八神はやての憂鬱 八神はやてには悩みがあった。 とはいっても、機動六課は今のところ大きな問題もなく順調であるし、気を揉んでいた地上本部からの圧力もカリムとクロノらのおかげもあってか当初予想していたほどのものではない。 責任者としての大きな悩みはようやくある程度の解決を見始めているのだが……。 いま現在はやてが抱えている悩みはある意味そんなことなど比べ物にならないほどの巨大な悩みであった。 何度自分に問いかけても全く解答が得られない。 なぜ自分だけこうなのか想像もできない。 自分にはお世辞ではない確かな能力と地位もあるし、人望も多少はあると思っている。 だというのに、なぜ自分だけがこうなのか――。 はやては悩んだ。 それはもう大いに悩んだ。 悩んで悩んで悩みぬいて――……。 結局自分一人で悩んでいては答えが出ないと判断したはやては、自らの親友たちにこの悩みを打ち明けることにした。 ちょっと……いやかなり恥ずかしいことこの上ないが、背に腹は代えられない。 これはもう自身の矜持を懸けた一大問題なのだ。 そうと決まれば、行動あるのみ。 はやては懐からおもむろに携帯電話を取り出すと、二人に「今夜、飲みに行かないか」という旨を書いたメールを送る。 ……数十分後。 二人から帰ってきた返信は、共に「YES」だった。
「……私な、二人ほどモテないんや」 思わず二人は、は? と突拍子もないことを言い出した親友を呆気にとられた目で見つめた。 行きつけのお店に向かい、いつも三人で飲むときに使っている個室に入ると、軽めのお酒を頼んで少しずつ飲みながら三人は談笑していた。いつもならそのままおつまみでお腹が膨れてきたところで解散というのが通例であったのだが、今日は勝手が違った。 はやてはいつもより少し強めのお酒を頼み、そのまま居座る姿勢を見せたのだ。仕方なく二人も苦笑しながら付き合うことにし、またいくらか飲んでいると、唐突に呟くようにはやてが言ったのが先ほどの言葉である。 なんの脈絡もなく言われただけに、二人は驚いて対処できなかった。 しかし、ぽかんとした二人を置き去りにし、ようやく誰かに悩みを話したはやては堰を切ったように話しだした。 右手に中ジョッキを握りしめながら。 「私な、自分で言うのもなんやけどそんなに悪くない容姿しとると思っとるんよ。ちゃんと身支度にも気をつけとるし、だらしない姿を見せるわけにはいかんから結構真面目にやっとるしな? それにこう見えても二等陸佐で地位もあるし、魔導師としてもそれなりに出来るとは思っとる。まあ、機動六課は特殊な部隊やし前例もないから近付きがたい空気をもっとるのは否定せんよ。けどな、それでも絶対おかしいと思うんや。そりゃ、私に人望がないとか言われたらそれまでやけど、廊下ですれ違えば皆ちゃんと挨拶してくれるし、食堂でかち合っても皆笑って迎えてくれるし、別に嫌われとるとは思えへん。 まさか知らんところでハブられとるなら別やけど……って、そんなことはいいんやって。問題はそこやなくてやな! それよりも、なんで私はこんなにモテんのかってことが言いたいんや! ほとんど同じような環境のなのはちゃんやフェイトちゃんはよく告白されたりラブレターもろたりしとるのに、なんで私にだけ何もないねん! 男性職員は私のこと嫌っとるんやろうか? そんな感じはせえへんのに、たまにどことなく怯えられとるような印象受けることもあるし……。 別に私なにもしてないやんな? ここのところ私が何か手を出すようなこともなかったやん。 ……それやのに、なんでやねん。……私が、私が何したんや! なんで、なんで私だけこんな思いをせなあかんのや――ッ!」 ほとんど休みなく言い続けたはやては、右手のジョッキを勢いよくテーブルに叩きつけた。 酔っているらしい真っ赤な顔で涙目に語る親友に、なのはとフェイトは冷や汗を流しながらお互い顔を見合わせる。 (な、なんかたまってるねぇ、はやてちゃん……) (そ、そうだね……。よっぽどモテてないっていうのがショックだったんだね……) ちょびちょびとお酒を飲みながら密かに念話で話す二人。 久しぶりにはやてから誘われて来てみれば、どうやら今日の彼女の目的は悩み相談……というか愚痴が言いたかったらしい。 まあ、それぐらいなら付き合うし悩みがあるなら協力したいとも思うが……さすがにこればっかりは二人もお手上げであった。 そもそも他人の恋愛事情は手を出すとろくなことにならないのが世の常である。 (それにしても、おかしいなあ……) (なにが? なのは) 肩を上下させながらまだちょっと興奮気味のはやてを落ち着かせるように背を撫でていたなのはは、ふと湧いた違和感に首をかしげる。 フェイトも反対側からはやてを慰めるように肩に手を回している。ただ内心でなのはに問いかけた。 (うん……あのね、わたしが教導隊にいた時、はやてちゃんのことを紹介してくれって言われたことが何度かあったの。そんなにモテないってわけはないと思うんだけど……) 記憶を掘り返せば、そういった経験は何度かある。フェイト宛てのラブレターを預かったこともあればはやて宛てのものを預かったこともある。 フェイトにはちゃんと渡しているし、はやてのものもちゃんとヴィータに渡している。 それでなぜ勘違いをするのかがなのはにはわからなかった。 (そういえば……私も何度かはやてとお話しさせてあげたことがあったけど……) 挨拶だけでもいいです! という純情さにほだされて、フェイトははやてと話をする場をセッティングしてあげたこともある。 ただ、数日後にあった時なぜか憔悴した表情で、片言でアリガトウゴザイマシタ……と元気なさげにしていたのが妙に気になったのだが。 (どれぐらいがモテるって基準になるのかはわからないけど……) (少なからず、好かれてはいるはずだよね……) 二人して首をかしげながら、二人に身を預ける形になっているはやてに目線を向ける。 その時はやては肩に回された手を伝ってフェイトの腕の中に身を寄せて、そろそろとフェイトの胸に手を伸ばしているところだった。 フェイトはため息とともにその手を叩いて落とす。 う〜、と恨みがましい目で見てくるがそこは気にしない。 はやてはちょっとでも酔うとすぐに女性陣の胸を揉みたがる。それが何故なのかはまったくわからないが、好き放題に揉まれて黙っていられるはずもなく、なのはもフェイトも呆れながらはやての手を叩き落とすのはいつものことであった。 時折、隙をついて背後から鷲掴みにされることもあるので油断がならない。 なぜ女の子の胸にそんなに関心を示すのか、酔っている時のはやての考えはよくわからない二人だった。 (まさか、それで同性に興味があると思われてるとか?) (ああ、私たちが飲んでいるところを見られて……とか?) あり得ない話ではないかもしれないが、いつも飲むこの店はそんなに管理局の人間が利用するわけではない。どちらかといえば市街の人間が主に飲みに来る場所である。 だからこそ彼女らは邪魔も入らず、ゆったりと語らうことができるのだから。 というわけで、誰かに見られて勘違いされたという線も薄そうだと結論付ける。 うーん、と二人して悩む。 悩んでいる内容がアレといえばアレだが、乙女としてそういったことに気を病む気持ちがわからないわけでもない。 親友が悩んでいるのだから力になってあげたいとは思う。 とりあえず何が原因なのか考えるが、一向に理由に思い至らない。 なぜわりと好かれているにもかかわらず、はやてにはそういった話が来ないのだろう。 なのはは目を閉じて何だろうかと思索を巡らせる。 途端に、はやての目がきらりと光った。 「ひゃっ!?」 素早くフェイトの傍から離れたはやては、無防備になっていたなのはに襲いかかっていた。 真正面から胸をわしづかみにするという形で。 「ち、ちょっと、は、はやてちゃん!」 「はやて!」 なのはが困ったような声を出し、フェイトが諌める声をあげるが、はやては意に介した様子もなくなのはの胸を揉んでいる。 「あ〜、やっぱりなのはちゃんの胸は柔らかいなぁ……」 どことなく至福の表情であるところがまた実に怪しい雰囲気を三人の間に形作っていた。 ここが個室でよかった……。 心底そう思うフェイトである。まあ、こういう事態がないとも限らないからいつも個室にしているのだが。 「あ、ちょ……は、離して、はやてちゃあん……」 「んふふふ……い〜や〜や〜」 力づくで引きはがすこともしづらく、なのははもうなすがままになっていた。 しかしいつまでもこうさせているわけにもいかない。 いい加減に手を放させようとしたところで、ふと個室のドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。 「これ……」 「グリフィスと……ヴァイス、かな?」 官舎から離れたここまで飲みに来るとは珍しい。 そう思いつつ、何とかはやての手を引き剥がして、なのはは声のした方に意識を向ける。 フェイトも同じくそうする。はやてはなのはの背中にもたれかかっていた。 『はあ……また苦情というか被害届が……』 『なんだ? ああ、いつものやつか』 ほんの少しドアに隙間をつくって覗いてみる。 そこにはカウンターに座って、どことなく肩を落としているグリフィスを慰めるように背を叩くヴァイスの姿があった。 (なんか意外かも……あの二人って飲みに行くほど仲が良かったのかな) (まあ、男手は少ない職場だから……) 自然、付き合いを持つようになるのだろう。 納得したところで、再び意識を男二人に向ける。 「しっかしまあ……過保護っていうのかね、こういうのは。姐さんもなんだってこうムキになるのかねぇ」 「彼女らにとって大切な存在であるからこそ、なんでしょうけど……。僕としては頭が痛いですよ……」 頑張れよ、中間管理職! それ、嬉しくないですよ……。 親しそうに飲みながら話す二人の姿に、なのはたちは頬をほころばせる。 普段、スターズやライトニングの子たちといる時間がどうしても多くなる二人は、こうした六課のロングアーチやサポートスタッフの関係に疎かった。 思わぬ偶然であったが、こうした場にあえたことは嬉しい誤算というものだった。 「あの二人な〜、結構仲良くやっとるんよ。あそこにたまにエリオが加わってな? 六課の男組って一括りにされて呼ばれとるんや〜」 一緒にお風呂に入ったりとかな〜、とはやては楽しげに続ける。 (エリオも……?) フェイトはあの二人にエリオが加わっている姿を想像するが、うまく想像できない。 (あの子に何か悪影響がなければいいけど……。ヴァイスもいるし……) 何気にヴァイスに対してひどいフェイトだった。 なのはもフェイトのエリオを思う親心に苦笑する。 「しかし……」 また話し始めた二人に、お、と意識を戻す。すっかり出歯亀と化している三人だった。 「そいつらも報われねえよなぁ。男として、正直なところ同情するぜ」 「……そうですね。知ってます? “八神はやてを攻略するには――」 「――隔てる雲が最難関”、だろ? こりゃ、八神部隊長も苦労するよ。恋人の一人も出来やしねえ」 「余計ないざこざは避けたいですから、はやてさんには言っていませんがそろそろ限界ですよ……」 「まあ、こじれるだろうなそりゃ。自分の家族が自分の恋路を常に邪魔してると知っちゃあなぁ……」 部隊長にも同情するよ、俺は。 そう言って笑うヴァイスを見つめながら、なのはとフェイトは顔からさーっと血の気が引いていくのがわかった。 まるで油を差し忘れたロボットのようにぎこちなく後ろを振り向く。 そして二人して恐怖で身体を固くする。 ――そこには、満面の笑みを浮かべた修羅がいた―― 「ふ、ふふふ……。なるほどなぁ。そういうことやったんか……」 ゆらりと立ち上がったはやてに、なのはとフェイトは慌ててしがみつく。 まるで今にもこの店を飛び出して行きそうだったからだ。 「は、はやてちゃん。ほら、ね、落ち着こうよ! ね!」 「そ、そうだよはやて! シグナムたちにも、その、悪気があったわけじゃないよ、きっと!」 必死に引き留めんとする二人だが、はやての口に浮かぶ笑みは一層深くなるだけであった。 「ふふふふ……。いややわぁ、二人とも……。私は落ち着いとるよ。もう、まったく落ち着いとるよ。冷静沈着がモットーなんやからなぁ、私は……」 「だ、だったらどうしてシュベルトクロイツを取り出すのー!?」 焦るなのはに、はやてはさも可笑しそうにくすりと微笑んだ。 「ふふ、なのはちゃんも鈍いなぁ。もちろん……うちの子らに折檻をするためや」 「ま、待った待った、はやてちゃん!」 「グリフィス、ヴァイス! 二人とも協力して!」 フェイトが呼びかけると、二人はぎょっとして一目散に駆け寄ってきた。 そして三人の状況を見て、ヴァイスがあー……としばし視線を泳がせた。 「……聞いてました?」 「聞いてました!」 やっべぇ、とこぼすヴァイスと、顔を青ざめさせるグリフィス。 グリフィスにしてみればこうならないために頑張って隠してきたというのに、その努力が全くの無駄になってしまったのだからその心境は推して知るべしだろう。 とにもかくにも、まずはこの事態の収束が最優先事項。 四人がかりでこの場に引き留めようとするが、はやてはそれでも一歩ずつ着実に進んでいく。 薄く笑いながら不屈の突進を続けるはやての姿は、問答無用に怖かった。 グリフィスなんて軽く涙目である。 このままでは引き留められない、と判断したのはフェイトであった。 彼女は持ち前の判断能力の高さを発揮して、すぐさま適切な行動を実行する。 「くっ、バルディッシュ!」 ≪Yes,sir.≫ 主の意向を汲み取り、バルディッシュはフェイトが思い描いた通りの行動をとる。 「なっ、バインド!? くっ、フェイトちゃん……私を裏切るんか!?」 はやてはバインドで自由を封じられた身体をじたばたと動かすが、さすがにフェイトのバインドは固いのか解けないようだ。 「はぁ……レイジングハート」 ≪All right my master.≫ 今度はレイジングハートがなのはの呼びかけに応え、拘束されたはやてを宙に浮かせる。 とりあえず、この店から早く出なければ。 それが四人の共通認識であった。 「な、なのはちゃんまで! さっきまで乳繰り合った仲やってゆうのに!」 その言葉にヴァイスとグリフィスが驚いてなのはを見やる。 しかし、すぐに目をそらした。 やっぱり修羅も怖いが、魔王も怖い。 「……はやてちゃん。官舎、帰るよね?」 「……え、う、あ、は、はい……」 よろしい、と笑ってなのはははやてを引きずるように店を出ていく。フェイトも店の主人に頭をさげ、ヴァイスとグリフィスの二人も同じようにして店を出ていく。 「うー、覚えとれよぉシグナム……ヴィータ……シャマル……ザフィーラぁ……」 思いっきり悪役な台詞を呟くはやてに、なのははため息をひとつついた。 とりあえず、もうあの店には行けないなぁ……。 今度からどこで飲もうか。 早々に今の問題を切り上げて、現実逃避にいそしむなのはであった。 ――後日。 ヴォルケンリッターの面々は個人的にはやてに呼び出され、それぞれ顔を青くしながら帰ってきたそうな。 なのははヴィータにそれとなく尋ねてみたのだが、ヴィータは壊れた人形のように首を横に振り続けるだけで決して何も語ろうとはしなかった。 |