きょう×なの ●その7.5 管理局は現在、上へ下への大騒ぎであった。 というのも、本局武装隊航空戦技教導隊所属の二等空尉・高町なのはがロストロギアの事故によって、生死不明のうえに行方知らずになってしまったからだ。 本来、たった一人のために管理局自体が騒ぐことはない。とはいえ、今回のケースにおいては少々毛色の違う事件であったため、なのはの存在が現在サーチに全く引っ掛からないという現状は大きな波紋を呼んでいた。 まずは、高町なのはという人物が(彼女に自覚はないが)教導隊ひいては航空部隊の中でも筆頭の出世頭であったことだ。 民間協力からの異例の出世劇は彼女の関わった事件の知名度もあって、管理局の人々にとって広く知られるようになっていた。 わずか九歳にしてAAAクラスの魔力資質を持ち、多くの世界崩壊の危機を孕んでいた『P・T事件』と、管理局でも長年の間対抗策もなくただ永遠に続いていた闇の書との因縁を終結させた『最後の闇の書事件』。双方ともにその類まれな能力を持って解決に協力した『奇跡の民間協力者』。 そして管理局入局後も、わずか三カ月で陸士訓練校を卒業。その後教導隊入りし、自身の経験を生かしたなのはの教導は高い評価を得ていた。 それらのことからなのはは管理局では有名人の一人であった。 そのことがまず一つ、この件が広がりを見せた要因である。何しろ、空で一番早く上へ続く道に乗っているのだ。そのことは十分、要因になりえた。 そしてもう一つが、この事件が陸と空の単なる仲違いから端を発したということである。 本来なら陸の範囲で十分に遂行可能な任務であったにもかかわらず、故意に必要のない空からの協力者を申請し、それゆえにその協力者が犠牲になった。 これは明らかに陸の過失だと本局は判断したのだ。 かねてから陸の海と空に対する姿勢は問題視されてきた。しかし、陸の他部署敬遠の強硬姿勢をとっている首都防衛隊隊長レジアス・ゲイズ中将を始めとする地上本部の上層部には、実際に地上の規律と治安を守ってきた実績がある。 それゆえに下手に手出しが出来ない問題であったのだが、今回の件は流石に看過できない事態であった。 本局の上層部はむしろこれを機に地上本部の上層部の膿みを一掃することを決断。 つまり管理局内部の大掃除だ。 それによって職員たちは近年まれに見る忙しさを経験することとなったのである。
行方不明となったなのはに近しい人たちは皆、また違った忙しさに追われていた。 「……ロストロギアの解析、どうなっている?」 『はい、クロノ提督。ある程度は進みましたが……まだ完全とは言えないですね。途中報告でよければお話しいたしましょうか?』 「頼む」 ロストロギア解析班との通信中。クロノは通信モニタ越しに今は解析班に協力しているマリーに低い声で告げた。 現在アースラ艦長としてかつて彼の母が座っていた艦長席に腰をおろしているクロノの周囲には、多くの人が控えていた。 フェイト・T・ハラオウン執務官。 八神はやて特別捜査官、一等陸尉。 彼女につき従う雲の守護騎士一同。 シグナム。 ヴィータ。 シャマル。 ザフィーラ。 そして、管制司令エイミィ・リミエッタを始めとするアースラのスタッフ陣。 全員が固唾をのんでクロノとマリーのやり取りに傾注していた。 『……では、報告します。まず、このロストロギアには知能・自律行動・攻撃機能といったものは一切ありませんでした。あるのはただ一つ……例えそこが限定活動域外であろうと転送を行える可能性のある超長距離間の転送能力だけです』 「……そんな、バカな!」 伝えられたあまりの内容に、クロノは勢いよく艦長席から腰を上げた。 フェイトとはやて、エイミィなども驚愕に声をなくしていた。 そしてイマイチよくわかっていないのがヴォルケンリッターの面々と、アースラの乗組員の大半であった。 (お、おいシグナム……。限定活動域って何なんだよ) (私に聞くな……。わかるはずがないだろう) ちっ、と苛立たしげにヴィータは舌打ちをする。 普段ならシグナムはその態度を咎めるところだが、今回ばかりはヴィータの心情を思うと仕方がないと判断して何も言わなかった。
「管理局はこの時空に存在する多くの次元世界を管理しとる。もちろん、全部ってわけやないけどな。そのいくつもの次元世界を内包するのが、この時空。そして、同じように次元世界を内包した時空が我々の暮らすこの時空以外にも存在しているのではないか、という学説があるんや。 「これは、いまだ誰も発見できないのに理論上は有るとされている平行世界論の考えにもなってるんだ。いまだ発見できない“此処とはまったく違う時空”において、平行世界は存在しているんじゃないか、っていうね」
「別の時空に移動できる可能性……その根拠はなんだ?」 『はい。このロストロギア――以後“メタスタシス”と呼称しますが……。メタスタシスは内部構造に転移の魔法式が仕込まれています。 「えっ……!」 「地球やてぇ!?」 思わぬ行き先にフェイトとはやては大いに驚いた。しかし驚いているのは二人だけではなく、この場にいる誰もが目を見張っていた。 とすれば、なのはの転送された先は地球ということになる。 しかし、地球に反応があったという報告はない。なのはの出身地ということで、真っ先に調査し、いまだに監視し続けているというのにだ。 『そう、地球なんですが……。ご存知のとおり、地球でなのはさんが見つかったという報告はありません。いくらなんでも、見逃すはずがありません。 「“別の地球”に行ったのではないか、という仮説ができたと……」 そういうことです、とマリーはクロノの言葉に頷いた。 「あの〜、でもおかしくないですか? 違う時空に行ったということなら、座標も此処とは違うんじゃ……。ということは、地球じゃない可能性も……」 シャマルが遠慮がちに言うと、マリーははっと何かに気がついたような顔をして、まぎらわしかったですね、と苦笑した。 『正確には、“こちらの地球と同じ座標コードを持つどこか”に行ったのではないか、ということなんです。そこに必ず地球がある、というわけではありませんよ』 「あ、そういうことですか……」 納得したのかシャマルが引き下がると、今度はヴィータが前に出てくる。 「それより、それはすぐに使えるのか? それならすぐにでもなのはのところに……」 何かをこらえるように苛立って言うヴィータに、マリーは若干驚く。 が、すぐに表情を改めてヴィータの問いに答える。 『すみません……。まだ使うことはできないんです。本当に転送先に安全に転送されるのかどうか実験したり、色々と検証してからでないと……』 申し訳なさそうに言うと、ヴィータは舌打ちをしてぐっと唇をかんだ。 その様子は間違いなくヴィータが不機嫌な時の仕草であった。強く唇を噛んで俯いたヴィータは、少し外す、と零すように呟くと艦橋の出入り口へと歩き出した。 「ヴィータ!」 はやてがさすがに咎めるような声を出すと、ヴィータはぴたりと歩みを止めて立ち止まる。 いつもならここでヴィータの方が折れるのが通例であったが、今日は違った。はやての声にも従わず、再び歩き出したのだ。
ヴィータが出て行った扉をしばらく眺めていたはやては、はあ、と大きくため息を吐くが、その表情は決して怒っているそれではなかった。 「……しゃあないなぁ。さすがに今回のことは、ヴィータにはキツイわ」 「……やっぱり、ヴィータはあの時のこと今でも気にしてるんだね……」 フェイトの言葉に、はやては頷いて力なく笑った。
――四年前。 任務からの帰還中、異世界で襲撃にあったなのはは瀕死の大怪我を負った。 魔法の力を手に入れてから続いた、激戦の日々。その時に使用し続けた身体の限界を超える負荷を加える魔法。管理局入局後の任務、訓練。そして、帰還中であることへの油断……。 それら蓄積された疲労と偶然重なった不運は、なのはに常の能力を使わせてはくれなかった。 その結果もたらされたのは、絶対的な死の予感と、立ち上がることにすら苦痛を感じる不自由な身体。 死にかけ、魔導師としてはもうやっていけないだろうとまで言われたなのはの絶望は、どれほどのものであっただろうか。 襲撃があった時、ヴィータはなのはと一緒に任務に出ていた。 そして傍についていながら、なのはは死にかけたのだ。 『大丈夫だから……』と無理に笑うなのはの姿は、今でもよく思い出すことがあるという。 それ以後、ヴィータはなのはのことをひどく気にかけるようになった。以前からライバルとして、また友達としてよく一緒にいたが、それに輪をかけて目を離すまいとしていた。 それは、ヴィータなりの責任感だったのだろう。 もう二度と、自分の前ではあんな目に遭わせたりしない、という決意の表れなのだと彼女を知る誰もが知っていた。
だから、はやても強くは言えない。 ヴィータの今の気持ちを思うと、言えるわけがなかった。 そう誓ったというのに、またなのははこうして危険に遭っている。 その事実が、どれだけヴィータの心を傷つけているのか、痛いぐらいに想像できるから。 「……あの時、なのはちゃんが手術室に入った時。説明のためにおった医者にヴィータが食って掛かった時のこと、未だに覚えとるわ」
泣きながらそう訴えたヴィータの姿は、まぶたの裏に焼きついている。 普段使う言葉遣いすら追いつかないほどの怒りを感じた。しかしあれは、別に医者に対して怒っていたわけではない。 何よりもなのはのことを守れなかった自分に対して怒っていた。 今のヴィータはその時と同じなのだ。こらえきれないほどの自分への怒りを持て余している。 だから、はやては無理にヴィータを止めることはなかった。 今は、それよりも心の中をちゃんと整理して、気持ちを落ち着かせることが必要だと思ったからだ。 「はぁ……こういう時、自分の無力を思い知るわぁ。主として、家族として、何にも出来んゆうのがな……」 「主はやて……そのようなことはありません。ただこれは……ヴィータが自分で決着をつけなければならないことなのです。わかってやってください……主が悲しまれることの方が、ヴィータには堪えます」 覇気なく言うはやてを見かねて、シグナムは慰めるように言葉をかけた。 しかしながらシグナムの言うことは慰めとはいえ、事実だった。これはヴィータが自分自身で、自分の心に決着をつけなければならない問題なのだ。 それがわかるから、はやては笑ってシグナムにありがとうと告げる。 その言葉に対してシグナムは笑みを浮かべると、かしこまって一礼した。 「……ヴィータのことは、八神捜査官、君に任せる。後で顔を出しておけよ」 「了解や。ありがとな、クロノ提督」 ふん、と鼻を鳴らしてクロノは顔をそむける。昔から変わらない彼の照れ隠しに、フェイトは小さく微笑んだ。 そんな義妹の様子に気がついたクロノは、誤魔化すようにことさら大きく咳払いをして、表情を真剣なものに改める。 「……とりあえず、我々が現状おこなえるのは探査の継続ぐらいか。そのメタスタシスが実用可能だと判断されるまでにどれだけかかる?」 『恐らく、二週間ぐらいは。しかし、さらに使用許可の申請などを考えると一カ月ほどはかかると思います。……ただ、こんなこと言いたくないんですが、実用に許可が下りない場合のことも考えておいてください……』 苦渋の面持ちで言うマリーに、クロノはわかっている、と重々しく返した。 最悪の場合、なのはのことは諦めるという決断をしろ、ということだ。 提督という要職に就き、いち戦艦の艦長を務める自身の肩にかかる責任を考えれば、当然そういった可能性を考慮しなければならない。 そのことをクロノはよく理解していた。
なのはとの付き合いはかなりの長さになる。だからこそ、クロノはなのはのことをよく知っているし、信頼している。 クロノの知るなのはは、簡単に自分の責任を放り出すような性格はしていない。必ずどこかで生きていて、この場所に帰ってくると信じている。 それは確固たる事実としてクロノの中にあった。 そしてまた、そう思っているのは彼だけではない。 フェイトもまた己の親友の無事を疑っていなかったし、はやてもそれは同じだった。 心配は心配だが、それなら早く見つけてあげればいいだけだとも考えている。どちらににしても、無事であることを疑ってはいない。 同時に、だからこそ早く、という急く気持ちもある。 今は無事かもしれない。しかし、明日もそうだとは限らない。 早くなのはを見つけないといけない。 その結論だけは同じだが、結局のところこのアースラになのはの無事を疑う者はいないということだ。 誰もがなのはが無事でいると思っている。無事でいてくれ、と祈っている。 だからこそ。 「さあ、今は出来ることをしよう。その時になって、遅れたりしないようにな」 「「「「はいっ!」」」」 クロノの言葉に勢いよく返事をするクルーたち。 クロノはそれに満足げに頷くと、表情を厳しくして目の前に広がる『海』を見つめた。 (……だが、未知の場所にいるという事実に変わりはない。……無事でいてくれよ、なのは……) まるで、そう願うことでなのはが無事である可能性が上がるのだとばかりに、クロノは心の中でそう祈る。 広大な海の中、その願いを運ぶかのようにアースラは速度を上げて航行を始めた。
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| ―――To Be Continued |