EVA −Under the Glass MOON− 0‐2/Four years ago 「―――……う……」 シンジは小さなうめき声と共に目を覚ました。 寝ているのはベッドのようだ。上半身を起こし、辺りを見回す。どうやら夜らしく辺りは暗いが、見覚えがある。かつて何年も暮らした場所だ。 「先生の家の、プレハブか……」 この家における自分の居場所。隔離された空間。ていのいい厄介払いだと、前の時も理解していた。 ひとつ息をつき、カレンダーに目を向ける。2011年……使徒襲来の四年前、自分が十歳のときに戻ったらしかった。 前回の記憶は問題なくある。エヴァの操縦も使徒となった今なら問題ないだろう。 あとは…… 「―――ATフィールド、展開」 キン、と甲高い音を鳴らせてオレンジの八角形が現れる。 問題なし。 「あとは……」 念じる。この眼は死を知っていると―――。 壁、床、天井、机、ベッド、あらゆるものに線が見える。あのときの虚脱感もない。これも問題ない。 だが、おかしい。点が視えない。死そのものがないなんておかしい。 さらに念じる。するとそれらにも点が視えた。しかし、これはかなり疲れる。集中を解く。線は見えている状態で自分の体を見る。点が見えた。どうやら無機物の死は見づらいらしい。 「ふぅ……」 眼から力を抜く。線はなかったかのように掻き消えた。 能力の確認は終了。確かめてはいないが、おそらく食事もいらないだろう。体内にS2機関があるのが使徒である。永久機関である以上栄養の摂取は必要ない。 まぁ、料理は趣味なので食事は続けるつもりだが。 これで当面はすることがない。あと四年すれば呼び出されるだろうが、それまでに何をするか。使徒とはいえ、もとは人間であるリリンだ。ATフィールドをおおっぴらに使えない以上、体を鍛えるのがベストだろうか。 「綾波……」 青い少女を想う。 彼女は今もネルフのドグマにいるのだろうか。出来ればすぐにでも助けてやりたい。しかし、大きく自分の経験と変えてしまうことはギャンブルになる。確実に助けるために、ここは自分の向上に時間を使おう。 ぎゅっと唇をかみ締める。 「必ず、君を守る。だから待ってて、綾波……」 プレハブに備え付けられた一つだけの窓から外を覗く。黒く広がる夜空にそこだけがぽっかりと輝く丸い形。 青い青い月に、シンジは彼女を連想し、見惚れるように意識をそこに向けていた。 しばし、呆けていたせいか――― 「平行世界の訪問者か。てっきり弟子の誰かが辿り着いたのかと思ったが、違ったようじゃな」 まったく、部屋への侵入に気がつかなかった。 「な―――!?」 後ろから響いた年老いた声に弾かれるように振り返る。 そこにいたのは白髪に白ひげの一人の老人。老人ではあるが、体格はがっしりとしており、驚くほど生気に満ちている。その鋭い眼差しをシンジに向け、観察するようにこちらを見ていた。 「だ、誰ですか?」 幼くなった声で、目の前の人物に問う。 こちらは緊張感たっぷりなのだが、老人は余裕を持ってふむ、とひとつ頷き。 「そちらが名乗ったらワシも名乗ろう。そういった礼儀は、大事にせんといかんぞ。大人になってから苦労する」 本気なのかからかっているのか、そんなことをのたまう目の前の老人。しかし言っていることはわかるので、シンジは大人しく名乗ることにした。 「碇シンジといいます。十歳の、小学生です」 それにわずかに眉を寄せたが、気にした風でもなく老人も応える。 「ワシの名は、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。"万華鏡"やら"魔道元帥"やらと呼ぶ者もおるがの」 「はぁ……」 とりあえず、この老人は色々な二つ名を持っているらしい、ということはわかった。外国の人はファーストネーム主体だから、ゼルレッチさんでいいかな、とシンジが考えていると、 「して、少年。平行世界からいったいこの世界に何の用じゃ?」 その一言に、再び緊張感が増す。 「どうして、それを……」 「ワシは平行世界に関しては第一人者。第二魔法の使い手、ゼルレッチぞ。魔力の動きと世界の繋がりを見ればすぐにわかる」 「………………」 まさか、自分の存在を言い当てる人物がいるとは予想外だった。そういえば綾波の言い方はこことは違う世界という言い方だった。元の世界ではなかったことがあったとしても、不思議ではないということか。 ―――しかし、何よりもとりあえず、 「あの……」 「む?」 「第二魔法とか、魔力とか……何のことですか?」 言っていることがわからなければ話は進まない。 「………………」 一瞬、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしたゼルレッチは、やがてくっくっとくぐもった笑いを漏らし始めた。どうやら夜ということに遠慮して声を押し殺して笑っているらしい。 ……ちょっと、むっとする。 わからないんだから、仕方がないじゃないか。 「くく、ああ、すまんな。そうか、君は魔術とは縁のない世界の出か。話を聞くにしても時間がないな、じき夜も明ける。……ふむ、シンジといったな。少しこちらに来なさい」 ちょいちょいと手で招く、ゼルレッチ。 怪しい。知らないおじさんに付いていくなという教えは常識として持っている。しかも不法侵入者の人間に誘われて、乗る人間なんているわけがない。 じっとシンジはゼルレッチを見る。睨むでも怯えるでもなく、ただ見る。警戒心を抱かせるには、今の状況は十分すぎる。 「……ふぅ。シンジ、ワシは危害を加えるつもりはない。少し、君の記憶を見せてもらいたいだけじゃ。痛くもない。ただ、接触しなければならんのだよ。もし力になれることがあったら手を貸すこともやぶさかではない。言うことを聞いてくれんかの?」 真摯に、孫にお願いする祖父のようにシンジに問いかける。 怪しいことに変わりはない。 けれど、不思議と不安はなかった。だから、シンジはゼルレッチの足元まで足を進めた。 「ありがとう。さて、少し額に触れるぞ。―――Anfang」 呟き、数秒としないうちに大きな手が離れていく。ゼルレッチの顔を見ると、眉根を寄せて佇んでいた。 たっぷり、五分はたっただろうか。ようやく、ゼルレッチは口を開いた。 「……ワシが知る中でも、最悪の終わりを迎えたケースじゃなこれは。全生命の喪失とは……宇宙空間では守護者も手が出せなかったのか……。いや、人類が死滅しても使徒という可能性が残るから放置したのか……? それに、まさかお主が『根源』に到達しておったとは」 「根源?」 うむ、とゼルレッチは大仰に頷く。 「"根源の渦"、あるいは「 」と言う場合もあるが、それは等しく全ての始まりであり原因を指す。アカシックレコードとも言い換えられる。お主は世界の記憶に触れたのだろう? それが根源じゃよ」 シンジは思い出す。暴力に近い情報の渦。侵されていく自分自身。あれが、根源というものなのか。それが何なのかはよくわからないが。 「そして、そこから漏れ出した副産物。よもや直死の魔眼とは……」 「直死の魔眼、ですか?」 魔眼というからにはこの眼のことだろう、とシンジはあたりをつけた。 「そう。モノに予め内包された死期を読み取る能力。まったく、殺人貴といい、やはり死こそが第六法となりえるのかもしれんな」 何かぶつぶつと考え出したゼルレッチさん。シンジは置いてきぼり。 とりあえずなかなか帰って来そうにないので、呼びかけてみることにした。 「あの、ゼルレッチさん……?」 相変わらず弱気な声で呼びかけるシンジ。 気がついたのか、ゼルレッチはようやくこちらに目を向けた。 「お? おお、すまんな。……まぁ、使徒やらはワシにはわからんし、そこら辺はその組織を含めて調査し、おいおい教えてやろう」 「はぁ……って、おいおい?」 聞き捨てならないことを言ったような。まるで、これから一緒にいるみたいなことを―――。 「そう、おいおいじゃ。鍛えようと思っておったのだろう? ならばワシは最適だ。なにしろこの世に四人しか現存しない魔法使いじゃ。学ぶことなど腐るほどあるだろうて」 にやり、と笑う。 ああ、なんだろう。なんだか、目の前のこの人があくまに見えてきたよ。絶対普通に鍛えようとか思ってない。だって、笑ってるもの。にやりって、裏心ありありな顔してるもの。 これは危険だ。そうだ、ここはやはりお断りを――― 「では、行くとするか。なに、ちゃんとここで暮らしているという暗示を残しておいてやる。これでそのネルフとかいう組織にバレることもないだろう。そうそう、ワシのことはこれから師父と呼ぶように」 話が預かり知らぬところで進んでいる!? (くっ……逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!) そう、もう逃げないと決めたんだ。これぐらい断りきれなくてどうする、碇シンジ! 「あ、あの―――!」 「では、宝石剣・ゼルレッチ―――」 虹色の輝きが煌き、シンジはゼルレッチに連れて行かれてしまった。 ……確かにね、確かに逃げないって決めたよ? けど、これは僕の責任じゃないよね? 心の中でそう言い訳しつつ、シンジの口は最後まで小さく動いていた。やっぱり僕に優しくしてくれるのは綾波だけなんだ、とか何とか。 |
| ―――To Be Continued |