。しかし、そうなると冥夜と鉢合わせになるわけだが、夕呼先生のことだ。スパコンの調達だけじゃ終わらせないような気がする。涼宮までその会談に加えるとなると、D組の作戦というか何某かに御剣の協力が欲しいのかもしれない。まあ、それが何かは考えても分からないわけだが。 「茜ちゃ〜ん……」 「あれ、どうしたの?」 廊下の先から涼宮の名前を呼びながら近づいてくる少女。その少女には俺も見覚えがあった。元の世界で猫になってしまった少女であり――、あっちの世界で207Aの仲間であった築地多恵だ。 A-01に上がり、新潟のBETA捕獲作戦中に戦死したと涼宮と柏木から聞いたことがある。当時、まだ元の世界の記憶にどこか縋っていた俺には、少しでも知っている少女の存在は忘れがたいものだった。涼宮に柏木、そして築地。やはり、横浜基地には俺が知る人たちが多くいる。ひょっとしたら、もう死んだ奴らの中にはクラスメートもいたのかもしれない。一時期、そう考えて落ち込んだものだった。 今でこそ割り切って考えることが出来ているが、それでもやはり少しでも知っている人には敏感になってしまう。これもまた向こうでの悪い癖なのかもしれない。 俺にとってそんな存在である築地は、走ってきたのかわずかに息を乱していた。それを整えながら、涼宮に話しかける。 「ふ、副隊長としてはっ……ここは一緒に行くべきかとっ……」 「なんだー、さっき誘ってもなんかぶつぶつ言って答えてくれないから、嫌なのかと思っちゃったよ〜」 「そ、そんなことない……よっ」 茜の言葉に少し頬を染めて力強く否定する築地。 ……そういえば、涼宮達が言ってたな。「多恵はいっつも茜の後をついて回ってたよね〜」「そうだね。どうしてだろ?」「あはは、いやぁ……あの子は茜のことが大好きだったからね」、と。 ……なんか、今の築地の反応を実際に目にすると、涼宮が大好きという言葉に違う意味が見出せそうなんですけど。そういえば、柏木はそのことを妙に面白そうに語っていたから……まさか、そうなのだろうか。 ある可能性に思い至り、俺はちらりと築地を見た。涼宮を見る視線に熱がこもっていた。とりあえず、俺はそっと視線を外した。 「紹介しておくね。築地多恵ちゃん、私と同じAチームのメンバーだよ」 「よ、よよろしくお願いします……」 「うん、よろしくね〜!」 おどおどした築地の挨拶に元気良く返すのは純夏だ。築地もその明るさに毒気を抜かれたのか、わずかに表情を緩ませた。人怖じしない純夏ならではの効果といえよう。 「さて……俺たちはこれで帰るけど、そっちはこれから夕呼先生のところだよな?」 「うん、まあね。……それじゃあ、球技大会ではお互い全力を尽くしましょう」 「はは、それは俺じゃなくて委員長に言うべきなんじゃないか?」 俺がそう言うと、涼宮は一瞬ハトが豆鉄砲食らったような顔をして、しげしげと俺の顔を見つめてきた。 「……なんだよ?」 さっきと同じように問い返せば、涼宮は一度いや、と言葉を区切って、再び口を開いた。 「本当に、千鶴から聞いた話とは違うなぁって思って。子供っぽいイメージがあったんだけど、どっちかっていうと……大人っぽいよね、白銀君って」 「は、はは……そ、そうか?」 涼宮に他意はないだろうが、まさに核心を突く言葉に思わず冷や汗が流れる。実際、身体は学生でも心は大人だからな、俺は。どこぞの名探偵みたいだ。 「うーん……興味深いね白銀君って」 「どういう評価なんだそれは」 俺の言葉に涼宮は可笑しそうに笑って、まあいいじゃない、と言い放った。相変わらず明るく、それでいて凛とした奴だ。懐かしさや思い出がよみがえり、俺は少し口の端を緩めた。 「あはは、それじゃあ千鶴。勝負――楽しみにしてるからね」 「……望むところよ」 それを聞き届けると、涼宮はピアティフ先生と一緒に歩きだした。これから夕呼先生の所に行くのだろう。嫌味のない、本当に気持ちいい奴だった。 だがしかし――、 「………………ぅ〜」 副隊長はどうして残ってるんだ? 「つ、築地……だったよな? 行かなくていいのか?」 なぜかこちらを睨む築地に、恐る恐る問う。築地はこっちを睨んだまま、ぼそぼそと口を開いた。 「……て、敵です」 「は?」 「あ、茜ちゃんはっ……渡しませんから……!」 「へ?」 言いたいことを言った築地はそのまま涼宮達の後を追っていった。対してその言いたいことを言われた俺はというと、見事なまでに呆気にとられていた。と、いうのも築地が何を言いたかったのかおぼろげながら理解出来てしまったからで……。 「……な、なあ、純夏。あれ、そういう意味だと思うか?」 「う、うーん……。だ、断言は控えておくよ」 どこの政治家だお前は。 けど、顔を見れば純夏も俺と同じように思ったことがよくわかる。俺がため息をつきながら委員長を見ると――、 「………………」 見事に固まっていた。さすがに親友の委員長も、涼宮に人気があるとはいえ同性からそういう人気もあるとは知らなかったらしい。仲が良いゆえにいささかショックだったようだな。いや、築地だけかもしれないけどね。 とりあえず、その後俺たちはなんとも不思議な空気に包まれながら帰路につくことになった。その道中、ぽろぽろと会話は繰り返していたが、一度も築地が俺たちの話の話題の上ることはなかった。 さて。話は変わるが、俺こと白銀武は現在一人暮らしである。両親ともに家を空けており、兄弟もいない俺は必然的にこの家に一人になったわけだ。そして俺という人間は、一人になるとハメを外して遊び、自分の生活には無精になりがちである。もちろん両親がそんなことを知らないはずもない。特に母親はそんな俺のことをよく理解しており、前もってその対策を講じていた。 それがお隣に住む幼なじみ、純夏である。 純夏に家の鍵を渡し、俺の世話をしてくれるようにお願いしていたのだ。純夏はそれを拒むことなく、快く了解した。……というのも、純夏の気持ちは俺以外のほとんど全員が理解しており、純夏のことを応援する意味も含めていたらしい。今はお袋の思惑とは別のきっかけで付き合うことになったわけだが、今の状況を知ったら両親は二人ともどう思うんだろうか。 おっと、話がずれた。つまり、純夏はもともと俺の世話をしてくれる気が満々だったわけだ。しかし、ここで想定外の事態が起こる。つまり、御剣姉妹の登場だ。 御剣家の侍従である月詠さん。彼女が俺と冥夜と悠陽の食事の世話をしたいと言い始めたのだ。もちろん純夏としては自分が台所に立ちたい。大げさになってしまうが、そんなわけで二人は対立したのである。……結果として、純夏がキッチンを使うことで落ち着いたわけだが。そのままなし崩しに純夏は俺だけでなく、俺の家で食事を取るようになった冥夜と悠陽、そして霞の分も食事を作っている。月詠さんも純夏の料理には太鼓判を押していた。純夏も意外とやるもんだと見直したものである。 と、いうわけで。今日も今日とて、俺は純夏の慣れ親しんだ味に舌鼓を打っているわけだ。 「相変わらず、美味しいですね。鑑さんのお料理は」 「うん。鑑の料理には温かさがこもっている。食べていてとても心地よい」 「や、やだな〜、二人とも。そんなに褒められるものじゃないよ〜」 二人の飾らない率直な言葉に、純夏は満更でもなさそうに照れていた。俺にとって純夏の料理は長く知る味であり、上手くなるまでの様々な失敗を体験している身でもあるので、ああいう感想は言えない。なにか気の利いたことでも言えればいいのだろうが、美味い、と言うことぐらいしかできないのが俺という男である。 自慢できることじゃないな、うん。 「いやぁ、相変わらず美味いな。俺の好みど真ん中だ」 やっぱりこれぐらいしか言えない。実際そう思っているのだから真実ではあるけど。 「あ、ありがとう、タケルちゃん」 うむ、どことなく照れる純夏を見るのも楽しいもんだ。こういう反応が見れるのも俺の楽しみの一つだったりする。口に出しては絶対に言えないが。 「……おいしいです」 「ありがとー、霞ちゃん。……あ、ニンジン残してる」 びくっ、と霞の身体が震えた。 「ニンジン、苦手なんです……」 「もう……それはわかるけど、ちょっとずつは慣れていかないとダメだよ? ニンジンには栄養がいーっぱい詰まってるんだから」 純夏の言葉にその隣に座る霞は困ったように眉をよせ、捨てられた子犬のような目で俺を見つめてくる。霞に縋るような目で見られると、俺は弱い。もしそれを知っていてやっているとしたら、なんて策士なんだ。まあ、霞の性格からしてそれはないだろうけど。 俺は仕方ないな、と内心で呟いて、俺の前に置かれている霞の皿に乗っているニンジンをいくつか自らの口に放り込んだ。 「あっ、タケルちゃん!」 咀嚼する俺に、純夏は叱りつけるような声を飛ばしてくる。口の中の物を飲み込み、俺は口を開いた。 「……最初っから全部はキツイだろ。一個だけ残したから、それは霞が食べるように」 裏切られた、みたいな目を向けるな霞。これもお前のことを思ってのことなんだ。 その言い分に納得したのか頷いて、純夏はじっと霞を見つめている。霞は霞でもう逃げ道はないと悟ったのか、箸を戦々恐々と動かしてニンジンを掴み、それを口に入れた。数回噛んだ後にお茶で流し込んでいたが。それでもまあ、食ったことには違いない。純夏はえらいえらい、と霞の頭を撫でている。霞もどことなく嬉しそうだった。 ……しかし純夏。霞は一応、俺たちと同学年なんだぞ? どうも純夏はそこら辺の意識が抜け落ちている気がしてならない。まあ、俺が話したことが原因で必要以上に霞を幼く感じているのかもしれないが。実際、霞は一般的な教育や常識が一部ないと言えばないので、あながち間違いでもないともいえるけど。 とりあえずまあこちらはひと段落ついたようなので、俺は自分の食事に戻る。 ……と、こちらを凝視する二対の視線に気がついた。 「なんだよ、二人とも」 言えば、二人は言葉を探るような仕草を見せた。 「い、いや……タケルたちの様子がどうにも自然に感じられてな。それで驚いてしまったのだ」 「自然?」 冥夜の言葉に、オウム返しにそう呟きながら俺は純夏たちのほうへと目を向ける。だが、純夏と霞も不思議そうに首をかしげるだけだった。そんな俺たちに、悠陽は何事かを言いかけ、結局口を噤んだ。何を言おうとしたのだろうか。 「なんてゆーか、夫婦プラス娘みたいな感じだったなー」 「へ?」 「は?」 「…………」 唐突に会話に加わってきたのは、部屋の隅で待機していた三バカの一人、神代だった。その横で巴、戎の二人も頷いて同意を示している。 「うん、なんかそんな感じだった」 「まさしく、そんな感じでしたわ〜」 言葉尻に乗っただけかよ。 しかし……俺と純夏、霞が? さっきのやり取りを思い起こし、神代が言ったことを念頭において検証してみる。 ………………………。 ……うわ、確かに。そう見ようと思えば見れなくもないと言えなくもないじゃないんじゃないか? ――いや、俺も色々テンパってるな、正直。落ち着け俺。 「あ、あうあうあうあうあうあう……」 うん、あそこで完全にゆでダコ状態になってる奴を見れば嫌でも落ち着けるな。隣では霞がどんな顔をすればいいのか分からない、といったように困惑しておろおろしていた。なんとなく、混乱する霞の姿は珍しいな。カメラがないのが残念だ。 と、それはそれとして。三バカに一言注意しておこう。まったく、何を言うんだか。そんな気持ちと共に俺は口を開いた。 「お、おおお前ら! い、いきなり変なこと言ってんじゃねぇ!」 …………いや、たったあれだけの時間で落ち着けるわけないじゃない? だ、だって夫婦ですよ? 一夫一妻の結婚をしたということですよ? そんなことをいきなり言われて動揺しないわけがないじゃないか! 客観的に見て赤くなっているだろう顔を自覚しながら吐いた俺の言葉を聞いて、神代は露骨に顔を歪めてみせた。 「はあ? お前らがそう思わせることしてるから悪いんじゃん」 「ぐはっ!」 まさに正論だった。そうだよ、元はと言えばそんなことを言われるきっかけを作った俺たちが原因なんじゃないか。思わず項垂れる俺を見て、三バカがケタケタと笑う。何が楽しいか、コンチクショウ。 「……あなたたち……?」 「は!?」 「ひ!?」 「ふ!?」 三人のすぐ横に控えていた月詠さんが、にっこり笑顔で三バカに声をかける。そのまま、ごく自然な動作で三バカの肩に手を置くと、その後ろ襟を掴んで「ちょっとこっちにいらっしゃい」という言葉と共にリビングから三人を連れ出しれていった。 三人そろって「ゴメンナサーイ!」と泣きながら言っていたが、当然それを月詠さんが聞き入れるはずもなく、三バカはこの場から退場と相成った。 とはいえ、それでこの場の空気が元に戻るわけではなく。俺は未だに顔から赤みがとれないし、純夏は変わらず真っ赤になっているし、霞は困惑していた。冥夜と悠陽は一様に暗い面持ちだ。さすがにその理由が察せないほど俺も鈍いわけじゃない。自意識過剰と言ってしまえばそれまでだが、それだけでは済ませられない確信が、二人の付き合いの中で俺の中に育まれていた。 こういうとき、俺は何も言うことがない。どちらかというと、俺はこの場から立ち去った方がいいだろう。話の中心である俺がいては、何かと問題があるに違いない。 ……別に逃げるんじゃないぞ? 「……さて、と。ごちそうさま。霞、お前食い終わってるだろ? 一緒に行こうぜ」 「……白銀さん?」 霞が驚いたように俺を見るが、それを無視して、俺は霞の手を取って立ち上がらせる。 「それと純夏。俺ら、お前の部屋に行ってるから。食ったらすぐに来いよー」 「え、ちょっとタケルちゃん? 洗いものが――」 「悪いけど、月詠さんに今日は任せよう。明日謝ればいいだろ。ほら、急げよ」 「ちょっとー!?」 何やら言いたそうな純夏はひとまず置いておいて、俺と霞は家を出た。ふう、と息が詰まるような空間から抜け出したことに安堵の息を吐く。 「……白銀さん?」 さっきと同じ抑揚で霞が俺を見上げてくる。繋がれた手の先にいる霞の姿に俺は苦笑を返した。 「ま、純夏は開き直って堂々とするなんてことが出来る奴じゃないからな。少しでも言葉を交わして、何か収穫があればいいんだけどな」 「……そう、ですか」 とどのつまり、純夏に冥夜と悠陽としっかり話す場を作りたかったということだ。純夏がこのまま俺と付き合っていく上で、あの二人のことを避けられない問題だろう。二人とも、俺との間に特別な絆を感じているみたいだし、それに依らずとも俺を慕っていてくれることは俺にだってわかっている。そんな二人を前に、純夏が気後れしないはずがないのだった。 冥夜と悠陽はいい奴だ。だからこそ、純夏だって対応に困っている。これで嫌な奴だったら心底嫌って相応の手がとれるのかもしれないが、良くも悪くも二人は国宝級なまでにいい奴だ。恋敵だからという理由では嫌えないし、今日純夏自身も言っていたように友達でもある。なおさら純夏にはきついだろう。 だからこそ、何か無理が出る前にこうして話す場を作ったのだ。少し前から思っていたんだが、三バカの発言はいいきっかけになったというわけだ。 なんだか、青春してるなぁ。事態の中心人物である自覚はあるのだが、ついついそんなことを思ってしまう。親父くさいな、実に。 「まあ、目的はそれだけじゃないけどな」 「……?」 首をかしげる霞を連れながら、純夏の家に入る。お邪魔します、と声をかけてから、勝手知ったる他人の家ということで迷わず純夏の部屋へとたどり着く。 ドアを閉めて、床のクッションに座った霞と向き合う形で俺はベッドに背を預けた。 「――気づいてるよな? 霞は」 「……監視、ですか?」 頷く。 いきなりの抽象的な表現にも関わらず、俺の言いたいことを霞は正確に掴んでくれた。さすがは霞だ。俺のことをよくわかっていると思う。 「……まあ、俺もここがコンクリート平原になってなかったら気付かなかったけどな。こんな場所で、剣呑な気配を感じれば嫌でも気が付く」 こくり、と霞は首肯した。 殺気、あるいは気配というものは実のところBETAにもあった。 とはいえ、それは兵士級だけのことであったのだが、それは確かにあったのだ。兵士級は研究目的で使用された人間を再利用して作られている。それゆえなのか人間のような感覚を受けることがままあるのだ。向こうもそれを利用して人間を探知していたのはおそらく間違いない。 実戦の兵士――他の大多数の人間もだが――は兵士級BETAが人間を再利用して作られていることは知らない。それでも、“兵士級BETAは人間と似ており、だからこそ人間の探知能力に優れている”程度の認識はあったのだ。さすがに感覚の話なだけに裏付けは何もないが、兵士の間では暗黙のうちの共通理解としてそれは浸透していた。 話がずれたが、俺も衛士として兵士級に遭遇することはよくあった。だからこそ訓練と実戦、その両方で俺は人という存在の気配には敏感になっていったのだ。今もまさにそれだ。仮に人が周りにいれば気付かなかっただろうが、人がいるはずもない今の家の周囲を見れば、知らない気配を感じることの異常性はすぐにわかった。 「しっかし……参った。俺、対人戦って一番苦手なんだよなぁ」 「……そう、なんですか?」 意外、というような表情で霞が俺を見るが、よく考えてみてほしい。 俺は三年以上の訓練と実戦経験を持っている。これは間違いない。……だが、三年のうち何度も俺はループをしているのだ。そして、繰り返すのは訓練部隊としてのおよそ二ヶ月だ。――つまり、俺は訓練ばかりをこなしてきただけの軍人であり、実戦経験は非常に乏しいのである。訓練後実戦に出ることはあったが、それでもほとんどすぐに俺は10月22日に戻っている。つまり、すぐに死んだということだ。経験も何もありゃしない。 そんな俺が最後のループで曲がりなりにもエースとして活躍できた理由は、ひとえに向こうの世界の戦争がBETA相手だったからに他ならない。つまり、『戦術機』を用いた戦闘だったから俺は上手くやれたのだ。 もしいま俺がこの世界でヒト相手の歩兵として戦っても、俺は簡単に無力化されるだろう。訓練を重ねただけの俺では、実戦で何度も経験を積んだプロには勝てるわけがないし、あくまで俺の持ち味は戦術機戦闘だ。もとより歩兵としての能力は持ち合わせていない。 つまり、俺の軍人としての能力は『衛士』に集約されており、『兵士』としての能力はかなり低いのだ。それでも、一般人相手なら揺るぎのないアドバンテージになることは間違いないだろうが。 それがわかっているから、必死こいていま俺は自分を鍛えているのだ。超回復を利用してまで身体を鍛えるのを急ぐ根本的な理由はそこにある。戦術機のないこの世界では、俺は絶対的なアドバンテージを持ち得ない。だから、身体を鍛えて少しでも軍人としての能力を補強しておく必要があるのだ。 そして、そんな俺だからこそこの世界のプロに出張られたら正直何も出来ない。いま何者かに監視されているという状況で、頭を悩ませられるのはそういう理由だった。戦術機があればすぐさまカタをつけてやることもできるのだが。 と、いうようなことを霞に説明してやると、霞は得心がいったとばかりにしきりに頷いていた。 ……女の子にそう言う反応をされると、わかっていても悲しいものがある。自分で自分は役に立たないと言ったみたいなものだからな。それを納得されるのは微妙にショックだったり。……一般人相手なら負けないぞ? 新兵でもたぶん大丈夫だ。 なんて自慢にならないことを考えながらも、霞になにか気がついたことはないか聞いてみる。霞は狙われることの多かった身だ。こうした視線にはある意味で俺以上に敏感である。 霞は考えをまとめるように少し沈黙した後、口を開いた。 「……狙いは、私達ではないと思います」 「まあな。俺もそれは同感だ」 そもそも俺たちが狙われる理由がない。この世界の俺たちはまごう事なき一般人だ。それに別に誰かの恨みを買うような真似をした覚えもない。となれば、自然と俺たちが目的というのは考えづらくなる。 ではなぜ、俺たちの周囲に張り付いているのか。俺たちの身の回りで何か特別な事情を抱える者がその理由の第一候補にあがるのは必然だろう。つまり――、 「――冥夜と悠陽か」 「……はい」 そう考えるのが最も現実的だと思う。ではなぜ二人が狙われるのかというと……想像がつきすぎてキリがない。理由の特定は出来なさそうだ。まあ、御剣関係と思っておけばほぼ間違いないと言えるだろうが。 「……とはいえ、そのことを二人が気がついてないはずもないよなぁ」 「……はい」 世界最高のセキュリティシステムで守られている、まさに最高級のVIPの二人なのだ。俺たちにさえわかるような監視を見逃しているはずもない。 ということは、だ。知っていて放って置いている線が濃厚だ。理由はさしずめ、監視する目的を探るため、といったところか。 「霞もそう思うだろ?」 「……はい。同感です」 だとすれば、それは冥夜達に危険がないと御剣は判断したということだ。監視の件、そこまで話が大きくはないのかもしれない。 「まあ、たとえ御剣が危険がないと判断したとしても、最低限の警戒はしておいた方がいいよな」 こくん。霞が頷いた。 ひとまず俺たちが直接の狙いではないだろうというのが俺たちの共通認識であり、ただの一般人である俺たちは下手に口を出さない方がいいだろうというのが結論だった。 消極的だと言われるかもしれないが、俺はこの世界ではあくまで一般人にすぎないし、あまり裏事情なんかに深入りするべきじゃないと思う。それに、この世界はBETAがいない以上あっちほどの脅威に怯えることもないだろう。 それに、やはり俺が最も力を発揮できるのは戦術機戦だ。この世界にそれがない以上、俺が無理をする必要はないようにも思えた。 「……と、まあそんなところかな。悪いな霞、急に連れ出すみたいになって」 「……気にしてません」 「そうか」 素気ないながらも、その一言には霞の気遣いのようなものも感じられて、俺は自然と笑みを作った。 「……純夏さん、大丈夫でしょうか」 「ん? ……ああ、大丈夫だろ。すぐに戻ってくるさ」 和解するのかこじれるのか、それは定かじゃないけど。 俺は口には出さずに自分の中の不安を心中で零した。 「――思えば、純夏との関係も随分と長いもんだなぁ」 「……え?」 「いや、改めて考えると凄くないか?」 生まれた時からずっと一緒にいて、小学校、中学校、高校までの十八年間。俺はずっと純夏と一緒にいた。最初に世界を越えた時も、純夏のことはずっと心の中にしこりとして残っていた。そして再び繰り返した時の中で、俺はずっと純夏が俺の傍にいたことを知った。それでその世界で純夏と結ばれて、こっちの世界に来たらやっぱり俺は純夏を一番に求めていたわけで。とんでもない縁だと思う。 それはもちろん俺だけじゃなく純夏自身が強く俺のことを求めてくれていたからだが、世界を越えて、時を越えて、それでもなおずっと一緒にいた俺たちの絆って、言葉に出来ないぐらいに何だかとてつもないことのように思えるのだった。 「元の世界からあっちに行って、その間に色々なことはあったけどさ、やっぱり最初っから最後まで純夏がどっか関係してるんだよな俺の人生。それって、なんか凄いだろ?」 「……はい」 「いまは誰も……霞と俺しか実際に体験した奴はいないけど、俺たちは凄い生き方をしてきたんだなぁって思うよ」 それはまるで、俺と純夏だけの物語のように。最終的に全てがあるべきところに納まったような、そんな安心感さえ感じるのだった。 今はもう誰も知らない、俺たちだけのおとぎばなし。夢よりもずっと夢のような現実を生きた、俺たちだけのあいとゆうきのものがたりだ。 「……ふたりのものがたり、ですか?」 俺の考えていることを少しだけ見たのか、霞がそんな言葉をかけてきた。その顔は少しだけ不満そうな寂しそうな色を見せていた。 俺は苦笑して、霞の頭を撫でてやる。 「“俺たちのものがたり”だよ。俺と純夏と霞、それに夕呼先生やA-01のみんな。みんなで作った、“俺たちのものがたり”。ノンフィクションだけどな」 言って、霞の頭を強くぐりぐりと撫でてやる。霞は少しだけ眉をひそめて、何事か言いづらそうに口をもごもごと動かした。 俺は少しだけ訝しんで霞の頭を揺らすのをやめた。 「あの……」 ひどく言いづらそうにしている霞は、所在なさげな様子を前面に出していて躊躇っているのがわかる。それでも言ってくれなければわからない。俺が先を促すと、霞は意を決したようにその小さな唇を震わせた。 「……ノンフィクションって、どういう意味ですか?」 「は?」 思わず俺が素っ頓狂な声を上げると、霞は恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。 あ、ああ、そうか。そういえば向こうでは今でいう現代語は普及していないんだっけ。おかげでつい口を滑らせて「白銀語」だなんだとからかわれたものだった。 当然、向こう生まれの霞がそんな言葉を知っているはずもない。こっちの世界ではごく当たり前の言葉なので何の気もなく使ってしまったが、霞にはまさに異世界の言葉に聞こえたに違いなかった。 そう考えると可笑しさがこみ上げてくる。ぷっ、と吹き出しそうになると、耳ざとく聞きつけた霞が恨めしそうにこちらを睨んできた。何を笑っているんですか、とあからさまな不平を込めたその顔はむしろ微笑ましい。俺は必死で笑いをこらえ、霞にノンフィクシションという言葉の意味を教えようとした。 「ノンフィクションっていうのはだな、フィクションの反対語だ。フィクションは想像や空想のもので、ノンフィクションは史実や記録に基づいたもののことだな。小説や映画なんかでよく言われるぞ。わりと聞くと思うから、覚えておいて損はない」 「……わかりました」 拗ねたような表情で頷かれた。 機嫌を損ねたようだが、そんな霞の変化はやはり嬉しい。まるで保護者のような気分になって、俺は満足感のようなものを感じるのを自覚していた。 ノンフィクションなんてどこでも聞く言葉だが、こんな些細なことでちょっとした世界の違いが出てくることもなんだか新鮮だ。向こうの先生もこの言葉を知らないのかもしれないと思うと、奇妙な優越感のようなものまで感じられる始末だ。俺も相当意地が悪いと思う。 ――そこでふと、俺は一つのことを思いついた。 唐突に浮かんだ取るに足らない思いつきの一つにすぎないのだが、刻一刻とそれこそ一瞬が過ぎるほどにその考えはスポンジが水を吸うように俺の中に浸透していく。 それをやらなければいけない、と本能が俺に語りかけるように。 思い付いて数秒もした頃には、それをすることは俺の中で確定事項になっていた。 霞に向けて顔を向けて視線を合わせる。霞は少し驚いたように目を丸くしている。それは俺にもわかる。きっと、今の俺の表情は稀に見るほどに真剣なものになっているからだろう。 「霞、協力してほしいことがあるんだ」 「……白銀さん?」 俺が思いついたことを霞に告げると、霞は最初こそ戸惑うような表情だったが、次第に嬉しそうに顔をほころばせて協力を快諾してくれた。霞もやはり思うところはあったようで、俺のように乗り気でいるようだ。 向こうの世界を真の意味で知っているただ一人の仲間。俺一人では覚えていない様々なことも、霞の協力があるなら何とか出来るだろう。急に思いついたことだっただけに不安だったが、霞が受け入れてくれてよかった。俺は安堵してそう思うのだった。 そこでちょうど純夏が帰って来たのか、玄関の扉が開く音が聞こえた。ただいま〜、と聞き慣れた暢気な声が聞こえて、次いで階段を上がってくる音が耳に届く。そして階段を軽快にあがる音が止んでから間をおかずに、がちゃりと部屋の扉が開け放たれた。 「タケルちゃん霞ちゃん、たっだいま〜!」 「お、おう、おかえり」 「……おかえりなさい」 「うん! たっだいま〜!」 ……なんだこのハイテンション。さっき見た時の大人しげな様子とは打って変わって、純夏はいつもの純夏……よりも、三割増しぐらいは機嫌がいいようだった。 「なあ純夏、お前なにか変なもんでも食ったのか?」 神妙な顔で俺が問うと、心外とばかりに純夏は眉を吊り上げた。 「し、しっつれいだねタケルちゃんは! そんなんじゃないよ、いいことがあっただけ!」 「……いいこと、ですか?」 霞が小さく声に出すと、俺に対して怒っていたことなど忘れてしまったかのように、笑顔で霞に向きなおる。 本当に何があったのか。俺も霞の隣で聞く態勢を取った。 「あのね、二人と本当に友達になれたの!」 喜色満面。嬉しくて仕方がないといった様子の純夏は、ニコニコ顔のまま霞に抱きついて頬ずりし始めた。事態がよく呑み込めていない俺と霞はそんな純夏を眺めることしかできない。霞は微妙に抜け出そうとしているようだが、完全にされるがままで抱き枕状態だった。 「あーっと……純夏? 今までだって友達だったんじゃないのか?」 仲違いしている姿なんて見たことがないし、ごく普通に会話もしていた。それはどう見ても友達同士としか言いようがなかったものだったが、違ったのだろうか? そんな思いを込めて訊くと、純夏はこっちをじっと見つめて、ため息をついた。そして霞から手を離して解放し、俺と霞に向き合うような形で柔らかいカーペットの上に座り込んだ。 「友達だったよ。けど、どこかぎこちなかったの。タケルちゃんだってわかるでしょ? 二人ともタケルちゃんのことが……」 「あ……」 そうか。言われてみれば当たり前のことだ。 俺のことをどうやら好きでいてくれている冥夜と悠陽が、その俺の恋人である純夏と出会ったばかりで深い友情を持てるはずがない。俺にしてみれば二人は――特に冥夜はよく知っているし、純夏とは上手くやっていると思い込んでいた。 普通に考えればそんなわけはない。純夏に嫉妬したり、ひょっとしたら恨んだりするのが普通じゃないのか。恨んだりすることはあの二人の性格を考えれば絶対にないと言い切れるが、それでも心の底から純夏に好意的になることは出来なかっただろう。 今さらながらにそれに気づき、俺は申し訳ない気持ちになった。他でもない、俺がそれを気にするべきだったのだ。 「悪い……純夏」 つい謝る俺に、純夏はにっこりと笑った。 「いいよ。タケルちゃんが鈍いのは今に始まったことじゃないし」 「………………」 事実だが、否定できないのがなんとも悲しいぜ……。 「でもね、さっき二人と話してて、二人ともわたしのことを認めてくれたっていうか……諦めるつもりはないって宣言はされたんだけど、でもわたしがいま恋人でいることは受け入れてくれたっていうか……」 笑顔で純夏はたどたどしく話す。それだけ冥夜と悠陽が自分のことを認めてくれたことが嬉しいのだろう。純夏の中で二人はとっくに親友として認識されていたのかもしれない。 「それで、冥夜が「ライバルではあるが、私達は想いを共にする親友でもある」って言って、お互いに名前で呼び合おうってことになったんだよ。それが凄く嬉しくて嬉しくて……涙が出てきちゃったよ!」 その時のことを思い出してか涙ぐむ純夏に、霞が近づいてぎゅっと抱きついた。純夏はそれに気を良くして、笑顔になるとさっきの頬ずりを再び始めた。でも今度は霞もそれを受け入れているようだった。 そういえば、元の世界で純夏と付き合っていた時。その時もいつからか二人は名前で呼び合っていたように思う。明確にいつからというのは記憶にないが、もともと冥夜と純夏は気が合うみたいだったし、こうなるのは自然なことなのかもしれない。 だとすれば、こうしてまた二人と悠陽が仲のいい友達になったことは実に喜ばしいことだと俺も思う。俺はじゃれあうようにしている二人に近寄り、純夏の頭にぽんと手を置いた。 「――よかったな、純夏」 「えへへ、うんっ!」 振り返って笑った純夏はとびっきりの笑顔で、俺も素直に笑みが浮かんだ。こうやって、自然と周りに笑顔を広げていくことが出来るのは、こいつの大きな魅力の一つだと俺は思う。こういう奴だからこそ、冥夜たちも友達としてこいつを受け入れてくれたんじゃないだろうか。実際のことは俺には分からないわけだが。 とにかく純夏と冥夜達の件もどうやらひと段落といったところらしい。純夏も正直うしろめたいような感じはしていたみたいだし、これで少しは気を楽にしてくれればと思う。 相変わらず平和そうに仲良くじゃれあう二人を見ながら、俺はそんなことを考えるのだった。 ――場所はわずかに離れ、ぽつんと一台だけ公園の脇に止まっている染め上げたような黒一色の車の中。 その運転席に腰を落ち着けた男は、少し大きくごつめの双眼鏡を覗き込んで、ある一般家屋の様子を観察していた。 ただの覗き行為ではないだろう。なぜなら、その車の後部座席。そこには低いモーター音を絶えず響かせる機械群が所狭しと設置されているからだ。素人目に見てもそれらが一般的なものではなく、何がしかの専門的な装置なのだと推測できる。 果たしてそれらがどのような役割を担っているのかは定かではないが、少なくともただの覗き魔が用いるべきものではないだろうことは容易に考えられた。 「――ふん、あれがタケル・シロガネか……」 双眼鏡から目を離した男は、緑がかった鋭い瞳を今の今まで見ていた住宅のほうへと向けたまま呟いた。 顔立ちは明らかに西洋系のもの。肌も白人のそれであり、単一民族で構成されているこの国日本では目立つだろう容姿であった。 彼は無言でもう一度双眼鏡をのぞく。 そこには、カーテン越しに三人がなにやら騒がしく動いている様子がシルエットで確認できた。それだけ確認して、双眼鏡を再び離すと、それを助手席のほうに無造作に放り投げた。 「……奴らにどこまで食い込んでいるのか。とりあえず、様子を見るか……」 自分の言葉に満足したのか、男はひとつ頷くとイグニッションに挿さったキーを回し、エンジンに火をつけた。 生命を吹き込まれた車は、男の意に沿ってその黒い体躯を走らせる。やがてその姿は夜の闇に呑まれて、溶け込むようにその場から消え去っていった。 ※注意 築地多恵がA-01のメンバーであった事実や兵士級BETAに対する考えは、ただの予想です。 オリジナル設定が気に入らなかった方には謝罪いたします。
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| ――To Be Continued |