Muv-Luv Truth Episode














 ――気がつけば午前の授業はすでに終了していた。

 普段、俺がこんなに気を抜くなんてあり得ないんだが、やっぱりたるんでるんだろうか。まあ、朝の交換留学教員の件が大きな原因にあることは否めないけどさ。

 結局、今回来た四人のうち三人が俺も顔を知ってる人たちだったんだから、それだけでもかなりの驚きだった。

 イリーナ・ピアティフ、アルフレッド・ウォーケン、そしてパウル・ラダビノット。この三人が一斉にここに来るって、いったいどういうことなんだか。まあ、それを言ったら霞がやって来るのも十分想定外だったわけだけど。この分じゃ、あと一人も俺が知っている人だって考えた方がよさそうだ。

 しかし、それにしたって急すぎるだろうと思う。特にラダビノット司令。学園長を生徒たちには事後報告で交換とか、明らかに無理しすぎだろう。そこまで急ぐ理由は一体何だったんだ?

 ……とか色々考えてたら、結局午前の授業なんてもちろん耳から素通りで、見事なまでに俺の頭の中にその軌跡を残すことはなかった。代わりに朝の先生方の姿や声がずっと頭の中でリピートされてたが。ラダビノット司令の声は特に忘れたくても忘れられないからな。なんていうか……独特な声だし。……例えるなら…………ワカモト?


「タケルちゃん?」

「っ」


 はっ、いかんいかん。一瞬、俺の思考は完全に異次元の彼方に行ってしまっていたようだ。きっと自分が考える以上に疲れてたんだ。そうに決まってる。だからあんなオカシナことを考えてしまうんだよ。

 ワカモトって何だよ。誰だっつーの。


「どうしたの? ……やっぱり、学園長先生のこととか?」

「ああ、まあな。ここまで次々と顔見知りがやって来ると、邪推しちまうっていうか……」


 純夏に言われて、なんとなくバツが悪くなって俺は頭をかいた。

 まあ、こうして端っから疑ってかかるようになったのは向こうでの名残とも言えるだろう。基本的に命令には絶対服従の軍だが、俺はその意識が一般的な軍人と比べると低い。というのも、俺が夕呼先生のもとで行動していたからだ。夕呼先生は思考を停止させる軍人は大の苦手……というより、嫌っていた。考えることを放棄するのは、人間としての誇りを捨てるのと同じだとまで言っていたぐらいだ。先生は軍に所属しているとはいえ、根は科学者だ。そこら辺はやはり意識が違っていたんだろう。

 だから俺も当然、考えることをやめることはなかった。先生に与えられた情報から自分なりに色々と考え、自分にできることを探し続けていた。……上手くいったことなんてほとんどないし、きっとそのほとんどは先生の予想の範疇だったと思う。けれど、XM3だけは俺が自分にできることを考え続けたから、だからこそ生まれたものだと思う。もし先生が俺に絶対服従を要求していたら、アレが生まれることはなかっただろう。

 だから、まず何事も思考するということは、もう俺にとっては自然なことになっているのだ。まあ、唯々諾々と生きていた唯の学生の頃より今のほうが充実しているし、それを教えてくれた先生には感謝している。

 ひょっとして、先生が敬礼とか軍隊っぽいことを嫌ったのは、俺たちをそんなつまらない人間にさせないためだったんじゃないだろうか。……まあ、ただの推測でしかないけど。だけど、先生はあの世界でもやっぱり“先生”だったような、そんな気がしていた。

 夕呼先生との色々を思い起こして苦笑いを浮かべていると、純夏も少し表情を崩して笑顔を見せた。


「まあ、しょうがないよね。タケルちゃんにとっては、当たり前だと思うよ」

「そうなんだろうけどなぁ」


 純夏の言葉に苦笑の表情はそのままにそう返す。

 実際、新しく赴任してきた教師陣を見て考えざるを得ないのは俺と霞だけだ。だとしたら、純夏が言う当たり前という言葉もあながち間違いではない。


「でも、そんなに気を張ってたら疲れちゃうよ? もっとリラックスしなよ」


 こうやってさ、と言って暢気に深呼吸をしてみせる純夏に、俺は一気に脱力感を覚えた。


「あれ、タケルちゃん。どうしたの?」


 ……まあ、純夏が言うことも分かる。確かに四六時中緊張感を保て、と言われても出来るわけがないし、適度に力を抜くことがいざという時に迅速に事に当たれるのは事実だ。

 純夏が意図してそれを俺に分からせようとしたとは思えないが、俺がどこか無理をしていることを感じ取ったのだろう。相変わらず、変なところで鋭い奴だ。

 俺はひとつ息をついて、霞にしてやるように純夏の頭をぽんぽんと撫でた。

 瞬時に、純夏の顔が赤く染まる。


「た、たたたタケルちゃん? い、いきなり何を――」

「いや……何となく」


 本当に何となくだった。特に何を思ってのことでもない。強いて言えば――、


「……まあ、霞にはよくやってやってるけど、純夏にはやったことあんまり無いし?」

「……な、なんでそこで疑問形なの?」


 照れながらも呆れ気味に言う純夏に、俺は肩をすくめて、さあ、とだけ返した。別に意図したものではなかったし、俺にも説明しようがなかったからだ。

 撫でる手を離して肩をすくめた俺を、純夏が何だか納得がいっていなさそうな目で見つめてくる。睨んでる、と言ってもいいかもしれないが、それにしては頬の赤みがとれていない。はっはっは、むしろ可愛いだけだ。未熟者め。

 俺がちょっと口元で笑って見せると、純夏はそれをどう取ったのか目つきがさっきより鋭くなった。何となくこれ以上は怖くなりそうなので、俺は表情を苦笑いに戻す。……なんだか、日が経つごとに純夏に弱くなっていっている気がする。


「――な、仲いいね〜……二人とも」

「……ん?」


 気づきたくなかった事実に気づいて少し落ち込んでいた俺に……正確には俺と純夏に、たまの声音の落ちた声がかけられる。

 音源に目を向ければ、そこには当然のようにたまがいる。のだが、その後ろには霞と柏木もいた。


「どうしたんだ、いったい?」

「いやぁ、白銀君と鑑さんがあまりにも仲良さそうにしてたから、ついね」


 柏木がそう言うが……つまり、俺と純夏が仲良さそうにしていたからつい声をかけてしまったと? ……なんじゃそりゃ。


「え、そ、そんなに、その……アレだった?」


 純夏には通じたらしい。だが、肝心なところをぼかしてしまっている。むぅ……わからんではないか。


「無自覚とはね〜。まあ、先日の私の言葉はちゃんとわかってくれたみたいだね。嬉しいような悔しいような」

「うっ……、それはその〜……あはは、まあね」

「なんの話ですか〜?」

「ああ、鑑さんの悩み相談だよ。ほら、白銀君はあんなだからね」

「ああ、なるほど〜」

「…………なるほど」

「純夏ちゃん、大変だね〜」

「…………純夏さん」

「ありがとうね〜、二人とも〜」


 ……なんだろう、このどことなく漂う“俺が悪い”的なオーラは。別に俺は何も悪いことなんてしていないはずなんだが。なのになぜ俺が悪いことになる? そもそも俺と純夏の仲がいいことがどう、という話ではなかったのか? なぜ俺への糾弾になるんだ。

 ……考えてみてもさっぱりわからない。やっぱり、彼女とは彼方の女、対岸にいる存在のことを言うんですね。僕には一生理解できそうにありませんよ……。


「悔しいけど、純夏ちゃんだもんね〜。……しょうがないかなって思うよ〜」

「壬姫ちゃん……」

「……あんまり、気を詰めちゃダメだよ」


 寂しげに言ったたまの肩に、柏木の声がかかり手が柔らかく置かれる。……俺には相変わらずよくわからない会話だが、それでもたまが何か大事なことを口にしたことはわかる。少なくとも、たまにとっては大事なことだ。純夏の声がどこか普通ではない悲しみの色を持っていることからもそれは伺える。

 霞もまた気遣わしげな目だった。俺だけが除け者であったが、気軽にそこに入っていくことは出来なかった。慰める真似ぐらいなら俺にも出来るが、それは本当に真似にすぎない。なぜなら俺にはたまが何を思っているのかわからないからだ。純夏たちはそれがわかっているようだから、俺が口を出すところではないと思う。まあ、空気が軽くなれば俺もたまに声をかけるけど。いつもの俺みたいに。

 と、思っていると柏木が瞬間、俺を見た。なんだ、と思っていると、俺の気持ちを察したように明るく話題を変えてくれた。


「そういえば、知ってる? まだ球技大会の種目決まってないみたいだよ。ウチにもまだ何の連絡もないしさ」

「え、そうなの?」


 柏木の言葉に、純夏がいち早く反応を示す。たまも霞も柏木に顔を向けていた。俺もつられるように柏木に顔を向け、小さく口元で礼を言う。柏木はそんな俺に気にするなと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 相変わらず広く物を見ている奴だと思う。俺は咎を見破られた子供のような気分になって、照れ臭げに苦笑した。


「へえ、普通は事前に準備の連絡が来るものだろ? 他の部にもないのか?」


 俺が聞くと、柏木は首を縦に振った。


「うん。どこにもないみたいなんだ」

「新しく種目が増えるにしても妙だよなぁ」

「そうですねー」


 さりげなくたまに目を向けながら言うと、たまは頷いて俺に同意した。そこにさっきまでの気落ちした様子は見られない。俺はほっとして、柏木の気遣いに感謝した。


「でね、その理由が香月先生が競技種目を全面的に見直したいって言って、一歩も引かないかららしいんだ」

「な、なにやってんだあの人は……」

「あはは……まあ、香月先生だからね〜」


 諦観の念すら漂う純夏の言葉……限りない説得力を感じるな。俺ほど夕呼先生と親しくない純夏にも先生の傍若無人さはわかっているらしい。さすがは夕呼先生だ。……教師として、それはいいのかと思わなくもないが。


「でも、本当に球技大会どうなっちゃうんでしょうか?」

「……あ、あの……」


 たまの言葉の後に、霞のか細い声が空気を震わす。あまり大きくない声だったが、この場にいる皆には問題なく聞こえた。全員が一斉に霞に顔を向ける。

 それを受けて、霞は再び口を開いた。


「……球技、大会って……何ですか?」


 困り切った顔のまま、霞は二言、そう口にしたのだった。

 考えてみれば当たり前である。教育さえも軍事系列に組み込まれていたあの世界の学校で、球技大会なんてものが催されているわけもなく、それ以前に霞は学校に通っていたことはない。余計にそんなものと出会うこともなかっただろう。それに球技はほとんど世界大戦以降に海外から本格的にやってきたものが多い。それ以前にもあっただろうが、戦争中ではそんなことができるはずもないし、BETA戦争中に日本は米国を嫌っていた。野球やバスケなんてものが普及するはずもない。霞がそれらを知っているわけがないのだ。

 仮に霞がこの世界に元からいたのだとしても、海外の学校に球技大会のようなものが存在するのか俺は知らない。あったとしても、霞はどう見ても運動的には見えないし、積極的に関わろうとはしなかったはずだ。どちらにせよ、球技全般は霞には未知のものということになる。疑問を覚えるのは当然だった。


「お話し中恐れ入りますが、皆さん、ちょっとよろしいですか?」

「ん?」


 突然話に割り込んできたのは悠陽だった。隣には冥夜もいる。


「――社の言葉尻に乗るようで悪いのだが……私達にも球技大会なるものを教授してほしい」

「なに?」


 もしかして、知らないのか? ああ、そうか。御剣を継ぐための教育漬けだったから知らないのか。……それでも、これぐらいの常識は教えておいてほしい気がするが。


「想像するに、全球技による異種競技対戦で、どの種目が最強かを決定するもの……といった感じではないかと思うのだが?」

「……まさしく想像の産物だったな」


 お疲れ、という意味を込めて冥夜の肩を叩く。冥夜はよくわかっていない顔をして眉を寄せた。


「あはは、でもそれも面白そうですねー」

「まあ、ウチのは規模が大きいからね〜。体育祭の球技バージョンだと思ってくれていいと思うよ」


 いつの間にやらたまの隣にいた美琴が、それとなく説明してくれる。端的な内容だが、要所は捉えていると思う。


「……おおよそ、理解しました」

「おっ、そうかそうか」


 霞は今の説明で自分なりに解釈したらしい。もともと霞は知識という面では博識だ。その知識の中に体育祭や運動会のようなものがあったのだろう。すんなりと頭に入れることが出来たようだった。

 それでは、残り二人がどうかというと……。


「祭りか……。皆の騒ぎようからすると、さぞかし絢爛なものなのだろう。神輿でも担ぐか?」

「冥夜。煌びやかに飾るのなら、花火を上げるという手もあります。さぞ美しいことでしょう」

「なるほど。さすがは姉上」


 ……さすがでもなんでもないことに気がついてほしい。とんちんかんな会話を続ける二人を見て、思わずそう考えてしまうのも仕方がないことじゃないだろうか。


「……霞は、あんな勘違いしてないよな?」

「……はい。球技の中の各種目ごとに分かれて勝敗を競うイベントだと、思ったんですが……」

「まあ、そんな感じだな。概ね合ってる」


 これで霞までおかしなことを言い出したらどうしようかと思った。その心配は杞憂だったみたいで、一安心だ。というか、外国生まれでこっちの常識に疎い霞にも負けてるとか、どうなんだ純正日本人の二人。


「ね、ねえタケルちゃん。そろそろ教えてあげた方がいいんじゃない? このままだと凄い方向に行っちゃいそうなんだけど……」

「ん、ああ。そうだな」


 純夏の言葉に後押しされ、俺は今さっき霞が言っていたことを補足しながら二人に伝えた。それでようやく二人ともある程度イメージが掴めたのか、得たりとばかりに深く頷いている。


「――なるほど。いささか理解に及ばぬ点もあるが……概ねは理解した」

「あとはまあ、見てのお楽しみだ。自分の目で見た方がわかりやすいだろ?」

「ええ、確かに。百聞は一見にしかず、と申しますし……」

「……好きなものは後にとっておく派?」

「いや、それは関係ないだろ……っていうか、いつからいたんだ彩峰?」


 気がついたらそこにいた彩峰は、俺の質問には答えずに柏木のほうへと歩いていった。いっそ清々しいほどの無視だった。まあ、彩峰が捉えどころのない奴だということは百も承知だが、その対応は微妙に悲しいものがあるぞ。


「……狙い通り?」


 いや何がだ。というか、どうして俺が考えていたことに適した返答が返って来る? 俺=サトラレ疑惑が再燃しそうだ。断じてそうであってはほしくないものだ。

 彩峰、このタイミングでにやりと笑うな。俺のプライバシーの在り方にさらなる疑問が投げかけられるだろうが。

 と、球技大会についておおよその話が終わったところで、委員長がこっちに来る。結局いつものメンバーが勢ぞろいだ。本当に自然と皆こっちに来るが、そんなに俺の席の周りは集まりやすいのだろうか。


「ほらみんな、そろそろ席に着くわよ。ウォーケン先生も教壇に控えていらっしゃるし……」


 委員長の言葉につられて教室前方を見れば、確かにウォーケン先生が瞑想するかのように目を閉じて佇んでいらっしゃる。なぜ雄々しく仁王立ちをしているのかは理解に苦しむが、ウォーケン先生がそうしていても違和感が全くないのが不思議だ。ただ、狭い教室でそんな風に背筋を伸ばしているから、ただでさえ大きい身体が余計に窮屈そうに見えるが。

 だが、ウォーケン先生のことがなくてもそろそろまりもちゃんも来るころだろう。俺たちは委員長の言葉に従って、各々の席に着いた。それを皮切りに、教室の他のところで喋っていた生徒も徐々にそれぞれの席に戻っていく。そうして全員が席につき、まりもちゃんを迎える態勢が整った。

 ………………のだが。

 一向にまりもちゃんが来る様子はない。既に開始時間から四十分はたっている。さすがに皆も異常に気づき、誰ともなくざわざわと小声の囁き声が蔓延していく。ウォーケン先生も今の状況を訝しく思う気持ちがあるのか、それらを注意することはない。いったいまりもちゃんはどうしたのだろうか。


「ねえ、タケルちゃん。神宮司先生、どうしたんだろうね……?」


 純夏も沈黙に耐えることは出来なかったのか、俺に話しかけてくる。俺はウォーケン先生を一瞥し、様子を窺う。……特に動く様子はなさそうだ。俺は純夏の言葉に同じく小声で返事を返した。


「さあな。何かあったのか……それとも、さっき柏木が言ってた球技大会の件かもな」

「あの、まだ決まってないって言ってたやつ?」

「そう、それ。まりもちゃん、夕呼先生とは関係が深いからな。何かしらこの件にも関わってるんじゃないか?」

「なるほどね〜。うん、そんな気がしてきたよ」


 得心がいったとばかりに首肯する純夏。……まあ、関わってるとは言ったが、十中八九被害を受けている側だろうけどな。そういう関わり方があの人の主な夕呼先生との関係だ。夕呼先生にしてみれば、自分に付き合ってくれる人間がいてくれることが嬉しいからなんだろうけど……、まりもちゃんにしてみれば災難だろうなぁ。

 しみじみとそんなことを思っていると、霞に呼ばれているのに気がついた。小声で霞の背中に声をかける。


「……どうした、霞」

「……先生が、こっちを見ています」


 ちらりと視線を前に移せば、確かにこちらをじっと見つめるウォーケン先生の姿が見えた。げっ、と声には出さずに内心で息を詰まらせ、俺は純夏にもうしゃべるな、とサインを送る。純夏はそれに対して了解、と返答する。

 と、まさにそんなやり取りの最中、ようやく今の停滞した状況に一筋の光が差し込まれる。ついに教室の扉が開かれたのだ。がらがらと木からなのか金属からなのか発生源がよく分からない音が響き、我らが担任が姿を現す。

 ――と、てっきり思っていたから、その人物を見た瞬間、わずかに思考が停止した。


「遅くなっちゃってごめんなさいね〜」

「…………夕呼先生?」


 そう、そこにいたのは3年B組担任の神宮司まりも先生ではなく、3年D組の担任である香月夕呼先生だった。

 なぜ夕呼先生がここに? そう考えたのは俺だけではないようで、戸惑う声が加速度的に教室内に広がっていく。


「あなたは……香月先生!」

「ついさっきまで緊急職員会議だったのよ〜」


 緊急職員会議だって? 明らかに昼休み使ってやるもんじゃないだろ。やっぱり、球技大会の種目がいまだに決まっていないっていう話と関係があるんだろうか。

 ウォーケン先生はその会議のこと自体聞き及んでいなかったらしく、先生にどういうことなのか問いかけている。そして先生が言うには、保守派――まあこれまでの種目通りに大会を実行しようという連中――がLHRで選手選定を強行しようとしたため、いくらなんでもそれは横暴すぎるという意見を重視して、種目選定の会議を緊急で開いた、ということらしい。

 明らかに保守派の反対――急進派とでもいうべきか。その筆頭は夕呼先生なんだろう。今の楽しそうな顔といい、相手のことを保守派と呼ぶことといい。その企みがまだマシなものであることを切に願う。あんまり意味がないことかもしれないが。
 それはともかく、先生は何を提案したんだ? こんな会議が開かれるほど事態が紛糾するなんて。


「夕呼先生。相手方を保守派って呼ぶってことは、先生は急進派みたいなものなんですよね? いったい先生は何を提案したっていうんですか? あとまりもちゃんは?」


 わからなければ聞いてみる。考えたってわからないのだから仕方がない。判断の材料すらないのだから誰かに聞くのが一番正しいのだ。そしてこの場ではそれは夕呼先生だけ。俺は何の遠慮もなく先生に質問した。


「へぇ〜、なかなか鋭いわね白銀。それは今から説明するわ。あと、まりもは会議室で打ちひしがれてるわよ」


 まりもちゃん……保守派だったのか。ご愁傷様。

 俺がまりもちゃんの冥福を祈っていると、夕呼先生はたったいま自分が入ってきた扉に向かって、お願いね、と声をかけた。何をしているのかと一瞬思ったが、その言葉に応えるように返事が返ってきた。それも、聞き覚えのある声が。

 がら、と再び教室のドアが開かれ、教壇に向かって一人の教師が歩いていく。彼女は教壇の横に並ぶと、真っ直ぐな視線はそのままに、教室全体を一度睥睨した。


「みなさん初めまして。今日からD組の副担任を受け持つことになった、イリーナ・ピアティフです」


 自己紹介、と同時に男子の雄たけびが響き渡る。女子連中も驚きの声を上げていたのだが、どうにも男子の勢いの前には呑み込まれるしかなかったようだ。


「ポーランドから参りました。物理の授業でもお会いすると思いますが、皆さんよろしくお願いします」

「「「「うおおおおおおぉぉぉおお――――――ッ!!」」」」


 もはや怒号のような叫びが教室の中を満たす。そこまで嬉しいか、男子一同。まあ、どうせなら綺麗なお姉さんに教わりたいという気持ちは激しく同意だが。しかしさすがにここで騒げるほど俺はもう子供ではない、精神的に。

 それにしても、夕呼先生とピアティフ先生か。なんかこう、向こうでもこの二人は一緒にいることが多かったよなぁ、と何となく思ってしまう。どことなく、向こうとこっちで色々な共通点が見受けられるのは、やっぱり純夏がこの世界に大きく関係しているからなんだろうか、なんてことを考えてしまう。


「あ、君……」

「――はい?」


 つらつらと思考の海にダイブしていた俺に、件のピアティフ先生から声がかかる。とぼけたような声で返事をしてしまったが、ピアティフ先生は気にした様子もなく微笑みを浮かべた。


「そう……君、B組だったの。朝はごめんなさい。けど、おかげで助かったわ。これからよろしくね」

「は、はあ……」

「「「「な、なにィィィッ! またしても武の知り合いィィ――ッ!?」」」」


 一斉に殺意のこもった視線に晒される俺。そんなこと言われても、俺にはどうしようもないだろ。知りあいを選べるわけでもなし、会っちまったんだからしょうがないじゃないか。口には出さないが、心の内でそう反論する。さすがに声に出して真っ向からそう言う勇気はなかった。マジで刺されそうな雰囲気だったからだ。

 とはいえ、確かに俺の周りには美人が多い気がする。夕呼先生が言う恋愛原子核がどうとかいう話……信じたくはないが、逆説的に証明されていっている気がして俺は冷や汗を流すのだった。


「さすがは恋愛原子核ね。既に知りあいだったとは……。ねえ、一度解剖されてみない?」

「……それで頷く人はいないと思いますよ」

「そう? じゃあ、ちょっと実験に付き合わない?」

「それも却下です」

「つまんないわねぇ、もっと乗って来なさいよ」

「乗っていけるような話題じゃないじゃないですか!」


 すべて俺の生死にかかわる内容だ。この選択をノリで決めるような人間がいるはずもない。

 先生は俺の答えに、心底不服そうに顔を歪めて、盛大に舌打ちをしたあとピアティフ先生に向きなおった。そこまで残念だったのだろうか、俺の解剖は。

 ……というか、そうあからさまに舌打ちをしないでほしいです。仮にも教師でしょうが、あんた。


「まあいいわ。ピアティフせんせ、始めてちょうだい」


 その言葉にピアティフ先生は、はい、と返事を返して一つ咳払いをした。


「――それでは今年の球技大会について説明します。今年の球技大会は香月先生のご提案により、例年とはその趣向を大きく変えて執り行われます」

「趣向が大きく変わる? ……それは、どういうことですか?」


 ピアティフ先生の言葉に疑問を覚えた委員長が思わず質問するが、ウォーケン先生がそれを叱責する。質問は許可を取ってから……ということらしいが、ちょっと固く考えすぎじゃないだろうか。

 案の定、そういったことが嫌いな夕呼先生に諌められていた。ウォーケン先生も先任である夕呼先生に逆らうことはしないらしく、大人しく夕呼先生の言うとおりに口を噤んだ。

 場が落ち着いたところで、ピアティフ先生が再び口を開く。


「では、質問にお答えしましょう。去年との最大の相違点は、今年は一種目のみで行われる、ということです」


 ……たった一種目だって? 俺はちらりと夕呼先生を盗み見る。先生は本当に楽しそうに笑っていた。だが、長く一緒にいた俺にはわかる。あれは自分の企みが上手くいって仕方がない時。もしくはこれから自分の掌の上で何かが進行していくのが楽しみだ、という時に浮かべる顔だ。嫌な思い出しかない顔である。

 かつて元の世界では、五万枚ものコピーを取らされた時にこんな顔を浮かべていたような気がする。いま思えば、あれは自分の理論が上手くいっていることが嬉しかったのだろう。本当に顔だけは楽しそうに笑っていた。

 今はまさに同じ状態だ。あの時は結局俺自身のせいだったことが後に判明して納得できたが、今回は確実に先生の私的な目的だろう。……そう考えると、先生の思惑通りに行かせるのは癪なような気がしてきた。何か一泡吹かせたやりたいものである。向こうの世界でほとんどいいように使われていた記憶も相まって、一層その思いは強くなる。

 そのためにもこの競技、本気で取り組むことを決意する。いつもなら適当に誤魔化しながら参加する大会だが、たまには本気でやるのもいいだろう。

 そんなことを考えている俺を置いて、委員長が質問を重ねる。


「あのっ……その種目っていうのは……?」

「……ふ……ふふふ。よくぞ聞いてくれたわ」


 それに応えて、先生が意地の悪い笑みを浮かべた。俺は耳に全神経を集中して、これから紡がれる言葉を聞き取ろうとする。教室中から息をのむ音が聞こえるようだ。

 先生はそんな俺たちを前に、もったいぶるように黒板の前を歩く。そして、おもむろに足を止めると、俺たちへと身体ごと向き直った。



「今年の種目は……――ズバリ、『サバイバルゲーム』! 俗に言う『サバゲー』よッ!」

「「「「な、なんだってえぇぇ――――ッ!?」」」」



 某雑誌社の編集者たちで構成された超常現象捜査班がよく使うセリフを仲良く叫ぶ3年B組のクラスメートたち。

 俺もまた声に出さずとも同じぐらい驚いていたが……しかし、本当に常識が通じない人だ。球技大会でサバゲーとか、まずその発想からして出てくるか普通。常識にとらわれないと言えば聞こえはいいが……さすがは夕呼先生と言うほかない。

 しかし、これはチャンスかもしれない。サバイバルゲームは白兵としての訓練も受けた俺からすればまさにその訓練そのものといえなくもない。これなら本気でやれば多少の不利は覆して先生に一泡吹かせることもできるかも。まあ、本当にできるかどうかはともかく、せっかく先生と対戦する機会があるのだから、ここで日頃の鬱憤を晴らさせてもらおう。この世界の先生にも苦労はさせられているんだし、俺だって元軍人としての意地がある。


「タケルちゃん、タケルちゃん! サバゲーだって、サバゲー!」

「ああ。まったく、いったい何を企んでるんだかなぁ」

「でも、なんか楽しそうじゃない? 今までこんなことなかったし」

「そりゃ、球技大会でサバゲーしようなんて言う奴いなかっただろうよ……」


 驚きながらも楽しそうな純夏は、夕呼先生の企みなんてどうでもよさそうだ。純粋に楽しみにしているらしいその様子に、俺も少しは楽しみになってくる。もともとサバゲーみたいなことをやってきてるんだ。驕るつもりはないが、俺が有利なことに変わりはないと思う。

 そういえば、霞はどうなんだろう。サバゲーは知ってるんだろうか。


「なあ霞、サバゲーは知ってるか?」

「……はい。いま、榊さんが言っていました」

「ん?」


 聞くと、どうやら委員長がサバゲーがどういうものかを少し話していたらしい。その後は夕呼先生による球技大会でサバゲーという根拠を説明されたらしいが……BB弾も確かに玉だが、球技とは違うだろうと突っ込まずにはいられない。

 それからは夕呼先生がどうやって無理を通して道理を引っ込ませたかの説明に入り、従来の球技大会がいかに怠けたものであったのかを含めてつらつらと語っていく。委員長も最初こそ反論していたんだが、次第に先生の勢いに呑まれるように気勢を削がれていった。

 ……いやほんと、あの人に口で勝てる人なんていないんじゃないだろうか。

 そしてそこからはいかにこのサバゲーが学生の成長にとって良い影響となるかということを話し始める。これには冥夜と悠陽まで共感を覚えていた。『痛み』というペナルティーを設けることにより、個人本来の気質を曝け出して自らを見つめること。そして個より全体を考える思考、そのために他人を信用するという行為、互いの相互理解を促すという目的がある――ということが語られた。

 ……だけどこれ、そのまま聞けば確かにサバゲーがそれに見合うものだと思うかもしれないが……実際にはどこにもサバゲーでなければならない理由は説明されてないんだよな。ただこういう目的があって、いいことがありますよ、ということを説明しただけで。

 そこを悟らせないところも夕呼先生の手腕の凄さを示しているんだろうけど。相変わらず自分のためなら何でもやる人だよ、ほんと。


「じゃあ、具体的な説明に入るわ。お願い」

「はい。ではこちらをご覧ください」


 ノートパソコンから伸びたコードがいつの間にやらプロジェクターに接続され、教室前方のスクリーンにその画面が表示される。随分とまあ大がかりな用意をしたものだが……これを全部の教室でやってるのか? 大変だなぁ。


「まず、チームの選出については各クラスから2チームとし、1チーム10人、男女混合で構いません」

「全員参加じゃないんですか?」

「チームの選出に漏れた連中にもやるべきことは沢山あるでしょう?」


 夕呼先生の言葉に委員長は不思議そうな顔をする。まあ、競技視点で考えれば夕呼先生が考えているだろうことは邪道だからな。


「……何かやることがあるの?」


 ここにも疑問を感じた奴がいたか。俺は純夏に気持ち顔を寄せた。


「いいか、こういう戦闘シミュレーションでは当然銃器なんかを扱うだろ? 必要によってはその補給用品や盾代わりのものを使うグループもあるかもしれない」

「うんうん」

「それらの備品を調達する奴、運搬する奴、それから他のグループの様子を探る奴……ってふうに割とやることは多いんだよ。特に最後の奴は重要だ。情報が戦いでは一番大事っていうのはよくマンガなんかでも言ってるだろ? こっちの作戦を考えたりする為にも、実際に戦わない裏方には想像以上に多くの仕事があるんだよ」

「へぇ〜、なるほどね」


 感心したように頷いている。実際、夕呼先生も似たようなことを皆に説明しているし、概ね俺の考えは当たっていたようだ。邪道も邪道だが、それは球技という競技に限った話。先生が言っているのは競技という枠を超えて、自分の価値を見出す、という題目なのだから、今回に限っては邪道なんてものは存在しない。ルールに決まっていないことはすなわち、やってもいいことに分類されるのである。

 俺が経験してきた総戦技演習でも似たようなものだった。段階的な目的なんかは確かに設定されていたが、その過程は各々の力を見るために自由になっていた。全てがんじがらめに決めてやらされたって、実戦では役に立たない。それは現実社会でも同じだということだろう。


「ま、情報戦の重要性はわかるんじゃない? 殆どの場合、戦いが始まった時にはもう決着がついているものなんだし?」


 そして情報に関してはまさしく夕呼先生の言う通りだろう。これは実戦とかは関係なく、社会に出て行けば誰もが思い知るただの事実に違いない。

 そんな話も加えながら、さらにピアティフ先生の説明は続いていく。


「――この競技は戦場となる『フィールド』、それをとりまく緩衝帯『DMZ』、被弾した競技者が待機する『セーフティゾーン』、これら3つのエリアを統合した敷地内で行われます。……そして、10人のうち1名を大将とし、残りの9名は攻守を担当する兵士となります」


 なるほどね。非武装地帯まで設定するのか。まさに縮小版戦争だな。ゲームの開始後にDMZに出られるのは被弾者だけ……なんてわざわざ設定するからには、そこを利用することは割とありなのかもしれない。


「敵味方いずれの射撃であっても、BB弾が身体あるいは装備に当たった競技者は失格となります。曖昧な判定を避ける意味で、跳弾の場合も同様とします」


 そこで先生は画面をさらに切り替えていく。


「大将は攻撃力を持てません。そして常にCPと呼ばれるフィールド内に設営された陣営にいなければなりません。但し、CPエリアは10m四方の広さを持っているため、その範囲内であれば遮蔽物に隠れるなどの行動は自由です」


 CPね……。内心苦笑が漏れてしまう。HQはないみたいだが、聞き覚えのある単語を聞くと、ついあっちを思い出してしまう。


「なお、これら10名のほかにオブザーバー1名をフィールドに入れることが出来ます。オブザーバーは非戦闘員であり、攻撃力を持てません。被弾してセーフティゾーンに移動する場合を除き、CPから出ることもできません。一歩でも出た場合は失格――但し、CP内であれば身を挺して戦闘員を庇うといった行為は可能です。この非戦闘員は学園関係者であれば誰でも構いません。ただ学生である場合は同じクラスから選出してください」


 参謀役まで用意できるのか。普通に考えれば俺が務めるのが一番なんだろうが……戦力を考えると俺が抜けるのは痛い。誰か代わりの人を探す必要があるな。


「最後に、勝利条件は大将を倒す、もしくは降伏させるか敵を全滅させることです。また決勝戦以外では時間制限があります。時間内に勝敗が決まらない場合は生き残っている兵士の多いほうが勝者となります。同数の場合はそれまでの戦況からコンピュータが判断します」


 以上がルールになります、とピアティフ先生は話を終えた。いま話したものが言うとおり今回のサバゲーの基本ルールになるのだろう。最終的に夕呼先生に勝ってみせる、という目的を持っている以上、俺はこれを熟考して対策を考える必要がある。まさか先生が正道で来るはずもない。絶対に裏をかいてくるに決まっているからである。


「へぇ〜、そんなコンピュータが白陵にあったんだぁ」


 知らなかった、と呟きながら言うのは純夏だった。


「違うわよ鑑。まだ無いの。これから調達するのよ」

「へ?」


 予想に反する夕呼先生の言葉に、思わず純夏は素っ頓狂な声を上げた。先生はそんな純夏を気にするでもなく、俺の両隣にそれぞれ目を向けた。


「御剣!」

「「はい」」

「……そうね、妹のほうでいいわ。あとでちょっと話があるの。放課後付き合ってちょうだい」

「はあ……、わかりました」


 怪訝な顔をしながらもその頼みを承諾する冥夜。まさか、そのコンピュータって御剣家のスーパーコンピュータの『エシュロンU』か? 確かに御剣の技術の粋を集めて作られた次世代コンピュータだって聞いたことがあるから、それぐらいの計算なんてお手のものな気もするが……御剣をあごで使おうなんて、先生もいい性格してるよ。

 俺が呆れながらも思っていると、ピアティフ先生が再び口を開く。最後は装備についてだ。後から配られるレギュレーションに詳細はあるらしいが、基本的に学園側が支給するそうだ。ただ、自分たちでも用意をすることは構わないらしい。もちろん厳重なチェックを課されるということらしいが。

 ……聞けば聞くほど夕呼先生に有利な条件じゃないだろうかこれ。そもそもルールの骨子を作ったのは先生なんだからその穴も当然把握しているはずだ。これは、相当こっちも手を打っていかないと勝てないかもしれないな。


「さて、これで説明はおしまい。で、メンツなんだけど……榊」

「はい?」

「アンタを筆頭に最強のチームを組みなさい。D組と勝負よ」

「え……?」


 突然の先生の言葉に、委員長が言葉をなくす。まあ、突然名指しでそんなことを言われれば当然かもしれないが。


「実はさ〜、この球技大会にまりもの年末の運命を託しちゃったのよね〜」

「年末の運命……ですか?」


 それを聞いて、まさか、と俺は過去のワンシーンを思い出した。もうすでに遠い記憶のかなたの出来事となっているが、物理準備室で出会ったまりもちゃんのコスプレのことだ。

 今回も多分それが関わっているのだろう。つくづくまりもちゃんの不遇さには目頭を押さえるばかりだった。


「ま、さすがに教師が私事でこういうことするのはご法度なんだけどね〜。まりもも切羽詰まってるから勘弁してやって頂戴。で、あたしとしてはまりもの人望を確かめる意味も込めて聞いてみたわけ。……で、榊、どう?」

「……よくわかりませんが、私ふくめB組が負けると神宮司先生に災難が降りかかる、といつもの話なわけですね?」

「そ」


 いつもの話、とは委員長も無意識にひどいことを言うなぁ。今この場にまりもちゃんがいたら間違いなく泣いてたと思うぞ。


「でも私は素人ですし、とても……」

「D組からは涼宮が出る、と言っても?」

「え……?」

「涼宮もサバゲーは初心者。条件は同じよ。ライバル対決っていうのも、こんな機会でもないとなかなかできないと思うけどね〜」

「………………」


 先生の物言いに、一転して委員長は真剣に考え込む。俺も二人の関係はよく知ってる。あっちの世界でも親友でライバルという関係はそのままだったことを考えれば、二人の関係は随分と重い因果なんだと思う。それだけの関係なんだから、それを引き合いに出されれば考え込まざるを得ないのは仕方がないことだろう。

 それでも納得がいかないことがあるのか、委員長は決定を下す前に先生に質問をした。


「……先生は、香月先生はどうしてそこまで私達を戦わせようとするんですか? わざわざこんなお膳立てをするなんて……」

「だって〜、榊も出るって涼宮に言っちゃったんだもん」

「え!?」


 最初に涼宮に言って了解を取ったってことか? 確かに涼宮の運動神経は抜群だ。それを見逃す夕呼先生じゃない。

 ――って、そうか! まずい!


「でも、あっちは乗り気だったわよ〜。あんたはどうするの?」

「まっ――!」

「……わかりました。仕方ありません」


 俺が声をかける前に、委員長は応えてしまった。間に合わなかったか、と唇をかむ。対して夕呼先生はにやにやと機嫌がよさそうだ。


「あ〜ら、残念だったわね白銀ぇ。気がついたのは予想外だったけど、ふふふ、一歩及ばずってところかしらね」

「くっ……」


 得意そうな先生の顔が憎らしい。なんでもっと早く気がつかなかったんだ、俺は!

 悔しそうに顔をゆがめる俺と、楽しそうに口元を緩める夕呼先生。対照的な表情を浮かべる俺たちに、事態を把握していない皆は困惑して俺達を見比べるだけだった。


「タケルちゃん? いったいどうしたの?」

「……気がつかなかったか?」

「え?」


 まだよくわかっていない純夏に答えるようにして、俺は皆にも聞こえる声で夕呼先生の考えを語った。


「先生は委員長が出るという了解を取ったから涼宮が出る、って言っただろ? つまり、委員長があそこで承諾していなければ――」

「あッ! ……してやられたわけね……」


 委員長が悔しそうに呟いた。どうやら気がついたらしい。

 そう、あそこで委員長が拒否していれば、涼宮が出てくることはなかったのだ。運動神経、人を引きつけるカリスマ、指導力についてはよくわからないが、涼宮のスペックが一般水準より上であることは明白だ。それらを持つ涼宮が出てこないことによるウチの恩恵は計り知れないものがある。

 それを語って聞かせてやると、クラスのそこかしこから夕呼先生に対するブーイングが起こった。しかし当の先生はそんな反抗なんてどこ吹く風と言わんばかりに涼しい顔をしている。


「何言ってんのよ。もう戦いは始まっているのよ? 言ったでしょ? 殆どの場合、戦いが始まった時にはもう決着がついてるって」

「う……」


 そう言われては反論しようもない。間違いなく先生が言う戦いの前の準備を怠ったのは俺たちだからだ。先生はただ戦前に万全の態勢を整えようとしているにすぎないのだ。

 咄嗟に気付けなかった俺たちにも非があるということになる。


「それにしても白銀。よく気がついたわねぇ、あたしが考えていること」

「まあ、先生とは長い付き合いですからね。それぐらいはわかりますよ」

「長い付き合い……? 確かに入学の頃からあんたらにはよく付き合ってきたけど……」


 げ。思わず俺の感覚のまま声に出してしまった。

 案の定、先生は訝しんで俺を見ている。まずい、何とか誤魔化さないといけない。以前の授業で俺の記憶通りにクソゲーの話から理論を展開させていたことから、こっちの先生も因果律量子論を完成させていることはわかっている。だが、俺がその『因果導体』だったということはもう過去のことだ。今さら先生に俺の身に起こったことを話す意味もない。

 何とかこの世界の俺が持つ過去だけで納得してもらわなければ。


「そ、そうですよ。2年も3年も先生の起こす騒動に巻き込まれて来たんですから、それぐらいの耐性はつきますって」

「――ふーん……、まあいいわ」


 納得してくれたのか、それとも今は追及する気がないだけなのか、ともかく先生は諦めてくれたようだった。俺はほっと息をついた。


「それじゃ、あたしはこれから別のクラスにも説明に行かないといけないから失礼するわね。ピアティフ、行くわよ」

「はい」


 片手をあげてピアティフ先生を促し、先生は教室から出て行く。ピアティフ先生はそんな夕呼先生の後ろを歩き、教室を出る時には一礼をしてから去って行った。実に性格が出る立ち去り方だった。

 何となく夕呼先生たちが立ち去るのを見つめていると、ちょうちょいと右隣から制服の裾をひかれるのを感じた。不思議に思いながらそっちを見ると、冥夜が難しい顔で佇んでいた。


「タケル……今の香月教諭の話、よくわからんのだが?」


 よくよく見れば悠陽も同じような顔をしていた。ああ、そうか。冥夜達は転校してきたからあの二人の確執を知らないんだ。

 俺と同じようにそう思ったのか、話を聞いていた純夏が二人に説明し始める。


「香月先生と神宮司先生は、こういう行事でいつも張り合ってるんだよ」

「ほう?」

「あの二人はここの卒業生で白陵大でも一緒だったんだけど、昔っから張り合ってるらしい」


 ちなみにまりもちゃんが勝ったことは一度もないらしい。

 それはともかく、純夏は今年会ったウチの文化祭――白秋祭であったことを二人に話して聞かせていた。正直、俺にはもうその時の記憶は薄いし、話して聞かせてやるほど覚えているとは言い難い。そこを自然とフォローする形になってくれた純夏には感謝である。

 とりあえず話が終わると、二人は得心がいったようだった。だが、まだ気になることがあるのか、冥夜はまた口を開いた。


「――して、年末の運命とはいったい……」

「ええっと、それはだな……」


 さすがに口に出すのは憚られる内容であるだけに、俺は口ごもってしまう。どうしたものかと思った時に、タイミングよく教室の扉がまた開いた。


「……お願いだから負けないでね〜〜」


 ふらふらと幽鬼のごとき歩みで教壇へと近づいていくのは、間違いなくうちの担任であるまりもちゃんだった。憔悴、という言葉がぴったりなその姿は、もはや哀れを通り越して同情を誘う。


「センセー、大丈夫ですか〜?」


 とはいえ、このクラスではもはや見慣れた光景とも言える。俺も実際には久しぶりに見たにもかかわらず、そういえばこんなんだったなぁ、と懐かしむ余裕があるくらいだ。

 たまがごく普通に声をかけているあたり、その慣れ具合が伺える。


「今回だけは……今回だけは負けないでね〜。有明は、もう……もう、イヤなのよ〜〜」


 涙ながらに言うまりもちゃんだが、その言葉の意味を理解できる生徒はほとんどいない。夕呼先生の着せ替え人形みたいにされてるのを知るのは俺だけだから、まあ仕方ないことだが。


「お正月は独り寂しくでもいいの……無事に迎えたいのよ〜」


 ……そこまで開き直りましたか、先生。


「先生……ドンマイです」

「あう〜、白銀君だけよわかってくれるのは〜」


 まあ、事情を知ってるのは俺だけだからな。他の人にわかるはずもない。


「タケルちゃん、いったいどういうことなの?」

「純夏……聞いてやるな。まりもちゃんは夕呼先生の親友なんだぞ。察してやれ」

「あ、うん」

「……何気にひどいわ二人とも〜。うぅ、見せつけるように目の前で〜〜」


 どんどんと卑屈になっていくな。というか、いい大人が生徒をひがんでどうするんですか。

 ため息をひとつ吐く。先生がどうにも不憫に思えてきた俺は、仕方がない、と割り切って先生の目を見て、安心させるように口を開いた。


「大丈夫ですよ、先生。俺、こういうの割と得意ですから」

「え!? 白銀君、サバイバルゲーム強いの!?」

「……まあ、こういうの全般は、それなりに」


 個人的にはそんなに自慢したいことでもないので、口にする気はなかったが、その言葉の効力は絶大だったようだ。まりもちゃんは目に見えて生気を取り戻し、瞳も輝いて見える。例えるなら、見渡す限りの砂漠を歩いていたところに突然湧水が湧いたようなものか。そんな例えになるほど、それまでのまりもちゃんが極限状態だったわけだが。

 復活したまりもちゃんに安堵の息をつき、俺は椅子に身を預ける。本当に、夕呼先生に苦労をかけさせられる身になれば、まりもちゃんのことは無視できない。俺も向こうで色々と先生関連であったので、他人事とは到底思えなかったのだ。


「……しかし、タケルがサバイバルゲームが得意というのは初耳だ」

「ええ。あの毎朝の鍛錬もここ最近に始めたもののようですし、少々意外でした」

「あー……まあな」


 上手い説明が思いつかず、俺は答えをはぐらかした。確かにちょっと前までの俺は完璧なインドア派だったわけだが、今の俺はほとんど正反対だ。だが、その過程を俺はどうにもぼかして説明できる自信がなかった。

 まあいざとなれば過去に経験がある、とでも言っておけば大丈夫だろう。サバゲー自体の経験はないが、本物のサバイバルは経験しているのであながち嘘でもない。


「センセー、さっきの香月先生のお話、別に普通だと思ったんですけど、なんでこんなに時間がかかったんですか〜?」


 俺が二人に対応している間に、たまがそんな疑問を口にする。それは俺も思っていたことではある。とはいえ、ある程度その裏事情は察しがついているが。

 たまの言葉に、まりもちゃんはがっくりと肩を落とした。そして力のない声でその質問に答える。


「それね〜、嘘なの。全部デタラメ! 口から出まかせなのよ〜!」


 さすがにその言葉には驚いたのか、クラス全員から驚愕の声が漏れる。それにかぶせるように、まりもちゃんの言葉は続く。


「香月先生がサバイバルゲームをやりたいって言いだしたのは、研究に行き詰ってやったゲームのせいなのよ〜! みんな最初は納得しかかってはいたの。でも、口を滑らせちゃって、もうメチャクチャ! そこで『プレスタ2のクソつまんない3Dゲーム』なんて言うからもう!」


 うわ、よりにもよって例のゲームが原因だったのか。夕呼先生がなにかくだらない理由からでっちあげて提案したんだろうとは思っていたが、まさかこんなところにもそのゲームが関係してくるとは。

 涙ながらに語るまりもちゃんを見ながら、何となくそのクソゲーの存在が気になってしまう俺だった。


「そ、そんな状況で私達にはあんなことを……?」

「しれっと言うにも程がありすぎるよ〜〜!」


 美琴については、しれっと言いまくるお前が言うのもどうかと思う。


「何ということだ……そんな素振りなど全く感じられなかった……」

「只者ではないと思っておりましたが……これほどとは……」


 冥夜と悠陽の二人がもともと夕呼先生をどう思っていたかは知る由もないが、これで二人も夕呼先生を見る目が変わるだろうな。一度でもあの人の凄さを見せつけられると、どうにも次から逆らいづらくなってしまうんだよなぁ、これが。

 しかもそれが別に嫌じゃないから怖いんだ。夕呼先生の無茶っぷりは痛快であっても不快ではない。……なんだかそうやって考えると少しずつ毒されてるみたいで、微妙な気分だ。でも、色々なことをやらかしても結局なんだかんだで人望があるのは、そういうことだと思う。

 まあ、それはともかく――、


「とりあえず委員長。メンバーの選出始めようぜ」

「え、ええ。そうね」


 俺の言葉に応えて、委員長は席を立って黒板に向かう。



 さて……メンバーはどうするべきか。委員長はAチームとBチームのどちらかには絶対に固定だから、そこを基準にしなければいけない。俺個人の意見としては、委員長の居るチームに入っておきたい。そして、そこには207Bという呼び名で括られた仲間たちを組み込めれば言うことはないと思っている。なぜなら、あの五人の特性は俺がよく把握しているからだ。連携をするにせよ、単独で行動するにせよ、背中でどんなことをやっているのか、何をしてくれるのかの呼吸が合っている方がやりやすいのは自明の理だ。

 となれば、207Bの連中は必須になってくる。純夏と霞も同じ理由から出来れば欲しい。次点として柏木か。柏木と背中を合わせた時間は短かったが、それでもその力は信用できるものだった。

 能力的な問題と言うことなら、純夏と霞が一番疑わしいことになるが、それほどそのことは心配していなかったりする。なにしろ純夏については00ユニットに選ばれるほどの適正があるのだ。この世界でもそれが有効かと言うと、俺は有効だと考えている。

 因果律量子論では『より良い可能性の選択肢』をあらゆる確率時空から選び取る才能を論理的に証明していた。つまりそれは、“あらゆる確率時空”に干渉して情報をやり取りすることだと言いかえることもできるのだ。情報のやり取りは、たとえ受け皿があったところで、送り出す側にも何らかの送り出す機能がないと、成立することはない。

 そう考えれば、あの理論が送り出す側である無限の世界においても適用されていなければ、その才能の証明は出来ない。つまり、あらゆる確率時空で因果律量子論は適用されていなければならないと逆説的に証明することが出来るのである。

 そもそも、こっちでは適用されて、あっちではされないでは、俺は世界間を行き来して理論を回収することなんて出来なかったはずなのである。それに、そんな中途半端な理論であの夕呼先生が納得するはずもない。その先生が唱えるからには、因果律量子論はあらゆる世界で有効な理論であるはずなのだ。

 だとすれば、全員が元A-01であり、00ユニットだった純夏も加えたこのグループは、因果律量理論的に見て、最も良い未来を掴み取りやすいチームになるのだ。これは目には見えないが大きなアドバンテージになると思う。

 霞にしたところで、運動能力には問題があるかもしれないが、その頭の回転の速さと知識――そして、リーディングという能力は必ず霞自身の助けになるはずだ。リーディングを霞が使うかはわからないが、それだけで霞に対する不安はだいぶ減る。ここ最近の霞は自分の能力とも向き合えているようだし、その能力がただの自分の一部でしかないことを知る意味でもいい機会だと思う。

 他のメンバーに関しては、言うまでもなく個々のスキルが高いからそっちでの心配は必要ないだろう。たまだって運動能力と体格を補って余りある狙撃能力がある。イロモノチームに思えて、実は意外とベストな配置なのかもしれない。



「――では、以上の10名をAチームとします」


 Aチームについてはサバゲー経験者の奴等がいたので、そいつらを中心にわりとすぐに決まった。そこには俺が考えるチームメイトは一人も候補に挙がらなかったので、特に口を出してはいない。本命はBチーム。委員長を先頭にした、D組との勝負の班である。


「では引き続きBチームを選抜します。……えっと……こちらは私が既に決定しているので、残り9人です」


 この間に、俺は純夏と霞、そして隣の冥夜と悠陽に合図を送っておく。冥夜と悠陽は若干その意味をつかみ取れていないようだが、純夏はわかったようだ。それなら問題ないだろう。二人もそれを見て察してくれるに違いない。


「誰か、立候補はありませんか?」


 委員長がそう言った瞬間、俺の手が上がり、後に続いて純夏と霞の手も上がる。


「白銀君……に、鑑さん、社さんまで?」


 俺たち三人――特に、霞まで立候補したことが意外だったのだろう。委員長は目を丸くして驚いていた。


「俺はこういうの得意だって言っただろ? 足手まといになるつもりはないぜ」

「あ、わたしはえーっと…………根性あるし! やる気もあります!」

「……その、私は……、……や、やる気はあります」

「霞はこう見えて、洞察力とか観察力は凄いぜ。知識もあるし、大丈夫だと思う。それに純夏は昔から運も強い」


 あんまり自己主張しない霞らしい言い分だったため、横から俺が口添えする。プラス純夏の理由も採用されるか微妙だったので、嘘は言わない範囲で付けたしておく。直接的な理由じゃないが、何も言わないよりはマシだろう。


「あなたたち……」


 誰も立候補なんてしないと思っていたのか、委員長の声は嬉しげだった。それを聞いて、俺も純夏たちも手を挙げてよかったと思える。

 ついでに、まりもちゃんもかなり嬉しそうだった。

 その隣で、ウォーケン先生はじっと俺たちを見つめていた。俺たちの力というよりは覚悟のほどを見ているのだろう。サバイバルゲームは痛みを伴うゲームだ。半端な覚悟ではむしろ邪魔になりかねない。

 俺たちは目をそらすことなく、正面からそれを受け止める。やがて、先生は目を伏せた。


「ふむ……いいだろう。三人とも採用だ!」

「ありがとうございます!」


 ウォーケン先生の許可も貰い、これで俺たち三人はBチーム入りが決定した。純夏と霞も嬉しそうに手を取り合って喜んでいる。委員長も早々に三人決まって嬉しいのだろう、表情がほころんでいた。


「なるほど……さっきのはそういうことか。――榊、私も立候補する」

「及ばずながら、私もお力添えさせて頂きます」


 続いて、冥夜と悠陽が。


「は〜いっ! わたしもやりますー」


 そしてたまも立候補した。

 ウォーケン先生がいくつか質問し、冥夜は銃器を扱った経験があることから採用。悠陽はなぜか即断で大将に任命。……まあ、悠陽なら冥夜と同じく訓練は受けているだろうが、00ユニット適正があるのかわからないこともあって、それに異を唱えることはしなかった。どっちにしろ同じチームにいるんだから関係ないと言えば関係ないが。

 たまは弓道の名手ということで狙撃の腕を買われて決定した。

 あと3人。


「……なあ、美琴。お前やってみないか?」

「え、ボク?」

「お前のサバイバル技術は相当のものだろ。しかも実践で培われたものだしな」


 その俺の言葉にはウォーケン先生が反応した。


「ほう……鎧衣三年生、それは本当か?」

「は、はいっ」


 先生は一瞬考え込むと、その技術と咄嗟の判断力を見こんで美琴にも参加の打診をした。美琴は戸惑うような様子を見せたが、それでもすぐに引き受けた。美琴の力はこういう場面では力強い。ウォーケン先生のとりなしに感謝だった。


「先生、私も立候補します! 文化祭の雪辱を晴らしましょう!」

「あら、柏木さん?」

「ふむ……柏木三年生か」

「はい。バスケ部ではポイントガードをやっていました」


 教師二人の呟きに柏木は、はきはきとそう答える。ポイントガードはバスケでは司令塔とも呼ばれ、直接的なリーダーに近いポジションだ。広い視野と素早い判断能力がなければ出来ないうえ、バスケは高い体力も必要なスポーツ。柏木もまたすぐに採用された。

 ――これで9人。とんとん拍子でここまで決まったが、残る一人が問題だ。

 そう、委員長にとっては仇敵と呼んでも差支えない間柄であり、何を考えているのかよく分からないことに定評のある不思議系……彩峰慧その人である。

 彩峰にとっても委員長に力を貸すことはあまり気の進むことではないだろう。今までの二人の間柄を鑑みれば当然と言える。だが、彩峰の運動能力は涼宮に勝るとも劣らないものだし、かつての207Bの仲間の一人でもある。俺としては是が非でも入ってもらいたいところだった。


「彩峰……やってみないか?」

「っ――白銀君!?」


 俺が彩峰に声をかけたことに心底驚いたのか、委員長の声は上擦っていた。対して、俺の言葉を受けた彩峰は、視線を俺のほうに移すだけだ。


「お前の運動神経の良さはかなりのもんだし、それだけの力があればチームの総合的な能力の底上げになる。それに、どこのフォローにも回れる応用力もあるだろ?」

「……よく見てるね」

「へ?」

「……なにが?」

「いや、俺が訊いてるんだが……」


 相変わらず掴みどころのない奴だ。

 そんなやり取りをする俺たちに業を煮やしたのか、委員長が怒鳴るように抗議してくる。まあ、委員長の気持ちも分からんでもないんだが、今はそれよりもチームとして勝つことを考える時だと思うんだがなぁ。


「白銀君! 協調性のない人を入れることはチームとしてマイナスになるわ! それに、彩峰さんだって引き受けるわけがないわ!」


 まあ、俺も彩峰が簡単に引き受けてくれるとは考えていない。ただ、こうして少しずつ交渉をしていってだな、


「いいよ」


 いいよ、って言うまで……って、え?


「……なに、やってほしいんじゃないの?」

「いや、それは確かにそうなんだけど……いいのか?」

「……あそこの人が嫌がってるみたいだし、いいかな、と」


 無茶苦茶あまのじゃくな答えをどうもありがとう。

 あそこの人も教壇に乗せた拳がぷるぷると震えているようで、もっと仲良く出来ないのかとついつい思ってしまう。きっかけがないだけだと思うんだけど……。


「……っあ、彩峰さん! 嫌々ならやってもらわなくても結構よ! 他の人を選抜して――」

「委員長、ちょい待ち。ストップ」


 熱くなってきた委員長に、俺は横から待ったをかける。気勢を削がれた委員長は、自分でも興奮していたことが分かっているのか、落ち着かせるように呼吸を整えた。俺は何も言わずにそれが終わるのを待つ。


「……それで、白銀君。何かしら?」


 クールダウンして落ち着いたらしい委員長は、表向き冷静にそう問いかけてくる。それに対して、俺も落ち着いて言葉を探り口を開いた。


「委員長も判ってるとは思うけどさ、彩峰のこと頭っから否定してやるなよ。それがまずいことだってことぐらい、ちょっと考えればわかることだろ?」

「……ッ、何が言いたいの?」

「仲良くしろ、とまでは言わねえよ。ただ、彩峰がどんなことを思って、何を考えているのかを確かめることすら放棄して、お前は規則を破るから悪い、と決めつけるのはよくないことだって言いたいんだ」

「っそ、そんなこと――」

「考えてないって言えるのか?」


 俺が重ねて問いかければ、委員長は何も言い返せずに口をつぐむ。これは委員長自身も既に気がついていることだ。向こうの世界でもそうだった。お互いの行動や性格から気に入らない、ソリが合わないということは往々にしてあることで、それは仕方がない。

 だが、その仕方がないのを言い訳にして分かり合おうとする努力を怠るのは間違いだ。ソリが合わなくても、相手が気に入らなくても、どこかに相手と通じる部分はあるはずだし、相手の言い分が理解できる時はあるはずなのだ。それを知ることすらしないというのなら、それはただの我がままであり、子供の癇癪にすぎない。

 委員長だってそんなことはわかっているはずだ。向こうの世界では、チームとして長く過ごし、度重なる戦闘を通じ、俺たちよりも多くの経験を積んだ先達に学び、ようやく二人は手と手を取り合うことを知った。

 けど、この世界ではそんなことはない。だから、きっかけがつかめないだけだと思うのだ。これがきっかけになるかはわからないが、これで良くも悪くも変わってくれればと思う。変化することは、停滞することよりはいいはずなのだ。これは俺の経験談である。


「……彩峰も同じだ。委員長に言ったことはそのままお前にも言える。規則を振りかざす委員長が正しいとは言わない。何事にも限度はあるからな。……けど、規則を破ること以前にお前は自分以外の周囲にあまり関心を向けないだろ。悪いとは言わないさ。でも、自分は自分、他人は他人じゃなくて、自分と他人でいることの意味を考えてみろよ。そうすれば、自然と忘れちゃならない基本的なルールを理解できるんじゃないか?」

「………………」

「人の話を聞く、とかな。お前も委員長のことそんなに苛めてやるなよ。俺たちはもう大人だ。それぐらいのことは出来て当然だろう?」

「…………まあね」


 俺の挑発的な言葉に、彩峰はそっぽを向いてそう答えて見せた。照れているのか、怒っているのかは定かじゃないが、この反応は苛立ちながらも照れているんだと思う。こう見えても俺は彩峰と付き合っていたこともある男だ。わかりづらい反応だってわかる自信はある。

 ……言ってて古傷が痛むぜ。俺の女性遍歴は決して誉められたものじゃないからな。不可抗力なんだが。

 まあ、それは置いておいて。とりあえずこれで二人共に意識変革の種をまくことは出来たか。あとはこれをきっかけにどんなふうに二人が変わっていくのかを見ていればいい。俺だけじゃなく皆もいるし、ひどいことにはならないだろう。


「――ま、色々言ったけどさ。とりあえずのところは、サバゲーのチーム決めだ。委員長、彩峰が入るのOKだよな?」

「え、あ……で、でも……」


 それでも、長年の確執は無視しがたいものがあるのか委員長は渋る様子を見せる。それを見て、俺は最後の手段に訴えることにした。


「ふーん、委員長は自分の勝手でクラスの行事を台無しにする気なんだ。ふーん、へー」


 精一杯なめた物言いで言ってやると、委員長の顔が真っ赤に染まった。それが怒りなのか照れなのか。いま俺が若干の恐怖を感じることからすると、たぶん怒りだろう。


「わ、わかったわよ! 彩峰さん、チームに入るからにはゼッタイに勝利に貢献してもらいますからね!」


 ようやく言い切った委員長から目を外し、今度は彩峰のほうに顔を向ける。


「彩峰も、いいよな?」

「……さっき言った」

「もう一回言えって。さっきのとはまた意味が違うだろ」

「……いいよ」

「よし」


 これでようやく10人がそろったことになる。チーム決めるだけでえらく肩がこる真似をしたもんだと、俺は肩をほぐすように右腕をまわしたところで――、

 突き刺さる無数の視線にようやく気がついた。


「な、なんだ?」


 じーっと見つめる目、目、目。クラスの全員の視線が全て俺一人に集中して向けられていた。居心地が悪いなんてものじゃない。はっきり言って、怖い。下手したら人の目が怖くて対人恐怖症になりました、なんてことになりかねないほどのトラウマになりそうだ。

 俺は地面の上を緩やかに、滑るように移動して、純夏の隣に辿り着いた。それまでの間もずっと視線は俺に張り付いていた。これはなんの拷問だ。ごくり、と一度口の中の唾液を呑み込んでから、俺は隣の純夏に声をかけた。


「……お、おい純夏。な、なんでこんなに見られてるんだ、俺?」


 純夏は、わかってないのか、と言わんばかりに呆れた視線を俺によこした。


「……タケルちゃんが榊さんと彩峰さんを叱りつけてるところを見て、みんな驚いてるんだよ。それに結局二人を和解させることに成功してるし……タケルちゃんが急に大人びて見えてるんだと思うよ」


 その通りだと言わんばかりに一斉に皆が頷く。一糸乱れぬその動きは、もはや凄いを通り越して気色悪かった。


「白銀君、随分と大人になったみたいに感じたわよ。いったいどうしたの?」

「あ、あははは……いやあ、その……」


 三年間違う世界でとてつもなく濃い体験をしてきたからだとは言えるはずもなく、俺は何とか誤魔化そうと曖昧に笑う。まりもちゃんは一層怪訝な顔をした。どうしろと言うんだ。


「ふむ……タケルが頼もしいことはわかっていたことだが、確かに歳に似合わぬ威厳のようなものを感じたな」

「ええ。実に男らしく素敵でしたわ、武様」

「そ、そうか? ありがとう」


 怪訝な視線と疑いの眼差し……まあ、どっちも似たような意味だが、それらの中で二人の褒め称えるような視線は実にありがたかった。貴重だ、この安らぎは。しかし、純夏と霞はわかるんだが、この二人は俺の事情を知らないはずなのに、なぜここまで俺を信じきれるのだ。まあ、おかげで俺は助かっているが。精神的に。

 とはいえ、クラスの大多数の視線は驚愕と視線でほぼ埋め尽くされている。まりもちゃんですらあれだけ驚いていたのだから、それもそうだと思えなくもない。だが、こうも視線に晒されては俺もどうにも落ち着けない。どうしたものか、と思っていると、


 不意に、ぽん、と後ろから肩をたたかれた。


 思わず振り向いて見ると――、



 そこには、気持ち悪いぐらいに嬉しそうな顔をして感動に打ち震えるウォーケン先生が立っていた。



「――……素晴らしい。素晴らしいぞ白銀三年生! 自らの確固とした意志を持ち、その意志のもと己の思想を築き上げたその事実! 貴様の年齢では稀有なことだ! 恐らくは常日頃から己の心と対話し、自己と他の在り方について問い続けてきたのだろう。他者との関わりの中にこそ自己を見出すその考え……まさしく、日本男児の鑑! 大和魂を持つ真の日本人よ! 聞けば貴様は身体の鍛錬も欠かすことなく、自らの研鑽に勤しんでいると聞く。貴様こそはまこと正しき日本人の姿! 今日にはついぞ見られぬ日本人の誇りは、貴様の血潮にこそ受け継がれているのだと、いま私はそれを実感したぞ! 貴様ほどの男を、最初私はなんと過小評価をしていたのか……。自分の見る目のなさに私は猛省してもし足りないほどだ。……白銀三年生、貴様ほどの男が日本にいるということは実に喜ばしいことだ。貴様のような男がいるなら、この国も捨てたものではない。その胸に燃える大和魂が貴様の内にある限り、日本はまだその美しき魂を掲げて生き続けるだろう! 白銀三年生……いや、白銀! 貴様のことは最早生徒としてよりも一人の男として私は見よう。自立した一人の男――誇りある日本男児の規範としての貴様の在り方を私は尊敬する!」



 ……………………。

 ………………。

 …………なんて言ったんだ? 長すぎるうえに興奮気味に話すもんだからよく聞き取れなかった。

 あまりにも興奮してしかも涙ぐみながら話す上に、声も無駄に大きかったせいでクラスのほとんどはノックアウト気味だ。そりゃ、興奮して頬を赤らめて涙をためた目を向けて熱くトークする大柄な男を見たら、それが普通だと思う。それを真正面から見た俺だって、一瞬意識がどこかへお出かけしてしまったぐらいだ。

 だが、そのかいあって俺への視線はなし崩し的になくなってくれた。それどころではない、というのが正しいかもしれない。

 とにかく、助かったのは事実だ。俺はほっと一息吐く。

 だが――、


「聞いているか、白銀! 私は貴様の在り方に学び、自分自身の内面を見つめ直し――」


 止まることを知らないウォーケン先生の言葉。

 もうチーム決めも終わったことだし、話し合うことはほとんどないんだよなぁ、そういえば。


 ………………帰っていいかなぁ、俺。























――To Be Continued