きょう×なの ●その8 ――朝。 眩しい日差しがカーテン越しに降り注ぐ一室で、菜乃葉はゆっくりと目を開けた。 「…………あれ?」 目を開けた先に映ったのは、木造の天井。そして日本では典型的な照明であるそこからぶら下がった和照明だった。 どう見たって見慣れた私室の装いではない。 「………………」 無言のまま、菜乃葉はもそもそと敷かれた布団から身体を起こす。 基本的に朝に弱い菜乃葉は、まだ少しぼうっとしたまま思考を働かせる。 半覚醒した状態のまま、十秒ほどたった後。菜乃葉は、ああ……、と得心がいったとばかりに声を洩らした。 「……そういえば、来ちゃったんだっけ」 主語を抜かして呟くと、菜乃葉はおもむろに立ち上がって窓に近づいていく。 そして、シャッと勢いよくカーテンを開け放つと、太陽の光が菜乃葉の目に飛び込んでくる。 反射的に目をつむり、温かい陽光を全身で浴びて、んー……と伸びをする。 それで目が覚めたのか、菜乃葉はぱっちりと深い藍色の瞳を開いた。 「よしっ!」 今日という一日の始まりに備えるかのように自身に活を入れる。 そうしてこれからの新生活に思いを馳せながら、菜乃葉は昨夜に桃子から渡されたパジャマを脱ぎ始めた。
やはり昨日、色々あったことが響いていたのだろう。目を覚ましてリビングに顔を出すことができたのは九時になってからだった。
「あ、おはようございます」 リビングにいた桃子に挨拶を返し、菜乃葉は桃子の傍に寄って行く。 「すみません、泊めてもらってるのにこんなに遅くて……」 ためらいがちに言う菜乃葉に、桃子は少しむっとした顔を作る。 「菜乃葉ちゃん、昨日言ったでしょう。ここはもうあなたの家でもあるの。だから、遠慮なんてしない。いくらでも寝てていいんだから」 最後にはにっこり笑って言う桃子に、菜乃葉はさすがにそれはちょっと……と言って笑う。 ひとしきり笑ったあと、ふと桃子は今の菜乃葉の格好に目をとめる。 白いスーツに、青いタイトスカート。赤いタイがアクセントとなっているそれは、昨日も見た同じ姿。時空管理局航空戦技教導隊の正装であった。 「んー……、菜乃葉ちゃん。服ってそれしか持ってないの?」 突然の言葉に、菜乃葉はきょとんと目を瞬くが、すぐにええまあと曖昧に答えて苦笑いを浮かべた。 「ふーん……」 あごに手をあてて、鑑定するかのように菜乃葉の服装を眺める。 桃子の視線にさらされて菜乃葉はちょっと居心地が悪そうにしている。 「うーん……サイズは美由希と同じぐらいかな。あとイメージ的に暖色系が似合いそうよね……。でも白と青のほうがイメージしやすいかも……」 「あ、あの……?」 ぶつぶつと呟く桃子に、ようやく菜乃葉が言葉をかけるが桃子はまったく聞く耳を持たない。 唐突によしっ! と声をあげると、桃子は一目散にリビングを出ていく。 菜乃葉はどうすることも出来ず見送るが、すぐに桃子は戻ってきた。その手にいくつかの衣類を持って。 「これ、とこれとこれ。こういうの菜乃葉ちゃんは似合うと思うのよねー。あ、美由希のだからサイズとかはたぶん合うとは思うわ。ちょっと違ってても、我慢してね?」 「へ? あ、あの――」 「ほらほら、早く着替えて着替えて。私はその間に電話しておくから」 「え、あの、電話って何のことで……」 「いいから、いいから。出来るだけ早く着替えて来てね〜」 「あの、ちょっ」 バタン。 何とか菜乃葉をリビングから出した桃子は、一仕事終えたと言いたげな爽やかな表情で額の汗をぬぐう。 そしてスカートのポケットから携帯電話を取り出し、すぐさま目的の所に電話をかける。 「………………」 いくつかのコール音のあと、すぐに相手は出た。 『はい、こちら喫茶翠屋でございます』 「あ、松っちゃん? 私。桃子なんだけど」 『桃子さん? どうしたんですか?』 「いやー……ちょっと、今日はお店のほうしばらく頼みたいんだけど……お願いできない?」 さすがに申し訳なさそうな顔をしながら桃子が言うと、電話の向こうの声はいささか戸惑ったようだ。 だが、それもすぐに消えて桃子のお願いに答える。 『はぁ……まあ今日は大きな予約も入っていませんし、私と皆で持つとは思いますけど……。午後はちょっと無理ですよ?』 「ああ、大丈夫よ。それまでには戻るから」 桃子が言うと、松っちゃんこと松尾はまあそれなら、と了解を示した。 桃子がありがとぉ〜! と感極まって電話越しに頭を下げると、松尾は苦笑してはい、どういたしましてと返す。 長年のあいだ店を切り盛りしてきた間柄の二人だ。お互い、会話のリズムというものを心得ていた。 『……でも、急にどうしたんですか? 昨日は特に変わった様子はなかったですけど……』 「あーっと、そうねぇ……」 どう説明したものかと桃子は頭をひねるが、まあ後でしっかり説明すればいいだろうと結論を下し、きわめて簡潔な内容だけを伝えることにした。 「ちょっと、うちに新しい娘ができてね〜。その子にちょっと付き合いたいのよ」 『………………は?』 「そういうわけで、よろしくね。ちゃんと午後には戻るから〜」 『あ、桃子さん!? ちょっと、ま――』 ピッ。 松尾の言葉はしっかりと伝えられぬままに電話は切られる。言いたいことだけ言ってすぐさま電話を切った桃子の顔は晴れやかであった。 とりあえず、これで準備はオーケー。 あとはさっき渡した服を身につけた菜乃葉が来るのを待つだけだが――。 「あのー……桃子さん?」 そろそろとリビングの扉から顔を出したのはまさしく件の少女であった。 「あら、待ってたわよ菜乃葉ちゃん。ほら、おいでおいで」 言葉通りに手で招くと、菜乃葉はどこか戸惑いながらも言われたとおりに桃子の前に姿を見せる。 ぴしっとした管理局のスーツではなく、菜乃葉は桃子に渡された服をしっかり着ていた。 黒いアンダーシャツの上に白いカッターを身につけ、下はデニムのミニスカートというごくシンプルな服装だ。 カラーリングも黒・白・青のトリコロールでまとめられており、さっきまで着ていた制服のカラーとも似た配色であったので、菜乃葉には違和感なく似合っていた。 その姿を見て桃子は満足げに微笑む。 「やっぱり似合うわね〜。白って菜乃葉ちゃんのイメージカラーみたいだし。サイズはどう? 美由希のだから、ぴったりじゃないとは思うけど」 「あ、えと……大丈夫です。ちょっと、胸が、緩いですけど……」 言って落ち込んだのか、菜乃葉はちょっと影を背負った。 そのあまりにも少女らしい様子に桃子は苦笑する。 美由希はあれで結構スタイルがいい。本人は運動には邪魔だと言い張っていたが、密かに自信を持っていることを桃子は知っていた。 とはいえ、美由希は十七だし、菜乃葉は昨日聞いた限りでは十五だ。この年頃の二年は大きい。だというのに、“ちょっと”緩いぐらいなら十分将来有望だと桃子は思う。 あんまり落ち込ませるのも可哀想なので、桃子はしっかりフォローをした。 「大丈夫よ、菜乃葉ちゃんもすぐに大きくなるわ。それに、恭也は別に巨乳好きってわけでもないから」 「――ッ!? ……な、な……!」 空気を求める魚のように口をパクパクとさせて顔を真っ赤にさせた菜乃葉は、顔から火が出るような思いで桃子から視線を外して目を泳がせた。 そんな菜乃葉を桃子は生暖かく見つめていた。ああ、もう可愛いなぁ、抱きしめたいなぁと正直な感想を抱きながら。 菜乃葉はそんな桃子の様子には気付かず、ただ火照った顔を冷まさせようと手のひらで両頬を押さえていた。 楽しそうに見ていた桃子だが、さすがにずっとそうしているわけにもいかない。赤くなって慌てる菜乃葉をそれなりに堪能すると、桃子は話題を変えた。 「まあ、それは置いておいて。菜乃葉ちゃん、お出かけしましょう!」 「え、はい…………はい?」 反射で思わず返事をした菜乃葉は、よくよくいま言われた言葉を吟味して今度は疑問の声をあげた。 桃子は笑顔で疑問に答える。 「だから、お出かけよ。荷物とか全部なくなっちゃったんでしょ? だから、今からお洋服とか生活必需品を買いに行きましょう!」 「ええ!? そんな、悪いですよ!」 桃子の声高々な宣言に菜乃葉は慌てた様子で遠慮する。 泊めさせてもらっている身である菜乃葉としては、そこまでお世話になるのは心苦しい。もともと自分より他人を優先する菜乃葉である。こういったことに遠慮するのは癖のようなものだった。 対して桃子はそんな菜乃葉の様子に心痛めたかのように悲しげな顔になる。 「そう……やっぱり、お節介だったかしら……」 「あ、いえ。そんなことは……」 突然の桃子の変化に菜乃葉は今度は違う意味で慌てた。 おろおろと桃子の様子を窺う菜乃葉は、何とかしなきゃと声をかけ続ける。 「その、お気づかいは嬉しいんですが、お世話になっている身ですし……。いえ、本当に嬉しいんですよ? 見ず知らずのわたしのためにこんなによくしてくれて……」 「……嬉しい?」 「は、はい! それはもちろん……」 桃子の問いかけに菜乃葉は勢い込んで肯定する。 もしここに恭也がいれば、菜乃葉が答える前にその口を封じていただろう。 だが、恭也がいない今、菜乃葉はなんの障害もなくごく普通に答えてしまった。 きらり、と桃子の目に力がこもる。 「そう! じゃあ早速お買い物に行きましょう!」 「え、えええー! ち、ちょ……」 「ほらほら、もうお財布は持ってるから大丈夫よ。菜乃葉ちゃんも嬉しいみたいだし、今日は桃子さんがしっかりコーディネートしてあげるわね〜」 「も、桃子さん! ま、待って――」 目にも留らぬ早業で菜乃葉の手を取り桃子はリビングを後にした。
戸惑いながらも、結局どこかしょうがないという様子で桃子に手をひかれるままになっている菜乃葉をちらりと見やって、桃子は思う。 (やっぱり、なのはと似てるわねーこの子。遠慮がちで、押しに弱いところとか。他人様に気を使うところとか……) なのはも似たようなところがある。 自分に何かをしてくれると言う人には凄く遠慮するくせに、人から頼まれれば嫌な顔せずに引き受ける。 強く押しつけるように頼みこめば、仕方がないなぁと苦笑して結局なのはは付き合ってくれる。 決して、嫌な顔はせずに。 (ちょっと、強引すぎたかもしれないけど……) 昨日からどことなくそんな雰囲気を感じ取っていた桃子は、いささか強引ながらも菜乃葉になのはならこうするだろうと思われることを試してみた。 結果は思ったとおり。菜乃葉は、桃子の知るなのはと同じく他人を自分より優先させるような面があるようだった。 (恭也といい、なのはと菜乃葉ちゃんといい……。もう少し楽にできないものかしらねー) 苦笑しながらもついてきてくれる菜乃葉に、内心で申し訳ないことをしたと思うが、同時に菜乃葉を含めた彼女らに危惧を覚える。 いつか、張りつめた風船が割れるような事態にならなければいいが……。 (菜乃葉ちゃんが影響して、二人がもっと自分を大切にしてくれるといいんだけど) 恭也は菜乃葉のことをどこか特別に思っているだろうことは桃子にはお見通しである。菜乃葉を通じて、自分のことを考えるようになってくれればと思う。 なのはについても同じことが言える。自分と似た人を見て、今の自分を省みてほしい。なのはの性格をそのようにしてしまったのは、他ならぬ自分自身だということはわかっていたが、それでも願わずにはいられない。 そこまで考えて、桃子は菜乃葉に気取られぬように内心で溜め息をついた。 まるで打算で菜乃葉のことを利用しているだけのような自分に嫌気がさしたのだ。 だが、こうも思う。菜乃葉こそ、うちの二人を通じて何か思うところがあれば、と。 もちろん、恭也に対して思うことはありそうだが。 そこらへんも実に頑張ってほしいと思う。 しかし……。 (会って間もないのに、菜乃葉ちゃんが二人に似てるなんて……。なんでそんなこと思ったのかしらねー) 人を見る目は有ると自負する桃子だが、初対面で人の内面まで見えることなど今までなかった。 やはり、なのはと似ていることがそうさせたのかもしれないが。 不思議なこともあるものだが、まあいいか、と桃子は早々に結論付けた。 別に何がどうだろうと関係はない。とりあえず、それよりも今は菜乃葉のことだ。 どこかなのはに似ているこの子を、桃子は娘のように扱おうと決めていた。 というか、そうしたほうが違和感がないように思えたのだ。何となく、自分と彼女の関係がお客様というほうが似合わない気がする。 と、いうわけで。 まずはその第一歩ということでお買い物を思いついたというわけだ。 まあ、もちろん生活必需品の買い物というのも嘘ではないが。 娘だろうと、お客様だろうとまずは仲良くなること。 なら、やはりショッピングが一番だ。女の子のお買いもの=仲良し。うん、これがいい。 ごく簡単な思考で今後の行動を決定した桃子は、速攻で服を用意し、店に電話をして準備を整えた。 そうして今こうして菜乃葉の手を引いているわけだが。 (まあ、打算うんぬんは置いておいて。……仲良くなりたいなー、って思うのは本当だものね) 難しいことは頭の隅に追いやって、桃子はこれからどうやって菜乃葉と遊ぼうかと考えを巡らせる。 お買いもの=遊び回ること。これもまた、簡単な思考の帰結である。 桃子のそんな考えに気づかない菜乃葉は、手を引きながらどこから行こうかと悩み始めた桃子を見つめて、相変わらず小さな微笑みを浮かべたまま桃子に手をひかれていくのだった。
念話である以上聞かれることはないが、内容が内容だけに気持ち声をひそめるように。 (……そうだ、レイジングハート。昨夜話したこと、今夜から行くよ) ≪All right my master.≫
その日一日の授業の終了を告げる鐘の音が学校中に鳴り響く頃。 その甲高い機械音に誘われるように恭也は突っ伏していた机から顔をあげた。 「――おそよう、高町君。相変わらずよく寝てるわね〜」 「…………そうかもしれんが、お前には言われたくないぞ」 心外だとばかりに言い返すと、声をかけた忍はあははー、と乾いた笑みを浮かべる。 「……どっちもどっちだと思うけどね、俺は」 その二人の友人、赤星勇吾はあきれた様子で二人の会話に加わる。 その言葉に二人ともが一斉に赤星の方に振り返ったので、その息のあった様子がおかしくて赤星は苦笑する。 「月村さんだって、高町が起きる五分前ぐらいまで寝てたじゃないか」 「あ、しぃーッ!」 焦ったように忍は人差し指を口にあてて赤星を睨むが、既に口から出た言葉は恭也の耳に届いていた。 忍が恐る恐る恭也のほうを見ると、恭也は怒る……というよりは呆れた顔をしていた。 「……やっぱり、か」 「……なんかしみじみと言われると、逆にムカつくんだけど」 「気にするな」 じっとりと睨む忍にとり合う気がないのか、恭也はきっぱりとその話題を切り上げようと試みる。 ところが、そこで言うことを聞くほど忍は大人しい性格ではなく、むしろ恭也がそう言えば彼女は尚のことヒートアップするのが常だった。 今日もこれまでを踏襲したのか、忍がぶーぶーと不平不満を恭也にぶつけている。それに恭也は鬱陶しそうにしながらも付き合い、ところどころで言い返したりしている。 そして赤星は苦笑を浮かべたままいつの間にか二人から微妙に距離を開けていた。 高町恭也と月村忍。この二人のこういったやり取りは最早このクラスにとってはなじみのものだ。騒がしいことお構いなく、二人はいつもこうして口げんかのようなことを 繰り返している。 喧嘩するほど仲がいい、という言葉の実例であるというのがクラスメート共通の認識。 騒がしいからと注意をしに行けば、その気配を感じてか二人ともその時点でぴたりと言い合いをやめる。そのたびに息が合うなぁ、と思うのも共通認識である。 騒がしさのわりに簡単に静かになってくれるので、いつからかクラスメートたちはこう決めた。 『よし! むしろ注意せずに鑑賞しよう!』と。 悪趣味極まりないと思わなくもないが、これが意外と楽しかったから始末が悪い。 日々変わるやり取りは今となってはこのクラスきってのお楽しみなのだ。 二人の友人、赤星勇吾もその話に乗ったものだから止める者もおらず、かくして二人のやり取りはこのクラスの名物と化したのだった。 と、いうわけで。 今日も今日とて、クラスメートたちは生暖かい視線で二人のことを見守る。 微妙に口元を弛めた、面白がる表情そのままで。
方向で事態がおさまった。
「誰が内縁の妻だ。お前はまったく……。それにいつ俺がそんなことをお前に言ったんだ。勝手に捏造するな」 「ぶー……ノリが悪いわねぇ、高町君。そんなんじゃ女の子に嫌われるよー。「つまんないわっ」とか言われてさー」 まあ実際にはあまりそんなことはないだろう。 恭也はモテる。しかもそのモテる理由が優しくしてもらったから、とか怖い人かと思ったけどいい人だった、とかそういう恭也の内面に惹かれているものが大半なのだ。 だから、そういったことが理由で嫌うようなことはないだろうといえる。
「「「「「へ?」」」」」
「………………」 特にいつものようにからかうつもりだった忍は衝撃が大きいようで、ぽかんと口を開いたまま固まっていた。 「……なにを呆けているんだ、月村」 「…………あ、うん。……ちょっと、インパクトがね……」 「……?」 忍は驚き冷めやらぬ様子で呟くように恭也に答えたが、内容のまとまらない返答を聞いた恭也は首をかしげるだけだった。 「な、なあ高町」 「赤星か。……よくよく見れば、なぜ誰も口をきいていないんだ?」 静まり返ってしまっている教室を見回し、心底不思議そうに恭也は言う。 お前の意外すぎる発言のせいだ、とは言わず、赤星はさあと返して誤魔化すだけだった。 「いや、それより高町。さっきのお前の言い方だと……誰か好きな子でもいるのか?」 「なっ……!?」 赤星の言葉に恭也は普段の彼からは想像もできないような動揺を見せる。 むしろその反応に驚いたのは周囲の人間である。 常に冷静沈着、いつも一歩引いた場所から事態を見ているような、彼らにしてみればいわゆる“大人”の雰囲気を持っていると認識されていたのが、高町恭也という人間である。 クールで優しくカッコいい。 そんなイメージが定着していた高町恭也。 それが、まさか。 顔を赤くして声をあげるという、いかにも「ああ、照れてるし驚いてるや」というような反応を見せるとは露にも思っていなかった。 ある意味、恭也以上の衝撃を受けたクラスの面々だった。 「な、なぜそう思う。赤星」 「なぜって……お前……」 あれは、どう見ても好きな子が自分のことをどう思ってるか気にしてる様だったぞ。 と、言ってやると、 「……!」 無言で恭也は衝撃を受けていた。 その様子に赤星はあきれ果てる。 (変なところが鈍いよなぁ、こいつ) これまで恭也は人から向けられる感情に鈍いのかと思っていたが、どうやら恋愛感情に関連するものすべてに対して鈍いようだ。 まあ、自分の気持ちには気づいているようだから自分のことは例外なのだろう。 それもまたおかしな話ではあったが。 「で、どうなんだ? 高町」 「く……そ、それはだな……」 「「「「うん。それは、それは?」」」」 「……ちょっと待て。なぜこう誰も彼もが聞きに来る!?」 赤星になら、と思わず口を開きかけた恭也だったが、目の前にいるのはいつの間にやら赤星+クラスメートほぼ全員である。 さすがにそんな羞恥プレイは御免こうむりたい恭也は、大声で疑問を唱えた。 「ま、まあまあ。気にするなよ高町」 赤星がとりなすように言うと、一斉に周りの人間が首を縦に振る。 その様は不気味の一言だった。 「……気にしないなど、無理に決まってるだろう……」 いまだかつてないほどのまとまりを見せるクラスメートたちに、激しく疑問を覚える恭也であった。 しかも、自分を逃がす気がないように思える。 というか、雰囲気的に逃げられなさそうだ。 技術的にというより、精神的に。 なんとなく、万事休すか、と思っていた矢先。 恭也の携帯に着信が入った。 「……っ!」 これぞ天の助け、と言わんばかりに恭也はポケットの中で震える携帯電話を急いで取り出す。 使い方はなのはにレクチャーされてしっかり覚えている。 二つ折りのそれを開きディスプレイを見てみると、喜んでいた気持ちもちょっと陰った。 (く……母さんからか……) 恭也の内心は複雑だった。 桃子がらみの連絡や呼び出しはいつも碌なことがない。 というより、あの母親にまともなことを期待する方が間違っている。いつからか、そう思い始めた恭也である。 真剣になれば、恭也とて感嘆するしかない誠実さと優しさを兼ね備えた尊敬に値する素晴らしい人物なのだが……。 普段があまりにもアレすぎた。 とはいえ、今この状況ではこの電話こそが唯一の好機でもある。 一瞬、内心で盛大な葛藤を起こした結果――、 「……もしもし」 恭也は大人しく電話に出ることを選んだ。 『あ、恭也ー? わたしわたし』 新手の詐欺だろうか? 一瞬とはいえ恭也はそんなことを考えた。 「……母さん。珍しいな、何の用だ?」 『あんた、いま変なこと思わなかった? ……まあいいけど。それで、恭也』 「なんだ」 『今すぐ翠屋に来なさい』 「は?」 『いい? 今すぐよ。急いで来なさいね。じゃないと、後悔するのはあんたよ』 「ま、待て。話が見えん。いったいなんの――」 ガチャ。 ツーツーツーツー。 「………………」 強制的に切られた携帯を手に握って呆然とする恭也。 胸の内は理不尽な思いでいっぱいだった。 (まったく何が言いたいのかわからなかったんだが……) だがしかし、今すぐ来いとまで言われるほどのことだ。 何かしら自分の力が必要な状況に陥っているのだろう。 翠屋という時点でヘルプを頼まれた、という線が濃厚なような気がするが。 それでも、今はいい。 今はとりあえず、この教室から一刻も早く出たい。 「……母が緊急の用事だそうだ。俺はこれで帰る」 そう言われてはさすがに強硬に出るわけにはいかず、クラスメートたちは潔く恭也の方に乗り出していた姿勢を戻して、いつもの教室の光景に戻っていく。 その様子に内心ほっとしたのは恭也だけの秘密である。 「……何かあったのか?」 緊急の用事、というところに、あるいはまさかの事態を想像したのか赤星は真剣な顔で恭也に問いかけた。 それに恭也はふっと微笑み、首を振る。 「……いや、翠屋に来いと言われたからな。恐らく、ヘルプだろう」 その言葉に安堵したのか、赤星は緊張感を解いて、そうかとだけ返した。 「ああ。……じゃあな、赤星」 「またな、高町。今度はちゃんと聞かせろよ」 「………………」 最後の赤星の言葉には答えず、恭也は教室を後にした。 赤星はそんな恭也にやはり苦笑を浮かべて肩をすくめるのだった。 ……そしてその裏で、忍はぶつぶつと呟いていた。 「……やっぱり、美由希ちゃんたちが言ってた例の……、これは、早く対策を練らないと……」 かくして、彼女たちは新たに現れた恋敵に一層の警戒を強めるのだった。
さて、桃子から連絡を受けた恭也は心持ち足を速めながら翠屋に向かっていた。
いきなりの呼び出しであったが、頼まれたことである。待たせるのはあまりいい気分ではなかった。 とはいえ、それも結局いつもの手伝いだろうと思うと溜め息が出てくるが。 それでも歩くスピードを緩めることはない。 なんだかんだで、やはり恭也は人が好いのだった。 「……着いたか」 目の前に建つ洋風のログハウスのような喫茶店に目を移す。 翠屋、という看板が掲げられたこの店は、美味しいケーキと美味しいお茶で有名な人気店である。 何度か雑誌にも取り上げられていて、遠くからわざわざケーキを買いに来てくれる人もいるぐらいであった。 地元では主に学校帰りの女子高生がよく利用する。昼時にはおばさん方やサラリーマンの方々もランチなどに利用するが、それでも一番の対象となっているのはそういった 学生だろう。 事実、今も恭也の目には華やかににぎわう翠屋の様子が見えていた。 店の前にあるテーブルまで埋まっている様子がその照明である。 その中を行かねばならないことに恭也は軽く嘆息し、意を決して歩き出した。 入り口前に立ち、扉の取っ手を握ったところで、ふと恭也は外に座るお客の一部に目をやる。 (……男だけで来ているのも、珍しいな……) 三人ほどの男が外でケーキを頬張っているのは微妙に嫌な光景であった。 なぜか店の中をちらちらと気にしているようだが。 ……まあ、いいか。 特にそれ以上気にすることもなく、恭也は取っ手を力強く引く。 カランカラン、と扉の上に取り付けられたベルが乾いた高音を鳴らした。
「…………………………は?」
扉を開けたままの状態で、恭也はこれ以上ないほどに目を見開いて固まっていた。 目の前にいるのは、間違いなく菜乃葉だった。恭也にとっては思い出深く、大切な少女だ。間違えるはずもない。 しかし、今の格好はなんなんだろうか。 翠屋という字が印字された黒いエプロン。これはいいだろう。ある意味新鮮だし、この場にいることからも納得できるものだ。 ……だがしかし、その下の格好はなんだ? あきらかに私服でもなければ制服でもない。いや、ある意味接客では制服と言えなくもないのかもしれないが。
なぜ……――
――……メイド服?
恭也の疑問そのままの状態が彼の目の前に立っている。
これもまたある意味で新鮮ではあるが、それよりも異様である。 いや、かなり似合ってはいるのだ。黒い長そでの下地の服に白いエプロン。ひらひらしたフリルに頭のヘッドセットが可愛らしい。膝下まである黒いスカートもふわっと膨 らんでいて何とも言えない魅力があって――、 (……いやいやいやいや、そんなことはどうでもいい) いや、どうでもよくはないが。実際、かなり可愛いのだし。 とはいえ、メイド服に対する評価などがどうでもいいことは間違いない。 ……とりあえず、それは置いておくとして。 なぜ菜乃葉はメイド服を着ているのだろうか。 翠屋を手伝っているのはわかる。 大方桃子に言われたのだろう。人の好い菜乃葉が断れるはずもない。それに、菜乃葉はもともと“高町なのは”なのである。 なら、当然この翠屋の仕事の手伝いも慣れているはずだ。だから、問題はない。 だが、手伝うのなら私服にエプロンだけでいいのでは? それが一番の疑問なのだ。 なぜメイド服。 似合ってはいるけれど。 いや、しかし意味が分からないだろう。 ぐるぐるとそんなことを考えて固まってしまっている恭也。 しかし、当の菜乃葉は当たり前だがそんなことを知るはずもない。 よって、彼女はいたって普通に恭也に声をかけるのだった。 「ほら、恭也くん。扉開けっぱなしだよ。早く入って」 「……え、あ……ああ……」 その言葉でようやく我に帰った恭也は言われたとおりに扉を閉め、中に入る。 それを見届けて、菜乃葉はにっこりと笑った。 「いらっしゃいませ。ただ今カウンター席しか空いておりませんが、そちらでよろしかったでしょうか?」 「……あ、ああ。構わないが……」 「かしこまりました。こちらへどうぞ」 完璧なまでの笑顔で、非の打ちどころのない対応をされた恭也の頭の中は相変わらず混乱中だった。 「それでは、こちらがメニューになります。ご注文がお決まりになったらお呼びください」 席につき、見慣れたメニュー表を渡された恭也ははっとして思わず立ち去ろうとしていた菜乃葉の腕を掴んでいた。 「あ……」 「恭也くん?」 「あ、いや……」 手を掴んだはいいが、これからどうすればいいのか。 恭也はとりあえず混乱真っ盛りな思考は頭の片隅に気合で追いやって、目下最大の疑問を問うことにする。 すなわち、 「……なぜ、メイド服なんだ?」 と、いうことを。 聞かれた菜乃葉は、一瞬その頬が赤く染まったが、次の瞬間にはもとの完璧な笑顔に戻っていた。 なぜか恭也の背筋は寒くなったが。 「……恭也くん」 「な、なんだ」 「……知らなくて、いいこともあるんだよ?」 「……そ、そうか」 その笑顔の前には、恭也もそう答えるしかなかった。 「それじゃあ、またね。恭也くん」 今度は本当ににこりと笑って、菜乃葉は恭也の傍から離れていく。 たった今会計に向かった客のテーブルの片づけをするようだった。 (…………母さん、か) 言い淀んだ菜乃葉を見ていれば、大体想像はつく。 というか、こんな突飛なことを実行する人間が桃子以外に該当しない。 やれやれと思いながら、恭也は何の気なしにそつなく動き回る菜乃葉の姿を目で追いかける。 恭也にしてみればそれは完全に無意識の行動だったのだが。 はたから見れば、それはどう見ても見とれているとしかいえない状態であった。 「んっふふふ〜。きょ・う・や〜」 突然恭也のすぐ近くで聞こえた楽しげな声に、恭也はびくっと肩を震わせる。 「か、母さん……」 「どう、どう? 菜乃葉ちゃん、すごく可愛いでしょ〜! 見れなかったら、絶対後悔してたわね!」 もう楽しくて仕方ない、といった様子で嬉しそうに笑う桃子を見て、恭也は確信した。 (やはりあんたの仕業か、高町母……) 自分の期待を裏切らない母親の姿に内心で嘆息する息子には気づかず、桃子はにこにこと笑顔を振りまいている。 「今日、菜乃葉ちゃんの服を買いに行くついでにね、あの服も買ってみたのよ。絶対に似合うと思って! いやー、やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」 自信満々にのたまう桃子に一瞬同意しそうになった恭也は、何とかかぶりをふってそれを否定する。 この母と同じになるのは、避けなければならない。 恭也は桃子のことを尊敬しているが、間違ってもこうはなりたくないと思う面があるのも事実なのである。 「……まあ、似合っているのは認めるが……」 ちらりと店内を動き続けている菜乃葉に目を向けながら、恭也は呟く。 「でしょ? 恭也もさっきからずっと見とれてたもんね〜」 にやにやしながら言う桃子に、恭也はわずかに赤くなって、ぐっと言葉に詰まる。 無意識とはいえさっきの自分を思い起こすと、そう取れなくもない。押し黙る恭也。 しかし、それは自覚している証拠であった。 それを確信した桃子は、満足げににっこりと笑った。 桃子にしてみれば、こうして恭也の気持ちが確認できたのならば今回の件は大成功ということになる。 もちろん菜乃葉の可愛い姿を見ることも大きな目的の一つであったが。 それと同時に、いつも自分の心を見せたがらない息子に、少しでもその本心をさらけ出させるための案でもあった。 昨日の段階である程度はわかっていたことだったが、今のことでほぼ決定的だ。 桃子は、恭也が菜乃葉のことを“そういう気持ち”で見ていることを確信した。 もちろん、菜乃葉の方もだが。 だからこそ、桃子は満足げに笑うのだった。恭也が見つけた幸せを思って。 (まあ、あの子たちには悪いと思うけど……。やっぱり、一番大事なのは恭也の気持ちよね) 娘を含めた数人の顔を思い起こし、桃子は少し寂しげにそう思う。 とりあえず、恭也があの子のことを想っている限り、桃子は恭也のことを全面的に応援する気だった。 やはり、一番大事なのは当人である恭也の気持ちなのだ。 仏頂面で座っている恭也を見ながら、桃子はそう結論付ける。 そして恭也の視線を追って菜乃葉に目をやり、ふと思ったことを口にする。 「そういえば……」 「……どうかしたのか?」 桃子の声音が変わったことを察したのか、恭也が幾分真面目に声をかける。 「いやね、菜乃葉ちゃんってこの店に来たの初めてでしょ? なのに、すぐに店の商品を覚えて、完璧に仕事をこなしてくれてるから、なんでかな〜と思ってね」 鉄腕アルバイターってわけでもないだろうし。 言うと、恭也の顔は微妙にひきつった無表情になっていた。 その表情のまま、恭也は言葉を紡ぐ。 「……さあな。向こうでいろいろと金をためるために仕事はしていただろうから、それでじゃないか」 「ふ〜ん……。まあ、そうなのかもね」 嘘だ、と直感的に桃子は思ったがそれを口に出すことはなかった。 別に彼女が何者だろうと、桃子には関係なかったからだ。 それよりも今は恭也がその女の子に恋をしていて、その子がまるで娘のように可愛いことだけが桃子にとって重要なことなのだ。 その程度のことなど、問題にもならない。 だから、桃子は何も聞かない。 それは桃子にとっては当たり前のことだった。 「……ま、とりあえず恭也」 「……なんだ、母さん」 「さっきの似合ってるって言葉、菜乃葉ちゃんに言ってやりなさい。いい、これは命令よ」 「……なぜだ」 「はぁ……あんたはそんなだから、もう〜」 当然の疑問を提示しただけ、と言わんばかりの恭也の態度に桃子は頭を抱える。 自分の気持ちには気づいているくせに、なんでこうも鈍いのか。 夫・士郎もここまでではなかった、と桃子は胸のうちで嘆くのだった。 「なんでもよ! いい、絶対に言いなさい! いいわね!」 口を酸っぱくして言い置くと、桃子はキッチンのほうへと去って行った。 恭也はそれでもしばらくは首をかしげていたが、まあいいかと自分の中で納得する。 別に言いたくないわけでもなし、それぐらいの頼みぐらい聞いてもいい。 恭也自身、似合ってると思ったのは事実なんだから。 「……菜乃葉」 「あ、はーい。ご注文? 恭也くん」 近くを通った菜乃葉を捕まえて、話しかける。 菜乃葉は変わらない笑顔で恭也に笑いかけた。 「……紅茶をストレートで、あとシュークリームをひとつ」 「はい。紅茶のストレートとシュークリームがお一つですね。それでは、しばらくお待ちください」 注文の確認を取ると、菜乃葉はカウンターから離れようとする。 が、恭也はそれを呼びとめた。 「……菜乃葉」 「え、なに? 恭也くん」 「……その服、似合ってるぞ」 常と変らぬ声音でそう言ってやると、菜乃葉は一瞬面食らった顔をして、 「――…………へ? あ、あああああの、き、きょうや、くん?」 そのすぐ後に真っ赤になって、壊れたスピーカーのように激しくどもった。 「……いや、似合っていると思ったからそう言ったのだが……どうしたんだ?」 「い、いや、あのね? い、いきなりそんなことを言うもんだから、その……」 「? ……身体の調子でも悪いのか?」 すっと恭也の手が伸びる。 咄嗟のことで、菜乃葉はそれに対応することができない。 「にゃ!?」 「……熱はないが……」 よって、気がついたのは恭也の手が菜乃葉の額に添えられた後だった。 菜乃葉の顔はこれ以上ないほどに上気し、凄まじい速さで現在地から数歩下がる。 「……菜乃葉?」 「あ、あ〜……わ、わたしまだ仕事があるから! そ、それじゃ!」 脱兎の如くキッチンの方へと引っ込んだ菜乃葉を、どこか呆然と見送る。そして、差し出されたままだった手を戻して恭也は腕を組んだ。 「……なんだったんだ……」 店内にいた人たちは皆がみんな、今の二人のやり取りへの対応に困って固まっていた。 それを知る由もなく、恭也は悩み続ける。 (……とりあえず、いまキッチンから聞こえた笑い声の主が原因だろう) そう結論付けて、恭也は桃子にどう仕返しをしてやろうかと悩みだすのだった。
――夜。 太陽はすでに影もなく沈み込み、空に浮かぶのは青白い光を放つ銀色の月。 その光に照らされる街並みは、人工の光をもって月光に対抗するかのように輝いている。 とはいえ、今は深夜。家々の光も多くが消え、ビルの明かりも限りなく少ない。コンビニや中心街の明かりがぼうっと夜の闇の中に浮かび上がっていた。
『All right.』
右手には赤い宝玉を起点とした桜色の杖を持ち、その長く艶やかな茶色の髪を左右両側から風に流す。 菜乃葉は、ビルの上から海鳴の町を見下ろしていた。 「……やっぱり、思ったとおり」 ぽつり、と菜乃葉は呟く。 その声には、疑問や怪訝の色が濃く見えた。
「レイジングハート。昨日飛ばしたアレ、回収できる?」 『Please wait a minute…』 レイジングハートがそう答えると、その数秒のちにこれまた桜色に輝く球体が四つ、空の向こうから飛来してくる。 それら四つすべてが高速で迫ってくるが、菜乃葉はじっとしたまま動かない。 やがてそれらの球体は菜乃葉の傍まで飛来して、ぴたっとそこにとどまる。菜乃葉を中心にして四つの球体はしばしそのまま静止していたが、ふっとレイジングハートの宝玉部分に吸収されてかき消えた。 『Complete. W.A.S. successful.(完了。ワイド・エリア・サーチ成功しました)』 街の光に反射して、キラリと宝玉が赤く輝く。 「……どう、レイジングハート?」 『Please wait…… master?』 「結果は?」 『A result is as expected.(予想通りです)』 「……そう」 レイジングハートの報告を聞いて、菜乃葉はわずかに眉根を寄せる。 この世界の異常が、これではっきりしたからだった。 菜乃葉の目に映っている、海鳴の町に似たこの地。 これは、本当に平行世界なのだろう。この世界の風景自体には何ら異常な点はない。 それよりも、異常が発見されたのは、この世界に住む人々の方だった。
それこそが、この世界の異常性だった。 本来、魔法という技術がない世界は総じて大気中の魔力素濃度も値が低く、リンカーコア自体も、小さいことが多い。あるいは、リンカーコアが存在しない世界だってありえるのだ。 だというのに、この世界は恭也のように鍛錬を積み、武術の心得がある者も。 高町家に住む家族のみんな全員も。 道を歩いている子供たちやお婆さんも。 コンビニの前で煙草を吸っている、ちょっとガラの悪い青年たちも。 携帯片手にどこかに電話をかけているサラリーマンのおじさんたちも。 その誰も彼もが、小さいながらもある程度は発達したリンカーコアを持っているのだ。 これは、かなり異常な――少なくとも、前例にない発展をした世界だった。 「………………」 昨夜のことを思い出す。 この世界に来て、高町家の人々と触れ、菜乃葉はふと違和感を感じた。 夜、布団の中に入っている時にそれは一番強く感じた。あるいは、静かな夜だったからこそ神経が鋭敏になって気がついたのかもしれない。 ――家中、そこかしこから微弱ながらも魔力反応を感じたのだ。 気になってレイジングハートにその確認をしてもらったところ、それを発していたのは高町家の住人だったのだ。 この事実に菜乃葉は驚愕した。 慌てて家の周囲にまで範囲を広げて探査したが、結果は同じ。魔力反応が確認されたのだ。 これは何かおかしい。 そう考えた菜乃葉は、レイジングハートにワイド・エリア・サーチの魔法を頼み、地球上に魔力球を飛ばして探査を開始したのだ。 隅から隅までとはいわないが、一日中飛ばしていたそれらは多くのデータを持ち帰ってくれた。 それが今夜のことである。 「……ひょっとしたらこの街だけのことかと思ったけど、W.A.S.の結果を見る限り……」 当初の予定通り、やはりこの世界の住人はおそらく全員がリンカーコアを持っている。 エリアサーチの結果えられたのは、各地で確認された魔力反応。エリアサーチで探査した範囲内にいた人間全員から出る魔力反応だった。 昨夜、レイジングハートと話していた予想は正しかったらしい。
その予想は正しかったと見るのが妥当だろう。 「――でも、だとしたらどうして? 魔法なんて、誰も知らないはず……」 自分の世界がまさにそうだった。 魔法なんてお伽話の産物で、空想の中だけに存在するファンタジーにすぎなかった。 平行世界である此処も、そうあってしかるべきだ。 実際、昨日と今日のみんなの様子を見ても魔法に慣れ親しんでいるとは思えなかった。 リンカーコア自体はそれなりに魔力を発していたが。 それでも、知識として知っている人間はいないはず。
なぜこうもおかしな現実がある?
思考を切り上げる。 これ以上の推測をするには手元に情報が少なすぎる。 もっと推論を作り上げるための材料を手にしなくては、何も始まらない。 「ただ、わかってることもある」 あのロストロギア。 自分をこの世界へと誘った、転移専門の古代遺産。 なぜ、あのロストロギアの行き先はこの世界だったのか。 そして飛ばされてきた先の、この世界で見つけたこの異常。 あるいは、この世界でなければならない必然性でもあったのか――。 「……なんにせよ、あのロストロギアが関わってることは間違いなさそうだね」 『I think so, too.』 菜乃葉の言葉にレイジングハートも同意を示す。 あのロストロギア。 あれについて調べることが、この世界の謎を解く鍵になる。 それはもはや確信だった。 だが――、 「……手元にないんだから、調べられるわけないんだよねぇ」 わかっていることだが、声に出してみると途端に身体の力が抜ける菜乃葉だった。 ため息をついて肩を落とすが、状況が変わることはない。 あのロストロギアが鍵になっているのはわかっているのだ。だというのに手を出せる場所にそれはない。 そのことが、菜乃葉には歯がゆかった。 「……しばらくは、こっちの図書館で調べてみるかな」 過去の歴史。 世界に起こった出来事。 オカルト分野に関する解釈。 自分の知るものと何か相違点があれば、それが足がかりになるかもしれない。 ……果てしなく、気の滅入る作業だが。 「早く来ないかなぁ、フェイトちゃんたち……」 そうすれば、きっとこの状況も進展するだろう。 それに、こっちに来たということはソレの解析が進んだということの実証でもあるはずだ。 そのデータがあれば、ぐっとこの不可思議の解決のスピードは速くなる。 「そうすれば、わたしもあっちに戻って……、――あ」 そこまで考えて、菜乃葉ははっとした。 そうすれば、自分は確かに元の生活に戻れるだろう。 だが、恭也のことは? それ以後もまた会えるという確証は、どこにもなかった。 むしろ、もう二度と会えない。そんな気さえしてくる。 (せっかく、もう一度会えたのに……) まだ、離れたくない。 それが、いま菜乃葉の中にある一番素直な気持ちだった。 「……うん。やっぱり、もう少しあとでもいいかも」 みんなには悪いけど。 もう少し。もう少しだけ、今の状況のまま過ごしてみたい。 彼の近くで、彼の隣で。 彼と同じものを見て、同じ時を過ごしてみたい。 あの時、たった一日で終わってしまった夢の時間を、今度こそはもっと長く感じていたい。 だから。 「ごめんね、フェイトちゃんにはやてちゃん。ヴィータちゃんに、みんなも……」 特に、ヴィータには申し訳ない。 どうにもヴィータは自分があの大けがを負った時から様子がおかしい。 何事も、菜乃葉のことを優先し、自分がより前線に出ようとすることが多くなった。 菜乃葉の盾になるかのように。 (……ヴィータちゃんには、悪いことしちゃったな……) 今頃、きっと責任を感じているだろう友人のことを思う。 これをきっかけに、わたし以外にももっと気を使ってくれれば、とも思うが……それは今は酷というものなのかもしれない。 けれど、できればいい方向に今回の件が影響してくれればと思う。 ヴィータをああした責任と、親しい友人としての心配からそう思うのだった。 「――……まあ、今は悩んでも仕方ないかな」 この世界の異常にしろ、ヴィータのほうの懸念にしろ、今の状況では両方共に全く手が出せる状態ではない。 それよりも、今は現状の把握と、せめて今の維持が精いっぱいだろう。 「と、いうことで。明日からは、図書館通いだなぁ」 心の中で、ユーノくんがいればすぐに終わるのにな、と考える。 何しろ彼は無限書庫の管理司書を任されているのだ。いち町の図書館なんて彼の手にかかれば一日もかからずに掌握してしまいそうだ。 とはいえ、ここにユーノはいない。 つまり、自力で地道に調べるしかないわけで。 「……はぁ、やるしかないよね」 『Let’s do its best.(頑張りましょう)』 レイジングハートの励ましを受け、菜乃葉はふっと微笑んだ。 自分の相棒は相変わらず、優しい。 それだけで、随分と救われる。どこでだって、何にだって、立ち向かっていけるような自信がわきあがる。 さしあたっては、図書館にある多種多様で数多くあるであろう本に対してだろうか。
彼の居る家に。 家族の居る、みんなの家に。
まずは明日。図書館へ。 今は少しずつ足を踏み出していく。 この世界の異常性。ロストロギアの謎。とりあえず、それらについて調べる。 そこに何があるのか。まだ見ぬその先は、夜の闇のように暗く闇が広がっている。 不安だらけのスタートだ。しかし、そんなことはいつものこと。 菜乃葉は、たんっと軽快に屋上から空に飛び上がると、闇の中でもなお輝く月の下で、自身が帰るべき場所へと向かっていった。
夜の街。 その上空を駆けながら、菜乃葉はこの町で感じた違和感に思いを馳せる。 (この町……リンカーコアの反応が強いところが結構あったけど……) たとえば高町家の一部。 たとえば山に建てられた神社。 たとえば海鳴中央病院のあたり。 たとえば菜乃葉の記憶の中にある月村すずかの家の方角。 (……何もないといいけど) 気にはなるが、今はまだ様子見に徹するべきだろう。 だが、優先的に調べたい。 これからの予定を頭の中で細かく組み立てながら、菜乃葉は白い防護服をなびかせて高町家へと帰っていくのだった。 ●その11 光のない暗闇の世界。 四方八方すべてが黒一色に染め上げられた空間に、数人の人の気配が浮かびあがる。 人間とは自然に闇を恐れる生物である。それゆえに人間は火を使うことを覚え、闇を克服し、光によって暗闇を制することを知ったのである。 光のない空間を、人は本能的に恐れ、忌避する。 その点から考えれば、光一つないこの空間に幾人もの人間の気配が感じられることは、どこか異常でもあった。 と、唐突にその暗闇にも変化が訪れる。 ぼうっと五つの光が現れ、暗闇に支配された部屋の中を照らし始めたのだ。 その光が現れることによって、部屋の広さや内装が徐々に明らかになってゆく。 個人の部屋としてはかなりの広さになる一室だった。よくよく見れば、光はその中央に置かれた円卓の上から発せられている。正確には、円卓の上に置かれた蜀台からであったが。 またその円卓は、細かい所に豪奢な装飾が施されており、実に優美な気品を漂わせている。 こつ、と何者かが床を叩く音が聞こえる。 それはどこかくぐもった音で、床にはじゅうたんが敷き詰めてあるようだ。こもった靴音は、恐らく布に音を吸収されたためであろう。 円卓の一席に足音は近づいていく。 こつ、と再び足音。 今度はまた別の席の近くからだ。 その音の数は、円卓に沿うように徐々に多くなっていく。 こつん。 音が止むと、ぎっと金属的なきしみの音が聞こえた。 その場にいる者たちが、一斉にそれぞれの席へ腰を下ろしたのだ。 場を緊張感が支配する。 誰も口を開くことはなく、誰も物音をたてることをしない。 そこには、まさに完璧な静寂だけが横たわっていた。 だがしかし、それもすぐに終わる。 「――……さて――」 重々しげに吐き出された声は、思いのほか高いものだ。 それに反応して周囲の者たちもぐっと身に力を込める。 最初に声を出した者はそれを確認して、一度満足げに頷く。そして、声を発した存在はもう一度口を開きその場の者たちに言葉を―― 「……何をやっているのですか」 パチッ。
それを為した人物は、感情に乏しい顔をした一人のメイドさんであった。 「っもー、ノエルー。せっかく雰囲気だしてたのに台無しじゃなーい!」 光の中に顔を晒されて憤るのは、この家の主である月村忍だった。ブーブーと唇を尖らせるその姿は可愛らしくはあったが、 この場にいるのは女性ばかりなのでそれについて何事かの反応を返すことはなかった。 「申し訳ありませんでした」 また忍に文句を言われた月村家のメイドであるノエルは、特に不平をこぼすこともなく素直に忍に頭を下げた。 「あ、あはは……。まぁ、普通ならそんな反応だよね」 「わたしたちもノリすぎましたね……」 「結構俺は楽しかったけどな」 「それはガキやからやろ」 んだとコラ! やるんか、おお? といつも通りのやり取りを始める彼女らにも、ついさっきまでの静けさなんて微塵も感じられない。 その様子を見て、美由希は思う。 やっぱり、このメンバーで静かになんて無理だよ……。 唯一静かにできるのは自身の隣にいる神咲那美さんぐらいだと思う。 普段のやかましい日常を思い返し、美由希はそっと溜息をついた。 「あーもー! それじゃいつも通りに話し合いましょう。ノエル、紅茶とクッキー。お願いね」 「かしこまりました」 ノエルは恭しく頭を下げると、静かに部屋を後にする。 再び彼女らしかいなくなった室内。 その真ん中にでんと居座る巨大な円卓。 改めて見ると、まったく部屋に合っていない。 思わず全員でその円卓をじーっと見つめてしまった。 「……ねぇ、忍さん。これ――」 「ま、まぁいいじゃない。せっかくだからこれでお茶を飲みましょう」 自分でも苦しいとわかっている表情で忍が言うと、みんな仕方がなさそうに再度それぞれの席に腰を下ろした。 そして仕切り直しとばかりに息をひとつつき、忍はぐっと身を前に乗り出した。 「――で、どうなの実際のところ?」 その言葉に那美も同調する。 「そうですね。わたしたちはその菜乃葉さんにも会っていませんし、やっぱり一緒に住んでいる皆さんに伺ってみたいです」 那美にそう言われ、一緒に住んでいる面々――美由希、晶、レンの三人はうーんと腕を組んで考え込む。 菜乃葉がどういう人物だったか。 高町家に来て今日で五日になる新しい家族のここ最近の様子と、人柄を思い返す。 そして、彼女らは思いつく限りに口に出してみた。 「……優しい人?」 「……可愛い人、かな」 「……笑顔が眩しい人、やなぁ」 上から順に美由希、晶、レンである。 さらに彼女らは言いつのる。 「……恭ちゃんとは、かなり仲がいいよね」 「ですね。二人でお茶を飲んでたり」 「桃子さんにからかわれたりもしとりますね」 五日とはいえ、実はそれなりに観察している彼女らであった。 そして、三人そろって、ああそれから、と続ける。 次の言葉は、見事に三人重なった。 「「「なのは(ちゃん)に瓜二つ」」」 だよねー、と三人して微笑み合う。 一瞬和やかな空気が形成されるが、それはダンッと円卓が激しく叩かれる音によって霧散する。 叩いた主である忍は、肩を震わせてがーっとまくし立てる。 「あんたたちねー! それってその菜乃葉って娘はいいところしかないみたいじゃない! しかも恭也と仲がいい! 完璧にヤバイじゃないのよ!」 う、と思わず後ずさる三人。とはいっても椅子の背もたれに突き当たるだけだが。 しかし、言われてみればその通りだ。 今の状況の不利さを改めて自覚する。 「……でも、そんなにいい方なら、一度会ってみたいですね」 「あ、それじゃあこのあと来ます? 今日も翠屋にいると思いますよ」 「あ、いいんですか?」 「もちろんですよ〜」 ほんわかとした雰囲気を作り始める読書仲間ふたり。 忍はまたしても肩を震わせながら円卓を叩いた。 「なんでこんなに暢気なのよ、もぉー! うぅ……フィアッセさんがいればまだマシだったかもしれないのに……」 「今はコンサートで飛び回っとりますからねぇ」 忍の言葉に、レンが苦笑気味にそう返す。 フィアッセ・クリステラは彼女らと恭也にとっての姉貴分にあたり、さすがの恭也もフィアッセには頭が上がらないことが多い。 それは彼女らにしてみても同じことで、フィアッセという人物は皆にとってある意味特別な存在と言っても過言ではなかった。 いつも笑顔を忘れない綺麗な人、というのが彼女を知る人間が彼女に抱く印象であろう。 さらに、CSS(クリステラ・ソング・スクール)のメンバーの一人として、非常に人気のある歌手でもある。 そのため、多忙を極めており、海鳴に留まっていることは実はそれほど多くはない。 そのかわり、時間が取れた時には高町家に寝泊まりし、翠屋のフロアチーフとして活躍しているのだが。 そしてそんな彼女は今、まさにコンサートツアーの真っ最中であり、世界を股にかけてその美しい歌声を披露しているところなのだ。 この場にいないことは仕方のないことだった。 「あの人がいれば、びしっと場がまとまりそうなのにぃ……」 変わらず不平をこぼす忍に、晶も苦笑いを浮かべる。 「確かにそうかもしれませんけど、でも……」 「でも?」 「フィアッセさんなら、どっちかと言うと――」 「“恭也が決めた人なら、それが一番いいよ”みたいなことになりそうやなぁ」 ありそう……。 それを聞いたこの場の全員がそう思った。 確かにフィアッセも恭也のことが好きであるが、彼女は忍らのように何が何でも自分に振り向かせようという意思があまりない。 それはやはり自分が恭也にとって姉的存在にすぎないことを自覚しているから、ということもあるし、何より自分が一番の年上であり最も大人な思考をしているからであった。 桃子と仲がいいこともそれに拍車をかけている。 桃子はあれで出来た大人である。フィアッセはそうした桃子の影響をどこかで受けている。 そのことが、恭也に対して恋をするという行為をどこかで踏みとどまらせているのだ。 もちろん、弟のように思っているところがあるというのもあるのだろうが。 客観的にみると、フィアッセはやはりそういった意味でいちばん大人なのだった。 「あー……どうしよう。何か案がある人は挙手!」 早々に煮詰まった対策会議に、議長はあっさりと他人にすべてを委ねる。 実はかなり飽きっぽい一面もある忍である。彼女を知る他の面々は慣れたもので、そんな忍の様子を全く意に介すことなくうーん、と悩み始める。 忍自身もどうしたものかと考えていると、がちゃ、と扉の開く音がした。 「お嬢様、お茶を――いかがなさいましたか?」 お茶とお茶うけを持って現れたノエルがそう言うのも仕方がないだろう。なにしろ、ほぼ全員が円卓に身を預けてうんうん唸っているのだ。 はっきりいってかなり異常な光景であることは間違いなかった。 その中で唯一いつもとあまり変わりない様子の那美が、苦笑してノエルにさっきまでのことをお話しする。 そして、ついでにいったいどうしたものかと意見を求めるとあっさりとそれに返答が返ってきた。 「それだっ!」 がばっと突っ伏していた机から顔をあげて忍はノエルの言葉に大いに賛同を示した。 「というわけで高町家に行くわよ! さあ、レッツゴー!」 そしていきなりの急展開である。 さすがにみんなも呆気にとられたように忍を見る。 「そ、そんな急に……」 「お嬢様、あちらにも都合というものがあると思いますが」 「もーまんたーい! どうせ恭也のことなんだから、日がな一日縁側に座ってお茶でもすすりながら盆栽を眺めているに違いないわ!」 どこの老齢期も半ばのお爺さんか、と突っ込む人間は誰もいない。 なぜならそれは正しく恭也の休日の行動原理を表していたからだった。 しかし、忍は一つ見落としていることがある。それに気がついた美由希はさらりとその点を指摘した。 「でも今は菜乃葉さんがいるし、いつも通りに過ごしてるとは思えないけど……」 「ああ、そうですね」 「あの二人、仲ええからなぁ」 本当に対策会議という意識があるのだろうか、三人は再びほのぼのとした様子でいる。 というのも、三人は菜乃葉と一緒に暮らしているということもあって、菜乃葉がどのような人物なのかをこの五日でよく知っているのだ。 桃子が娘のように思い、なのはが姉のように慕い、美由希たちも姉妹のように菜乃葉のことを思っている。 恋敵とはいえ、今さら家族としての彼女と割りきれるはずもなかった。 ……というか、菜乃葉もたった五日でよくも馴染んだものである。 しかし、そんな三人の事情など一緒に暮らしていない――その前に会ったこともない忍が知るはずもなく。 忍は相変わらず緊張感のない三人に、もう一回テーブルをばしっと叩いた。 「だぁーかぁらー! なんでそんなに危機感がな――」 輝いてた〜ときめきを〜♪ 忘れないで 永遠を 越えて〜♪ 「あ、電話だ」 忍の声を遮って美由希の携帯に着信が入る。 身を乗り出して声を荒げた態勢のまま固まる忍を視界の端に、美由希はスカートのポケットから携帯を取り出して通話ボタンを押した。 「はい、もしもし?」 『美由希? 今どこにいるの?』 「母さん? なに、どうしたの」 電話は母である高町桃子からであった。 どうも母はあまりらしくないことに、どこか焦っているような印象を受ける。 美由希は桃子の後ろが妙に騒がしい……というよりは慌ただしいことに気がつく。 何があったのだろうか。 美由希は桃子からの返事を待った。 『それがねぇ、翠屋のほうが忙しくて手が足りないのよぉ。悪いんだけど手伝いに来てくれない?』 「それは別にいいけど……菜乃葉さんはどうしたの? 今日も行くはずだったでしょ?」 菜乃葉は二日目以降、基本的に翠屋の臨時従業員の真似ごとをしている。 菜乃葉にとっては翠屋の業務など幼いころからしてきたことなので、桃子にしてみれば貴重な即戦力だったのだ。 フロアマネージャーとしての一面を持つフィアッセがいない今、菜乃葉はまさにフィアッセに代わる存在として翠屋では既に欠かせない存在になりつつあった。 ほぼ毎日手伝っていたし、当然今日もそうだと思っていた美由希はどうやら菜乃葉がいないらしいということに軽く驚いていた。 菜乃葉は、何となくそういった仕事を途中で止めることはない子だと思っていたからだった。 まぁ、あくまで菜乃葉の立場はお手伝いではあるのだが。 電話を片手に持ちながら美由希は怪訝な顔をして首をかしげて見せる。 桃子は続ける。 『それがねぇ、恭也とちょっと出かけちゃって。出来れば今から来てくれない?』 ………………。 ん、いま母はなんて言った? 「ご、ごめん母さん。……いま、なんて?」 『え? だから恭也と――……あ゛』 桃子が電話越しにもしまったという顔をした。 だが、美由希はそれどころではない。 もう一度、桃子から聞いた言葉を頭の中でリピートする。 きょうやとちょっとでかけた? ということは、 恭ちゃんと出かけた、ということで……、 つまり、 菜乃葉さんが、恭ちゃんと、出かけた、ということで。 つまり、 …………でーと?
「恭ちゃんと菜乃葉さんがデートしてるってことぉ!?」 「「「「な、なんだって――ッ!?」」」」
美由希が思わず大声で叫んだ言葉に、周囲の者も一斉に反応する。 こちらも大声で叫ぶと、その声が電話越しにも届いたのか、桃子は誤魔化すように乾いた笑いを洩らした。 『あ、あはははー。じ、じゃあ桃子さんは退散するわね。そ、それじゃ!』 ガチャ、ツーツーツー……、 ピッ。 「………………」 美由希は無言で電源ボタンを押すと、携帯を元のポケットにゆっくりと戻す。 室内は不気味なほどに静かだった。 「……菜乃葉さんが、どれだけいい人かは知ってる」 ぽつりと美由希は呟いた。 たった五日間だけの付き合いだが、どれだけ優しい人でどれだけ人を思いやることができる人かはよくわかっている。 一日目、すぐに家族として迎えることができるほど、第一印象からして彼女はとても穏やかな空気を持っていた。 実際に話して、接して、ああやっぱり思うほどに菜乃葉は優しくいい人だった。 出会ってまだ五日。 だが、美由希にとって菜乃葉はもう既に高町家の家族であり、また歳の近い妹として美由希の中で認識されていた。 だが――、 「……それとこれとは、話が別だよ」 さすがに直接こういう事態に遭うと、考えも変わるらしい。 ……先ほどまでののんびりした雰囲気はどこへ行ったのだろう? 「追いかけましょう!」 「「「「了解!」」」」 美由希の号令にすぐさま答えて、彼女たちは忍の部屋から一目散に駆け出していく。 那美だけは半ば引きずるように連れられて、だったが。 慌ただしく土埃さえ残しそうな勢いで走り去って行った己が主たちのほうに向け、ただ一人部屋に残っていたノエルは無言で静かに頭を下げた。 「……いってらっしゃいませ」 もちろん、反応は返ってこなかった。
話は忍たちが家を出た時間の数十分前に遡る――。
翠屋の休憩室。そこで休憩がてら喋っている時に、菜乃葉はふと最近考えていたことを口に出したのだ。 「……墓参り?」 「うん。わたしがここに来て五日でしょ? そろそろ落ち着いてきたし、行きたいかなぁって」 ふむ、と菜乃葉の言葉に恭也は考え込んだ。 菜乃葉の世界では生きている恭也の父、高町士郎。だが、この世界では既に士郎は故人だ。そのことを知った時、菜乃葉がひどくショックを受けて悲しんでいたことを恭也は思い出した。 菜乃葉にとって実際の父ではないが、やはり高町士郎という存在は大きいのであろう。子供のころ、一度だけとはいえ顔を合わせていたこともそれに拍車をかけているように思えた。 「いいじゃない。行ってきたら?」 聞こえた声に菜乃葉と恭也はそちらに顔を向ける。 桃子が笑ってそこに立っていた。 「母さん」 「菜乃葉ちゃんも士郎さんとは面識があったみたいだし。士郎さんもきっと喜ぶと思うわよ。お店はいいわ。美由希でも呼ぶから」 穏やかに微笑んで桃子は言う。 それは幾分美由希に対して可哀想ではないか、と菜乃葉は思ったのだが、肝心の桃子と恭也はそうは思っていないようで成程それなら、なんて言い合っている。 家族内の力関係が見えるようで菜乃葉は苦笑いを浮かべた。 「よし、そうと決まれば話は早いわ。二人とも出かける準備をしなさい」 「あ、はい」 「なに?」 菜乃葉はすぐに肯定の返事を返したが、それに対して恭也は訝しげに眉をひそめた。 桃子はそんな恭也の対応に呆れたような視線を向けた。 「あのねぇ。菜乃葉ちゃんはまだ来たばかりでこの町の地理には疎いでしょうが。あんたが案内しなくてどうするの」 「む……」 そういえば、そういうことになっていたのだった。 実際には菜乃葉が暮らした海鳴とここに大きな違いはない。たとえば菜乃葉は誰に説明されるまでもなく町の図書館に足を運んでいるし、翠屋だって恭也が言うまでもなく場所を知っていた。 だが桃子はそれを知らないのだ。思わず唸る恭也だった。 「っていうか、女の子案内するぐらいの甲斐性は見せなさいよ。気が利かない男は嫌われるわよ」 ひどい言われようだ。 しかもその原因が自分の一言なのだから菜乃葉は実に居心地が悪い思いをしていた。 「あ、あの。別に無理をしなくても……」 「いや、いい。……案内する」 「あ、うん」 行く気になったらしい恭也は、すっくと立ち上がって奥の方へと消えて行った。たぶん着替えるのだろう。菜乃葉だってまだエプロンをしているのだ。着替えないと外には出られない。 と、桃子が何だか可笑しそうに笑いをこらえているのが見えた。 不思議に思って見つめていると、桃子は肩を震わせて呟いた。 「い、意外に可愛いところあったのね、き、恭也って……ぷっ」 「?」 桃子の言う言葉の意味がよく分からず、菜乃葉は首をかしげる。 そうこうしている間にエプロンを取るだけという着替えを終えた恭也が顔を出したので、菜乃葉は慌ててロッカールームのほうへと走って行った。
暖かい日差しが降り注ぐ中、菜乃葉と恭也は並んで歩いていた。向かう先はもちろん二人にとっての父・高町士郎の眠る場所。街を見渡せる丘の上に造られた海鳴の霊園である。 海沿いに歩き、ゆっくりと霊園に向かう。菜乃葉にも恭也にも見慣れた海鳴の景色。しかし、そういえば二人でこうしてゆっくり歩くことはなかったな、と菜乃葉は心のうちで思った。 最近の菜乃葉は図書館にこもることも多いし、それ以外では翠屋で働いていたりと実は割と忙しい日々を送っている。恭也とてまだ学校があるし、鍛錬をすることもある。基本的に家での時間以外では噛み合わないことも多いのだった。 だからこそなんだかこの時間は貴重なもののように思える菜乃葉である。もっともそれは恭也も同じで、恭也をよく観察すれば少し身が強張っていることに気づく。彼としても好意を持つ少女と二人きりで歩くという事態は実に緊張するもののようだ。 「……翠屋からだと……十分ぐらいかな?」 「……ああ、それぐらいだろう」 会話もなんだかそっけない。お互いに気をかけていることには双方ともに気がついているのだが、両者の胸のうちの感情を考えると下手に手を出しづらいようだ。 ちらちらと視線を隣に向けているのがいい証拠である。しかし、それが上手い具合に重なることはなく、互いにそんなことには気がついていない。まさに絶妙なやり取り。気が合うのか、合わないのか。中途半端な二人だった。 しかし、ふと急に恭也の視線が前方で固定された。 菜乃葉もそれに気づき、恭也の視線を目で追ってみる。二人の視線の先では、さわやかな笑みを浮かべた一人の男が片手をあげてこちらに呼びかけていた。 「高町!」 「……赤星か」 聞き覚えのない名前に、菜乃葉が小さく友達かと聞けば、恭也は肯定を示すように頷いた。 そうこうしている間に赤星は二人のすぐ傍まで来ていた。少し小走りで向かってきたらしい。 「はは、お前とこんなところで会うなんて珍しいな」 「そうだな」 赤星が笑って言うと、恭也もふっと笑ってそれに答えた。 恭也がごく自然に微笑むのを見て、菜乃葉はこの赤星という人と恭也が本当に親しい関係にあるようだと悟った。菜乃葉の兄の恭也も人付き合いが苦手で、友人と呼べる人間は少ない方だった。そのかわり、友人と呼ぶ人間とは本当に親しくしているようだった。 こちらの恭也も同じような感じだろうとは思っていたが、おそらくこの赤星さんが恭也にとってそういった気を許せる友人の一人なのだろうと思う。 そんなことを考えながら隣で二人の顔を眺めていると、ふと赤星が菜乃葉のほうを向いた。こちらを向くとは思っていなかった菜乃葉は驚いて、思わずきょとんとした表情をしてしまう。 「はじめまして、だよね。俺は赤星勇吾。恭也の友人で、クラスメートだよ」 人好きのする爽やかな笑顔を向けられ、菜乃葉はわずかに頬を染めながら慌てて頭を下げる。 「は、はじめまして。恭也くんのお家にお世話になっている、高町菜乃葉といいます」 「……え?」 菜乃葉が自己紹介をすると、赤星はひどく驚いた表情で恭也へと視線を向ける。なぜかちょっと目を吊り上げた感じの恭也は、呟くようにその視線に答えた。 「……なのはとは別人だぞ」 赤星とてそれはわかっているんだが、その言葉を聞いてようやく納得できたようだった。 なにしろ菜乃葉はなのはにそっくりである上、名前まで一緒なのだ。なのはを知る人間ならば恐らく全員が赤星と同じような反応を返すだろう。 「そうなのか……、なのはちゃんとそっくりだね」 「あはは……、よ、よくいわれます」 ある意味では本人である。 「じゃあ……そうだな、高町さんって呼んでもいいかい?」 「あ、はい。大丈夫ですよ」 名前が同じということは、呼び方に困るということだ。名字にさんづけは菜乃葉にとって珍しい呼ばれ方であったが、事情が事情のため菜乃葉は快くその提案に頷いた。 「それじゃあよろしく、高町さん」 「はい。こちらこそよろしくお願いします、赤星さん」 お互い笑って小さく頭を下げる。次いで顔をあげるとふと目が合う。それが何だか可笑しくて、二人はまた小さく笑った。 どうやら赤星さんという人は、とても優しい良い人らしい。そしてきっと恭也くんにとっては本当に親友といっても関係なのだろうとも思った。 菜乃葉で言うところのフェイトやはやて、アリサにすずかの四人。恭也にとって赤星という人間はそんな位置づけなのではないだろうかと菜乃葉は思う。 恭也くんにもいいお友達がいるんだなぁ。 そう思って隣に立つ恭也に目を移したところで――、 思わず肩がびくりと跳ねた。 「き、恭也くん……?」 「……なんだ」 それは菜乃葉が言いたい台詞であった。 なんで恭也はこんなに機嫌が悪そうにしているのだろうか。微笑んでいる恭也を見てからまだ一分もたっていないというのに、この短い間にそこまでの変化を与える何かがあったのだろうか。 不思議そうな顔をする菜乃葉の横で、相変わらず恭也はいつにも増して仏頂面だ。本当に、何があったのか。菜乃葉は首をかしげた。 そんな二人に対して事態を正確に認識しているのが、そんな二人の様子をしっかり見ている赤星である。彼としてはなぜ二人が何も気がついていないのかのほうが不思議であり、それ以上に先日の疑問が解消されて納得顔であった。 (なるほど……。つまり彼女が高町の……) みなまで言わず赤星はひとつ頷く。女性に好かれる割に恭也は恋愛といった要素からはほど遠い生活をしていた。それはもちろん恭也が女性の好意に鈍いという点もあるだろうが、ある程度意図してそういう関係を避けている節も赤星は感じていた。 恭也の親友であることを赤星は自信を持って言える。その関係だからこそ、思い至った恭也の気持ち。 すなわち、自分にとって大切な人を危険な目に遭わせたくないという思いだ。その思いが恭也に恋人という存在を作りづらくさせていたのではないだろうか、と赤星は常々思っていた。 家族という存在は元から存在するものであり、恭也にも意図してどうこうということは出来ない。しかし、恋人は違う。後に深い関係となっていく恋人は、深い関係となる前に恭也自身が知らずあるいは狙って避けていたように思える。 それだけ恭也の歩む未来とこれまでの過去が彼にとって大きな意味を持っているとわかるが、それでもそれはいささか寂しいのではと赤星は思う。 まあ、単純に鈍いというのも間違ってはいないだろうが。でも、それだけではないだろうという確信が赤星にはあった。 しかしそんな恭也が今はどうだ。恐らくは好意を抱いている女性を前に、自分と和やかにしていたことで嫉妬しているではないか。 なんだか親友として非常に嬉しい赤星であった。 恭也の気持ちもわからなくはない。大切な存在を自分の手で守りたいという思いは赤星だってよくわかる。男の子の意地とか沽券みたいなものだ。 ただ恭也はそれに使命感のようなものを感じてしまっているだけで、それが異常なまでの女性に対する防護壁となっているだけなのだ。 しかし、繰り返すがそんな恭也が一人の女性にここまで心を許し、明らかに気にしているのだ。嬉しくないはずがない。どこか保護者のような気持ちを味わう赤星である。 しかし、なのはにそっくりという点が若干心配ではある。恭也の妹溺愛っぷりは知っているが……ここまで来ると凄いとしかいえない。好みの女性まで妹そっくりとは……。 真実を知らないゆえにどことなく勘違いしつつ納得して頷く赤星。 そして仏頂面と困惑顔のアンバランスな二人の……仏頂面のほうに一つ声を掛けて見る。 「つまり、この子が前に教室で聞きそびれた高町の――」 「ッま、待て赤星!」 瞬時に仏頂面から焦燥の表情へと変化し、赤星の言葉を大声で遮る恭也。菜乃葉は何の事だかわからない顔をしている。そのギャップが何だか面白くて、赤星は小さく笑った。 「わかったわかった。何も言わないよ。それより、二人はどうしたんだ? こっちは海いがい特に面白いものはないだろうに」 赤星がそう話を変えてみると、恭也は勢い込んでいた気勢を削がれて、もとのちょっと無愛想な表情に戻った。結局さっきまでの態度がなんだったのか分からない菜乃葉は未だに少し不思議そうだったが。 「……ああ、ちょっと父のところにな」 「わたしも昔お世話になったので、この機会にご挨拶をさせてもらおうと思ったんです」 二人にそう穏やかに言われ赤星は一瞬言葉に詰まったがすぐに、そうなんだ、と笑って返した。 恭也の父がすでに故人であることは赤星も知っている。詳しい事情は何も聞いていないが、恭也が目標にするほどの人物ならば恐らくはとても誇らしい人物であるだろうことは想像に難くなかった。 恭也にそう言えば、きっと最初いやそうに顔を歪めて、しかしすぐにその通りだと認めるだろう。恭也にとって士郎は微妙に複雑な存在であったりする。 「それじゃあ、あんまり引き留めるのもあれだな。また時間がある時にでも話せるといいね」 「はい、そうですね」 にこにこと微笑み合う二人の傍で、恭也だけは雰囲気に馴染めず少し居心地が悪そうだ。 それを眼の端に捉え、赤星は恭也にも言葉を送る。 「ま、高町も頑張れよ」 「? あ、ああ」 何を言われたのか分からないと言いたげな顔で恭也が頷くと、赤星は可笑しそうに笑った。それじゃあ、と言って笑顔のまま二人に手を振って赤星は二人の横を通り過ぎていく。 振り返って菜乃葉は手を振り返したが、その表情はちょっと困惑気であった。恭也もしかりである。 「なんのことだ……?」 「えっと、わたしに聞かれても……」 二人して頭をひねるが、共に友人からは「鈍い!」と言われ続けている二人だ。当然のごとく解答に辿り着くことはできなかった。 とりあえずは気にしないことに落ち着き、二人は再び霊園に向かって歩き始める。 「恭也くんにもいいお友達がいるんだね」 「……ああ。親友だと思っている。菜乃葉にも、そんな存在はいるのか?」 「うん! フェイト・T・ハラオウンちゃんと、八神はやてちゃんと、アリサ・バニングスちゃんと、月村すずかちゃん! みんな小学校の頃からの親友同士なんだ」 「月村すずか? そっちでは月村に妹がいるのか……」 「え? こっちではいないの?」 「ああ、そうだったはずだ」 「なんだか変な感じだなぁ。他の三人のことは聞いたことある?」 「いや……」 第三者をはさんで一度会話をしたことで気が紛れたのか、二人はキャッチボールのようにぽんぽんと言葉を交わしながら海沿いの道を歩く。 端から見ればそれは仲のいい男女のそれであり、まるで恋人同士のように見ることが出来たという。
理解している存在という意味では、忍たちでもそれはいいかもしれない。だが、恭也が望んでいないから恭也のことを理解はしていても恭也の本心を曝け出させることはできなかっただろう。 だが、あの高町菜乃葉という少女は彼女たちとはまた違うようだった。 恭也のことを理解しているのかどうか、それはよくわからない。だが、何よりも恭也が心を許していた。赤星に嫉妬を覚えるほどには彼女に寄りかかっているのだ。あの恭也が。 人を頼り拠り所とすることを何よりも苦手にするあの恭也が、である。 それは赤星にとって実に嬉しいことだ。親友の幸せにつながる存在が、ようやくそいつの目の前に現われてくれたのだから。 しかも、その少女もどうやら恭也に悪い感情は抱いていないようだ。これほど嬉しいことは久しぶりだと赤星は思う。だからこそ今の赤星は機嫌が良かった。このいい気分のまま練習に打ち込めばいい結果が出せそうだ。早速道場に向かおうかと思っていた矢先――、 「ん?」 目の端に見覚えのある姿が映った。 「月村さん……それに、美由希ちゃんに晶ちゃんにレンちゃん、神咲さんまで?」 全員が全員恭也に好意を抱いている少女たちである。何かあると言っているようなものだ。赤星は注意深く観察する。するとどうやら恭也と高町さんを探しているらしいということがわかった。 五人で集まって何事か話したあと、彼女らは集団で移動を始めた。恭也たちが進んだ方向とは90°違う方向へ。 「ふう……」 行き先が被るようならそれとなく逸れさせようとも思っていた赤星は、ひとつ安堵の息をついた。 「ま、こればかりはね」 とりあえず恭也が望んでいる以上、今は菜乃葉と一緒にいることがあいつのためになるだろうと判断する。 赤星は内心でクラスメイトの少女含めよく知っている少女たちに頭をさげ、恭也と菜乃葉の二人のことを見守っていくことを心に決めるのであった。
その二人――高町恭也と高町菜乃葉は一つの墓石の前で膝を折ってしゃがみ、目を閉じてその両手を合わせていた。風と草木が織りなす音以外にこの場の空気を揺らすものはない。深く祈りを捧げる二人はただ静かに黙祷を続ける。
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| ―――To Be Continued |