天宮さん家の三姉妹













「――……で、なんでこうなってるの?」


「あははは……、……ごめんなさい」


 ひとつのテーブルを間に挟んで、向かい合う少女ら。一方は不機嫌そうに目を吊り上げ、もう一方はひとしきり苦しく笑ったあと、ぺこりと素直に頭を下げた。


 わりと小奇麗に整頓された清潔そうな部屋は、洋風にしつらえられていることも手伝ってか、デザインをした人間のセンスのよさを感じさせる。

 リビングにあたるこの部屋がそのようになっていることからも想像できるかもしれないが、基本的にこの家は外観も内装も綺麗に整えられている。

 大きく壁の一面を占める窓から覗く庭は、青緑の芝生が均一な高さで生え揃っており、手入れが行き届いていることを十分に印象付けている。

 外壁はことごとく白に統一され、屋根のみが薄墨のような黒を陽光に晒している洋装の住宅。

 入り口となるレンガ造りの小洒落た門に掲げられている表札には『天宮』の二文字が刻まれている。

 天宮家。

 実はこの家、この近所付き合いの少なくなった現代では考えられないほどに、近隣から慕われている。

 住む者の人徳というか、人柄に惹かれる者が多くであるのだが……男性に限りそれ以外にもある理由が加わる。


 一言で言って、この家に住む住人は美形なのである。


 それも、国民美少女コンテストにでも出場したら面接の段階で優勝になるんじゃないか、と思わせるほどのである。

 近隣のある男性が陶然とした面持ちで曰く、癒しの家、だそうだ。

 まぁ、そういったことを口にした男達は、次の瞬間にはエプロン装備の奥様によって、耳を引っつかまれて連行されていくのだが。

 要するに、それほどの稀有な人たちが住む家なのだが、特にその娘達は皆から可愛がられている。


 長女、天宮小雪。次女、天宮小雨。三女、天宮小霧。

 それぞれ、高校二年生、中学二年生、小学六年生の三姉妹である。


 彼女達はまさにこの町の人々にとってのアイドル的存在なのだった。



 そして、そんな彼女達は今、


「……ねぇ、お姉ちゃん。これは、嫌がらせ?」


「だ、だからその……魔が差したというか、ね?」


 一触即発の危難の中にあったりする。


「この寒い中、部活を一生懸命……一生懸命がんばって、さあって時に……!」


 眉を逆八の字にして目の前の姉を睨む次女小雨。栗色というには些か色のない髪を短めに切りそろえた少女は、怒りに身を震わせている。


「う、その……えっと……」


 対して眉を八の字にして困りきった表情を浮かべているのは、長女の小雪。肩口までで揃えられた髪は、淡い亜麻色。左右両側の側頭部に赤い髪留めをひとつ、それぞれ付けている。

 明らかに重力に反している頭頂部の一本の毛は、人類科学に喧嘩を売っているとしか思えないほどに立派なものである。


 しどろもどろになっている小雪だが、口をもごもごさせていることから、何事か口にしようとしているらしい。

 小雨も、譲歩を知らないわけではない。ここはひとまず姉の言い分を聞いてみることにした。判断はそのあとでも問題ないだろう、と。


「……"えっと"、なによ?」


 低い声だった。

 思わず、小雪が長女の威厳も忘れて怯えるほどに。

 それでも最後のプライドまでは明け渡すまい、と必死に平静を装い、ふっと力の抜けた爽やかで晴々しいほどに綺麗な笑顔を浮かべた。


「えっと……ごめんね?」


 首をかしげながら、にっこり。


 もしこの姿を彼女が日ごろ懇意にしている魚屋のおっさんに見せたら、おっさんは離婚届を片手に店の奥の自宅へと駆け込むだろう。

 瞬時に奥さんの手に握られたおたまやらマグロやらでボコボコの私刑にあうだろうが。

 そんな凄まじい威力を秘めたまさに渾身のスマイルであった。が、この場においては判断ミスでしかなかったといわざるをえない。


 ―――プチン。


 それこそ、糸を切ったような細い音がリビングに響く。

 ええ、それはもうはっきりと。


「……な、にが―――ごめんね? なのよおぉぉッ!!」


「きゃーっ!」


 局地的な暴風雨警報発令。

 残念ながら、指向性を持っているので小雪に回避の方法はないのだが。


「あたしの楽しみを……今日一番の楽しみを〜〜〜ッ!」


「だ、だからごめんなさい! 小雨、ね? ほら、広い心を持って―――」


「お姉ちゃんがそれを言うなぁ!」


 宥めようとした小雪の言葉は火に油を注いだらしい。

 ますます小雨は機嫌を悪くし、口から火を吹かんばかりの勢いで小雪に食って掛かる。

 それになす術なく晒されている小雪。

 テーブルを乗り出して小雪に詰め寄る小雨の姿は、十分すぎるほどに怖かった。


 と、


「はい、ストップ」


 ぺしん、と気の抜ける音が小雨の頭から発せられる。

 ひざ立ちで掴み掛かるほどの勢いで小雪に向き合っている小雨が振り返ると、目の前に小さな少女が立っていた。右手に雑誌が丸められて握られていることから、どうやらさっきの音は少女がそれで叩いた音だったようだ。

 茶というよりは金髪に近いほどに色素の薄い髪を、左右両側で人房ずつにまとめている。俗に言うツインテールと呼ばれる髪形である。長い髪は、腰まで届くかというほどだった。

 どことなく感情に乏しい目を小雨に向けるこの家の三女小霧は、右手に持った雑誌を左手でぽんぽんと受けた。


「こさ姉、そんなに大人気なく暴れない。こさ姉、わたしの年上。年下に諭されないよーに」


 痛いところを突かれてか、小雨は一瞬息に詰まるものの、すぐにまた不機嫌そうな顔つきになる。

 勢いをそがれたためか、頬を膨らませる程度のものではあったが。


「だったら、お姉ちゃんは!? 人のものを勝手に頂戴したお姉ちゃんはどうなのよ!」


 びしっ、と小雪を指差してのたまう小雨嬢。それに苦笑を浮かべるお姉ちゃんこと小雪。


「こゆ姉は……」


 ちらり、と小雪に目を向ける。

 小雪は小霧と目が合うと、ふいに小さく手を振った。それに小霧は少女らしく破顔し、ひらひらと手を振って応えた。

 そして、再びすっと小雨に視線を戻して、一言。


「こゆ姉はいいの」


「なんで!?」


 瞬時に返されて、小霧はわずかに眉根を寄せた。


「なんでって………………あ、こゆ姉あやまってたから」


「あ、って何!? いま思い出したんでしょ!?」


「でも、謝ってた」


「う……」


 改めて言われると、小雨は今度こそ言葉に詰まってしまった。

 謝っている小雪に怒鳴り散らしていたのは、確かに体裁のいい話ではない。

 むしろ、謝罪を受け入れなかったという点では、自分が狭量だったのではないか、とまで思えてきてしまう。

 小雨は完全に勢いを殺され、黙ってしまう。


 さっきまでとは打って変わって、顔を俯かせて静かになった小雨の姿に、小雪は本当に悪いことをしてしまった、という気持ちがさらに強く湧き上がってくる。

 どこか真剣味に欠けた謝り方だったという自覚もあり、それによる負い目も感じていた。

 小雪は強張っていた身体から力を抜き、慈愛のこもった微笑みを浮かべて、小雨の頭にそっと手を置いた。


「……ね、小雨」


 さらさらと指の間を通り抜ける髪を心地よく感じながら、小雨の頭を撫でる。

 それでも、小雨は顔を伏せたままだった。


「―――ごめんね」


 今度は、心を込めて。

 小雪は、包み込むような温かさを感じさせる微笑と、真摯な心を伝えるために、より優しく小雨の頭をなで続けた。

 そのままで、十秒たっただろうか。小雨は、表情を前髪で隠した状態のまま、


「……うん」


 一言、謝罪を受け入れ、頷いた。


 それに日の光を思わせる明るい笑みを顔に浮かべて、小雪は小雨の手を引いて立ち上がった。

 それに驚いたのか、小雨は顔を上げて小雪を見つめるが、小雪はその驚きの視線を受けても優しく微笑むだけである。


「ほら、一緒に作ろう? 私だけで作ってもいいけど、一緒のほうが楽しいから、ね?」


 くいっ、と小雨の手を引いて歩いていく小雪。

 姉の笑顔につられてか、小雨も微笑んで小雪に応えた。

 逆に小雪の手を引いて小雨は歩き出す。それに一瞬驚いて、すぐに微笑むと、小雪は小霧へと顔を向けた。


「小霧も、ありがとう」


「うん」


 小霧が短く答えると、二人は小霧の前から姿を消して、リビングの奥へと入っていった。

 それを見届けて、小霧はちらりと二人に挟まれていたテーブルの上に目を落とす。

 そこには、プラスチック製で手のひらに載るほどの小さな容器。ちなみに、中は空である。

 そして、再び視線を姉達が去ったほうへと向けて、一言つぶやく。


「……たかがプリンなのに」


 騒ぎすぎだと言外に言い放つ。

 二人が向かったのは、台所だった。















−あとがき−

我がHPの看板娘三姉妹、小雪・小雨・小霧の短編です!
本邦初公開、彼女達の名字は『天宮』だった!!w
ちなみに、名字の理由は簡単なものです。「雪」「雨」「霧」、いずれも“天候”に関係するものだからですね。

さて、この短編。短い文章でしたが、三人の性格を多少でも判っていただければ幸いです。
小雪のお姉さんらしさ(?)と、小雨の空回りと、小霧の傍若無人さみたいなものを感じてやってください。
それでは、三姉妹ともどもまたよろしくお願いします。